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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悔恨と我が儘と贖罪

ある男の悔恨

作者: 夏風

ちょっとバッドエンド系を書きたくなったので書いてみました。


バッド系が苦手な人や冒頭から流血表現があるので、ダメな人は控えて頂くのがよろしいかと思います。


2022/07/16 誤字脱字報告ありがとうございます!

2022/12/24 誤字脱字報告ありがとうございます!

 空を眺めている。

 一面を雲が覆いつくし、昼間にも関わらず薄暗い空模様は、まるで自分の心の内を表しているかのようだ。


「ゴホッ」


 喉からせり上がってくる違和感に咽込めば、それに合わせて口から血が吐き出される。

 大きな傷を負って地面に倒れ伏したこの体には、起き上がる力も残されておらず、ただただ、逃れられぬ死を待ちながら空を眺めることしかできない。

 しかし、刻一刻と自分が死に向かっていると分かっても、恐怖を感じることはない。


 今、自分の中にあるのは、あの時から消えぬ後悔だけ。

 最愛の女性を喪った、いや、殺したと言っても過言ではない、愚かな自分の行いに対する後悔だけだった。


 ―――――――――――――――


 私、『ローファ』はアルデノイト国王夫妻の唯一の嫡子だ。

 なかなか子宝に恵まれなかった夫妻は私の事を溺愛し、周りもまた唯一人の王位継承者として私の事を大切にしてくれていた。

 それもあって、私には最上級の教育が用意され、ありとあらゆる分野の学問や武術を修めることが求められはしたが、特に苦も無く、それらを吸収して自分のものとしてきた。


 こればかりは、優秀さを自分に継承してくれた両親に感謝するほかない。

 凡人ならば、心折れていたところであろう。


 そんな自分は教師から見れば、きっと、教え甲斐も無ければ、可愛げも無い子供に映っていたように思う。

 正直、この頃の自分は何をしていても、『つまらない』と感じていたからだ。


 時が流れるに従い、私はいつの間にか周りから、『美貌の賢才』と呼ばれるようになっていた。

 学んだものを瞬く間に吸収し、得たその時から実践できる能力は類稀な才であることは、理解していたが、美貌というのは男である私には如何なものか。

 確かに見目麗しい両親の特徴を受け継いだ自分は美人なのだろうが。


 退屈な時間だけが過ぎる私の灰色の日々に、色を取り戻してくれたのは、とある少女の存在だった。

 名を『オリヴィア』と言い、この国の三大公爵家に数えられる、ノーザン公爵家の令嬢で、初めて会ったのは、私が11歳、彼女が9歳の時の事だ。

 私の後にも子宝に恵まれなかった国王夫妻は、次期国王になる私の隣に立つに相応しい婚約者探しに躍起になっており、ちょうど、ノーザン公爵家に同じ年頃で、とても優秀と評判の令嬢がいることを聞きつけ、顔合わせをする運びとなった。


 私は当初、乗り気ではなかった。

 教師である大人たちでさえ、時々、自分との会話に齟齬が生じることがあるのに、同じ年代の子供と話しても、内容からしても弾むことが無いことを容易に想像できて、気分は沈む一方だった。


 だが、私の予想は良い意味で裏切られる。

 深く美しく流れるような漆黒の髪、アメジストを思わせる透き通った紫色の瞳、丸みを帯びて穏やかさを感じさせる目の形、スッと通った鼻筋、理知的でありながらわずかに困り顔を思わせる眉、桜色の形の良い唇と、年齢不相応な美しさに私は心臓が強く速く鼓動するのを感じとる。

