第一章 (1/4)
暑い もう夏なんだな…
太陽にジリジリと肌が焼かれ、夏の匂いを感じる。
生暖かくも心地よい風に誘われ、足を進めた。
学ランを脱ぎ、大きく手を広げて深呼吸をした。
頭の黒いものも目の奥の痛みも吐き出した。
こんなに清々しい気分は久しぶりだ。
ガン!!!!
後ろから激しい音が聞こえる。振り向けば柵の向こう側何かを叫びながらこちらによってくる先生やクラスメイトがいる。
ここは、学校の屋上だ。
ボーッとしていたせいで、飛び降りる前に邪魔が入ってしまったようだ。
腹に黒い何かが生まれ、それと同時に怒りと嬉しさが脳に登っていくのを感じた。
そして、それらを隠すように俺は笑った。
「今さら、おせーよ!!バァーーーーカ!!!!」
その場の顔が全て強張っているのを感じる。気持ち悪い。
「はぁあハハハハ!!今まで俺のこと見なかったクセに!ここで!ここに来たからセーフだと思ってたか!?あああバーカ!!お前ら全員人殺しなんだよ!!!!」
もはや、罪悪感のような感じがする。言ってはいけないことを叫ぶたび、全身が震え、脳が潰れる。
「あいつ…才湖砂に言っておいてよ。人殺しが、ハエがてめえに集っただけで強くなったって勘違いしただけのクソ雑魚ド低能が!俺をいじめたことを後悔しろ!自分の憐れさを自覚出来ないまま世界に潰されて野垂れ死ね!!!!アハハハハハ!!!!」
高笑いをしながら俺は学校の屋上から跳んだ。重力に引っ張られ、空が急激に離れていく、さっきまであんなに近かったのに…
「ああああぁあぁあああ!!!!」
これは勝ち逃げだ。あいつらは負けて、俺が勝ったんだ。なのに、苦しくて仕方がない。
全身が痺れて、頭が痛くなる。耐えられなくなり、目をつむろうとした瞬間…
窓から落ちていく俺に笑顔で手を振る才湖砂育夫が見えた。
─────ドッ
……………
…俺は死んだのだろうか。ちゃんと飛び降りたし、頭に強い衝撃も受けたのを感じたから死んだはずだ。
じゃあ、なんで意識があるんだ?
どうして、胸が苦しいままなんだ?
…いや、苦しいというか…痛い!
目を開ける。先程まで見えていた夏の光景は消え失せ、暗闇の中ドーム型で並んだ無数の白い魔方陣がキラキラと光っている。俺はそのドームの中で横になっていた。
…ここは、天国だろうか。
しかし、天国にしてはいささか幾何学的すぎないか。
いや、天国に行ったことはないから想像でしかないけれど。
そんな思考をしていると、嬉しそうな声が聞こえてくる。
「魔方陣内に生物反応あり!適正……S!!勇者召喚に…成功しました!!」
『ワーーーー!!』『やったーー!』『良かった…てっきりもう無理かと…』『召喚成功したらあの子に告白するって決めてたんだ!行ってくる!』『お前それこんなタイミングで決めんな!行ってこい!』
大きく喜びが弾け、広がっていく歓喜の声。それを発しているのは、ローブを羽織り、顔が見えない怪しげな集団だった。そのうちの半分くらいは禍々しい杖を持っている。
…なんだろう、綺麗なところだけど、天国っぽくないし、現世っぽくもない。
じゃあ地獄か…?それも違う気がする。
とりあえず辺りを見回すべく立ち上がると、体内になんかキモい物が入ってくる感覚がした。
胸の痛みはこれから来ている感じがする。痛い。
その様子を見たローブ達は動揺し始める。
「えっ!?ちょ!あんたら、拘束魔法やっといてって言ったじゃん!!」
『いやこの超ベテランの俺様が忘れるわけないだろ!今もやっている!でもなんか魔法が効かねんだよ!』
『はにゃ!?召喚用魔方陣も消えていってますよ!!』
『…クソ…………何が…どうなってんだッ…………!』
動揺しているようだが、誰もこちらによってくる様子はない。
こんなに痛がっているのに薄情だなと思ったが、ここが地獄なら彼らは鬼か悪魔かだろう。
それなら地獄に落ちた奴を助けるなんてことしないか…
いや何故自分が地獄に落ちたこと前提になってるんだ。そんな地獄に落ちるほど悪いこと…してないよな?
