8 ルルのターン、そしておっさんのターン
狼人族は、人族に近い魔族の中では群を抜いて戦闘に長けた種族と言われている。アルさんは歴代の族長の中で三本の指に入る強さを誇るらしい。
その娘、ルルアージュ。魔族の総意の元、俺と共に旅に出る事になった女の子。その役割は俺の護衛だ。
剣の使い手であるルルは、俺の言い付けを守り剣を抜かなかった。いや、剣を抜く必要がなかった。
ルルの戦う姿は、美しく情熱的なダンスのようだった。
一人目の男が繰り出した右ストレートをスッと腰を落として躱し、そのまま懐に潜って右脇腹に体重の乗った肘鉄を叩き込む。男は「ぐぅ」と声を漏らしてその場に蹲る。
二人目は、両の拳を握り合わせ、ルルの後ろからそれを振り降ろそうとしていた。半身になってそれを躱し、キックボクサーのような右上段回し蹴りが男の顎を捉える。スパンッ!という小気味良い音と共に男の意識が刈り取られ、膝から崩れ落ちる。
俺の目は、もうルルに釘付けになっていた。
狼人族特有の、しなやかで柔らかく、それでいて力が迸る動き。小川のせせらぎのように静かで滑らかな流れかと思えば、突如全てを飲み込む激流に変わる。
三人目は体勢を低くし、ルルをタックルで捕まえようと飛び出していた。ルルも正面からその男に向かって飛び込む。男の腕がルルを捕まえるより早く、ルルの膝がカウンターで男の顎を蹴り上げた。
三人の男がものの十五秒で倒されたのを見て、残りの二人は戦意を失ったかに見えた。しかし、一人は後ろ手に短剣を、もう一人はルルに見えないように投げナイフを両手に忍ばせている。
大の大人が素手の女の子に刃物を向けるとは実にけしからん。
ルルは地を這うように低い体勢で短剣の男に一瞬で駆け寄り、そのまま後ろに回り込んで短剣を持つ手を捩じ上げた。手首の関節を極めている。
男を盾にして投げナイフとの距離を詰める。仲間が邪魔でナイフを投げられない。
「くそっ!どけよ!どけってば!」
ルルが短剣男を後ろから蹴り飛ばし、投げナイフ男にぶつける。二人が絡まって無様に倒れた所に、馬乗りになってタコ殴りしようとしていたルル。
「そこまでだ!」
野太い声がギルド中に響いた。
俺は先に倒された三人を真ん中に寄せてまとめてリワインドをかけてやってる最中だった。ルルがタタタッ!と俺の傍に駆け寄って来る。上気した顔で俺を見上げながら尻尾をパタパタ振っている。褒めて欲しいんだな?
「凄いぞ!ルル!あんな綺麗な動きは初めて見たよ。誰も殺さなかったし、ホント偉いぞ!」
俺はそう言って、ルルの頭をわしゃわしゃと撫でた。どさくさに紛れてもふもふを堪能する。ルルの尻尾は、ちぎれんばかりにブンブン揺れていた。
「偉いぞ、じゃねーんだよ!お前らちょっとこっち来い!」
先ほどの野太い声が、俺の貴重なもふもふタイムを邪魔する。ルルのケモミミをもふりながら、俺はキョロキョロと左右を見回した。
「おっさん!あんただよ、あんた!俺の部屋に来い!」
なんだか偉そうなヤツだが、仕方ないから行くか。最初に応対してくれた受付嬢さんが案内してくれて、俺たちはその後ろについて二階の一室に通された。
正面の大きな窓の前に机があり、書類が山積みになっている。その手前に応接セットがあって、先ほどの男はそこに座って手招きしていた。
「そこに座ってくれ」
ソファの間のローテーブルには、俺の冒険者証と例の魔石が置かれている。俺たちは男の向かいのソファに座った。
「俺はここのギルマスやっているアーロンだ。他の奴らの手前、さっきは乱暴な言い方をして済まなかった」
先ほどとは打って変わって紳士的な口調で、アーロンと名乗った男は頭を下げた。広い肩幅に良く灼けた肌。年の頃は四十くらいだろうか。茶色の髪を短く整え、焦げ茶色の目をした男だ。
「気にしないでくれ。俺はユウト。こっちはルルだ」
ここに案内してくれたのと別の女性が、人数分のお茶を用意してくれた。良い香りのする紅茶だ。
「あいつらは問題児でな。こっちも困ってたんだよ。しかし、お嬢ちゃんは強ぇなあ。アイツらは、あれでもCランクのパーティなんだ。それをあんな風にノシちまうなんてな。お嬢ちゃんは最低でもBランクの力があるな」
アーロンの誉め言葉に、ルルは憮然として答える。
「ルルはお嬢ちゃんじゃありません。れっきとした大人の雌です」
おっと、そっちだったか。
「それに、ルルはたいして強くありません。ユウト様に比べたら全然です」