 それに加えて見た目だけでなく、9歳とは思えない程の美しい所作で淑女の礼をする彼女の姿に、朗らかに微笑むその表情に、私の胸は更に高鳴った。


 前評判通り、彼女はとても優秀だった。

 鈴の音を思わせる彼女の可憐な声音からは想像も付かないような、深い知性を感じさせる言葉の連続に私は驚嘆していた。

 さすが、『珠玉の麗花』と呼ばれるだけあり、深い洞察力と鋭い観察眼には舌を巻く。

 同じ年頃の子供と話してもつまらない――と、思っていた過去の自分が何とも傲慢だったことを思い知らされた。


 彼女の声をもっと聴きたい、彼女の笑顔をもっと見たい、私はどんどん彼女に惹かれていき、気付けば彼女と過ごす時間が待ち遠しく感じるようになっていた。


 ところが、私の世界に色を取り戻してくれたオリヴィアとの日々に翳りが見え始める。

 彼女の異母妹『シャルロット』が、頻繁に彼女に引っ付いて登城するようになったからだ。

 シャルロットはノーザン公爵の後妻の子で、オリヴィアと1つと離れていない。

 つまり、公爵は前夫人がオリヴィアを身篭っている中、浮気をするだけでは飽き足らず、子を孕ませていたことになる。オリヴィアからシャルロットとの関係を聞かされた時、そのあまりのおぞましさに吐き気さえ覚えた。


 オリヴィアが教育を受けている最中は、「お姉様の邪魔をするわけにはいかない」と、私のところをシャルロットは訪ねてくる。

 無理矢理ついて来ている上に何とも自分勝手な言い分に頭の痛くなる思いだったが、彼女に正論は通用しない。適当にはぐらかすからだ。

 自分としてもオリヴィアと雑務に煩わされることなく過ごすため、無駄な事に時間を割く余裕は無いし、いずれは義理の家族になる彼女を無下にするわけにもいかず、鬱陶しく思いながらも、何とか表には出さずにやっていた。


 ――もう少しすれば、オリヴィアが来てくれる。


 そう思えば、微塵も思いを寄せていない相手であっても、笑顔を取り繕うことができる。

 ただ、私は愚かにも気付いていなかった。

 例え、私にその気が無くても、傍目から見れば私とシャルロットは良好な関係に見える。

 毎回、そんな中へと訪れるオリヴィアの表情が、一瞬だけ曇っていることに。


 ―――――――――――――――


「はっ? ……父上、何を仰っているのですか?」


 私の声は情けない程に掠れていた。父である国王から聞かされたことの衝撃の大きさに動揺したからだ。

 焦点が合わず、思考もまとまらず、それ以上言葉の出てこない私に対し、父は呆れたように溜息を吐くと、言葉を続ける。


「お前とオリヴィア嬢の婚約は解消された。だが、案ずることは無い。公爵家との婚約は継続し、シャルロット嬢との――」

「そういうことを聞いているのではありません!」


 私は思わず声を荒げ、父の言葉を遮っていた。

 聞きたくなかった。

 受け入れたくなかった。

 信じたくなかった。

 オリヴィアとの婚約が、彼女との未来が無くなってしまったことを。


「何を憤っている? 現にお前もそれを望んでいたのだろう?」

「なっ? ……どういう意味ですか?」


 父の口からまるで私が自分の意思でオリヴィアを棄て、シャルロットを望んだかのように言われ、驚愕のあまりに声を失う。

 自分を見る父の顔は、呆れとも、虚しさとも、怒りとも、どれとも取れるような複雑な色を浮かべていた。ただ、様々な感情が綯交ぜになっていても、『失望』の色だけははっきりとわかった。


「本当に心当たりは無いのか?」

「当たり前です! 私が望むのはオリヴィア唯一人です!」

「では、彼女にそれを告げたことはあるのか?」


 一段と低くなった声を聞いて、私はハッとして言葉に詰まる。

 更に表情を厳しくした父が、一気に私を捲し立てた。


「どれだけの時間を彼女と一緒に過ごした? 共に出かけたことは? 何か贈ったことは? 声に耳を傾けたことは? 妹よりも大切だったのならば、それを態度で示したことはあったのか!?」