いや待って…?そも、ここがどことか呑気なこと考えてる場合じゃないじゃん!俺馬鹿かよ!
呑気な考えを振り切り、辺りを見る。
暗くて広いドーム型の建物にローブ達が三十何人か、よく見ると窓があり、その奥にも何人か人がいるようだ。
ローブの人達は俺に警戒している様子で話しかけるより拘束しようとしている気がする。怖い。
とにかく、自分がどういう状況なのか聞かなくちゃ…!
「え…っと、何…ですか?」
口から誰に向けてかも質問の意図もわからないような質問が出てきた。元々口下手だったが、パニックになってしまってこれ以上声も出そうにない。
もう、本当に酷い。
すると、一人のローブが前に出た。
「何って、てめえが何だ?見た感じは魔法が効かない体質っぽいが…それだけなら魔方陣ごと消えることはない。何をしやがった。返答次第では俺が相手に…」
「待て待て待てバカアホアホ!勇者怒らせちゃダメでしょ!」
ズベズベズベン!とローブ男性を気の強そうなローブ女性が連続で殴り、前に出た。
「すみません!このアホにはよく叩いて聞かせますので…」
「叩くな!せめて言って聞かせろ!あとアホ多いな!」
…おぅん、思ったより怖い人じゃなかった。
相手は子供のような喧嘩をするような人達と分かり、ほんの少し安心した。
彼らは全てが分からない存在ではない。
「あっあの…ここはどこですか?……あなた達は誰ですか…?…て言うか、俺、死んだはずじゃ…」
うーん、やっぱ酷い
「……おいおい、死んだってまさか…」
|(扉バァーン!)「私が説明しよう!」
男の言葉を遮り、扉を開ける音とハキハキとした声が響く。
そちらを見れば、おっとりとした印象の顔の女の子がキリッ、ドヤッと仁王立ちしている。
ローブの人達と違い、オレンジがかった金髪を三つあみにして、白いワンピースにピンクのパーカーと明るい見た目だ。出入口のような扉が後ろに見えるからそこから来たのだろう。
『えっエイ!?なんでこっちに来てんの!?』
「まあ暇だったし。良いでしょー?」
「…余計なことすんなよ?あと、こいつに魔法は使うな。いいな?」
「…ほ?まぁ、りょ!」
サイと呼ばれた女性は俺の前に歩いてくる。
あれ、なんか身長でかい…2m以上はありそう…?
「まずは可憐に自己紹介!私はエイディル・バラ・モーベル。皆からはエイと呼ばれているよ。そして、君の先輩勇者でもある。よろしく!」
「…あっえっと、鳴杜 助です。えっと、タスクと呼んでください。よ、よろしくお願いいたします…?」
「りょ!タスク!よろしく!」
彼女はにっと笑う。女の子の笑顔にあまり慣れていないので少しドキッとした。
「そして、ここは異世界だよ。」
「……え?」
からの落差
いや何を言っているんだこの人?
「……イセカイ?」
「うん、異なる世界、異世界」
…もしや、難しい話をしている?
現実逃避を始めた俺に対し、更に追い討ちをかけるが如く女性は説明を続けた。
「なんかねーこのローブらがね、敵に負けそうだから勇者を召喚してなんとかしようとしてるって感じ!で!タスクがいた世界からこの世界にタスクは勇者として召喚されたんだよ」
「………?」
ふんすと鼻を鳴らすニコニコのエイと対称的に俺は頭真っ白顔真っ青だ。
「…ん…えっと…夢かなコレ」
「夢じゃないよ!」
「………ふえぇ」
…脳ミソ溶けてきた。
魔方陣のドーム、現実離れした謎施設、ローブ達の会話内容、エイの言葉、何より自分の中にナニかが取り込まれ続けている感覚が、ここは地球ではない異世界だと嫌でも理解させてくる。
どうしてこんなことに…
グラリと視界が歪み、俺の意識は異世界から逃げ出したのだった。
────
「えーと、鳴杜だよな?俺、才湖砂 育夫、よろしくな!」
俺は親の離婚で引っ越し、友人もいない高校へ編入した。俺の周りは既にグループが出来ていて、悲しみで友人を作りたいとも思えなかった暗い俺に話しかける人はいないと思っていた。
…だから、君に話しかけられて嬉しかったんだ。
才湖砂はイケメンで高身長で誰ともフランクに話すクラスの中心人物だった。
