08-06 〝水の逃げ場所〟に。
「洪水が起こったときのために水の逃げ場所を用意しておかなければならない。そうでなければ水は人を、街を、国を呑み込んで取り返しのつかないことになってしまう」
「それは、つまり……?」
兵士たちにぐるりと取り囲まれ、喉元・首元に槍を突き付けられたジーは、輪の外側に立つアルマリア神聖帝国国王を淡々とした表情で見返した。
もちろん一見すれば、ではあるけれど。
この場にオリーなりバラハなりがいれば心の中ではギャン泣きしていることを即座に指摘しただろう。ラレンがいたら〝よく目を開けたまま気を失わなかったな〟と鼻で笑いながらも褒めてくれたに違いない。
ちなみにリカがいたら殺気ダダ洩れで周囲に神剣を向け、今とは別の理由でジーの気を失わせていただろう。
それはさておき――。
「つまり、あなたたち魔族と魔王領は〝水の逃げ場所〟ということだ」
今、ジーがどういう状況にあるか、だ。
視察に行くから同行しないかと国王に誘われ、ジーは国王とともに馬車に乗り込んだ。
オリーやバラハ、リカと同じようにジーもまたラレンのことを信頼していたし、ラレンの話を鵜呑みにしていた。アーロン男爵がついた、あるいはつかせた〝人族の村が魔族に襲われた〟とか〝戦場で魔族と戦った〟といった嘘に関わっているのはアーロン男爵個人か、せいぜい軍関係者までだと信じて疑わなかった。
だから、ラレンの父である国王に誘われ、国王とともに馬車に乗り込み――。
「魔族のジラウザ殿が街中を歩いていてはまわりが驚いてしまう。だから、コレをつけてもらえるかな」
と、国王に差し出された手枷をなんにも疑いもせず自らはめた上で目的地に到着したからと言われて馬車を下りた。
そして、今にいたるのである。
兵士たちにぐるりと囲まれて槍を突き付けられている今にいたるのである。自らはめた手枷によって魔力を封じられ、得意の土魔法で自動泥人形を作り出すこともできない八方ふさがりな今の状況にいたったわけなのである。
「魔族と魔王領は、この国にとっての……〝水の逃げ場所〟」
「我がアルマリア神聖帝国だけではない。人族のあらゆる国が魔族と魔王領を〝水の逃げ場所〟にしている」
あいかわらず淡々とした表情だけれど心の中ではギャン泣きだし、足はガックガクのブルブルで立っているのもやっとだ。周囲から見れば魔王らしい貫録でアルマリア神聖帝国国王と対峙しているように見えるだろう。でも、国王が言ってることなんてろくすっぽ耳に残っていない。右の耳から入って水のようにさらりと左の耳から流れ出ていっている。
「飢饉や疫病、失策、不祥事の発覚、移民、貧困。口減らしが必要になること、不満のはけ口が必要になることはどこの国でもある。そういう〝洪水〟が起こったときの〝水の逃げ場所〟があなたたち魔族と魔王領で、あなた自身だ」
なにせ国王の背後には国王が命じて急ぎ作らせたという舞台が見えているのだ。誰のための舞台で何のための舞台か、どれだけのんきなジーでもさすがに察しがつく。
「三年前に貧民街に住み着いていた移民たちの多くを一掃したがまだ足りない。何度も、何度でも、魔族と魔王領は必要になる。〝水の逃げ場所〟は必要になる」
舞台の上に立つ演者のように仰々しい仕草で腕を広げた国王は舞台を――どう見ても絞首台にしか見えない〝舞台〟を指し示した。
「用意した舞台が絞首台であることをどうか許してほしい。魔族の長であり魔王であるあなたには断頭台の方がふさわしいだろう。あなたにはただの魔族として首をくくられ、体が腐り落ちるまで野ざらしにされ、石を投げつけられ、〝水の逃げ場所〟に――不満のはけ口になってもらわねばならないのだ」
そう言って国王は実にもうしわけなさそうに眉を下げた。その表情が本心か演技かを気にかける余裕も国王の話に反論する余裕も腹を立てる余裕もジーにはなかった。
なにせ――。
「…………」
絞首台がどうとか言われたあたりで心の中のギャン泣きとパニックが限界値を超え、気を失ってしまったのだから。目を開けたまま。あいかわらずの淡々とした表情のまま、である。
そんなわけで――。
「この状況でも顔色一つ変えずに平然としているとは……さすがは若くとも魔族の長、魔王だ」
かん違いしている国王にお褒めの言葉をいただいたような気もするのだけれど、もちろん反応する余裕ものんきにお礼を言う余裕もジーにはなかったのだった。




