43 ブレイコー
「ユウト様、ごめんなさい!騙すような真似をして」
謁見の間から、皇帝が親しい者と会談や会食をする私室に場所を移した途端、フリッカが口を開く。
「改めまして、フレデリカ・ガルムンドです。素のユウト様にどうしてもお会いしたくて、セルジュに無理を言って娘のふりをしていたの」
俺はフリッカとセルジュさんを交互に見た。いや、髪の色や瞳の色も完全に父娘なんですけど。
「私の家系は皇帝の遠縁に当たるんだよ」
あわあわしてる俺にセルジュさんが説明してくれる。これで分かっただろ?って言いたそうな顔だが、全然分からん。
「えーと、フェルノは?」
「あれは本当の息子だよ。私には二人の息子がいる。あれは次男だ」
俺の頭はフル回転していた。昨日、カフェの前でフリッカと会ってからの事を。何かとんでもなく失礼な事をしてはいないだろうか?
「あの屋敷も、皇帝一族の別邸だからね。私の屋敷はもっとこぢんまりしているよ」
ルルたちもちょっと引いている。いや、アスタは平気な顔だ。カエラはよく分かってない顔だな。ルルとユナは、俺と同じように昨日からの出来事をフラッシュバックさせているようだ。
「えと、フレデリカ様?皇帝があんな街中のカフェに護衛を一人しか連れずに出向くなんて危なくないですか?」
「嫌ですわ、ユウト様!フリッカとお呼びください。呼び捨てで構いませんわ!実はあの時、見付からないように護衛が二十人程居ましたの」
ルルの方を見ると、ふるふると頭を振っている。ルルでも気配に気付かなかったらしい。相当な手練れが護衛に当たっていたのだろう。
今思えば、フェルノがてんぱってたのは俺に会いたかった訳じゃなくて皇帝が近くにいたからなのだろうな。
「俺たち、何か失礼な事しませんでしたか?」
「もう!こうなるから、素のままでお会いしたかったんです。今までのように気軽な感じで話していただけませんか?」
うむ。帝国皇帝と言えども相手は十七歳の小娘。いや、十七歳の絶世の美少女である。こう見えても四人の美少女が傍に居るから耐性はある。やってやろうじゃないか。
「うん、分かったよ、フリッカ。でも、何でこんな事を?」
「私にとって、ユウト様は伝説の英雄なのです。幼い頃から父やセルジュにユウト様のお話をたくさん聞きました。魔王との闘いや、もっとお若い時のお話も」
フリッカが胸の前で両手を握り合わせ、きらきらした瞳を向けて来る。
「伝説の英雄が、普段はどんな方なのか気になって仕方なかったのです!お伽噺の人物に会って確かめたかったのです」
「どんな話を聞いたのか知らないけど、俺は普通の男だよ。昨日から見ていて分かったと思うけどね」
俺が頭をぽりぽり掻きながら言うと、フリッカは「ふふふっ!」と笑う。
「いいえ!私が想像してた以上の方でした。さ、お詫びの印と言っては何ですが、晩餐をご用意しました。皆さんもぜひご一緒にどうぞ」
フリッカの言葉を合図に、皇帝の私室に料理が運び込まれる。昨夜見たよりも豪勢な料理が、巨大なテーブルに所狭しと並べられていく。
フリッカが上座に座り、俺はフリッカから見て右手の一番近くに座らされ、ルル、アスタ、ユナ、カエラと並ぶ。俺の右前にはセルジュさんが座り、フリッカに近い方には見た事のない男性が座った。
料理を並べ終えると、フリッカが立ち上がる。
「皆さんはそのままで。まず、ユウト・マキシマ様とそのお仲間の方々に、帝国を代表してお礼を申し上げます」
一同がフリッカに注目する。
「子供たちを含む九十八人もの大切な帝国国民を救い出した上、治療までして下さって本当にありがとうございます」
フリッカが頭を下げる。俺たちも釣られて頭を下げた。
「本来ならば、その功績を称えて爵位や勲章を差し上げたい所ですが、ユウト様はそのような物に興味のない方とお見受けしました」
俺だって、地位や名誉に少しは興味あるよ?ただ。そういうものには責任が伴うと考えていて、そっちの面倒臭さの方が俺の中で勝っているのだ。俺のような人間は、地位や名誉を求めるべきではないと思っている。
「ですから、下賤ではありますが、報奨金という形で感謝の意を表したいと思います。どうかお受け取り下さい」
フリッカの言葉を合図に初老の男性が俺に歩み寄って来た。と思ったら、昨日会ったランセムさんじゃないか!
俺が立ち上がると、ランセムさんは悪戯っぽい笑みを浮かべながら俺にウインクしてきた。その姿が妙に様になっている。
ランセムさんが両手に捧げ持っている銀のトレイに、宝箱を小さくしたような見事な装飾が施された金色の箱が載っていた。俺がチラっとフリッカを見遣ると小さな頷きが返ってくる。
俺はその箱を手に取った。大きさに見合わないずっしりした重さ。
「ありがたく頂戴いたします」
俺は恭しく礼を述べた。この箱、いくらくらいするのかな?テーブルの上にそっと置く。すると向こう隣りのアスタが「蓋を開けてみんか」と小声で囁く。俺は許可を求めるようにルル、そしてフリッカを見た。二人とも小さく頷く。
蓋を開ける。
箱の中には、白金貨がぎっしり入っていた。俺も白金貨を見るのはこれが二回目だ。この枚数を一度に見るのは勿論初めてである。百枚くらいだろうか?帝国の白金貨は、一枚当たり日本円で約一千万円。つまり、十億円!?
