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救世の召喚者  作者: 五月 和月
45/51

45 兄と慕った人

『うぐっ・・ひっぐぅ・・・セルジュが・・・セルジュが・・・死にました』


 フレデリカが絞り出すように言った言葉の意味がすぐには理解できない。


「フリッカ?ごめん、良く聞こえなかった。もう一度言ってくれる?」


『ユ、ユウト様・・・ひぐっ・・・助けて・・・』


 隣に居るルルと顔を見合わせる。ただ事ではない気配に、アスタとユナ、カエラも集まって来ていた。


「分かった、すぐに行く。フリッカ、どこに居るんだい?」


『お、お食事をご一緒した部屋に・・・』


 その言葉を聞くや否や、俺は四人に身体を掴んでもらって転移した。





 謁見の間の奥、皇帝が親しい客人をもてなす応接間。セルジュさんとフリッカにまんまと担がれ、その後大勢でわいわいと食事して酒を飲み、楽しんだ場所。


 転移してすぐに気が付いた。謁見の間からここまで漂う生臭さと鉄錆が混じった臭い。


 あの時の明るい雰囲気は嘘のようで、ここに居る者は皆沈痛な面持ちだ。俺たちに気付いた者も、僅かに目礼するのみ。


 フリッカは大きなソファに座り、両膝に肘をついて顔を両手で覆っている。傍には何人もの侍女、執事、そしてレナード騎士団長を始め多くの騎士団員が居た。


 レナードさんがフリッカにそっと何かを伝える。フリッカは、震える両手から顔を上げて俺を見た。その途端、大粒の涙を流しながら、フラフラと立ち上がってこちらに駆け寄って来る。


「ユウト様・・・ユウト様・・・ユウト様ぁああああぁぁ!!」


 フリッカは俺の胸に顔を埋め、大声で泣いた。俺はフリッカの華奢な肩に腕を回し、きつく抱きしめた。ルルとアスタ、ユナ、カエラが俺とフリッカを取り囲むように皆でひと塊になり、皆でフリッカの背中を優しくさすった。





