44 謁見の間の悲劇
SIDE:コンクエリア共和国
王の執務室には三人の男が居た。金髪で細身のエスペン、筋肉達磨のアトラス、そして共和国国王である。
「それで?」
机の端に尻を乗せた国王が二人の男に問う。
「申し訳ございません。私の方ではアンナの生死について確証は得られませんでした。ただ、砦南方の森が広範囲で破壊されている事が分かりました」
エスペンが跪き、俯いたまま報告する。
「森の破壊?魔法が使われたのか?」
「それはなんとも・・・地面がおよそ三キロに渡って抉れておりました」
「なるほど。アトラス、お前の方はどうだ?」
エスペンの隣に跪いていたアトラスが答える。
「リュウの死亡を確認した者は居りませんでした。しかし、屋敷に侵入した者を何人か目撃しております」
「侵入者?目的は?」
「はっ、屋敷の兵に聞いたところ、リュウが集めていた獣人が一人残らず消えたそうで」
「ほう。それで侵入者は何者か分かったのか?」
「そこまでは。ただ、人族らしき男が一人、獣人らしき女が一人だったそうです」
二人の報告を聞いて、王は考える。
アンナの方は生死すら分からないが、森の破壊はアンナの仕業ではないだろう。三キロも森を抉るような力や魔法は使えない筈だ。
何らかの災害か強大な魔物に襲撃されたか、何かに巻き込まれた可能性もある。
リュウの方は、おそらく侵入者によって殺されたのだろう。侵入者の目的はリュウの趣味で集めていた獣人の解放と言った所か。
「リュウは獣人をガルムンド帝国から攫っていたのだったか?」
「兵の話ではその通りです」
なるほど。となると帝国の手練れが侵入者だろうか?リュウを倒せる程の人間がそうそう居るとは思えないが。
獣人の女と言うのは案内役のようなものか。人族の男と言うのは、帝国の召喚者かも知れんな。
アンナが消息を絶って三週間以上、リュウは二週間以上経つ。
「二人とも死んだと見做し、召喚儀式を行おう。上手く行けば本人の口から詳しい事が聞けるからな」
アンナとリュウ自身に魔力を込めさせた召喚陣を使い、二人をこの世界に呼び戻す。こういう時のために、転移の間から苦労してあの眷属を連れて来たのだ。あいつに儀式を執り行わせれば失敗はまず無い。
「アトラス。ガルムンド帝国に乗り込んで探って来い。滅ぼさない程度なら暴れても構わん」
王の言葉にアトラスがニヤリと笑う。
「城に乗り込んでも?」
「ああ、その方が事情を知る人間が居るだろう。侵入者の正体が知りたい」
「もし、帝国が無関係だったらどうされるので?」
エスペンが横から口を挟む。
「向こうが望むなら戦争になっても構わん。まぁ、戦争にはならんが。こちらが一方的に蹂躙するだけだからな」
「前の戦争が終わって、俺たちの恐ろしさを忘れているのかも知れません。丁度良い機会です、思い出させてやりましょう」
アトラスの下卑た笑みが更に広がる。
「そうだな。くれぐれも滅ぼすなよ?焦土と化した国には価値がないからな」
「御意」
アトラスは意気揚々と王の執務室を出て行った。
SIDE:ガルムンド帝国
ユウトたちが魔族領に帰ってから、フレデリカの元気がない。いや、表面的には何の問題もないように見える。皇帝としての職務もきちんとこなしている。ただ、ふとした時に遠くを見るような目をしたり、小さな溜め息をついたりしている。
皇帝の執務室で騎士団の活動報告をしながら、セルジュはそんなフレデリカの様子に同情の念を禁じ得なかった。
フレデリカはまだ十七歳。成人しているとは言え、遊びたい盛りだし、恋だってしたいお年頃なのである。
皇帝の娘などに生まれなければ・・・平民、せめて普通の貴族の家に生まれていれば、ユウト様に付いていったのに。
皇帝の娘に生まれたからこそ、幼い時からユウトの英雄譚を当事者の口から何千回も聞く事が出来、結果的にユウトに憧れる事になり、皇帝の地位を濫用して素のユウトに会って、憧れが恋に昇華してしまった事にはフレデリカ自身気付いていない。
「・・・は以上でございます・・・陛下?陛下!?」
「っ!あぁ、ごめんなさい。ちゃんと聞いてますわ。セルジュ、ありがとう」
魔族領で豊かな自然に囲まれてユウトとキャッキャする妄想を振り払い、フレデリカはふと考えを巡らせる。
「少しセルジュと二人にしてもらえるかしら」