 低い重い声で重ねられた言葉の最後は叫びに近かった。

 それだけで私に対する怒りの大きさが感じ取れる。


「以前から話は出ていた。しかし、オリヴィア嬢の希望で婚約は継続されていた。つい先日まではな……心当たりがあるな?」


 問いながらも、その声音からは私に非がある事を確信しているのだとわかる。

 オリヴィアと最後に会ったのは、3日前のことだ。

 その時に彼女と交わした会話を掘り起こしていくと、思い当たる節があった。


 それはシャルロットが身に着けていた耳飾りついて、オリヴィアから問われた時の事だ。

 いつものように食い下がられ、2人で城下に出かけた時にしつこく強請られたため、仕方なく買ってやった耳飾り。どうやら、口の軽いシャルロットは私からの贈り物だと、オリヴィアに吹き込んだようだった。


 買い与えたのは事実だが、決して贈り物としての意図があったわけではない。だが、ただでさえ、いつもいつも纏わりつかれ、大切なオリヴィアとの時間を邪魔されているのに、それだけでなく、オリヴィアからも責められているように感じて――


 ――『他愛の無い事さ。君が気にすることじゃない』


 弁明することもせず、彼女にそんな素っ気ない言葉を返してしまった。

 私の返答を聞いたオリヴィアは、目を見開いてから一瞬だけ悲しげな表情をした後、すぐにいつもと変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべ――


 ――『そうでしたか。差し出がましいことを申しました。お許しください』


 そう言って恭しく頭を下げる彼女の表情は、私から見ることはできなかったが、肩が小さく震えていたように思えた。

 そして、私は彼女に対する後ろめたさから、言葉をかけることも無く、その場から立ち去ったのだ。


 その事を思い出した私は、喉が張り付いたように空虚に口を動かすだけで、全く言葉が出てこなかった。

 私の心の内を察したのだろう。父はまたしても大きく溜息を吐いた。

 それでも、私はどうしても彼女のことを諦めきれない。


 行き違いがあっただけなんだ。

 妹とのことは誤解なんだ。

 話し合えばわかるはずだ。


 私は父にオリヴィアとの関係についてとりなしてもらえないか問うが、それが決して叶わないことだと思い知らされ、私の希望は見事に打ち砕かれる。


「不可能だ。オリヴィア嬢は今朝、自室で亡くなっていたのだから」

「えっ……オリヴィアが……死んだ?」


 私は足元から全てが崩れ落ちるような感覚に陥り、目の前が真っ暗になった。



 後日、オリヴィアの葬儀は密やかに行われた。

 死因は病死と表向きはされているが、実際は服毒によるものであり、王家との婚約解消後に毒物による死亡では世間体が悪いため、そのような対応になった。

 ただ、病気で急死したことにしても、人目に触れるのは可能限り避けるべきと判断され、感染危険があるとしてひっそりと行われたのだ。

 彼女の尊厳を守るためと言いながら、本当の理由は公爵家の体面を守るためだったのだが。


 私は彼女に花を手向けに訪れた。

 棺の中で眠るオリヴィアの姿は本当にただ眠っているだけのようで、今にも目を開けて私に微笑んでくれるのではと、実は私を驚かせるための芝居なのではないかと、そんな願いを抱く。

 そんなことはあるはずが無いのに。


 棺が閉じられ、もう永遠に彼女の姿を見ることも、声を聞くことも叶わないのだと実感し、私は叫び出したい衝動を何とか抑え込んで外へと出る。

 人気の無い場所に行き、呆然自失となって遠く空の彼方を見つめていると、1人の女性が近づいてくるのに気付いた。


「殿下、無礼を承知でご挨拶申し上げます。私はオリヴィア様の専属侍女をしていた者です」

「オリヴィアの?」

「はい。専属とは言っても形ばかりですが」


 そう言って彼女は自嘲気味に笑う。

 オリヴィアの侍女と名乗った彼女の違和感のある言葉と態度を訝しく思っていると、侍女は私に一歩近づき、ポケットから一通の封筒を差し出した。


 ――まさか!


