31 救出作戦②
ルルが数えたところによると、獣人の子供たちは七十五人。成人は二十三人いた。
「それにしても、ユウト様、まさか天井にへばりつくなんて。ルルは見つかるんじゃないかとドキドキしましたよ!」
ルルが興奮した様子で話す。
「なんじゃ!えらく楽しそうではないか。我も行きたかったのう!」
いや、アスタさん?遊びじゃないんだからね?
「本当に見つかりそうだったら転移しようと思ってたからね。でも兵を間近で見て確信出来たよ。向こうは全く警戒してないようだな」
「そうですね。ルルもそう感じました」
「上手く皆を助け出せそうですか・・・?」
「そうだね。皆を救出するために全力を尽くすよ」
全員を無事に救出する。本当はそう言ってマーラを安心させてやりたい。しかし、まだ何が起こるか分からない。子供たちが警戒したり、騒ぎ出したり、傷ついて動けない子もいるかも知れない。
それに、まだリュウを見てない。偵察では、危険を避けるために地上階には行かなかった。
リュウという男なら、獣人たちを救いに来ると分かれば先に全員を始末するか、救出時に盾にする可能性がある。そういう事態は避けたかった。
「しかし、マーラのおかげでこちらが遥かに有利だ。上手く行けば、敵が気付く前に全員をここに連れて来れるかも知れない。とにかく、明日が本番だ。明日に備えてゆっくり休もう」
起こるかも知れない悪い事態をあれこれ考え、思い悩んでも何も始まらない。何も起こらない可能性だってあるのだから。もし何か起こったら、その時対応するしかない。
今夜は解散。ゆっくり休もう。そう思ったのだが、頭が興奮してるのかなかなか眠気が来ない。こういう時は酒に頼る。大人の悪い習慣だ。
仮眠を取ったせいもあるのか、アスタとマーラも寝付けないと言う。ルルが嬉々としてはちみつ入り果実酒のボトルと、人数分のグラスを持って来た。グラスは帝都土産の一つだ。
今夜は静かに飲む。それぞれが自分の思いに耽るように。アスタでさえ口数が少なかった。全員が、明日の重要さを分かっているからだろう。喜びの美酒は全員を無事助け出してからだ。
やがて眠気に誘われたマーラが、続いてアスタが自室に戻った。俺とルルもベッドに潜り込んだ。
目が覚めたのは昼近くだった。ルルは隣に居なかった。既に起きたのだろう。
その日は夜まで落ち着かなかった。特にやる事もないしなぁ。昨日会ったばかりだけどドラゴの顔でも見に行くか。
ルルを誘って、森に入ってジョールを採り、狐人族の集落に転移。パンゴル達が居る場所に向かうとドラゴが居ない。今日は貸し出されているらしい。ちぇっ。ジョールを預けて戻る。
「ユウト様、今日は落ち着きがないですね?」
「ん?分かる?やらないといけない事が待ち構えてると思うと、何だか落ち着かなくてね」
「フフっ。珍しいですね」
ルルと話していてふと思った。このユルムントでは、俺はこれまで誰かに頼まれて色々やって来た。そもそも召喚ってそう言う物だし。
ただ今回の救出作戦は、俺が自発的に決めた事だ。誰かに頼まれた訳じゃない。俺が助けたいと思ったのだ。自分が決めた事だから、自分にとって重要なのだ。
「つまりこれは『武者震い』みたいなものか」
「ムシャブルイ?」
「ああ、大事な場面に臨む前に、興奮して身体が震えること、かな?震えまでは行ってないけど、なんだかソワソワするもんな」
「そうですね・・・確かに今夜は大事です。たくさんの獣人たちの命がかかってます」
「うん。それに未来の子供たちも。これ以上犠牲が出ないようにしないとね」
これまでに、一体何人が犠牲になったのだろう?マーラは十二年前に攫われた。つまり、少なくとも十二年前から犠牲が続いているのだ。
現在、あそこに囚われている獣人は九十八人。もしかしたら、犠牲者は千人を超えているかも知れない。やはり、リュウの事は許す訳にはいかないな。
そうしている内に、ようやく作戦開始の時間を迎えた。
