6 一路人族の街、トルテアへ
いつもお読み下さりありがとうございます!
スティーブやアルノーさん、そして犬人族の人々と別れ、俺とルルは一路北を目指した。もちろん、トカゲのドラゴに乗って。
この魔族領は、人族からは「ベルーダ」と呼ばれている。トランプのダイヤのような菱形の大陸の南部、面積にして地球のインドくらいの部分を指しているらしい。魔族の人々は、単に「この地」とか「我々の地」と呼んでるけどね。
この大陸は北半球に位置し、ベルーダは熱帯と亜熱帯の様相を呈している。その殆どが大森林で、真ん中より少し南あたりに大きな湖があり、そこから北に向かって大河が流れている。
俺が召喚された洞窟はベルーダの南西部、湖の西に位置しているようだ。
大森林の最南端付近は強力な魔物が多数生息しており、そちらには魔族の集落はない。洞窟以北のあちこちに集落があるようだ。
最南端に行けばギガント・アナコンダも狩り放題だが、生態系を壊すのは良くない。自制しよう。
そして人族の領域に近づくに伴い、戦闘に長けた種族が集落を構える。人族に対する防衛線として、長い時を掛けてそのようになったらしい。
ちなみに、強力な魔物の生息域近くに集落を構える狐人族は、魔族の中でも魔力が多いらしく、珍しい「従魔術」を使える者が多い。集落を守るため、強い魔物を従えて備えているそうだ。
俺たちが乗っているドラゴも、狐人族が従魔術で従えた魔物だ。捕まえたパンゴルの中で、荷を引いたり人を乗せる事に喜びを感じるパンゴルだけを従えてるそうだ。
そう言われれば、ドラゴは俺たちを乗せるのが楽しそうだもんな。
犬人族の村を出発してからも、途中で様々な種族の集落のお世話になった。猫人族、兎人族、狸人族、鼠人族、猿人族など。
猫人族と鼠人族の集落はかなり離れていた。なんとなく安心した。猿人族なんか、ほとんどサル顔の人間と変わらなかった。
さらに北へ進むと、お顔もケモノ成分が濃くなる。と言うより獣そのものである。
豚人族、蜥蜴人族、虎人族、牛人族。ミノタウロスの集落がベルーダの最前線だ。この人たちは、大人の男性だと身長二メートルほどあり、筋肉の塊って感じで圧迫感が凄い。そりゃ人族も迂闊に入って来ないわな。
ただ、それらの種族でも女性は人族に近い姿をしている。なんとも不思議だ。
見た目の怖さに反して、戦闘に長けた種族も皆暖かく歓迎してくれた。顔が笑っているか判別し難いんだけど、慣れてくると雰囲気で分かるようになるから面白い。
最後のミノタウロス族の集落(というか砦のような場所)を出発して三日が経過した。この先は集落がないのでずっと野営である。
昨日はギガント・アナコンダが出てルルが大興奮だった。もうルルにとってはご馳走にしか見えないらしい。殴ると当たり所によっては一番美味い部分がダメになる可能性があるので、前魔王の「黒刀」で首を刎ねて仕留めた。その後は勿論BBQだ。
ルルは今日もドラゴの手綱を握りながら「ギガ・・・ギガ・・・」とたまに呟いている。動画を見過ぎた月末近くの高校生のようだ。
ルルさん。まだマジックバッグにギガ肉を保管してるから大丈夫よ。
ドラゴに無理をさせないよう、適度に休憩を挟みながら進む。野営し、魔物を狩り、レアキャラのギガが出たら大騒ぎし、また野営。野営中はお風呂に入れないが、俺の生活魔法の中で一番役に立つ「浄化魔法」で一日の汚れを落とす。もちろんルルにもかけてやる。
途中で気が付いたのだが、ドラゴは寝てる間に無意識に結界を張っているらしく、近くで眠れば見張りの必要もなかった。出来た子だの~。
そして十日目。ようやく森の切れ目が見えて来た。
「ユウト様!先が開けてます。ようやく森を抜けますね。長かったなー」
「いや、ほんと長かったな。おっさんには堪えるよ」
悪路に強いパンゴルの足で十日。人族が駆る馬だったら、荷を引いていなくても倍はかかるのではないか。しかも途中で結構魔物も出るし。この過酷な環境そのものが、魔族を守る防波堤の役割を担っているのだな。
森を抜けると、そこには大草原が広がっていた。見渡す限り、草、草、草。
決して大笑いしている訳ではない。本当に草ばっかりなのだ。
草と言っても人(と魔族)の手が入っていないから、大人の背丈くらい生い茂っている。その草原の中に、草が踏み均されて出来たであろう道が一本あった。
ベルーダから最も近い人族の街、トルテア。そこでは、魔族と人族の交易が行われている。魔物の貴重な素材や、ベルーダで採掘される鉱石等の資源を売り、代わりにベルーダで入手するのが難しい原料や食材を買う。パンに欠かせない小麦粉に似た穀物の粉はトルテアで買い付けるそうだ。
その交易の為に、先人たちと多くのパンゴルたちが、何千何万回も通って踏み均して出来た道である。幅五メートル程のその道を、俺たちも有り難く通らせて頂く。
今通っている道から東に数百キロ行くと、ベルーダの森林中央付近から流れる大河に突き当たる。俺たちが向かう北の方向には、行く手を二千メートル級の山々が阻んでいる。
この山岳地帯には所々に谷があって、山を越えなくても向こう側と行き来できるらしい。今通っている道はその内の一つに繋がっている。
草原地帯を超えるだけで二日近くかかる予定だ。この辺りではもうギガント・アナコンダは出現しないので、ルルのテンションが心配である。
