09-11 悲しい戦いが今――始まる。
「やめろ!」
オリーが制止の言葉を叫んだのは武器と殺意を向けられているジーやリカをかばうためではない。兵士や群衆を止めるためではない。
「やめるんだ、リカ!」
リカを止めるため。兵士や群衆をかばうためだ。
でも――。
「魔族を殺せ! 魔族にいいように操られてる勇者も処刑しろ!」
「僕の大切な幼馴染みで親友に武器と殺意を向ける人族を滅ぼす。……人族を、処刑する」
オリーの制止の言葉は誰にも届かなかった。
兵士にも、群衆にも、リカにもだ。
リカが高く掲げた神剣がまばゆいまでの光を放つ。女神アルマリアから授けられた神剣の力を使おうとしているのだと察してオリーもバラハもラレンも青ざめた。
ここ最近は〝女神の懺悔〟や〝女神の小人さん〟といった力ばかり使っていたけれど共に旅をしてきたオリーやバラハ、ラレンに馴染みがあるのはそんなのんきな力ではない。
「リカ……!」
オリーたちの表情を見て何かを察したのだろう。自身をかばうようにして立つリカの背にジーは腕を伸ばした。
でも、その手がリカの肩をつかみ、止めるよりも早く――。
「〝女神の鉄槌〟」
リカは神剣を振り下ろした。す……っと、何の気負いもなく振り下ろされた神剣を見つめてその場にいた誰もがきょとんと目を丸くした。
「……なんだ」
何も起こらないじゃないか。
そう言って兵士や群衆が鼻で笑おうとした、瞬間――。
「下がれ!」
「退け!」
オリーとルグが叫ぶのが早かったか。目を開けていられないほどにまばゆく白い光の柱が音もなく落ちてくるのが早かったか。
とっさに腕で目をかばったものの、それでもあまりの眩しさに視界を奪われた。目をしばたたかせ、視界が戻るのを待ち、ジーはあたりを見まわす。
「一体……何、が?」
勇者パーティの最前列に立つオリーと、兵士や群衆の最前列に立つルグのあいだには大きな穴が開いていた。穴には穏やかな光が差し込んでいる。いつの間にか外はすっかり暗くなり、夜になって月が出ていたらしい。跡形もなく消えてなくなった教会の天井から月の光が差し込んでいたのだ。
深い深い穴。月の光に照らされても底が見えない。教会の天井も、床も、地面もどこに消えてしまったのか。
「勇者様の力で……」
「女神アルマリアの力で……」
「跡形もなく、消滅させられた……?」
兵士や群衆が震える声で囁く言葉を、力を行使した本人であるリカは否定も肯定もしない。
ただ――。
「……」
黙って、音もなく、気配もなく、再び左腕一本で神剣を振り上げた。
それを見た瞬間――。
「……ヒッ!」
教会の出口付近はパニックになった。引きつった悲鳴をあげて逃げ出す群衆と、それでも押し入ろうとする群衆とがぶつかり合い、もみくちゃになる。悲鳴や怒声が入り乱れて大混乱だ。
兵士たちは表情を強張らせながらも剣や槍を握り直し、姿勢を低く構えた。ルグは耳に指をあてて何事かつぶやいている。魔法でどこかに連絡を取っているのだろう。王宮魔術師にでも応援を頼んでいるのかもしれない。
クモの子を散らしたかのような群衆の状況を冷ややかに眺めるとリカは再び神剣を振り下ろそうとして――。
「ダメだ、リカ!」
「……ジー君?」
両腕を広げて自身の前に立ちふさがったジーに目を丸くした。真っ直ぐに見据えて首を横に振るジーをリカは最初、困惑した表情で見つめていた。
でも、無防備に背を向けるジーに向かって弓を構える兵士に気が付いた瞬間、リカは牙を剥く獣のような形相で怒鳴った。
「どいて、ジー君!」
しかし――。
「ダメだ、どかない!」
ジーも一歩も引かず怒鳴り返した。
あるところに長く対立する二つの種族――人族と魔族とのあいだに生まれた二人の子供がいた。ほんの一瞬の邂逅ではあったけれど二人は深い絆を結び、幼馴染となり、親友となった。
それから十五年の時が流れ、二人は魔王城で再会した。
片や、人族を守る勇者として。
片や、魔族を従える魔王として。
青年となった二人の子供は敵同士として相まみえる――ことはなく。ほんの一瞬の邂逅を果たしたあとに別れ、そして二日後に再びの再会を果たし、勇者となった青年の仲間と共に旅をした。
そうして旧交を温めた二人の子供は辿り着いた人族の国の王都で何の因果か、再び相まみえることとなった。
片や、人族を背にかばい。
片や、人族を滅ぼさんとして。
かつては幼馴染で親友だった二人の悲しい戦いが今――。
「〝女神の鉄槌〟!」
「〝我が命に従い、出でよ。自動泥人形〟!」
――始まる。




