46 共和国へ
翌日、追悼式の場でセルジュさんの息子フェルノと話した。
「君のお父さんは、俺にとって『兄』のような人だったよ」
フェルノは必死に涙を堪えながら「父を誇りに思います」とだけ答えた。
そして、フリッカから折り畳まれた紙片を手渡された。
「私の机の上に置かれていました。恐らく、僅かな時間で書いたのでしょう」
俺はその紙を開いた。
『ユウト殿
私の身に何かあっても、どうか気に病まないで欲しい。これは私からの頼みだ。
私は君に二度、命を救われた。私の人生の半分以上は君がくれたようなものだ。
心から感謝している。
私の他にも、君は数えきれない程多くの命を救った。その、救った命に目を向けてくれたまえ。
そして、君は君の生きたいように人生を歩んでくれ。
心からそう願っている。
セルジュ・ランガート』
走り書きのようなその手紙には、セルジュさんの優しさが詰まっていた。
俺は、溢れてくる涙が零れないように空を仰いだ。手紙を再び折り畳み、決して失くさないようスボンのポケットに入れながら。
追悼式が終わると、フリッカが布に包まれた何やら長い棒のような物を持って近付いて来た。
「ユウト様、これをお持ち下さい」
「なんだい?」
「『ケイオス・ブレイカー』と呼ばれる剣です」
「なんじゃと!?」
フリッカの返答にアスタが大声で反応する。なんだよ、その声にびっくりしたじゃないか。
「アスタ、何か知ってるの?」
「い、いやぁ・・・よく聞こえんかっただけじゃ」
絶対嘘じゃん。目がバタフライくらい泳いでるじゃん。
「フリッカ、これは・・・?」
「はい。二十五年程前に、とあるダンジョンの最奥で見付かったらしいのですが、鑑定によると『最強の剣』だとか」
「そんな貴重な物を・・・借りても良いの?」
「いえ、差し上げます。これは普通の者では使えないようなのです・・・魔力を大量に吸われるらしくて。でもユウト様ならきっと使えると思って」
え・・・?それって呪いのアイテム的なヤツなのでは・・・
「あ!あ!もちろん、ちゃんと使えれば最強ですから!ユウト様くらい魔力がある方なら、問題なく使える筈ですので!」
ま、まぁフリッカがくれるって言うんだから、ヤバい物ではないんだろう・・・ないと信じたい。
「分かった。ありがとう、フリッカ。これで奴らをぶっ倒してくるよ」
「は、はい!あ、あの、ユウト様・・・戻って来たら、その、えっと・・・」
「うん?」
「わ、私と・・・いえ、か、必ず無事に戻って来て下さいね!?」
「うん。分かった」
フリッカにまた嘘を吐き、俺たちはレナードさんが待つ第二会議室に向かった。
帝国で今後の作戦についてレナードさん他数名と綿密に打ち合わせた後、俺たちは狼人族のアルさんの家に転移で返って来た。
「おー!ユウト様、おかえりなさ・・・」
俺たちの表情を見て、アルさんがいつもの陽気な挨拶を引っ込めてしまう。
「アルさん、ただいま戻りました。お話、良いですか?」
俺たちはいつものリビングに集う。そこで、帝国の皇城で起こった出来事と、これから俺たちがやろうとしている事を説明する。
「今回は、間違いなく強い召喚者が相手です。それも最低二人は居ます」
「それは・・・ユウト様をも凌ぐ・・・と?」
沈痛な面持ちのアルさんの問いを、俺は頷いて肯定した。
「それで、皆に改めてお願いしたいんだけど・・・今回は俺一人で―」
「ダメです!」
「ダメじゃ!」
「ダメよ」
「ん・・・ダメ」
ルル、アスタ、ユナ、カエラの四人からダメ出しを食らった。
「しかし、今回ばかりは俺は皆を守れ―」
「ユウトよ。あの作戦、我が不可欠じゃろーが?」
「うっぐ・・・それは・・・」
「ルルはユウト様を絶対一人にしません!」
「あたしの治癒魔法は役に立つわよ?」
「わ、私・・・飛べます!」
うーん、困った。アルさんに視線で助けを求めるが、肝心な時に限って天井を見てやがる。
四人の気持ちは心から嬉しいのだが、セルジュさんを失った今、これ以上誰一人として失いたくない。誰かを失ったら、俺はもう―
「ユウト様。ユウト様は負けるために行くんですか?」
ルルが俺をキッ!と睨む。
そうだな。ルルの言う通りだ。行く前から弱気になってどうするんだ。
「皆、済まない。それに、ありがとう。じゃあ、俺に力を貸してくれ」
「「「「はいっ!!」」」」
それから俺たちは、共和国に『勝ちに』行く準備を各々整えた。
「アスタ、ちょっと良い?」
