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非日常は日常

作者: 豊

 この世は地獄だ。そう感じているのはこの世界で自分しかいないだろう。生まれや環境での最悪はある、しかし自分と同じ境遇の人間はいないだろう。


 今回で何回目だろうか、繰り返す日常を数えるのを止めたのは何回目の時か、自分の境遇と同じ人間がいれば、なにか変わったのかもしれないし、変わらないかもしれない。


 布団から身を起こし、洗面台で顔を洗う。身だしなみを整える行動はもはや作業だ。鏡に映る自分の

 顔を見る。


「いつもと変わらない自分の顔だな…」


 そう呟く声には機械的な感情の無い声。朝食を食べながら、一字一句間違えずに暗唱できる朝の情報番組を見る。着替えを済ませ、大学に向かう為の準備をすませる。


 いつもと同じ道を歩き、信号を待つ。「5秒、4秒、3秒、2秒、1秒、0」カウントダウンの数字が0秒になった瞬間、車の激しいブレーキ音、女性の悲鳴、何が起こったのか分からない困惑の声、スマートホンで写真や動画を撮る若者。


 信号は青に変わり、大学へ向かう為に横断歩道を渡る、事故現場は野次馬で溢れている。最寄りの駅につき、電車を待つ、通学、通勤の人達でホームは溢れている、スマートホンを見ている人達が大半だが、その中に一人、俺のいるホームの反対側で憎悪の籠った目で一人の女性を見ている女がいる。


「電車が通過致します、危険ですので白線の内側でお待ちください」駅内に電車の通過を知らせるアナウンスが流れる。いつもの時間いつもの声だ。


 電車の急停車するレーキ音、何かがぶつかった衝撃音、少し遅れて悲鳴が聞こえる。高笑いしている女の声が日常の騒音を、非日常の騒音に変えた瞬間だ。


 諦めた俺にはその姿を只々見ている事しかできない。一人の力は無力だ。


 電車が復旧するのは一時間後だ、正確には1時間1分23秒。高笑いしていた女は、到着した警察に身柄を拘束され、駅内は俺以外は非日常で溢れている。


 電車は復旧し、大学近くの駅に到着し、いつもの通学路で大学へ向かう。


「おはよう、どうしたの何かあったの?」


「いや、人身事故があってね」


 彼女は毎朝この時間に声をかけてくる、内容は度々変わるが、たいした変化はない。


「見たの?」この返答次第で多少会話の内容は変わるが、答えは決まっている。


「ああ、それで気分がよくなくてね」彼女はごめんと謝罪し、俺は大丈夫と答える。いつもの日常だ。彼女は話題を変えようと、大学での人間関係の話や、嫌いな教授の話、いつもと変わらない日常の話をする。


 大学に到着すると、校内では警察がきている。学生達は何があったのか、興味津々の様子だ。事情を知っているものは、話の中心となり、生徒達に真相を拡散する作業に没頭している。


「何があったのかな?なんか今日は色々と起って気味悪いね」


「明日になればいつも通りになるよ」


 いつもの会話いつもの日常、明日になれば同じ日常が繰り返される。彼女はそうだねっと明るく答えた。同じ講義を受けるので、教室まで二人で並び歩く。学内は警察がきている事で、色々な噂話が飛び交っている、簡単な話、不審者が学内で暴れ生徒や教師が怪我をし、不審者は警察に逮捕された。それだけの事だ。


 校内放送で、今日の講義は中止すると繰り返し流れている。「あーどうしよう。講義中止かぁ」

 彼女の独り言を呟く。


 彼女のこれから起こる出来事は決まっている、どこへいこうとも事故に遭う。回避する方法が存在するかもしれないし、無いかもしれない。少なくとも俺にとってはいつもの日常だ。


「ねぇ、時間あるなら何処かいこうよ」彼女の誘いに二つ返事で返す。「じゃぁさ、駅前のモールに行こう」楽し気な声でこちらに返す。取り留めなのない会話をしながら、二人並び歩いて行く。


 モールへの道は平日でもそれなりに人通りがあり、会社員、学生、休日の人達がそれぞれの目的地に向かい歩いている。建設現場に差し掛かった時、突然彼女に突き飛ばされた。


 何が起こったのかは理解している、建設現場でクレーンがバランスを崩して歩道に倒れてきたのだ、彼女はそれに気が付き俺を突き飛ばしたのだ。地面には彼女の血が広がり、俺の目の前には彼女の手が横たわっている。


 悲鳴、悲鳴、悲鳴、日常。


 この後は警察の事情聴取があり、家に帰るのは夕方になるだろう。家に帰れば、する事は変わらない

 風呂に入り、晩御飯を食べ、バラエティ番組を見て布団に入り寝る。


 いつもと変わらない日常だ。非日常だろうと毎日起こればそれは日常になる。明日目が覚めればいつもと同じ日常が繰り返される。


 この世は地獄だ。こんな怪奇な現象に遭遇している俺と同じ境遇の人間はこの世にはいないだろう。

 それでも俺はこの日常を生きていかなければいけない。

 

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