39 ユナとカエラ
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竜族の手厚いもてなしを受け、と言うか舞を見た後は勝手にしこたま酒を飲んで酔っ払っていただけだが、その晩はシエラの家でお世話になったらしい。
らしい、と言うのは目が醒めたらシエラの家に居たからであって、どうやってこの家まで来たのかも憶えていない。シエラのお父さんに謝罪し、泊めてもらった礼を言ったが、カエラの事をよろしく頼む、と言われてしまった。
一体何をどうよろしくすれば良いのかさっぱり分からないが、とりあえず「分かりました」とだけ答えた。
カエラは、シエラから随分とバイアスの掛かった話を聞かされてるようだから、しばらく一緒に居るうちに熱も冷めるに違いない。
なんせ根はその辺のおっさんと変わらないのだからな。
起きたのが昼近くだったので、シエラの家で朝食兼昼食を頂いてから狼人族の集落に帰ろうと準備をしていると、傍に来たカエラが俯きながら宣言する。
「ユ、ユウト、さん・・・私も付いて行く」
やっぱりそういう事になるのか。しかし、俺の独断で決める訳には行かない。
「ちょっと待ってね。ルルに聞いてみるから」
「ルルは全然良いですよ!」
おう!?いつの間にかルルが背後に居た。
「我も構わんぞ!」
「・・・え?私?私も構わないけど」
アスタとユナに目で問うと、皆構わないようだ。
「という事だ。カエラが付いて来たいなら来て良いよ」
「ん・・・行く」
と言う事で、シエラとシエラのお父さんに再度挨拶をし、五人でアルさんの家に向けて転移した。
アルさんにまた事情を説明する事になった。娘の夫が帰る度に女性を連れ帰って来るので、さすがのアルさんも怒るのではないだろうか。俺は怒鳴られるのを覚悟した。
「はっはっはー!さすがユウト様。我が娘が選んだだけの事はありますな!」
何故か褒められてしまった。
このユルムントにおける男女の恋愛関係に関する考え方は、どうも俺の価値観とは違っているようだ。
だからと言って五十年かけて培った価値観をほんの数か月で変える事は考えられない。少なくとも今のところは。
カエラの事を俺が思い悩んでも仕方ない、と当面は開き直る事に決めた。
そろそろ救出した獣人たちの様子を見に行きたい。ここから近い集落に運ばれた者は落ち着いた頃でなないだろうか。
一番近い狐人族の集落には、リュウの部屋から助け出したアイルが居る筈だ。他にも何人か保護されている筈。
アルさんの家で、俺とルルが寝泊りしている部屋にアスタ、ユナ、カエラも集まった。
「ユナとカエラにはまだ話してなかったね。実は―」
コンクエリア共和国の南部、ガラムという街で、召喚者のリュウという男が長年しでかしていた悪行と、獣人の子供と成人を助けて魔族領の各地で保護している事を説明する。
「最終的には彼女たちを全員家族の元に帰すつもりだ」
アスタと出会った時に一緒に助けた子供たちを、アスタの力を借りて皆親元に帰した事も話す。
「前みたいに、一日で全員を帰すという訳にはいかない。人数が多い上に体調が良くない者、精神的に参ってる者もたくさん居るからね」
「私、治癒魔法は得意よ。範囲治癒は無理だけど、一人ずつなら部位欠損も治せるわ」
ユナが凄い事を言い出した。ルルも目を丸くしている。
「マジで?!それは頼もしい!身体の一部を失った成人が何人か居るんだよ。ユナ、力を貸してくれる?」
「いいわよ、別に」
「ユナさん、ありがとうございます!」
ルルは目を潤ませながらユナの手を両手で握っている。ユナは「大した事ないから!」と言いながらもちょっと誇らしげだ。
そのやり取りを見て、カエラがおずおずと手を挙げた。
「わ、私・・・『喰痛』をつ、使える・・・」
「「「「マジで!!??」」」」
俺、ルル、アスタ、ユナが一斉に驚きの声を上げた。
イート・ペインとは、身体と心、両方の『痛み』を取り除く魔法である。実際に怪我や病気を治せる訳ではないが、痛みには最強の魔法と言われている。
俺も話に聞いた事があるだけで、実際に使える者に会ったことはおろか、その噂さえ聞いた事がなかった。
ただ痛覚に作用するだけの魔法ではないらしいのだ。特に心に深い傷を負った場合、それを乗り越える力を与えてくれる魔法だと言う。
他の三人、特にアスタの驚く様を見ると、イート・ペインが使える者は相当稀少なのだろう。
「ルル、その魔法はお伽噺だと思ってました・・・」
「私もよ。使える人が居るなんて」
「下界で使える者が居るとは、我も驚いたぞ」
しかし、イート・ペインを使う者は、使った相手の痛みを自分が感じてしまうという代償が伴うんじゃなかったか?
