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練習帳

習作2

作者: 日向 葵

 放課後の窓が夕焼け空を四角く切り取る。長方形の形そのままに差し込む夕日は目を疑うようなほど真っ紅で、制服の白いシャツさえ別の色に染め上げてしまう。だからだろうか。心深(ここみ)の頬も、微かに赤く染まっているように見えた。

「一人じゃさびしい。でもだからって、誰彼構わず傍にいればそれで充分ってわけでもないんだ」

 夕日に包まれた心深は、横から照射される赤い舞台照明の真ん中に立つ役者のように別人に見えた。どこか普段とは違って、でも大袈裟に芝居がかっているわけではない。真剣そのものだ。

「特別なんだ、私にとって青波(あおば)は――――」

 キュッと床が微かに鳴る。心深が近付いた確かな合図を、俺は気に留めなかった。留めることを心深は許さなかった。

 髪の揺れる音さえ耳に届きそうなほど気配が近付く。乾燥する空気にさらされ少し荒れた俺の唇を、潤すように湿った吐息が覆う。かすかな甘いにおいはリップクリームだと、お互いの一番やわらかいところがふれ合って思い至ることができた。


 これまでの学校生活で聞いた覚えもない時計の針が一つ時を刻む音を、確かに聞いた。


 石像になる魔法をかけられたかのように身動きができない。絡み合った影は心深がほどいた。

 眼前には頬を紅潮させた心深。ここまで近ければ、その色が夕日のせいでないのは一目瞭然だった。近すぎて、涙に揺蕩う瞳まで確認できた。

「――――心深」

 慌ただしい心臓とは反対に思考は落ち着いていて、思ったより冷静に名を呼べた。

「こういうのは、良くないと思うぞ」

「は、……はあ?」

 心深の声音は、明らかに別の答えを期待していたのに裏切られた不満や疑問に彩られていた。

「自分の欲求を一方的に許可なく相手にぶつけるのは、はっきり言って最低だ。たとえ心深が学校一の美少女で、俺たちが固い絆で結ばれていたとしても」

「な……っ」

 心深が目を見開く。長い睫毛に縁どられぱっちりとしたクラスの女子憧れのその目が、常より更に大きくなるとは知らなかった。

 最初心深は、口を開いたり閉じたり、反論なり言い訳なりをなんとか紡ごうとした。しかし意味のある言葉は生成できなかったようで、「ああ~~~~」と美少女らしからぬ声をあげながらスカートも気にせずしゃがみ込んだ。

「分かってたよ、青波が真面目くさった正攻法しか通じないなんて。でも勇気を振り絞った恋する乙女にそこまで言う!?」

「心深が今したのは、性犯罪と直線上にある行為だ。恋愛を理由に正当化できないと戒めるのが、友人としてあるべき姿のはずだ」

「……ごめんなさい」

 〝勇気を振り絞った恋する乙女〟に対して情けが無いと周囲から非難されようと、今後も心深といたい俺からすれば知ったことではない。

「ほら立つ」

 いつ人が来るともしれない校舎内でこの体勢はいただけない。両手を握って引っ張るようにして心深に起立を促した。意気消沈した彼女は素直に従う。

「怒った?」

 心深が握り返すその強さで、俯いた彼女の表情がうかがえずとも心中ははっきりと察せられた。

「怒った」

「……」

「でも、許したから」

 バッを顔を上げる心深は信じられないようだった。

「どうして」

「そこはまあ、俺と心深の仲だから」

 四角四面に人を罰したり裁いたりするのでは、味気ないだろう。友情と言うなら、情けがあって良いはずだ。自分の中の理屈を説明すれば、キスをした直後でもこぼれなかった涙が一粒ぽろりと落ちた。

「ありがとう」

「だいたいどうしてこんな迂闊な真似をしたんだ」

「だって、前進したかったていうか、結果が欲しかったっていうか」

「心深自身よく分かってたじゃないか。俺には真面目くさった正攻法しか通じないことくらい。どうしてそれをしない?」

 黒々とした瞳を覗きこむ。宇宙のような深淵に、俺はいつも惹き込まれてやまない。

「どうしてって、そんなの……」

 そこで言葉は途切れる。

「――――いいの? 正攻法なら」

 口にする代わりにほほえみかける。それで通じ合えると知っている。

 ゆっくりと繋いだ手をほどき、心深が一歩後ろに下がる。日に日に夕暮れ時が短くなり、冷たい風が生まれた挟間を通り抜けた。でもきっと、さっきのキスなんかよりも、ずっと二人の距離は近付くはずだ。


「好きです。私と付き合ってください」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 習作とは思えないほどに文章が巧みですね。「横から照射される赤い舞台照明の真ん中に立つ役者のように別人に見えた」「ここまで近ければ、その色が夕日のせいでないのは一目瞭然だった」など、唸るよう…
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