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短編集・散文集

晩秋

作者: Berthe

 (なぎ)()にとって冬は四季のなかで一番わずらわしい季節で、子どもの頃は毎年のように襲いかかる身を切るばかりの寒さに耐えられず、白々とひろがる雪化粧にうっとりしつつも早くそれが融けだして春が来るのを待ちわびていた。


 カーテンをひいた窓越しにちらちらと舞いだした初雪に魅せられるままに、早く積もらないだろうかと幾度もこりずに窓辺へ寄って額をおしあてるそのたびに、薄い皮膚に突き刺さる冷たさに知らぬうちに夢中になったあげく赤くしてしまい、それを知った母に笑われたのは幼い頃のことで、そのあとすぐに気遣って額に手をあててくれたのは嬉しかったけれど、その手のぬくもりはもう覚えていない。


 今では降雪のめずらしい地方に住まいながら、雪は少しもなつかしくならない。そればかりか雪のふらない冬さえわずらわしくて、ためらいなく冬へとむかう秋の終わりがうとましい。


 あたたかな彼の部屋でぼんやりしていた凪紗は、今またふいに晩秋を意識すると共に寒気がして、長袖につつまれたしなやかな腕をさすりながら冷めたお茶を手にレンジへ立った。


 部屋にもどりソファにすわって啜ったのちそっとカップを置き、両膝をかかえてもたれながら自然と目にはいるのは机にむかって書籍をよみふける彼の椅子の背で、届かないのは試さずとも知れ切ってはいるものの凪紗はそれでも静かに足をくずすままにソファに腹這いに寝そべってぐっと手を伸ばした。


 中空を寂しく舞う手先をひらひらさせながらすぐに飽きるままにうなだれると、冬用にさしかえた暖かなラグの上に袋のあいたまま投げ出された食べかけのポッキーを認めて、いつのまにテーブルから落ちたんだろうと訝りつつその周りにちらちらする彼よりも長い髪の毛に不信をおぼえるままにつまみかけたものの、たちまち首をふりながら菓子へ手をのばして口に咥えながらきちんと座り直した。


 食べおえると凪紗はふいに立って静かに歩みながら彼の後ろに着き、そばから覗き込もうとしてしばしためらい、やはり出直そうと後ろ手に手首をつかんでそっと向き直り歩みかけたところへ、ぱたんと本が机に置かれる音がして足をとめるや否や、肘掛椅子の車輪のひびきがした。


 凪紗は嬉しさにぴんとつま先立ちになり、それから振り向きかけたところへ、ぐいと腰回りをつかまれて、


「え」とおぼえず声がもれるが早いかぴったり彼の膝に尻をついた。


「ちょっと」とつぶやきながら何もかも分かってはいるものの、それでもやさしく滑らかに、「どうしたの」


「どうもしないよ」と言いながらも凪紗の腰を抱きすくめて背中に頬を押しあてている。


「そう?」と受けながら手持ち無沙汰のままに彼の手の甲へ手のひらを重ねるとほんのりあたたかい。それから凪紗は浮いた脚をぶらぶらさせて靴下をはいたつま先の体操をし、足首をぐるぐるするうち、


「ねえ」


「なあに?」と聞きながら彼の手首に黒子をみつけてさすると、


「おれと凪紗が出会えたのは偶然だよねっていったらどう思う」


「急だなあ」と返しながら凪紗は薄い毛のなかに一本だけすこし濃いものをみつけてそっと引っ張ってみると、皮膚も一緒にそちらへ動き、その下で青い血が太く盛り上がっている。


「読んでいたのは偶然論についての本でね。これがすごく面白くて、それ以上に難しいけれど。もちろん凪紗には勧めない」


「うん、ありがとう。読めないと思う、それは。わたしは小説のほうがいいかなあ。ねえ、それってやっぱり哲学なの」


「まあ哲学。偶然対必然っていう構図。読んでいるうちにどっちも重要ってのが分かってきて、ていうより実感できるんだけど、まあ難しいことは置いといて、出会いってのはまさしく偶然そのものだよ。そこには驚きがあって。神秘があって」


「今日はやけにロマンチストじゃない」


「ちょっと、普段は冷たいリアリストだとでも?」


「えっと、どうだろう。どちらかというとナルシスト?」と答えて凪紗は彼の手を解きつつくるりと立ち上がり、嫣然(えんぜん)と微笑みながら、「嘘だよ。ううん、本当かも。わたしかっこつけてる人のほうが好きだし」


 自分が気に入る男は大概そうだったとぼんやり振り返りつつ、それはもちろん教えずにいるうち、


「それって喜んでいいのかな」


 と苦笑をうかべつつ彼は立ち上がり、そのままこちらへ近寄ってくるのに、凪紗はすいと後ずさりながらついにソファに足があたって観念するままに上目づかいに微笑みながら仰向けにしどけなく倒れると共に、そっと近づいた親しく温かいものがやさしくまつわりついた。

読んでいただきありがとうございました。

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