50 決戦②
こちらは四話目です。次話で完結になります。
くそっ!
出来る事なら、エスペンを倒してから対峙したかった。やはり、アトラスとの戦闘が派手過ぎた。あれだけでかい音を立てたら、そりゃ気付かれるよな。
「エスペン。貴様、油断し過ぎではないか?俺が居なかったら斬られてたぞ」
「陛下が助けて下さると信じればこそ、ですよ。どうやらアトラスはそいつに倒されたようです。雷槌で跡形もなくなってしまいましたが、また召喚すれば良いでしょう」
「ふん。まぁいい。ところで・・・召喚者はお前一人なのか?」
タクマがこちらを振り向きもせず聞いて来る。エスペンとタクマが下らない話をしている間、俺は念のためルル達のアルティメット・シールドを張り直した。
次の瞬間、俺の目でも捉えられない速さで、タクマがルル達の元に迫り、大剣を上段から振り降ろした。
ガキンっ!
その一撃は耐えたが、アルティメット・シールドには既にヒビが入っている。
「ふむ。この戦いの場に、なぜこいつらを連れて来たのか・・・シールドで守れると思ったのか?」
「仲間だからだよ。俺に力を貸してくれるんだ。お前には分からないだろうが」
「分からないな。役に立たない者が居ても足手まといだろう。その枷を先に取り払ってやろう」
タクマはそう言って大剣を振り上げる。まずいっ!
「おい!これに見覚えがないか?」
俺は黒刀を目の前に差し出す。三十年前、奴が使っていた刀。
「ん?その刀・・・って言うか、お前、見覚えがあるな・・・」
俺はわざとエスペンに背中を向けた。いつ攻撃を食らうかと背中がヒリヒリする。タクマは悠然と歩いて俺に近寄って来る。
そうだ。そのままこっちに来い。
俺は一瞬だけカエラを見た。それだけでカエラに通じたようだ。いや、通じたと信じたい。
俺は、タクマとエスペン、そしてカエラが直線上に並ぶようジリジリと移動していた。そう、カエラの反転の射線上に並ぶように。
反転は竜化した方が威力が高い。しかし、遠距離から撃つならまだしも、この距離で竜化するのは的にして下さいと言ってるようなものだ。
だから俺は、カエラに「人の姿で撃って良い」と言ってある。そして、反転は出来るだけ最強の敵、タクマに使ってくれ、と。
あと二歩。二歩こっちに来たら直線上に並ぶ。上手く行けば、タクマとエスペンを同時に捉える事が出来る。
あと一歩。俺はいつでも転移出来るように身構えた。
あと半歩。カエラを視界の端に映す。俺の思い通り、反転の準備をしてくれている。
今だ!アルティメット・シールドを解除すると同時に、カエラが小さく呟く。
「反転」
俺は瞬時に転移しようとした。しかし、さっきまで目の前に居たタクマが背後から俺の首に腕を回していた。
このままでは俺も反転を受けてしまう!