執務室に控えていた文官たちが静々と部屋から出て行った。残されたセルジュを応接セットに誘う。
「少しお茶に付き合って頂けますか?」
「もちろん構いませんとも、陛下」
フレデリカは自ら二つのカップに紅茶を淹れ、片方をセルジュに渡す。
「あの、とても言い難い事なんですけど、その、ユウト様から何か連絡は・・・?」
セルジュは目を細め、口元に優しい笑みを浮かべる。
「これと言って特には。ああ、そうだ。陛下の方から連絡してみてはいかがですか?」
そう言って、足元のバッグから大きな透明のキューブを取り出す。セルジュは最初からフレデリカに通信魔道具を渡すつもりで来ていた。もちろん、いつでも好きな時にユウトと連絡が取れるように。
「まあ!これはユウト様と連絡出来る通信魔道具ですの!?」
「左様でございます。騎士団には他にもユウト殿と連絡が取れる通信魔道具がございますので、こちらは陛下にお使い頂ければ」
「嬉しい!セルジュ、ありがとう!・・・でも、用も無いのに突然連絡してしまったらご迷惑ではないかしら・・・」
「彼は迷惑などと思う男ではございませんよ。ただ、彼も忙しい時は応答できないかも知れません。その時はメッセージをお残しになれば、折り返し連絡が来るでしょう」
「そう・・・そうですわね!ありがとう、セルジュ」
これで陛下の寂しさが少しでも紛れたら良い、愛おしそうにキューブを撫でているフレデリカを見ながらセルジュがそう思った時。
「陛下!失礼いたします!」
扉の向こうから、セルジュも聞き覚えのある衛兵の声がした。フレデリカを見るとセルジュに向かって頷いている。セルジュはソファから立ち上がり扉を開けた。
「どうしたのだ?」
「これはランガート副団長。それに陛下。恐れながら申し上げます!ただ今、コンクエリア共和国の使者を名乗る者が城に参り、陛下との謁見を求めております!」
「コンクエリア共和国?そのような予定が入ってたかしら?」
「いいえ、謁見の申し込みすら行っておりません。衛兵が申し込みを行うよう伝えたのですが、とにかく謁見させろの一点張りで・・・衛兵が十人がかりで押し止めようとしたのですが、使者に剣を向ける訳にもいかず・・・」
衛兵の歯切れが悪い。言葉が尻つぼみになって消えて行く。
「私が行こう」
セルジュが向かおうとするが、フレデリカの言葉に足を止める。
「良いですわ!お会いしましょう。謁見の間にお連れして下さい」
「陛下!それは危険です。まずは私が会って話を聞いて参ります」
不穏な気配を感じたセルジュがフレデリカを止める。共和国の使者を名乗る者が、正規の手続きも踏まずに力づくで一国の皇帝に会おうとするだろうか?
「そうですか・・・ではお任せしてもよろしいですか?」
「もちろんです。衛兵、近衛兵と一緒に陛下を安全な場所にお連れしなさい。あー、そこの君、城内の騎士団員を謁見の間に招集して。そっちの君は衛兵に警戒態勢を取るように伝えて。君は使者を抑えている衛兵たちに、なるべく遠回りして謁見の間に連れて来るように伝えてくれ」
セルジュは、執務室の外に控えていた者たちに指示を飛ばした。
本当に共和国の使者なら、用件はだいたい想像が付く。その件であれば、対応するのは自分が最も適任だろう。なんせ最初から最後までユウト殿から聞いて知っているのだから。
執務室を出たセルジュは部下に持たせていた剣を腰に帯び、謁見の間に向かった。
謁見の間では、玉座の前でセルジュが腕組みをして仁王立ちしていた。壁際には城勤めの騎士団員たち三十人がずらりと並んでいる。さらに、十六名の屈強な衛兵たちが完全武装で立っている。
謁見の間の扉が乱暴に開かれる。通常は衛兵が来訪者の名を厳かに告げ、もったいぶって開ける扉なのだが、その来訪者自身が力任せに開けたのだった。
「ようやく謁見の間か!全く手間取らせやがって!」
茶色い短髪で筋肉が異様に発達した男が、大声で文句を言い、衛兵が並んでいる間を無遠慮にズカズカと入り込んで来る。
「貴殿がコンクエリア共和国の使者殿ですか?」
無礼な態度に苛立つ気持ちを顔に出さないよう努めながら、セルジュが来訪者に問う。
「ああ、そうだ」
「お名前を伺っても?」
「アトラス・ライカオス。あんたは?皇帝か?」
「私は帝国騎士団副団長のセルジュ・ランガートと申します。陛下は大変ご多忙の為、予定にない謁見を行う時間が取れません。失礼ながら、私がご用件を伺います」
