08-04 ジー君、大丈夫かなぁ。
時は少しさかのぼり――。
アルマリア神聖帝国国王との面会に向かうためにジーが王城内の客室を出るよりも少し前のこと。
「ジー君、大丈夫かなぁ」
石造りの細くせまく急な階段を下りながらリカはクモの巣が張っている天井を仰ぎ見て嘆いた。
急に心配になって嘆き始めたわけではない。
「はぁ~、大丈夫かなぁ~、心配だなぁ~」
「ラレンもいっしょなんだから大丈夫だって。あんま心配すんなって」
「というか、リカ。さっきからそれしか言ってませんよね」
「やっぱり僕もジー君といっしょに行くべきだったんじゃないかなぁ~。はぁ~、心配だなぁ~。ジー君、大丈夫かなぁ~」
「だから! 大丈夫だって! 心配すんなって!」
「私やオリーの話、全然、聞いてませんね、リカ!」
ジー一人を残して客室を出てからずっと、ずーーーっとこの調子なのだ。
案内役の兵士たちも同行者である第二王子のルグも最初こそは聞こえないフリをしていたものの、そのうちにあきれ顔になり、最後にはあまりのしつこさに苦笑いになった。
「ラレンから聞いてはいましたが……三年前に話したときとはずいぶん印象が違いますね、勇者様」
「そうですか?」
ルグに言われてリカは首をかしげた。その様子を見てルグはますます苦笑いを深くする。
「言っちゃアレですがいっそ別人です。三年前の――ウチの弟が憧れて、白魔導士にまでなって着いていこうとした〝勇者様〟はもっと物腰が柔らかくて物静かで、凛として謎めいていましたよ」
「……そうですか。そんな風に見えていましたか」
ルグcの言葉にそうとだけ答えて勇者スマイルを浮かべるリカを一瞥。オリーとバラハはそろって明後日の方向に目をやった。
三年前というのはアルマリア神聖帝国国王から勇者の称号を与えられたときか、そのあとのパーティでの話だ。そのときのリカが物腰が柔らかくて物静かで、凛として謎めいて見えたのは、面倒くさくて誰に何を言われようとただ黙って勇者スマイルを浮かべ、やり過ごしていただけのことだ。
それに――。
「ラレンが僕たちのパーティに加わったのは僕が物腰が柔らかくて物静かで、凛として謎めいていたからではないと思いますよ」
そう付け加えると先に立って階段を下りていくルグに向かってリカはニッコリと微笑みかけた。リカの完璧に整った勇者スマイルと同意するように深くうなずくオリーとバラハを振り返って見たあと、ルグは何も言わずにただ微笑んで背中を向けた。
「それにしてももうしわけない」
「何がですか」
ルグの謝罪にオリーはきょとんと目を丸くして聞き返し、バラハも首をかしげた。
「勇者様の神剣や戦士様の斧、魔法使い様の杖。相棒みたいに大切な武器を部屋に置いて行ってくれなんて……もうしわけないですよ。俺も騎士の端くれなんで定位置に剣がないとそわそわしてしまって……」
いつもは腰に剣を差しているのだろう。いつもなら剣の柄があるのだろう場所に手をやって宙をなでてはため息をつくルグを見てオリーとバラハは苦笑いした。元々は貧しい農民の出身であるオリーとバラハに武器を手放して落ち着かないという感覚はあまりない。
「このせまい階段や通路を歩くには長い武器を持っていては邪魔ですからね」
理由が同じかどうかはともかくリカもあまり気にしていないようだ。
「そこの筋肉バカにいたっては斧を置いてきても邪魔ですからね。その巨体だけで邪魔ですからね」
「その邪魔な巨体がこれまでの旅で重要な肉壁になってきたこと、わかってる? なあ、わかってる、バラハ!? 泣いちゃうぞ、俺!」
「この先にいる人たちに武器を奪われでもしたら大変なことになるでしょうし、仕方がありません」
「そう言ってもらえるならよかった。理解があって助かります!」
「バラハも無視ならリカもルグ様も完全無視!」
オリーが涙目で訴えているのなんてお構いなしでケラケラと笑っていたルグがふと足を止めた。細くせまく長い階段を下り切り、厳重にカギをかけた重い扉の前に立ったのだ。
「ここが地下牢の入り口です。厳重にカギのかかった扉をいくつもくぐった先にアーロン男爵が幽閉されています」
リカとオリー、バラハを振り返ったルグは真剣な表情に戻るとそう言ったのだった。