俺は準備を終えてアスタに声を掛けた。
「なんじゃ?」
「ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「スリーサイズか?」
俺はジト目でアスタを睨む。
「なんじゃ、真面目な話か」
「なぁ、『ケイオス・ブレイカー』って何なんだ?」
アスタが「はぁ・・・」と小さく溜め息を吐く。
「ま、仕方ないの・・・ちょっと見せてみよ」
俺はマジックバッグから、布に包まれたままの『ケイオス・ブレイカー』を取り出す。そう言えば、フリッカから受け取って中身も確認してなかった。
布を取り外して中身を確認すると・・・何の変哲もない鉄製の剣。両刃の片手剣だ。ただ、剣身に目を凝らすと、薄っすらと炎のような模様が見える。そして・・・
「うわっ!?何これ、模様が動いてる?気持ち悪っ!」
俺は思わず、右手の人差し指と親指だけで剣の柄頭を持ち、出来るだけ身体から離す。
「うーむ。どうやら本物のようじゃの」
アスタが剣身に顔を近付けて観察していた。
「もう仕舞っても良いぞ?」
アスタの言葉を聞いて、俺は素早く剣を布で包んだ。アスタの言葉を待つ。
「『ケイオス・ブレイカー』は、魂ごと消滅させる武具じゃ」
「魂ごと?怖っ・・・ん?どこかで聞いたような・・・」
「恐らく、ウリエルからではないか?」
思い出した!初めて召喚された時、転移の間でウリエルさんが言ってた・・・ユルムントには、魂ごと消滅させる武器や魔法があるって。しかし・・・
「でも、実際には確認されてないんじゃなかったっけ?」
「我もそう思っておった。じゃが、どこぞのアホが見付けてしまったようじゃな」
いや、ほんとアスタの言う通りだよ!こんな危ない物見付けて来るんじゃないよ!
「本当に最強の剣なのか?」
「それは知らん」
「だよね・・・」
なんか、これさえあれば格上の敵にも勝てる魔剣、みたいな物を想像していたんだけど、違うのか・・・
「じゃが、持つ者の魔力に応じた強さを発揮する」
「マジで!?」
「・・・ような気がする」
「気がするだけかよっ!?」
「まぁ、あまり過信せんことじゃな。それと、くれぐれも敵に奪われんようにな」
なんだか、使って良いのか悪いのか分からなくなって来た・・・もういっそ、アルさん家に置いていこうかな・・・
ただ、魂ごと消滅させるって事は、二度と召喚されないように出来るって事だ。召喚どころか、もしあるのならだが、輪廻の輪すら断ち切るって事だもんな。
「これ、マジで危ないな・・・置いて行こうかな?」
「いや、役に立つ筈じゃ。持って行け」
「アスタがそう言うなら・・・うん、そうする」
なんだか、遠足の前に母親に諭された子供みたいになってしまったが、アスタの助言に従ってマジックバッグに入れておく事にした。
俺たちは、コンクエリア共和国の首都「ムルス」にある帝国諜報員のアジトに居る。首都の外縁部に広がる貧民街の東部、比較的治安も悪くない場所にこのアジトはある。
ガルムの街で一人の諜報員と落ち合い、彼の記憶を利用させてもらってここまで転移して来たのだ。
打ち捨てられた一軒家の地下室を広げ、壁や天井を補強したこのアジトには、俺たちの他に現在男性三人、女性三人、合わせて六人の諜報員が居た。
俺たちを含めると十一人。いくら地下室を広げたとは言え手狭、いや割とぎゅうぎゅう詰めであった。
お互い簡単に自己紹介を済ませた後、ここの諜報員のまとめ役であるドイルさんが現状を説明してくれる。
「レナード団長の話から国の存亡に関わる事態と判断し、強硬手段を取りました」
以前からマークしていた共和国中枢に近いと思しき人物数名を捕縛して情報を聞き出したと言う。
どんな手段で聞き出したのか、怖いので聞かない事にした。
「現在、城に居る召喚者は国王を含めて四人。アンナという女が一人、アトラス、エスペンという男が二人、そして国王です」
「その『アトラス』というのが帝国で暴れた奴でしょうね」
「はい、特徴も一致します」
「あの・・・捕えた共和国の人間って、まだ生きてます?」
「あぁ、もちろんですよ!拘束はしていますが、傷付けるような事はしていません」
おっと。てっきり拷問とかしたのかと思ったけど、どうやら違ったらしい。そうなるとどうやって情報を聞き出したのか気になるが、ひとまず置いておこう。
リュウの屋敷の時は、犬人族のマーラの記憶とアスタの力で簡単に侵入出来た。今回もその手が使えるだろうか?