 彼女は何も言わないため、手紙の差出人はわからない。

 わからないが、私は誰からの手紙なのか直感した。


「オリヴィアからの……か?」

「はい。お嬢様から殿下に宛てたものです」


 私はすぐに読みたいような、読みたくないような、はっきりとしない心地だった。

 そのためか、手が震えてうまく動かない。

 やっとのことで、封を開けて手紙を開くと、そこにあったのは、何度も目にした紛れもないオリヴィアの文字だった。

 そして、そこに書かれていた内容を読んだ私は愕然とした。


『拝啓 ローファ殿下、ご壮健ですか?

 殿下がこれをお読みの頃、私はまだ生きているのでしょうか? それとも、既に死んでいるのでしょうか? おそらくは後者のことと思います。

 既に私などよりも、妹の事を深く愛しておいでの殿下に、こんなことを申すのは大変、申し訳ありませんが、どうしても感謝を伝えたいのです。

 殿下、本当に今までありがとうございました。

 辛く苦しい日々の中で、殿下とともに過ごせた時間は、私にとって救いであり、とても幸福で満ち足りたものでした。

 だからこそ、私は愛した殿下が妹とともにいる姿を思うと、堪えられないのです。

 どうか、私の我が儘をお許しください。

 ローファ殿下、私はあなた様を心から愛しておりました。

 どうかお幸せに』


 私は手紙を読み終えた時、先程とは違う震えが止まらなかった。

 奥歯が噛み合わず、小刻みに顎が震えて鳴り止まない。

 何とか絞り出した声は、情けない程に掠れていた。


「こ、これは……?」

「ご実家でのお嬢様への扱いは酷いものでした。躾と称した暴力は当たり前。食事さえも同席は許されず、ご家族とは比較にならない程に粗末なものばかりでした。それでも――」


 侍女は胸の内に積もり積もった感情で言葉に詰まる。

 そして、大きく息を吸うと、辛い胸の内を全て吐き出すかのように言葉を続けた。


「それでも、お嬢様は何も言わず、罰を恐れて何も力になれない私たちのことを気にかけてくれました。そんな辛い境遇に身を置かなければならなかったお嬢様の救いは、殿下! あなただったのに!? どうして……どうして、お嬢様を、棄てたのですか?」


 侍女の瞳からは堪えきれなくなった涙が止めどなく、溢れては溢れ落ちていった。

 私は彼女の言葉という鋭利な剣で、心臓を刺し貫かれたかのような感覚に陥り、愕然と焦点の合わぬ目で地面を見下ろすばかりだった。


 ―――――――――――――――


 それから、私は廃嫡を願い出た。

 初めは両親も考え直すよう説得をしてきたが、私の決意が固い事を知ると、私の願いは了承され、私は騎士の一人として戦地へと赴いていた。


 王太子だけでなく、王族でも無くなった私への興味が失せたのか、シャルロットをはじめ、ノーザン公爵家からの接触は無い。

 だが、そんなことはどうでも良かった。

 オリヴィアのいなくなった公爵家など、いや、この世界など興味はない。



 次第に体の感覚が消えていく。

 私はどこか安堵していた。彼女のいなくなった灰色の世界から、やっと解放されるのだと。もうすぐ、彼女の所に逝けるのだと。

 いや、清廉な彼女を裏切った私は、きっと彼女と同じ場所に逝くことはできない。

 それが少し心残りではある。


 私は静かに瞳を閉じた。

 瞼の裏に焼き付いた、自分に向けて、穏やかな微笑みを浮かべるオリヴィアの姿が見える。


 ――殿下……


 遠くで、ずっと聞きたかった懐かしい声が聞こえた気がしたのを最後に、私の意識はそこで途絶えたのだった。

ご覧頂きありがとうございました。

さくっと読める程度の長さに収めたかったのですが、少し長くなってしまいました。


また、ご覧いただければ幸いです。

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