セルジュは、皮肉交じりに予定を入れていない者と皇帝が会う事はないと伝えたつもりだったが、アトラスという男は全く気にしていないようだった。
「そうか、副団長・・・いや、むしろあんたの方が良く知ってるかもしれんな。俺はある人物を探している。二週間ほど前に、ガラムの街のリュウと言う男の屋敷に侵入した男だ。そいつを案内した獣人の女でも構わん」
やはりその話だったか。セルジュはポーカーフェイスで知らぬふりをする事に決めた。ユウト殿を売る訳にはいかない。
「ガラムの街・・・ふむ、その侵入者ですが、なぜ我々帝国がその侵入者の事を知っているとお考えなのです?」
帝国の国民を攫って言語道断の行いをしていたリュウを野放しにしていたのは共和国である。帝国から攫って来た獣人が消えたから、などと言えば自ら過ちを認めるようなものだ。普通ならそんな事は言えない。
「そりゃあ、リュウが帝国から攫った獣人たちがきれいさっぱり居なくなったからだ」
謁見の間がざわつく。この話は、騎士団の者ならほとんど知っている。驚いたのは、アトラスと言う男が一切悪びれずに過ちを認めた事だ。
「それは聞き捨てなりませんな。そのリュウと言う男は、帝国の国民を攫っていたのですか?」
「国民?ああ、そうか、お前たちは獣人も国民として扱うのか」
アトラスの暴言に、壁際の騎士団員が堪らず声を上げた。
「貴様ぁ!謝るのが先―」
騎士団員の言葉は途中でかき消えた。
直前までセルジュの前に居たアトラスが、身体が霞む速度で移動し、左手で騎士団員の首を掴んで持ち上げたからだ。騎士団員の足は宙に浮いている。
セルジュは一瞬で理解した。こいつは召喚者だ。ユウト殿が倒した魔王と同じ動きだ。
「さっきも言ったが、俺は侵入者を探しに来た。謝りに来た訳じゃない」
アトラスは顔色一つ変えず、声を荒らげる事もなく淡々と告げる。吊り上げられた騎士団員の顔が紫に染まって行く。
「まぁ、アトラス殿。落ち着いて話しましょう」
セルジュの頭はフル回転していた。この男がどれほどの力を持っているのかは分からないが、もし魔王やユウト殿と同じだとしたら、下手すれば帝国が滅ぼされる事態に陥りかねない。
「俺は至って落ち着いているが」
意識を失った騎士団員から手を離し、即座にセルジュの前に戻るアトラス。さっきまでと全く表情が変わらないせいで、何を考えているのかさっぱり分からない。
「しかし、我々はその侵入者という者には心当たりがないのです」
「んー?しかしさっきの男は、獣人が攫われていた事を知っていたような口ぶりだったが?」
アトラスが一歩セルジュに近付く。一番近くに居た全身甲冑の衛兵が、条件反射で剣を抜こうとした。
衛兵が剣を抜くよりも早く、アトラスの右手が衛兵の胸を甲冑ごと貫いた。その動きは目で捉える事が出来なかったが、セルジュはアトラスの動きを予測し、腰の剣をアトラスの首が来る場所で横薙ぎに振り抜こうとしていた。
「ほう?お前、良い動きをするな」
セルジュが振り抜こうとした剣を、アトラスは左手の指三本で挟んで受け止めた。そのまま横蹴りをセルジュの腹に叩き込む。
「げほぅっ!」
セルジュは玉座の後ろの壁まで吹っ飛んだ。口から大量の血を吐き出す。
騎士団員と衛兵全員が剣を抜いて構える。誰一人として怯えている者は居なかった。慌てふためく者も居ない。敬愛する騎士団副団長を足蹴にされて黙っていられる者などこの場には居なかった。
しかし、それが裏目に出た。謁見の間は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「ふむ。帝国の奴ら、なかなかやるな」
血の海に佇みながら独り言ちるアトラス。
「特にあのセルジュという男。あいつなら、もしかしたらリュウを殺せたかも知れん。まぁ一人では無理だろうが」
このまま城から歩いて出るとなると、もっと大勢の兵を相手にしなければならない。それは別に構わないのだが、あまりやり過ぎると王から怒られるかも知れない。
アトラスは謁見の間の外に面する壁をぶち破り、そこからミサイルのような勢いで飛び出して行った。
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