五人で分けても一人頭二億円也。
俺はあわあわしながら白金貨の入った箱とフリッカを交互に見た。俺以外の四人は白金貨の価値をよく知らないようで落ち着いている。
「命に値段は付けられませんから、それで十分とは思いませんが、気持ちとしてお納めください」
「は・・・はい」
フリッカの言葉を受けて返事をした俺は、椅子に崩れるように腰を落とした。その後の料理の味が分からなかったのは言うまでもない。
一通り料理を食べ終わり、俺たちはワインを飲みながら談笑していた。俺の目の前に座った見知らぬ男性が突然立ち上がった。
「ユウト・マキシマ殿。私は帝国騎士団団長のレナード・ボルモート。あなたは憶えていらっしゃらないと思いますが、三十年前の魔王討伐に同行した者です」
レナード団長は、魔王が剣でぶっ壊そうとしていたシールドの中に居た人だった。シールドが壊れた瞬間、魔王の剣は俺が借り物の剣で受け止めたけど、中の人は衝撃で吹っ飛んでいたよな。
「それはそれは。あの時の方が団長さんになられてるとは」
俺は立ち上がってレナード団長と握手した。フリッカがそれをにこにこしながら見ている。
「レナードからも、何度もユウト様のお話を聞かせてもらったのですよ!その二人がここで握手してるなんて・・・夢みたい!」
そう言って瞳をキラキラさせているフリッカは、皇帝ではなく十七歳の女の子の顔をしていた。
「あの時ユウト殿に助けて頂いたからこそ、今の私があるのですよ。ところでユウト殿、三十年も経つのに随分お若いですね?」
「あー、それは・・・まぁ、細かい事は良いじゃないですか!飲みましょう!」
そう言って団長のグラスにワインを注ぐ。説明するのが面倒なので誤魔化した。
壁際にはランセムさん始め執事の方々やメイドさんがずらりと並んでいる。ずっと立っているので申し訳なくなってきた。
少し酔いも回って来たのでフリッカに提案する。
「ねぇ、フリッカ。俺が元居た世界には『無礼講』という言葉があるんだ。お酒の席で、身分や立場の違いを一切気にせず酒を楽しむ事を言うんだけど、ランセムさんたちも一緒にお酒を飲んだら駄目かな?」
俺の言葉にランセムさんやメイドさん達が目を丸くする。
「ブレイコー?何だか楽しそうですわね!それじゃあ、皆も一緒に飲みましょう!さあ!」
ガルムンド帝国に「ブレイコー」という習慣が誕生した瞬間であった。地位の高い者が、低い者の無礼を許し一緒に酒の席を楽しむ。地位の高い者の度量が試されるこの習慣は、その後貴族の間で流行する事になる。
そんな未来の話はさておき。
この場で間違いなく地位が最も高い皇帝陛下が無礼講を宣言したのだ。もうこれは、従わなければ逆に失礼に当たる。
俺はそんな説明をぶち上げ、壁際に立っていた人々に椅子を持って来させ、全員グラスを持つように言い渡す。
空きっ腹に酒は良くないので、料理の余りも遠慮なく食べるように伝え、全員のグラスにワインを注いで回った。
「それでは皆さん!グラスを持って~、はい!乾杯!」
「「「「「カンパーイ!」」」」」
その場に居る全員がワインを飲む。もう堅苦しい雰囲気は皆無だ。全員でわいわいがやがやと飲み、食べ、おしゃべりする。
「ユウト様、ルルはこんなに楽しくなるなんて思ってませんでした!」
「俺もそうだよ!フリッカが良い子だから、こんな風に出来るんだね」
「まさかフリッカが皇帝とはのう。我もまんまと騙されたわ!」
「アスタは知ってるのかと思ったよ」
「いいや、知らなんだ。あやつは演技も上手いのう!」
「『ブレイコー』ってこういうのなの?」
「ああ、そうだよ。竜人族の里にはこういうのないの?」
「うーん、初めてだわ。でも面白いわね」
「ユウト、さん、わ、私、楽しくなってきた・・・」
「カエラも?それは良かった!」
ルル、アスタ、ユナ、カエラの四人も楽しんでるようだ。だがしかし、一番楽しんでるのは俺だった。
「ねぇ、ユウト様!私、こんなに楽しいのは初めてですわ!」
フリッカは上座を離れ、いつの間にか俺の左側に座っていた。
「フリッカさん、ユウト様の事どれくらい好きですか?」
右側のルルがとんでもない質問をぶっこんで来る。
「それは・・・ルルさんに負けないくらいですわ!」
「ルルも負けませんよ~!?」
「我だって負けんのじゃ!」
アスタがいきなり俺の膝の上に飛び乗って来た。
「あー!アスタ様ずるい!」
ルルも俺の膝の上に乗る。俺の右太腿には、アスタとルルが座っている。
「あー!私だって!」