深夜一時半。アルさんの呼びかけにより、救出した獣人の受け入れ体制も整った。アルさんの家の前に多くの人々が集まっていた。アスタとマーラは家の玄関近くに腰掛けている。
「じゃあアスタ。マーラ。行って来るよ」
「気を付けて下さい!」
「無理をするでないぞ」
「アルさん。一度に四~五人ずつになると思います。よろしくお願いします」
「こちらはお任せ下さい!」
戻って来る為のスペースを空けておいてもらい、俺はルルと共に転移した。
転移先は昨日と同じ地下一階の風呂だ。ルルが周囲の気配を探る。ルルの頷きを確認。またルルが先導しながら、真っ直ぐ子供たちが囚われている場所に向かう。
十の牢のうち八つ。右側の五か所、左側の三か所だ。右の一番手前の牢から始める。
昨日と同じく薄暗いが、手前は松明の灯が届いている。中には十人の子供たちが石の床に横たわっていた。全員眠っているようだ。
デカい錠を右手で握り、捻りながら引っ張る。「ギィっ!」と鈍い音がして錠がねじ切れた。鉄格子の扉を開けると微かに「キィィ」と音がする。その音に、何人かの子供が目を覚ます。
「しぃーっ!」
ルルが唇の前で指を立て、子供たちが声を出さないように注意する。
(ルルたちは、あなたたちを助けに来たの。静かにしててね)
獣人にしか聞こえないごく小さな囁き。皆が言う事を聞いてくれれば良いが。
目を覚ました一人の子をルルが立たせる。まだ十歳くらいの兎人族の女の子。か細い両肩にルルが手を置く。もう、気配で皆が目を覚ましている。
俺はその子の後ろに跪き、首の周りにぴったりとシールドを張った。俺が首輪に指を掛けると、女の子がびくっ!とする。
(死んじゃう!)
(大丈夫。信じて。今外してあげるから)
俺は力を込めて、一瞬で首輪を引き千切った。恐怖を感じる間を与えないように。女の子は、首輪がなくなった自分の首元を不思議そうにさすっている。
この様子を見ていた子たちは、俺たちが助けに来た事を理解してくれたようだ。次の子からはルルが説明する必要もなかった。自分から、俺の前に来て後ろを向いてくれる。
俺は次々に首輪を外していった。外した首輪は音がしないよう、そっと床に置く。
十人全員の首輪を外すのに、十分も掛からなかった。俺はルルと他の子供四人と一緒に転移しようとしたが、ルルはふるふると首を振り、もう一人子供を掴まらせた。事前の打ち合わせと違うじゃないか!
言い争ってる暇はない。俺はすぐさま魔族領へ転移した。転移酔いのせいだけではなく、元々体力が著しく低下していたのだろう。五人の子供たちは皆ぐったりしている。何かしてあげたいが、ここはアルさん達に任せ、すぐにさっきの牢の戻る。
またルルを残し、残り五人の子供と転移。アルさんに任せ、とんぼ返り。
ルルは既に隣の牢の前で、子供たちに囁きかけていた。すぐに錠をねじ切り、子供たちの首輪を外す作業に取り掛かる。
子供たちは酷い様子だ。目には生気がなく、体中生傷だらけ。起き上がるのもやっとの子もいる。
俺は心を鬼にして、首輪外しロボットに徹する。首輪を外し終えたらすぐさま転移。そしてすぐさま戻る。
ここまでは非常に順調だった。一つの牢に囚われた子供たちを救出するのに十分も掛かっていない。既に右側五か所が終了した。
左側の六つ目の牢に取り掛かろうと錠に手を伸ばした時、ルルが俺の手首を掴んだ。
見回りの兵の気配。事前に決めていた合図だ。
俺とルルは、この部屋の入口の陰、左右に分かれる。松明の灯と共に二人分の足音が近付いて来る。
俺は陰から腕を伸ばし、入口から入って来た兵のこめかみに軽ーくデコピンをかます。バチンっ!という音と共に兵の頭が反対側にぶれる。気を失った兵の身体を抱きかかえ、そのまま静かに床に横たえた。
ルルの方を見ると、もう一人の兵は既に意識を失って壁にもたれ掛かっていた。全然音がしなかったけど一体何をしたんだろう?