彼と席が隣だった間はよく話をした。それからどんどん話す友人も増えていった。
席替えをしてから才湖砂と話す回数は減ったが、それでも友人を作るきっかけをくれた彼には恩を感じていたし、友人だと思っていた。
イジメられるまでは。
彼がクラスに与える影響力は凄まじく、すぐさま俺は孤立してしまった。聞こえるような陰口やあからさまな無視、たまに暴力も食らった。
あぁ、どうして…
明確な悪意だった。
彼は優しい人ではなかったのか。
皆もひどい、ひどいひどいひどい…
この程度と思うかもしれない。もっと酷いイジメをされている人もいるかもしれない。
それでも、親に不信感を持っていて学校に居場所を求めていた俺は友人の才湖砂達にイジメられたことが耐えられないほど辛くて、絶望してしまった。
…そして、飛び降りるに至ったのだ。
────
結局、才湖砂も嫌いな親も友人も絶望もイジメも全て置いていって異世界に来てしまった。
残ったのは元の世界に対する恨みや憎しみだけ。
でも、もう全部忘れてしまおう。
ポジティブに考えれば、絶望している俺に新しい環境が出来たのだ。
ここからまた新たな生活を始めて、勇者?も頑張って、全部忘れて楽しもう。
もう、そうするしかないのだ。
遠くから賑やかな声が聞こえてくる。俺は気絶してしまったんだっけ… 速く、起きなくちゃ。
目を覚ます。
辺りはつんとした薬の匂いが充満して身が引き締まる感覚がした。
清潔感のある白い部屋によく分からない機械|(?)や人体などの本が沢山あり、なんとなく保健室や診療所っぽい雰囲気を感じる。
俺は部屋の角にあるベッドに寝かされているようだ。
左腕には綺麗な模様が描かれたブレスレットがついている。
部屋のソファで誰かと話しているエイが見える。
「…お!とうとう起きたか!」
大きい男性の声を皮切りに、エイも含め部屋にいる六人の男女がこちらを見た。|(見てない人もいるが…)
何人かは角や翼が付いていたり、腕が沢山生えていたり、人間とは言えないような見た目をしていた。
この人たちは確か、最初の召喚していたところの窓から見えた人達だ。
「あっえっと、お、おはようございます…」
「おはよ!タスク!体調はどお?」
「あっ大丈夫です。心配かけてすみません。」
「ほ、良かったよ!私もごめんね?ちょい衝撃の事実伝え過ぎた!」
「いえ…俺の容量が小さいのが悪いので…」
「フム、これで大丈夫なのか…(ぶつぶつ)」
「たかが異世界と知っただけで気絶なんて…君、軟弱で可愛いねー♪」
「あんたも異世界に来たときはとんでもなく動揺してた
だろ。どっこいどっこいだ」
「あーん、サッチー冷たーい!」
「タスク!あまり気負うなよ!俺らも勇者として召喚されたからな!いくらでも頼ってくれ!」
「えっと、ありがとうございます。」
「ちょいリーダー!気遣うのもいいけど、先に自己紹介でしょー!」
「あー、そうだった!悪いな!」
リーダーと呼ばれた大柄の男性が前に出た。彼の目は顔の左側に2つ、右側に4つ付いていた。かっけぇ…
「俺ぁダグリエス・ルル。最初に召喚された勇者だ。皆からリーダーって呼ばれてっけど、別に最古参ってだけだから、敬意とか気にしなくていいぜ!」
「あっはい!えっとリーダーさん?俺は鳴杜助です。よろしくお願いします」
続いて、スラッとした男性が話し始める。彼の前頭部から角、背中から黒い翼が生えており、まるで悪魔のようだった。
「はいはーい!僕はバラムだよー。4番目に召喚された悪魔さ!勇者じゃないよ!タスくんよろ~」
タスくん…
「えっあっバラムさん、よろしくお願いします」
まるで悪魔じゃなく、本当に悪魔だった。
「あ、ちなみに私は5番目だよ!」と、エイが元気に口を挟む。
「後言っとくけどー、この美魔女サッチーは僕の彼女だから!手ぇ出さないでね♪」
「彼女じゃねぇよ」
サッチーと呼ばれたスレンダーなお婆さんはバラムを冷たくあしらい話し始める。黒いケープを羽織っているが隙間から腕が沢山生えているのが見える。
「私はサチ・アイヴィーだ 3番目、よろしく」
「よ、よろしくお願いします サチさん」
お辞儀をして残りの二人を見た。