「ユウト様!ルルはここまで来たのは初めてです。こんなに草ばっかりで、遠くには山があって、面白い場所ですね!」
おや、なんだか楽しそうだな。良かった良かった。
「ルルはずっと森の中で暮らしてたんだもんな。たまにはこういう景色も良いもんだろう?」
「はいっ!なんだかワクワクします」
ルルにはああ言ったが、実は俺も楽しんでたんだ。なにせ十日も鬱蒼とした森にいたからね。
ドラゴも心なしか足取りが軽い。まあ、実際森と違って道が平坦だから歩きやすいんだろう。この子は文句も言わずよく働いてくれる。哺乳類派を自負していた俺だが、これだけ一緒にいると情が移って結構可愛く思えてくるもんだ。
この交易路(と勝手に命名した)の中間辺りに、道の片側を広げた場所があった。陽が傾いてきたので、少し早いが野営する事にした。ここはそのための場所なんだろう。
火を熾し食事の準備をする。マジックバッグから、飲み水と氷魔法で保存したギガ肉、そしてドラゴが好きな、バナナに似た果物のジョーヌを取り出す。
このジョーヌ、見た目はバナナなのだが、皮まで美味しく食べられる。最近では日本でも皮まで食べられるバナナが売られていたが、俺は遂に食べる機会がなかった。あれはどんな味だったのかな。
ジョーヌは果肉がバナナのようにねっとり甘く、皮は少し酸味があってさっぱりとした甘さだ。ギガ肉BBQの後に、デザートとしてルルと共に頂く。
ドラゴには山盛りのジョーヌをあげた。最近はドラゴの機嫌もなんとなく分かるようになってきた。今はもちろん大変な上機嫌である。
お腹もくちくなった所で、焚き火を見ながらぼんやりしていると、ルルから元の世界について聞かれた。
「ユウト様、ユウト様がいらっしゃった世界って、この世界とは違うのですか?」
「そうだね~。全く違うと言って良いかな?」
「!?そうなんですか?詳しくお聞きしてもいいですか・・・?」
「全然構わないよ。まず、ルルやアルさん、ジャン婆さんみたいな、動物の耳と尻尾が付いてる人族のような生き物はいない」
「!?!?」
ルルが衝撃を受けている。自分たちにとって当たり前の獣人族が存在しないって言われたら、そりゃ不思議だよね。
「そして、魔法も使えない」
ルルはこんらんした!
ちょっと目が泳いでいる。想像も出来ないようだ。そりゃそうだ。
「スティーブやアルノーさん、俺みたいな人族は、魔法が使えない代わりに色々と便利な物を生み出して、それを使いこなす事で便利な生活を送ってるんだよ」
まあ、生み出したのは俺じゃなくてもっと才能に溢れた天才たちだがな。
地球の事を簡単に説明するのは難しいな。この世界との違いって、むしろ同じ所を探すのが難しいくらいだから。
ルルはしばらく考え込み、呟くように尋ねた。
「ユウト様は・・・元の世界に戻りたいですか?」
「いや?戻りたくないよ?俺はこっちの世界が好きだからね」
俺の答えを聞いて、ルルは満足そうに笑顔になった。
「それなら良かったです。ルルは、ユウト様には幸せでいて欲しいので・・・」
そう言うと、ルルは俯いて地面に木の棒でのの字を書いていた。顔が赤く見えるけど、たぶん焚き火のせいだな。
「ありがとうな、ルル。アルノーさんに言われた事、実は他の人にも言われたんだ。『生きたいように生きて良い』。俺は、この歳まで色んな事を我慢して、我慢してる事にも気付かずに生きて来た気がするんだ。
だからこの世界では、自分の気持ちに正直に生きてみようって思ってる。もし俺が、この世界では許されない事をしようとしたら、ルル、お前が止めてくれたら助かる」
ルルはハッっとしたように顔を上げ、俺を見つめた。
「ルルは・・・いえ、ルルが止められるか分かりませんけど、もしそんな事があったら、ルルが全力で止めますね!」
「うん、ありがとう。頼りにしてるよ」
ルルの笑顔が眩しかった。ドラゴもなんだか嬉しそうだ。
それから、トルテアの街に着いた後の事を話したり、ルルのアルさんに対する愚痴を聞いたりして、ドラゴの結界に守られながら眠りについた。
翌朝は、陽が昇ってすぐに出発した。
山が近づくにつれ、辺りの景色が変化する。草の背丈が低くなったかと思えば、どんどん疎らになり、やがて石と岩だらけになった。
そして遂に谷の入口に辿り着く。太陽が真上近くにあるので、もう正午近い。谷に入る前に一旦お昼の休憩だな。
左右が切り立った崖になっている谷は、かつては川だったのだろう。幅は広い所で二百メートルくらいある。崖の天辺は地上からは見難いが、恐らく一キロ以上ありそうだ。
お昼休憩の後一時間くらい進んだだろうか。ドラゴが突然歩みを止めた。
「ドラゴ、どうしたの?」
ルルがドラゴの首の付け根を撫でながら声を掛けている。ドラゴが命令もされずに突然止まるなんて初めてだ。
ドラゴが上を見上げると同時に、谷に影が差した。俺とルルも上を見上げる。
遥か上空に、陽の光を遮って翼を広げる生物がいた。
「ユ、ユウト様!竜です!」
「竜?ここには竜がいるの?」
俺たちはドラゴから降りながら言葉を交わす。
「ルルが聞いた話では、ここの竜は山の中腹より上が棲み処で、谷には降りて来ないはずです!」
ルルが言い終えると同時に、上空の竜は巨大な翼を折り畳んで急降下を始める。
なんかこっちに向かって来てる気がするけど?