「カエラ、それを使ったら君が酷い事になるんじゃないか?」
「ん・・・大丈夫。ユウト、さんの助けになるなら」
「いや、駄目だ。カエラ、気持ちは有り難いけど、君が痛みを引き受ける必要はない。いざとなったらアスタの力で記憶を消す事も出来るんだから」
「そうじゃ。イート・ペインは術者に大きな負担を強いる。そこまでせんでも良いじゃろ」
「そうですよ!獣人の心は強いんです。みんな自分で乗り越えられますよ!」
「そうね。それは最終手段って考えれば良いんじゃないかしら」
皆からそう言われて、カエラが俯いてしまう。
「ん・・・役に立ちたいから・・・」
カエラは、会って間もない俺たちに認めてもらいたいのかも知れない。仲間に入れてもらいたい一心なのかも知れないな。
「カエラ、ありがとう。その気持ちだけで十分だよ。他にも手伝ってもらいたい事があるから、それをお願いしても良いかな?」
カエラがパっ!を顔を上げてコクコクと頷く。
「とにかく、皆で一緒に獣人たちの所を回る事にしよう。行ってみたら、色々と必要な事が分かると思うんだけど・・・どうかな?」
皆が頷いてくれたので、早速狐人族の集落に転移で向かう事にした。
ジャン婆さんの案内で、保護されている獣人の様子を見て回る。ここでは、十八人の子供と四人の成人が療養していた。スペースに余裕があるいくつかの家で面倒を見てくれている。
六人はジャン婆さんの家に居た。特に酷い傷を負っている者、体調が悪い者が集められている。
俺が初めてここに召喚された夜に泊めてもらった部屋では、二人の成人が寝かされていた。
一人は片方の目を、もう一人は左腕の肘から先を失っており、二人とも極端に痩せて見るからに体調が悪そうだ。
「私に任せて。一人ずつやってみるわ」
俺が何か言う前に、ユナが腕を失っている獣人の横に跪き、身体の上に手をかざした。
「この者を命の光で包み、平穏と安らぎを与え、身体を癒し給え。治癒」
ユナが詠唱すると、明るい緑色をした光の粒子がふわふわと舞い始める。その粒子が横たわった女性を包み込み、身体全体が眩しい緑の光に覆われる。
左腕の肘の部分は、ほとんど白に近い眩しい光を放っている。その光がだんだんと伸びて、失われた部分を形作って行く。
ユナは目を閉じて集中している。その額には薄っすらと汗が浮かんでいる。
永遠とも思える時間、俺たちは固唾を飲んで見守っていたが、実際には三分程だったのではないだろうか。
女性を覆っていた緑色の粒子がさらさらと消え、腕の眩しい光も徐々に治まった。
そこには、さっきまでなかった左腕が現れていた。そして、苦し気に眉を寄せて眠っていた女性の顔は、安らかな寝顔へと変わっていた。
「凄い・・・」
俺は思わず呟いていた。隣に居るルルは、両手で口を押さえながら涙ぐんでいる。アスタも神妙な顔をしているし、カエラも目をキラキラさせていた。
「ふぅ。上手く行ったわね。じゃあこっちの女性」
「ユナ、そんな凄い魔法を連発して大丈夫なのか?」
部位欠損を癒してしまう程の治癒魔法は相当な魔力を消耗する筈だ。魔力を使い果たしてしまうと、時には命に関わる。
「ええ、まだ大丈夫よ。竜人族の魔力を甘く見ちゃ駄目よ」
俺の心配をよそに、ユナは右目を失った女性に続けて治癒魔法を掛けた。きらきらした緑色の粒子が現れ、右目に白く眩しい光が集まる。
光が収まると、平坦になってしまっていた右の閉じられた瞼がふっくらとしていた。こちらの女性の顔も安らかなものに変化している。
「うん。うまく行ったわ」
ユナのオレンジ色の髪は汗で濡れそぼっていた。ルルが思わずユナに抱きつく。
「ユナさん、凄いです・・・ありがとう」
かすれた声で礼を言うルル。
「ちょっと、ルル!まだまだこれからよ。子供たちの様子も見なきゃ」
部屋の戸口に立って様子を見ていたジャン婆さんは、ユナに向かって無言で腰を深く折った。
別の部屋に、四人の子供たちが居た。皆起きているが、子供らしい溌剌さは感じられない。皆痩せているし、顔色が悪い。
またユナが一人ずつ治癒魔法を掛けて行く。今度は身体全体を覆う緑の粒子だけだ。
ふと気付くとカエラが居ない。どこに行ったのかと思い先程の部屋に戻ると、眠っている女性の傍らに跪き、その手を握って目を閉じ、俯いているカエラが居た。
俺は部屋の戸口からその様子をそっと見ていた。
「カエラ?」
囁くように呼ぶ。その声に、カエラがはっ!と俺を振り向いた。
「ユ、ユウト、さん・・・」
「イート・ペイン、使ってない・・・よね?」
「ん・・・ほんの少し」
俺はカエラに駆け寄り、両脇の下に手を差し込んで抱え上げ、廊下に連れ出した。
「使わないで良いって言ったじゃないか!」
カエラは俺から目を逸らしてしまった。強く言い過ぎただろうか?