 俺たちはレナードさんに案内され、城の中にある礼拝堂に来ていた。奇跡的に生き残った一人を除く四十六人の遺体がここに仮安置されていた。


 簡素な木の台の上に掛けられた白い布は、どれもこれも血が大量に滲んでいる。


 レナードさんはその台の一つに近寄り、俺の目を見て頷く。俺も頷きを返し、意を決して白い布の顔の部分をめくる。


 そこには、血の気のないセルジュさんの顔があった。


 セルジュさんの顔を見た途端、様々な思い出が俺の頭を満たす。


 初めて召喚された馬小屋で、リアの隣で警戒していたセルジュさん。剣を握った事もない俺に、優しく分かりやすく闘い方を教えてくれたセルジュさん。


 剣を使えるようになって、自分の事のように喜んでくれたセルジュさん。ブラック・ボアと相討ちして、俺が死んだ時に涙を流してくれたセルジュさん。


 魔王討伐の時。三十年振りに会った時。


 そして、ほんの十日程前には、夜風に吹かれながら冗談を言い合っていたセルジュさん。


 気付いた時には、俺はセルジュさんに縋って大声で泣いていた。ルルも子供のように泣いていた。アスタも、ユナも、カエラも、皆わんわん泣いていた。


 その時、俺は初めて気付いた。俺はセルジュさんを兄のように慕っていたのだと。





 俺たちの只ならぬ様子に配慮してくれたらしく、レナードさんは少し離れた所で見守ってくれていた。


 俺は、最後にもう一度セルジュさんの顔を見る。そして深々と礼をした。


 なんとか落ち着きを取り戻し、俺たちはフリッカの待つ皇帝の私室に案内された。その中ではフリッカが一人、ぽつんと窓際に座っていた。


「セルジュはわたくしの代わりに死んだのです」


 掠れた声が部屋に響く。俺は次の言葉を待った。


わたくしが・・・わたくしさえしっかりしていれば、こんなに大勢死ぬ事はなかった・・・」


 詳しい事はまだ聞いていない。しかし、城の内部であれだけの惨事が起こったのだ。むしろフリッカが無事だったのは僥倖だろう。


 カエラが静かにフリッカの傍に寄る。そして、そっとその手を握った。


 フリッカの額の辺りから、黒い霧のような細かい粒子が立ち昇り、カエラはそれを自分の口で吸い込んでいく。


 カエラの目からひとしずくの涙が零れ落ちる。


 それを合図にするかのように、フリッカがかくんっと眠りに落ちた。俺は慌てて傍に行って抱きかかえ、離れたベッドに運んで優しく横たえた。


「カエラ・・・大丈夫か?」


「・・・ん。悲しみと怒り。自責の念。少しだけ取ってあげた」


「そうか・・・ありがとう」


 俺たちはフリッカの侍女を呼んでこの場を任せ、レナードさんを探した。





 レナードさんは第三会議室という名の付いた部屋に居た。そこで数人の騎士団員と何やら話をしている。


「ユウト殿。皆さんも、どうぞこちらへ」


 促されるまま、俺たちはレナードさんの向かいに腰掛ける。


「それで、一体何があったのですか?」


「謁見の間で何があったのか、残念ながらそれはまだ分かっておりません。生き残った一人は喉に重傷を負っており、まともに喋る事が出来ず・・・」


 俺はちらっとユナを見る。ユナは俺に向かって大きくこくんと頷いた。


「その人はたぶん治せると思います。ユナの力なら」


「それは本当ですか!?それならば早速・・・」


 俺たちはその生き残りの治療が行われている救護室へ向かった。その道すがら、レナードさんが分かっている事を教えてくれた。


「コンクエリア共和国の使者を名乗る男だったそうです。事前の約束もなく陛下に会わせろと、衛兵たちの静止をものともせず城に侵入した、との事」


 コンクエリア共和国だと?


「たまたま報告のために陛下のお傍に居たセルジュ副団長が、謁見するという陛下を押し止めてその男に会ったそうです。三十人の騎士団員と十六人の衛兵を謁見の間に配置して」


 セルジュさんを含めると四十七人。しかも、精鋭揃いだったと言う。


「謁見の間の扉の外に居た衛兵は、中の騒ぎを聞きつけて扉を開けました。その時にはすでに男は居なかったそうです。代わりに壁に大穴が開いていた、と」


「その男は武器は持っていなかったんですか?」


「ええ。さすがに謁見の間に帯剣して入らせる訳には・・・と言うより、城に来た時点で武器らしきものは何も持っていなかったようです。あ、こちらが救護室です」


 俺たちは救護室の中に入った。そこでは二人の治療師がベッドに横になっている男に治癒魔法を掛けている所だった。


 男は意識があるようで、土気色をした顔に盛大な脂汗をかき、苦悶の表情をしている。首周りに大きな痣が出来、喉仏も凹んでしまっている。生きているのが不思議な程酷い様子だ。


「ユナ!」「はいっ」


 俺はレナードさんに断って、治療師とユナを交代させた。


「この者を命の光で包み、平穏と安らぎを与え、身体を癒し給え。治癒ヒール


 ユナがベッドの横に跪き詠唱を始める。明るい緑色の粒子が漂い始め、それがどんどん増えて行き、男の喉の辺りに集まって行く。


 良く見ると、緑の粒子は男の喉に溶け込んで行っているように見えた。今回は喉に集中して治癒しているようだ。


 男の苦悶の表情が次第に和らいでいく。土気色だった顔色も普通の肌色に落ち着いていく。ひゅぅひゅぅと苦し気だった呼吸音がすぅーっと静かなものになる。緑の粒子が空気の中に溶けて行った。


「ふぅ。うまく行ったわ」


 男がゆっくりと目を開く。自分の首を恐る恐る触っている。


「あー。あー。こ、声が出ます!痛みもありません!あ・・・ありがとうございます」


 男は涙を浮かべながらユナの手を握りしめている。


「コホン!それでは、謁見の間で起こった事を話せるか?」


 レナードさんの言葉に男がさっ!と居住まいを正す。ベッドから起き上がろうとする男をレナードさんが制した。


「レナード団長!私はモーブ・クレメントです。私はあの男に首を掴まれて吊り上げられ、その後気を失ったのでそれまでの事しか分かりませんが・・・」


 モーブと名乗った騎士団員は申し訳なさそうに話し始めた。





 共和国の使者はアトラス・ライカオスと名乗った。茶色の短い髪で、筋肉が異様に発達した大男。その目的は、リュウという男の屋敷に侵入した者を探す事。即ち俺が目的だった。


「くそっ!」


 俺のせいで!俺のせいでセルジュさんと四十五人もの罪のない男たちが死んだのか!


「奴は、帝国の獣人をリュウが攫っていた事を知った上で、その事を何とも思っていなかった・・・それが許せなくて、私は思わず声を上げました。しかし、次の瞬間には片手で宙に吊り上げられていました・・・」


 くそっ!くそっ!くそっ!


 もっと慎重に出来たんじゃないか?リュウを殺さなくても良かったのではないか?もっと、もっと、他に手があったんじゃないか!?