その言葉を聞いたアーロンは、俺とルルを交互に見ている。
そりゃそうだ。俺は強さと無縁のただのおっさんにしか見えないもんな。うん、自覚はしてるよ。
「ルル、そんな事ないよ。ルルの戦いは見事だった。見惚れてしまったよ」
俺がそう言うと、ルルは俯いてしまう。ミミが忙しなくピコピコ動いている。
「ウォッホン!それは済まなかったな、ルル。えーと、ユウトさんだったか、あんたも」
このアーロンは律儀な男のようだ。少なくとも、昔勤めていたブラック企業の上司のように人の話を聞かずに頭ごなしに怒鳴り散らす輩ではない。
「いや、こっちこそ騒ぎを起こして済まなかった」
絡んで来たのはアイツらだが、ここは謝っておく。こういう殊勝な態度が、話の分かる大人であると相手に印象付けるのだ。伊達におっさんではない。
「まあ、アイツらの怪我も治してくれたようだし、この件は水に流そう。それは良いんだが、この冒険者証と魔石について話を聞きたい。まず、この冒険者証は戦争前のものだよな?」
スティーブとアルノーさんと今後について話をした時、俺の事をどう説明するかについても決めていた。
人族の国々で召喚が禁止されている現在、つい半月程前に召喚されました、と正直に言うのは魔族の心象を悪くしかねない。
そこで、俺も戦争時の召喚者の生き残りを名乗る事にした。そして、俺が転移の間から持って来た通貨やアイテムがガルムンド帝国の物なので、帝国で召喚された事にする。
帝国はこのトルテアを含むパエルマ王国のさらに北にある大国なので、そこの召喚者という事にすればあまり詮索されないだろう、という判断だ。
俺が魔石を獲得したダンジョンも、実際に当時帝国にあったものだし、実のところ、俺の過去の召喚は全てガルムンド帝国内で行われたのだ。だから、あながち全部ウソという訳ではない。
俺は用意していたストーリーをアーロンに披露した。
「ああ。俺は戦争の前に帝国で召喚され、あの戦争に嫌気がさしてベルーダに逃げ込んだ召喚者だよ」
たったこれだけの言葉で、アーロンは色々と察してくれたようだ。あの戦争で召喚された召喚者に対しては、この国の人も思う所があるらしい。
アーロンは良いヤツそうだから、騙すのはちょっと心が痛いな。
「そうだったのか・・・それは大変だったな。それじゃ、この魔石は帝国で?」
「帝国の北東部にあるダンジョンの、たしか四十階層あたりの階層ボスだったと思う。そいつを倒して手に入れたんだ。三十二年前くらいかな?」
これは真実である。
「そんなに前なのか・・・冒険者ランクがEのままなのは?」
「それは、召喚者だから身分証代わりに登録しただけで、クエストを一切受けなかったからだな」
これも本当の事だ。クエストを受けるより、ダンジョンに潜って強い魔物を倒し、魔石やお宝を集めた方がよっぽど金になったからな。当時はユルムント定住の為に、とにかく金を作りたかったんだ。
「なるほどな。しかし話だけで全部信じる訳にもいかん。何か証拠になるような・・・そうだな、あんたが強いって事が分かれば手っ取り早いんだが」
くそっ。見かけによらず慎重なヤツだな。俺は腰の袋から帝国の通貨を数枚出して見せた。
「帝国の通貨か。しかしこれも証拠とは言えんな・・・」
「そうだよな・・・要は、その魔石を取る実力が俺にある事を証明すれば良いんだよな?」
「その通りだ」
「そうか。この近くに、どこか広い場所はあるかい?」
「この建物の裏にちょっとした広場があるが」
「案内してくれるか?」
俺たちはアーロンの後について建物の裏に回った。学校の校庭くらいの何もない広場があった。
「祭りとか、街の行事に使う広場だが・・・何をするんだ?」
「少し見ててくれ。もう少し俺の方に寄って。ああ、それくらいで良い。ルルも近くにおいで」
二人が傍に来た事が確認出来たので、俺はデモンストレーションを始める。
「シールド」
まず、広場の殆どを覆うように、直径四百メートル程度のドーム状のシールドを張った。魔法攻撃と物理攻撃を無効化し、外から中が見えない遮蔽効果もプラスしたアルティメットシールドである。
もう陽も落ちて暗くなったので、他からこの広場を見ても闇が濃いようにしか見えないだろう。明るい時に見たら、真っ黒なドームが見えるだけだ。
「シールド」
今度は、俺とルル、アーロンを覆うように重ね掛けする。遮蔽効果は無しだ。