フリッカが左の太腿に座る。その様子を、セルジュさんとレナード団長が生温い目で見ている。
「あー、君たち?俺は椅子じゃないんだから。ちゃんと椅子に座ろうね?」
しかし三人に動く気配はない。と思っていたら、頭に柔らかい感触が乗っかった。
「ん・・・私も、ま、負けない」
カエラが俺の首に腕を回し、頭にお胸を乗っけていた。ふと右を見ると、離れていた筈のユナが真横に居た。
「な、なによ?私は別に・・・席が空いたから詰めただけよ!」
ルルとアスタが、そんなユナに生温い視線を送っていた。
「ほ、本当よ!わ、私だけ離れてたら、その、変でしょ?」
「ユナさん、ルルが場所を代わってあげましょうか?」
「い、いいわよ!私はここが良いの!」
最早、本来の無礼講とはかけ離れた只の宴会になっていた。
皆程よく酔いも周り、フリッカの好意で城にそのまま泊まる事になった。俺は用意してもらった部屋に女性陣を無理矢理押し込んで、一人になった。
廊下を少し歩くとバルコニーがある。メイドの女性に頼み、ワインのボトルとグラスを二つお借りした。バルコニーにセルジュさんの姿があったからだ。
「セルジュさん、良い宴でしたね」
「ユウト殿!いやぁ、陛下の件ではびっくりさせて済まなかったね」
「いや、むしろ楽しませて頂きましたよ。ありがとうございます」
「それは良かった」
俺たちはバルコニーの手すりに身体を預けてワインで乾杯した。
「先代の皇帝陛下は、男の子に恵まれなくてね。実際には側室の子の中に男子も居るのだが、皇帝の座を継げる程才覚のあるご子息はフレデリカ陛下しかいなかったのだよ」
「女性・・・いや、フリッカくらいの歳の女の子が皇帝というのは驚きましたね」
「うん。前例がない訳ではないが稀ではある。そのうちフレデリカ陛下も誰かと結婚する事になるが、確執や争い事の種になるから頭が痛いよ」
「そうでしょうねぇ」
「ユウト殿が陛下と結婚してくれれば存外全てが丸く収まると思っている」
「はぁ。ユウト殿がねぇ・・・って、はいっ!?」
どこぞのユウト殿の話をしているのかと思ったら俺の事だった。
「いやいやいや、皇帝陛下の夫とか、それはないでしょう!?」
「はっはっは!ユウト殿、君は帝国では伝説の英雄なんだよ?ほとんどの国民が君の話を知っているし、顔を知らなくても尊敬し、憧れてる」
「そう言われても全くピンと来ませんけど」
「そこいらの王族や貴族よりよっぽど有名なんだよ、君は」
いや、俺は有名になりたいなんてただの一度も思った事はない。どちらかと言うとひっそり穏やかに暮らしたい派なのだ。
「それに、フレデリカ陛下のご様子を見ただろ?君と結婚すれば、陛下はきっと幸せになれると思うんだ」
「し、しかし、俺にはルルという妻がいますし・・・」
「分かっているさ。陛下ももちろん分かっている。今すぐどうこうって言う話じゃない。選択肢の一つとして、頭の片隅にでも置いててくれれば良いさ」
セルジュさんは悪戯っぽく笑うが、目は真剣だった。その後俺たちはとりとめのない話をして、それぞれの寝床へ向かった。
翌朝は、フリッカが本気で俺たちと一緒に魔族領に付いて来る勢いだったが、側近の方々が全力で止めてくれたおかげで無事アルさんの元へ帰る事が出来た。
帝国から貰った報奨金は、ちゃんと数えてみたらやはり白金貨百枚だった。
俺は四人に白金貨の価値をきちんと説明し、五等分してそれぞれ持たせようとしたのだが、彼女たちは「そんな大金、使い道がない」と言って全員が俺に預けた。というか強制的に預かる事になった。
その後は十日間ほど、各種族の集落を周って救出した獣人たちを家族の元に帰したり、逆に家族を魔族領に連れて来るために迎えに行ったりして過ごしていた。
そんなある日。
一仕事終えて皆でお茶している昼下がり。見過ごす事がないよう、アルさんの家のリビングのテーブルの上に置いておいた炊飯器大の通信魔道具が鳴った。
「ユウト様!帝国から連絡みたいですよ!」
ルルに呼ばれていそいそと魔道具の元へ行く。着信を示す赤色の点滅。セルジュさんかな?
「はい、ユウトです」
『ユ、ユウト様・・・』
セルジュさんの声ではなかった。それはフリッカの声だったが、あの弾けるような明るい声ではない。泣いているようだった。
「フリッカかい?どうしたの?」
『うぐっ・・ひっぐぅ・・・セルジュが・・・セルジュが・・・死にました』
いつもお読み下さりありがとうございます!
明日も19時~20時に投稿予定です。宜しくお願い致します!