「ユウトよ。お主のせいではない」


「でもアスタ・・・」


「そうです。ユウト様は獣人たちを助けるためにやったんです」


「ルル・・・」


「あんたが助けなかったら、そしてリュウって奴を生かしていたら、この先もっと被害者が増えていたのよ」


「ユナ、それはそうなんだけど」


「ユ、ユウトさん、は、わ、私と、竜族の仲間も、た、助けてくれた」


「・・・カエラ」


 四人が慰めてくれる。分かっている。こんな結果を望んでやったわけじゃない事は、俺だって分かってるんだ。


 俺は行き場のない思いを抱えながら、皆と共に第三会議室へと戻った。





 第三会議室へ戻ると、そこにはフリッカが座っていた。今にも崩れそうだった先程までの様子とは違い、瞳には力が宿っている。


「レナード、ユウト様、そして皆さん。どうぞお座りください」


 フリッカに促され、円卓に座る。皆が腰を降ろしたのを確認し、フリッカが一つ頷く。


「皆聞いて下さい。明日、犠牲者の合同追悼式を行います」


 痛みを堪えるような口調。


「それが終わったら、共和国と戦います。この城の中で、わたくしの大切な者たちが蹂躙されました。これは宣戦布告、いや、それ以上の敵対行為です。こんな事を許す訳には参りません」


「陛下。我々は帝国にこの身を捧げます。必ずや、彼らの仇を取ります」


 レナード騎士団長が、静かだが決意のこもった声で応える。


「全騎士団および帝国軍に、ガルムンド帝国皇帝の名において命ずる。直ちにコンクエリア共和国との戦争の準備を整えなさい!」


 会議室に居た騎士団員、衛兵たちから「おおーっ!」と気勢が上がる。


「ちょっといいかな?」


 少し鎮まった頃合いを見計らって手を挙げた。皆が俺に注目する。


「フレデリカ陛下、それに皆さんの気持ちは痛い程分かる。俺も腸が煮えくり返ってる。ただ、少しだけ俺の話を聞いて欲しい」


 立ち上がって話し始めた俺の声に、会議室が水を打ったように静まり返った。


「ひと月。いや二週間でも良い。二週間だけ俺に・・・いや、俺たちに時間をくれないだろうか」


「ユウト様。それはどういう意味でしょうか?」


 フリッカが困惑したように聞いてくる。


「まず、こうなった責任は俺にある。そして、ここへ来たアトラスと言う男は召喚者だろう。それもかなり強い」


 俺は自分の言葉が皆に沁み込むのを待った。


「アトラスの他にも、強力な召喚者が居ると思って間違いないだろう」


 アトラスを使っている者が居る。そいつはアトラスより強い筈だ。


「皆も知っての通り、強力な召喚者は一人で一国を滅ぼす力を持つ。それが数人居れば、帝国と言えども多大な犠牲者が出るかも知れない」


 本当は、冗談抜きで『帝国は滅びる』と言いたい所だが・・・


「だから、俺が共和国に潜入し、一人でも多くの召喚者を倒す」


「ユウト様!『俺が』じゃありません。『俺たちが』でしょ!?」


 ルルが俺をキッ!と睨みながら訂正する。ああ、そうだな。俺たち、だな。


「そうだ。俺たちが、だ。そして、可能なら召喚者を全員倒す」


 可能なら、ではない。全員倒さなければ帝国に勝ち目はないのだ。


 俺はルルを見た。ルルが俺の目を真っ直ぐに見返し、大きく頷く。


 アスタを見た。アスタは腕組みをし、半目で俺を見て「うむ」と頷く。


 ユナを見る。口元を一文字に引き絞り、こくんと頷く。


 カエラを見る。カエラは微笑と共に俺に頷きを返す。


「つまり、ユウト殿たちが『遊撃隊』になって、敵の主戦力を先に叩く、という事でしょうか?帝国のために?」


 レナードさんが目を丸くしながら聞いてくる。


「そうです。いや、違うか・・・帝国のため、じゃなく、俺が・・・俺たちが守りたいもののためです」


 俺の答えを聞いたレナードさんは、さらに目を丸くした。


「ユウト様・・・そのような危険な事を―」


「陛下・・・いや、フリッカ。頼む。やらせてくれ」


 俺はフリッカに深々と頭を下げた。ルル、ユナ、カエラ、それにアスタまで、立ち上がって一緒に頭を下げてくれる。


「頭をお上げください!・・・分かりました。でも、危険になったら必ず逃げると約束して頂けますか?」


「分かった。約束する」


 俺は嘘を吐いた。


今日もお読み下さりありがとうございます!

明日は19時に予約投稿いたします。宜しくお願い致します!

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