持って来た布で猿轡を噛ませ、縄で手足を背中の方で縛る。空いた牢の一つに二人を転がしておいた。
殺す方が楽だし確実なのだが、彼らも仕事としてやっているだけかも知れない。それに無闇な殺生は好きじゃないのだ。
こいつらが戻らない事に誰かが気付く前にやり遂げたい。急ごう。
六つ目、七つ目とさらにスピードが上がった。子供たちは全員目を覚ましており、俺が首輪を外す姿、そしていきなり消える所を見ている。助けに来たと理解すれば、子供たちも協力的だ。首輪を外す作業に慣れた事も大きい。
ルルは他の見回りの気配を感じていない。まだ気付かれていないようだ。今のうちだ。
八つ目、最後の部屋に取り掛かる。ん?ここまでで七十人を連れだしたので、ここには五人居るはず。しかし四人しか居ない。ルルが数え間違えたのか?
ルルも怪訝そうな顔をしている。しかし考えてる暇はない。素早く首輪を外し、魔族領に連れて行く。
念のため、牢を全て確認。残っている子は居ない。OK、これで子供たちは全員救出出来た。次は成人の番だ。
昨夜見た隣の区画へ移動する。通路の右側に五つ並んだ牢。一番手前の牢の錠に手を掛ける。錠をねじ切る音で全員目を覚ましたようだ。
ここに居るのは三人。ルルが子供たちにしたように、助けに来た事を囁きで告げる。すると、一人の女性がルルの耳元に頭を寄せ、何やら囁いているようだ。
俺はその様子を横目に、他の二人の首輪を外していた。残りの一人も外す。そして今度は、ルルも俺に掴まって来た。一緒に魔族領に転移する。
女性たちをアルさんに預けると、ルルが眉根に皺を作りながら話し掛けて来る。
「ユウト様・・・夜遅い時間に、一人の女性があの牢から連れ出されたらしいです。その女性は、リュウの所に子供を連れて行く役目だと」
「くそっ!じゃあリュウと一緒に、その女性と子供が居るかも知れないのか」
「はい・・・」
「分かった。まずは牢に居る成人たちを助けよう」
ルルと一緒に、すぐに成人たちの区画に戻った。二つ目の牢に取り掛かる。成人の女性たちの様子は子供たちよりも酷い。片耳を失ってる者、片目を失ってる者。腕や脚を失ってる者まで。そして全員が酷く衰弱している。
女性たちは何かに反抗する心も既に失っているようだった。ただただルルと俺に従って首輪を外され、転移のために掴まる。今自分たちが助け出されている事も、果たして理解出来ているのか分からない。
それでも助ける。助けるしかないじゃないか。
三つ目の牢で俺が首輪を外す作業に没頭していると、後ろから声を掛けられた。
「誰だ!何をしている!?」
しまった!没頭し過ぎて気付かなかった!