ルルは果敢にも俺の前に出て剣を構える。俺を守るように。
急降下した竜は地上すれすれで再び翼を広げ、一度羽ばたいて落下速度を相殺し、ゆっくりと地上に降り立った。
デカい。ギガント・アナコンダを縦にしたよりもデカい。ギガを縦にしたら十二階建てのビルくらいだが、この竜は二十階建てくらいある。翼を広げると、両側の崖に届きそうだ。百五十メートルくらいある。
ルルは腰を落として攻撃に備えているが、剣の先が小刻みに震えている。あのギガにも怯まなかったドラゴは、身動きすら出来ないようだ。
「ユウト様・・・こ、黒竜です・・・」
ルルが囁くように教えてくれる。
黒竜。名前の通り、全身真っ黒な鱗に覆われている。翼以外を覆う鱗は、透明感のあるガラスのような質感で、谷底に差し込む陽光をキラキラと反射していた。
そいつは、ただそこに佇んでいた。何かを主張するでもなく、そこに居るのが当たり前という感じで。
全ての生物の頂点。命あるものは、そいつの気分次第で生死を分かつ。その事をそいつ自身も分かっている。
その姿は正に威風堂々。間近に見るそれは神の化身のようだった。
深い知性を感じさせる二対の金色の瞳は、真っ直ぐに俺を見据えている。しかし、不思議と威圧感はない。敵意は全く感じられず、むしろ好奇心に満ちた瞳だった。
「ルル。大丈夫だよ」
俺はルルの肩にそっと手を載せ、安心するように声を掛けた。伝われば良いのだが。そのまま黒竜に歩み寄る。
黒竜は長い首を折り、俺に頭を近づけてくる。蒸気機関のような鼻息が響く。閉じた口には巨大な牙が並んでいるが、今のところ俺を食う気はないようだな。
俺は、盛大な鼻息が漏れ出ている鼻先をそっと撫でた。黒竜は目を細める。
何の用かは知らないが、俺は敵じゃないよ。だが、ルルとドラゴを傷付ける気なら相手してやるぜ?
黒竜は、しばし俺と見つめ合った後、満足したようにゆっくりと翼を広げ、それを羽ばたかせながらゆっくりと空へ舞い上がって行った。
ルル、そしてドラゴまで腰を抜かしていたようだ。張りつめていた息を揃ってふぅーっと吐いている。
「大丈夫かい?二人とも」
黒竜が去って安心したのか、ルルが怒涛の勢いで喋り出す。
「ユウト様!あの黒竜は、この辺りでは伝説と呼ばれる竜なんです!あれをあんなに間近で見て、しかも顔に触れるなんて・・・」
「そうなのかい?いやー。ごめんごめん。でもアイツ、最初っから敵意はなかったぜ?」
「そ、そんなの、ルルには分かりません!」
「そうか、それは悪かった。今度からちゃんと教えるよ」
そう。あの黒竜からは、全く敵意を感じなかった。なんだか、ちょっと様子を見に来たと言うか、軽く挨拶をしに来たと言うか。「よう!調子はどう?」みたいな軽い感じしかなかったんだよなー。
でもルルやドラゴにとっては、生きるか死ぬかの瀬戸際だったらしい。
悪いのは俺じゃなからね?全部あの黒竜のヤツのせいなんだから。
俺は腰を抜かしてへたり込んでいるルルを抱き上げ、まだ本調子ではないドラゴの背中に乗せた。ドラゴの顔や首も優しく撫でてやって落ち着かせ、ようやくトルテアの街に向かって進み出したのだった。
黒竜とのバトルを期待した方、ごめんなさいm(_ _)m
今後の話でも黒竜は出て来る予定です。果たして、敵か味方か・・・!?
明日もまた19時に第七話を公開します!
次の話をお待ちいただける方がいらっしゃって、本当に励みになります。
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