「ごめん。怒ってるんじゃないんだ。ただ、カエラが心配だから」
カエラの燃えるように赤い目が、俺を見つめてくる。
「大丈夫。コントロール、出来るから」
「本当?」
「ん・・・それに、放っておけないから」
俺は勘違いしていたのかも知れない。カエラは俺たちに認めて欲しくて役に立ちたいのかと思ったが、そうではなかった。
ただ純粋に、酷い体験をした人の痛みを和らげたかったのだ。例えその痛みを自分が引き受ける事になっても。
「そうだったのか・・・済まない。俺に手伝える事がある?」
俺は抱えていたカエラをゆっくりと下ろした。いつの間にかルルが傍に来ていた。アスタも子供の部屋の戸口からこちらの様子を窺っている。
「ん、ない。大丈夫、痛みは別の場所に溜めておける」
俺は隣のルルと顔を合わせた。溜めておけるって?
「カエラさん、それじゃカエラさんは痛みを感じないのですか?」
「ん。溜めてる内は。溢れそうになったら、どこかに吐き出せば問題ない」
そうなのか。イート・ペインを使える人が少な過ぎて詳しい事は分からないが、カエラ本人が言うんだからそうなんだろう。
「そうか。じゃあ、溢れそうになったらすぐ教えてくれよ?絶対に無理しちゃ駄目だぞ?」
「ん・・・そうする」
カエラが微かに微笑んだ気がする。口数が少ないし表情もあまり変わらないから分かりづらいが、大丈夫って事で良いんだよな?
そんなやり取りをしていると、子供部屋からユナとジャン婆さんが出て来た。
「終わったわ・・・どうしたの?」
ユナにカエラの事を説明する。「本当に大丈夫なの?」と言われたが、俺だって分からないよ。もう本人の言う事を信じるしかない。
俺たちの心配をよそに、カエラはすたすたと子供部屋に入って行く。その後を付いて行くと、カエラは一人の子供の前に座り、両手でその子の顔を包み込んでいた。
「彼の者の痛みを喰らえ」
カエラが呟くと、子供の額から炭のような黒い粒子が湧き出てきた。少し開いたカエラの口に、その粒子が吸い込まれて行く。
すると、その子の虚ろな目に光が宿った。
目をぱちくりしてきょろきょろしている子供の顔から手を離し、次の子にも同じ事を繰り返すカエラ。
四人全員にイート・ペインを施すと、子供部屋はさっきまでとまるで違い、子供の活気に溢れているように感じられる。俺だけではなく、ルルとユナもそれを感じて目を丸くしていた。
隣に来ていたアスタが俺をつつきながら言う。
「カエラはイート・ペインを使いこなしておるのう。これでこの子らは心配ないじゃろう」
「カエラは大丈夫なのかな?」
「うむ。どうやら喰らった『痛み』を自分が感じない別の所に移しておる。それが一杯にならん限りは大丈夫じゃろうな」
詳しい仕組みは俺には分からないが、本人とアスタが大丈夫って言うんだから信じるしかない。
それから、他の獣人たちが保護されている家々を訪ね、ユナが治癒魔法を、カエラがイート・ペインを掛けて回った。
カエラは、本人が言うには「ほんの少し」だけイート・ペインを掛けているらしく、疲れてる様子や、痛みに苦しむような様子はなかった。
ユナは「全然大丈夫よ!まだまだいけるわ!」と豪語していたが、汗びっしょりで目の下に隈まで出来る有り様だった。
狐人族に保護されている獣人は全て見て回った。ユナが見るからに疲労していたので帰って休むことにした。
リュウの所から助け出したアイルはここには居なかった。
今回もお読み下さりありがとうございました!
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