しかし、いつの間にかルルが二人の兵の背後に回っていた。暗がりからルルが歩み出る。
ルルは兵の側頭部に上段蹴りを放った。左右の脚を使い、ほとんどタイムラグを感じさせない凄まじい速度の蹴り。二人の兵はその場で崩れ落ちる。
ルルってば、本当に恐ろしい子。
(ありがとう)
俺はルルに目で感謝を伝え、作業を続ける。五人の首輪を外し、すぐさま転移。
この時間、屋敷の中を巡回している兵がどのくらい居るか分からない。しかし、二組の兵が戻らなければ、異常に気付かれるのも時間の問題だろう。
四つ目と五つ目の牢にいる十人を一か所に集め、次々に首輪を外す。無理矢理俺の体中に掴まってもらい、一度に転移する。
後は、リュウと一緒にいるであろう子供一人と成人一人だ。
危険を避けるため、昨夜の偵察では地上階に行っていない。せめて三階まで行っておくべきだっただろうか。
また地下一階からリュウの寝所がある三階に行くのは面倒だし、余計な時間がかかる。
「アスタ!マーラ!リュウの寝所の前に転移したい。頼めるか?」
アスタが待ってましたと言わんばかりに駆け寄って来る。
「やっぱり我の力が頼りなのじゃな?」
「ああ、そうだ。あと二人、リュウと一緒に居るようだからな」
アスタが俺とマーラの頭に手を乗せる。赤い絨毯の廊下と、凝った装飾がされた大きな扉が見えて来る。
「よし!転移する。ルル?」
ルルはもう俺に掴まっていた。イメージに従って転移する。そこはさっき見えた扉の前だ。ルルが扉に耳を当てて中の気配を探る。
「一人の気配しかありません」
リュウ一人しかいないのか?ルルと目を合わせ、扉をそっと開ける。
三十畳くらいありそうな部屋に、天蓋付きの馬鹿でかいベッド。そこには、口から血を流している獣人の子供が一人、横たわっていた。ルルが駆け寄る。
「大丈夫!口の中を切ってるだけです」
ルルがその子を抱きかかえると、弱々しい声で助けを求められた。
「た・・・助けて・・・お姉ちゃんを・・・お姉ちゃんを助けて・・・」
すぐに首輪を外し、その子にリワインドを掛ける。少し元気を取り戻した子が、事情を説明してくれた。
その子の名はアイル。狐人族だ。アイルをリュウの元に連れて来たのは、兎人族のネネ。ネネは、リュウがアイルにしようとしている事に我慢が出来なくなり、リュウの腕に飛びかかり、噛み付いたのだと言う。
リュウは驚きもせず、ネネを殴りつけた。アイルはネネを庇おうとしたが、平手で殴られ意識を失った。
「リュウとネネが、どこに行ったか分かるかい?」
俺は精一杯優しい声で尋ねた。
「たぶん・・・地下三階・・・お願い!お姉ちゃんを助けて!」
あの醜悪なワームを飼ってる所か。
「分かった。アイル、先に君を助ける。その後にネネを助けに行くからね」
俺はアイルを抱きかかえ、ルルと共に魔族領に転移した。アルさんにアイルを預ける。
「ユウト!リュウはおったのか?」
「ああ、多分今からリュウと会う事になる」
「そうか。なら我も連れて行け」
「ええ?危ないよ?」
「大丈夫。我は神じゃ。そう簡単には死なん。それに、召喚者なら我も見届けねばならん」
「うーん・・・じゃあ、ルルの傍を離れないで。あと、俺の言う事も聞いてくれよ?」
「うむ。良かろう」
言い争ってる時間が惜しい。俺はアスタをおんぶして、ルルと三人で子供たちが囚われていた区画に転移した。
そこからすぐに地下二階へ続く階段を駆け降りる。もう音を立てるのも気にせず、真っ直ぐ地下三階への階段を目指す。
途中、物音に気付いた兵士が何人か寝所から出て来たが、面倒なのでアンチ・グラビティでまとめて天井に叩きつけ、グラビティで床に勢い良く落とす。この程度なら死んでないだろう。
地下三階に続く階段を一気に飛び降りる。そこは、開けたホールのような場所だった。
テニスコート二面分くらいの広さ。石造りの床で、丁度真ん中辺りに直径五メートル程の穴が空いている。天井には照明替わりの魔道具が埋め込まれており、真昼のように明るい。
穴の傍らには上半身裸で丸々と太った男、そしてそいつに両腕を掴まれている獣人の女性。
リュウがその女性を穴に落とした。
いつもお読み下さりありがとうございます。
次回、リュウとの対決です!明日19時に公開します。
宜しくお願い致します!