背後から回された腕は鋼鉄のようにびくともしない。俺は渾身の力を振り絞りって右に回避を試みる。
反転は全く軌跡を残さない。光も音も発しない。それが放たれたと分かるのは、対象に当たってからだ。
「うぐぅ!」
反転は俺の左脇を掠め、エスペンの胸に直撃した。エスペンの胸に直径二十センチ程の穴が開いている。アンナがその場で崩れるように膝を突いた。
そして、エスペンの後方二百メートル程、闘技場の雛壇が半円形に無くなっていた。闘技場の向こうの建物も、円形に抉られている。
俺には掠っただけだったが、左脇の肉を持って行かれた。肋骨も何本か損傷している。目の前が暗くなる。
「ははっ!何だ、あの攻撃は?初めて見たぞ?凄いな!」
はしゃぐタクマの声が遠くに聞こえる。このままではまずい・・・
首に回されたタクマの腕には、もう力が入っていない。それなのに振りきれない。
このままでは・・・ルル達が・・・アスタ・・・ユナ・・・カエラ・・・
「なんだ?まだ戦ってもいないのに、もう死ぬのか?つまらんな」
タクマの腕から解放され、俺は地面に崩れ落ちた。
その時、俺を抱きかかえる誰かの細い腕。そして転移でかろうじて残っているシールドの中へ。
ユナが転移で俺の元に来て、すぐにシールドに取って返したのだ。
「ダメよ!死んだらダメ!」
緑色の光が俺を包む。
「ユウト様!ユウト様!ルルを一人にしないで!」
「ユウト!お主はまだ死んだらダメじゃ!」
「ユウトさん!お願い!」
皆の声が聞こえる。ああ、大丈夫。まだ生きてるよ。そう言って安心させたいのに、声を出せない。
「ユウト様?約束しましたよね?死ぬまで愛すって。まだです!もっと愛してくれなきゃ、ルル嫌です!」
俺の頬に、温かい水がぽたぽたと落ちてくる。ああ、分かってる。約束したもんな。ルルを死ぬまで愛すって。大丈夫だって。まだ死なないからさ。
「くっ!・・・魔力が足りない!もっと・・・」
ユナ・・・そんなに頑張らなくて良いよ。俺なら大丈夫・・・
「ユウトよ!お主にはまだ伝えなければならん事があるのじゃ!」
アスタ・・・うん。後でゆっくり聞かせてくれな?
「ユウトさんっ!私、もっと、もっとユウトさんと居たい!」
カエラ・・・そうだな。もっと一緒に居ような・・・
そして俺は暗闇に包まれた。
SIDE:タクマ・カトウ
あの女が治癒魔法で奴を治せば、もう少し楽しめると思って見逃したんだが・・・なんか駄目そうだな・・・?
アトラスを倒したって言うから少しだけ期待したのに。あぁ、エスペンはさっきので死んだのか。また召喚しないとな。
そこに座り込んでるのはアンナか。こいつは使えないが、アトラスとエスペンが戻るまでの間、仕事をやらせれば良い。
もう良い。奴に聞きたい事もあったが・・・聞けそうもないし、もう終わりにしようか。
仲間と一緒に逝かせてやろう。まぁ、お前は元の世界に帰るだけだけどな。弱い者を殺しても全然楽しくない。一瞬で終わらせよう。
タクマが再び大剣を振り上げた時、目の前に見慣れた男が突然現れた。オールバックの黒髪に金色の瞳。
「なんだ?こんな時に何か用か?」
「ああ。こやつらは我の子孫だからな」
静かだが、腹に響くような低音。
「あ?そいつの手助けをするのか?」
こいつと一戦交える事が出来るのか?それはきっと楽しめる。勝てるかどうかは別にして。
「お主は我に手を貸さんと言った。なら、こやつを助けた方が望みがある」
「じゃあ、『敵』って事だな?」
タクマは全力で大剣を振るった。黒竜の首目掛けて。その速度は常人の目ではとても捉えきれない。その威力は地形を変えてしまう程。
しかし、大剣は黒竜の首に届かない。黒竜は微動だにしていないのに、だ。代わりに黒竜の向こう側にある、城の西棟が吹っ飛ぶ。
なんだ、今のは?奴は何もしていない。なのに攻撃が届かなかった・・・
「お主の相手をするのは我ではない。しばし待て」
そう言った黒竜は踵を返し、そこに何もないようにシールドの内部へと入って行く。
「始祖様・・・」
涙でくしゃくしゃになった顔で、ユナは黒竜を見上げた。
ルルは二度、黒竜を見ている。カエラは竜族の里で何度か会っている。
「黒竜・・・様・・・なぜここに・・・」
黒竜ことドラグノイド・マキシミリアは、ユウトの横に膝を着き、その身体の上に手を翳す。
「彼の者を癒せ。極大治癒」
ほぼ無詠唱で、超級の治癒魔法を発動するドラグノイド。目を開けていられない程の眩い緑の光がユウトを覆う。
その様子を確認したドラグノイドは、アスタに向き合った。
「久しいな、ディアスタシスよ」
「息災じゃったか?ドラグノイド」
目の縁を赤くしたアスタは、精一杯の威厳を込めて応える。
「ドラグノイドよ。我は心から感謝する。今この時、ユウトを救ってくれた事」
「礼には及ばん。ユウトは我の直系子孫。それに我を凌ぐ力を持っている。いずれ、力を借りる時が来るからな」
ルルの膝に頭を乗せたユウトの顔を、黒竜の金色の瞳が見つめる。
「良い仲間を持ったな。皆、ユウトを頼むぞ」
SIDE:ユウト
んん・・・なんか騒がしいな・・・もうちょっと寝かせてくれよ・・・
ガキィ!ガッキィ!