「それじゃ行くよー。ほい、フレア」
気の抜けた詠唱だが、本来俺には詠唱は必要ない。傍の二人が分かりやすいかな、と思って唱えただけである。
次の瞬間、目を開けていられない程眩しく青白い光がドームいっぱいに広がる。直径三百メートルの巨大な青白い火球が出現していた。
六千度~七千度に達する炎に煽られ、地面の土に含まれる粘土が見る見るガラス化しては溶けてドロドロになっていく。シールドの中にいる俺たちには勿論熱は届かない。
「なんてこった・・・」
アーロンは口をあんぐり開けて、それだけ絞り出すのがやっとの有り様だ。ルルはいつの間にか俺の腕に縋り付いている。腕にルルの震えが伝わって来る。
「もう十分だな。黒点」
俺は、重力魔法を用いてフレアの中心に小さなブラックホールを出現させた。一度出した火球は簡単には消せない。一方で重力魔法は魔力を込めている間だけ機能する。ブラックホールにフレアがあっという間に吸い込まれたので、重力魔法も解除する。今ので内部の空気もだいぶ吸われたかもしれん。
先に外側のシールドを解除する。内部に残った熱い空気と、外から流れ込んだ冷たい空気が混ざって小さな上昇気流が発生していた。
しばらく待って、俺たちを覆ったシールドも解除した。まだ地面が冷え切っていないので、熱い空気が頬を打つ。
「こりゃ・・・たまげたぜ・・・あんなもんぶっ放されたら街が消えちまうな・・・」
まあ、これでもかなり威力を抑えてたんだけどね。
ルルはまだ俺の腕を離さない。上目遣いで聞いてくる。
「ユウト様?あれは・・・太陽が落ちて来たのでしょうか・・・?」
俺は優しくルルの頭を撫でた。
「ルル、あれはただの魔法だよ。もう消えたから心配しなくていい。驚かせてごめんな。アーロン、これで証明になったかい?」
「ああ、もちろんだ・・・それで、あんたは俺たちの敵じゃないよな?」
「安心してくれ。敵じゃないよ」
少なくとも今の所は、だけどな。
それからアーロンの執務室に戻った。魔石を買い取ってくれると言う。助かったぜ。せっかくトルテアに着いたのに、金がなくて野宿しないといけない所だった。
「ところであんた達は、しばらくこの街にいるのかい?」
さっきのソファに落ち着いて、アーロンが口を開く。買い取り金を待つ間の世間話だ。
「そうだな、実はまだ決めてないんだ。何かあるのか?」
「いや、特に何がって訳じゃない。新しいギルドカード、冒険者証のことだが、明日の朝には出来てるから寄ってくれ。ルルの分も作るかい?」
俺はルルの方をちらっと見る。今後、他の街に行くことも考えたら身分証はあっても損じゃないだろう。
「そうだな。ルルの分も作ってくれ。ルル、それで良いかな?」
「ルルはユウト様が良ければ問題ないです」
「うん、分かった。身分証になるから、一応作っておこうな。ギルマス、頼むよ」
アーロンが頭を搔きながら苦笑いする。
「アーロンでいい。あんたの事は、年上だからユウトさんって呼ばせてもらうよ」
「ああ、それで構わない」
そこへ、先ほど紅茶を持って来てくれた職員さんがトレイに乗せた革袋を持って来た。
「これが魔石を買い取った金だ。確かめてくれ。ああ、ちなみにパエルマの通貨の価値はガルムンド帝国とほとんど同じだ」
革袋の中身を見ると、金貨が二十枚入っていた。帝国と同じ価値なら、日本円にして二千万円ってところだ。
なかなかの金額になった。しかし、こんな街中で金貨を使ったら嫌がられるだろう。一枚百万円相当だからな。
「なあ、アーロン。この金貨一枚、両替して貰えない?」
アーロンは再び苦笑いし、職員さんを呼んで両替してくれた。小金貨九枚と銀貨十枚。銀貨なら大抵の店で使えるだろう。
「ギルドカードの切り替えと新規発行の代金はサービスしとくよ。良いものを見せてもらった礼だ」
「そうか、ありがとう。それじゃ明日の朝また来るよ」
俺たちはそう言って冒険者ギルドを後にした。
いつもお読み下さりありがとうございます!
ルルちゃんは剣の使い手なんですが、素手でもめちゃくちゃ強いんです。
そしてユウトさんですが・・・多少は伝わりましたでしょうか?
今後、きっと本領発揮してくれると思います!
次回、ユウトさんが初めて召喚された時の回想が始まりまよ!
また明日の19時に最新話を公開いたします。
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