「ドイルさん、ちょっと俺たちだけで話し合っても良いですか?」
「ええ、どうぞ。こちらはお気になさらず」
小さなテーブルを囲むように五人で座る。ルル、アスタ、ユナ、カエラの四人は俺の言葉を待っていた。
「アスタ、リュウの時の手が使えるんじゃないかと思うんだけど」
「共和国の人間の記憶を使うのじゃな?直接城に転移するつもりか?」
「ああ。外部から侵入するより簡単だろうと思う。もちろん、事前に綿密に計画を練るつもりだけど」
「ユウト様、罠の可能性はないでしょうか?」
ルルが鋭い事を聞いて来た。
「そうだな・・・確かに可能性はあるな。でも、向こうは俺たちが転移を使える事は知らないんじゃないかな」
「転移魔法が使えるのは竜人族だけで、しかもごくわずかな者だけよ?」
ユナが教えてくれる。
「そうなの?知らなかった・・・」
「物凄く魔力を使うから。ほいほい簡単に転移を使うのはユウトぐらいよ」
そうだったのか。俺は便利な物はガンガン使う主義だからな。
「あー、ドイルさん?転移を妨害する魔法や魔道具の存在って聞いた事ありますか?」
いきなり話を振られたドイルさんは、びくっ!とした後に仲間にも話を聞いて答えてくれた。
「いえ、そのようなものは聞いた事がないですね」
「ありがとうございます。安心しました」
「もし、私たちが転移を使う事を相手が知っていて、何らかの罠を張っていたとしても、罠だと感じた瞬間に転移で逃げれば良い、って事ね」
「うん。ユナの言う通りだと俺も思う」
「ユウト、さん・・・城の中で竜化すれば、陽動になる、と思う」
「カエラ、凄い事考えるな!竜のブレスも強力だしな!」
「それに・・・反転もそろそろ使えるかも」
「「「「反転?」」」」
耳慣れない単語に俺たち全員が聞き返す。
「ん・・・喰痛で取り込んだ『痛み』をまとめてぶつける」
「そ、そんな事が出来るの!?」
そう言えば、痛みが溢れそうになったら吐き出せば良い、って言ってたけど・・・
「ん・・・生き物相手に使った事、ないけど」
「いつもは何に向かって撃ってるのじゃ?」
「えっと・・・海?結構沖に出て・・・前に山に当てたら山がなくなったから・・・」
「「「「はいっ!?」」」」
山が・・・なくなっただと?
「カエラって見かけによらず凄い子なのね・・・」
ユナが思わず本音を漏らした。イート・ペインでもかなり驚いたが、今回のは更にその上を行っている。
「カエラさん、凄い!凄いです!」
ルルがカエラの手を握ってぶんぶん振っている。
「えへへ・・・」
「カエラ、その反転は、竜の姿で撃つの?」
カエラは見栄を張って嘘を吐くような子ではない。反転は俺たちにとってかなり強力な武器になりそうだ。詳しく聞いておきたい。
「ん、人でも撃てるけど、竜の方が威力は大きい」
「なるほど。それじゃあ、狭い範囲で撃ったり、逆に広い範囲に撃ったりも出来る?」
「狭くすれば威力が強くなる。広くすると弱くなる」
「竜のブレスとだいたい同じと思って良いのかな?」
「うん」
だいたい分かって来た。
「ちなみに、反転は一発だけだよね?」
「うん」
「よし、分かって来たぞ!それじゃ、カエラとユナ、それぞれ使える魔法を教えてくれるか?今更だけど」
「私は転移と治癒。あと得意なのは火属性ね。上級まで使えるわよ」
「わ、私は・・・他には火・風・重力が使える。火と風は上級、重力は中級」
なんと・・・聖女だと思ってた二人は、めっちゃ武闘派でした。
ルルの隠密スキルと優れた感覚、アスタの力。そしてユナとカエラ。俺は彼女たちを守らなければならないと思っていたが、もしかしたらそんな必要はないかも知れない。逆に俺の方が守られる立場なのかも知れないな・・・
今日もお読み下さりありがとうございます!
少し前にお伝えした通り、ストックがなくなってしまったため、しばらく投稿をお休みさせていただきますm(_ _)m
あと5話~6話で、一旦このお話は完結の予定です。
完結まで書き上げてから一気に投稿するつもりです。
2~3週間程度で再投稿予定です。
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