07-01 ロイヤルキャット様です!
空間転移とは魔法使いや白魔導士といった魔力を扱う職業の者たちが覚えられるスキルの一つだ。事前に特定の場所を〝覚えて〟おくと、その場所につながる〝扉〟を開くことができる。
覚えておける場所は一か所から四か所。術者の魔力量、スキルとの相性で変わる。ちなみにバラハは三か所、ラレンは二か所、覚えることができる。
〝覚えている場所〟で一番多いのが目的地から一番近くて安全な村や町。その次が王都で、さらにその次が故郷だろう。バラハもご多分にもれず、その三か所を覚えている。
ラレンもそうだ。なにせ――。
「三年振りに帰ってきたぞ、王都にー!」
「し、侵入者ーーー! ……って、あら、やだ。ラレン様!」
アルマリア神聖帝国現国王の息子で、第三王子であるラレンにとっては王都こそが故郷だからだ。
「いや、でもよう……いくら王都が故郷で、王城が我が家だからって城内の自室にワープポータルを出現させるってのはどうなんだよ、ラレン」
ワープポータルから出現するなり両腕を振り上げて喜びを表現するラレンにオリーはため息をつく。
そして――。
「サリアさん、驚かせてしまってもうしわけありません。ご無沙汰しております」
「あらあら、戦士様に魔法使い様も!」
突然、現れたワープポータルから突然、現れた薄汚れた人影たちに悲鳴をあげた老婦人に向かってバラハが苦笑いであやまる。サリアと呼ばれたメイド服姿の老婦人は人影の正体がわかるなり猫じゃらしをにぎりしめて破顔した。
「後ろにいらっしゃるのは勇者様と……あら、もう一人、お仲間が増えたんですね」
「お久しぶりです、サリアさん」
「……っ」
にっこり勇者スマイルで答えるリカの後ろでジーはビクリと肩を震わせてうつむいた。黒いマントについているフードを引っ張って深くかぶり直す。ジーの様子を見て恥ずかしがり屋なのだろうと解釈したサリアはニコニコの笑顔でラレンに向き直った。
「まあまあ、お帰りなさい。ラレン様も、皆さんも、無事にお戻りになってサリアはとっても嬉しゅうございます。エリザベス様も今はビックリして隠れておりますが、きっとラレン様がお戻りになって喜んでいますよ」
「そうだった! エリザベス、エリザベース」
「エリザベス?」
「エリザベスって現国王の息子な王族に飼われているロイヤルキャット様なエリザベスのことですか?」
だだっ広い部屋の中央と窓際と壁際の三か所に置かれただだっ広いベッドの下やらカーテンの裏やらをのぞきこむラレンを見てオリーとバラハが首をかしげた。
エリザベスとはラレンの飼っている猫の名前だ。専用の部屋を与えられていてラレンの自室にはいない。いないはずである。
いないはず、なのだが――。
「いた! エリザベーーース!」
「ニャ」
ラレンの声に応えるように短く鳴いて、毛の長い純白の猫がカーテンの裏から顔を出した。優雅な足取りで足元までやってくるとゴロゴロと喉を鳴らしながらラレンの腕に納まる。
「どうしてここに王族の気品漂うロイヤルキャット様が」
「ここってラレンの部屋じゃねえのかよ」
ふっさふっさと優雅にしっぽをふるエリザベスを見下ろしてバラハとオリー、リカの後ろで成り行きを見守っていたジーが震え始める。三人が震えている理由どころか震えていることすら知らずにラレンは当たり前だろと言わんばかりの顔で言った。
「僕の部屋がこんなにせまいわけないだろ。ここはエリザベスの部屋。ネコ用の部屋だよ」
「ネコの部屋がこんなに広いのかよ!」
「……! ……!」
「肩を落とさないでください、ジー! 心の中でギャン泣きする必要もありません、ジー! 猫は猫でも現国王の息子、王族に飼われてるロイヤルキャット様です! 部屋が広いのも当然です!」
「わかる……わかるぞ、ジー! 震えてる理由も動揺する気持ちも俺たちにはよくわかる!」
あいかわらず表情は淡々としているけれどネコ専用部屋のあまりの広さにプルプルと震えているジーの肩をオリーはガシリとつかみ、バラハはそっとなでた。小さな村、小さな町、小さな家のかたいベッドで育った三人のあいだに生まれたなぞの連帯感は今も健在らしい。
「いや、だから、前にも言ったけどさ。心の中ではギャン泣きしてるそこの魔王だって魔族の王様でしょうが」
魔王を取り囲んで全力でなぐさめる勇者パーティの戦士と魔法使いを見つめてラレンは苦々し気に顔をしかめながらため息をついた。
フードを深々とかぶった新しいお仲間に寄り添う勇者パーティの二人とラレンの気安い物言いにサリアのニコニコ顔がますますニコニコ顔になる。〝仲がよろしいようで何よりです〟のニコニコ顔だ。
そしてリカはと言えば――。
「というか、ラレン。どうして自室じゃなくてエリザベスの部屋を覚えておいたの?」
「はい、勇者様! いついかなるときでも、いつかなる場所にいようとも、一日一回はネコを吸わないと死んでしまうからです!」
勇者崇拝過激派にして猫教信者なラレンは推しのリカに話しかけられたうれしさと力説するべき事柄のために真顔でガシリと拳をにぎりしめた。
「……え? もしかして僕たちと旅をしていた三年のあいだも一日一回、この部屋に戻ってきていたの? ネコを吸うために毎日?」
「はい、そのとおりです、勇者様!」
「ニャ」
ラレンに同意するように抱っこされたエリザベスが短く鳴く。なぜか胸を張っているラレンと、ラレンに抱えられて満足げにのどを鳴らしているエリザベスを見つめてリカは勇者スマイルで押し黙った。
そして――。
「あら、やだ。ちっとも気が付きませんでしたわ、ラレン様」
「三年振りに帰ってきたぞ、じゃねえよ!」
「毎日帰ってきていたんですよね? ネコを吸うために毎日帰ってきていたんですよね!?」
サリアはコロコロとのんきな笑い声をあげ、オリーとバラハは白い目でラレンを見たのだった。