「あーっ!煩いなっ!ガキンガキンって!」
目を開けた俺は、顔を覗き込むルルと目が合った。大泣きした後みたいに目が真っ赤だ。
「あれ?・・・ルル?」
「ユ・・・ユウト様ぁぁぁ!」
ルルが俺の顔に覆いかぶさる。ちょっと!ルル!お胸が!お胸で息が出来ない!
「ルルちゃん!ユウトが窒息しちゃう!」
ユナの声にルルがハっ!として身体を起こす。それでようやく周りの様子が見えた。
「あれ?黒竜・・・?なんでここに・・・?」
身体を起こすと、シールドの外で大剣を振るうタクマの姿。
そうだ!俺は奴と戦って・・・ってあれ?戦うも何も、カエラの反転が掠って・・・
「ユウトよ。お主は死にかけたんじゃ。それをこのドラグノイドが救ってくれたんじゃよ」
目を真っ赤にしたアスタに言われ、改めて黒竜を見る。
「そうなの?・・・黒竜、ありがとう」
俺のとぼけた礼に、黒竜は「ふっ!」と鼻を鳴らした。
はっ!シールド!俺のシールドでは、タクマの攻撃を何度も防げない!
「シールドがっ!」
「問題ない。我が重ねて掛けたからな」
はい?いやいや、タクマ、滅茶苦茶強いんですけど?しかも、今めっちゃ「おこ」みたいだけど?
「まぁ、お主とは一度ゆっくり話をせねばならんな」
いや、いつもあんたが言葉少な過ぎだったじゃん!?
「今言える事は二つ。まず、我はあやつを殺せん。不殺の呪いがあるからな。そしてもう一つ、お主はいつまでこれを着けてるのだ?」
黒竜はそう言って、俺のペンダントを指差した。
「へ?・・・いや、これは両親から貰った形見のようなもので・・・」
「それは我の鱗の欠片だと知っているか?」
はい?
「いや、知らない・・・」
「そうか・・・それはな、お主の力を抑えるものだ。そうだな・・・おおよそ、普通の人族並みに抑えている」
「と、言いますと・・・?」
「ふん。そこのユナから聞いておらんのか?竜人族は、人族の二~三十倍の力を持っとるぞ?ましてお主は直系。おそらく百倍以上の力が・・・」
なんですとー!?
「百倍!?」
「以上じゃな」
俺はペンダントを服の上から握っていた。幼い頃に両親から「常に身に着けるように」と言われ、身体の一部のようにずっと着けていたペンダント・・・
「リクトとユイが、それを与えた理由はなんとなく想像できるが・・・それはまた今度語ろう」
俺はルルを見て、アスタを見た。ユナ、カエラを見る。
皆、真っ赤な目をしてる。そして、俺を安堵の表情で見つめ返している。
そうか。俺は死にかけてたんだ。皆に心配かけてしまったんだな・・・
「皆、ごめん。心配させて・・・」
俺はそう言いながらペンダントを外した。黒曜石のような透き通った黒い石。よく見ると、赤い線が中で蠢いている。その石に紐をくるくると巻きつける。
「ルル、預かっててくれる?」
そう言うと、ルルは両手をお椀の形にして差し出した。そこにそっとペンダントを載せる。
「確かに・・・預かりました!」
「うん。ルル、アスタ、ユナ、カエラ。それに黒竜。あいつ怒ってるみたいだからちょっと行って来るよ」
俺は立ち上がった。