が、ローブの老人は眠っており、もう一人の女性はバインダーにぶつぶつ言いながら何かを書き続けている。
「…で、この寝てるじいさんがローブ達のリーダーのギロエコで、こっちのぶつぶつ言ってんのがこの治療所の主のヒュースだ」
「お~いギロ爺、第六勇者様が御起きになられたぞー?起きろ!挨拶しろー!」
「…ふご!?…んあ…何じゃ?昼飯はもう食べたじゃろ?」
ギロエコはローブを深くかぶり立派な白髭を蓄えてザ・ファンタジーな見た目だが、言動は普通のおじいちゃんのようだ。なんか可愛い。
「おーそうそう、昼飯食ったなー覚えててえらいなー?でも今そういう話じゃねぇからギロ爺」
「…んお…おー…御起きになられたか第六勇者殿…儂はギロエコ、この集落の長じゃ」
「あ、はい」
「突然じゃが、貴殿には我々の救世主となっていただきたい…!」
「…ギロ爺それもう言ったから」
「!?(ガーン)」
…この二人おじいちゃんと孫みたい。
「ヒュース!ちょい顔上げて自己紹介しよーよ!」
「……(ぶつぶつ)」
「もぉー!!!!」
「エイ、諦めな。ヒュースはセナと患者にしかまともに反応しねぇから」
「ほ!?タスク患者だよ!?」
ヒュースはボサボサな緑髪の超長髪で片眼鏡をつけている女性だ。
彼女はチェアに三角座りをして、時折頭をかいたり、顎に手をおいたりしながら何かを書き続けている。
とてもじゃないが、清潔感溢れるこの部屋の主とは思えない。
…皆の自己紹介が終わったが、どの人もかなり個性的な人|(?)だなぁ
ここの長のギロエコさんに治療所の主のヒュースさん。
第一勇者のリーダーさん、第三勇者のサチさん、第四勇者のバラムさん、第五勇者のエイさん…
…あれ?第二勇者は?
「…ウォッホン!」
思考を廻らす中、ギロエコがわざとらしく咳払いをして、俺は現実に引き戻された。
「えー…ではタスク殿、まずこの世界について話させていただこう。」
「え!?こ、この世界について~!?」
「なになに?教えてー!」
「やめろ盛り上げ隊」
ルルが盛り上げ隊を叱りつつ、ギロエコは話し始めた。
「…この世界には何千何万の生物がおるのじゃが、我らウガト類は中でも弱い部類じゃ。ただ、繁殖力が強く個体も大きいウガト類はよく強い生物…魔獣に狙われてしまう。そこで、勇者方々に助けていただきたく、召喚したのじゃ。
ただ、魔獣を滅ぼしたいわけではない、勇者殿には集落に攻めてくる魔獣をなんとかしてほしいんじゃ、勝手に呼び出しておいてと思われるかもしれませんが、何卒、お願いします。」
ギロエコはソファから立ち上がり、頭を深々と下げた。
…救世主とか勇者とかかっこいいと思っていたが、冷静に考えたら結構ヤバい状況では?
先輩勇者達は皆俺より強いから死んでいないだけで、俺は魔獣に殺されてしまうかもしれない。
いや、確実に殺される!
ギロエコさんには申し訳ないけど、断って…
「まぁ長はこう言ってるが、別に戦わなくてもいいぜ」
「…え?そうなんですか?」
「…まあ、戦えない者もいるからのう…」
「そうだね、私は戦えないから基本的に留守番だし…」
「サッチーの騎手だから俺もサッチーと留守番してるよ~♪」
「私はねー、めっちゃ強いから戦ってるよ!でも強くなくて死んじゃった人もいるよ!」
「…」
そこで、第二勇者の存在が頭に浮かんだ
「…あの、もしかしてですけど、ここにいない第二勇者さんって…死んじゃった人なんですか?」
「死んでねぇ、てめぇら説明くらいちゃんとしとけよ」
突如、部屋の入り口から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
……そんな、どういうこと…?
汗が吹き出して息が止まる感覚
この声の持ち主は誰なのかはすぐに分かった。
しかし、分かりたくなかった。
分かりたくなかったのに、俺は反射でその方向に向いてしまった。
あぁ、なんて俺は愚かなんだろう。
その姿を確認してから直ぐに俺は後悔した。
そこにいたのは、才湖砂育夫だった。
読んでいただきありがとうございます。
やる気ないですが、やる気あったら続き出します。