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救世の召喚者  作者: 五月 和月
30/51

30 救出作戦①

 囚われた獣人たちを救出した後の事は決まった。


 まず、リュウの屋敷から転移するのはアルさんの家の前。ここが最も素早くイメージ出来て、転移に失敗する事もない。


 百人前後が集まる事になるので、アルさんの家だけではなく、近隣のお家や近くの空き家も使う。救出直後のお世話は、狼人族の奥様達に任せた。


 その後、救出した獣人と同じ種族が預かって保護する事になる。帰る家の記憶がはっきりしている者は、希望すればアスタの力を借りてすぐにでも家に送り届けるし、家族の方をこちらに連れて来ても良い。


 そして、アスタの力が及ばないような記憶の曖昧な者については、住んでいた集落の名前と本人の名前を頼りに帝国騎士団に家族を探してもらうつもりだ。


 この事について、セルジュさんにお願いしに行かなくてはならない。もちろん、獣人誘拐事件について分かった事も伝えに。


 救出の具体的な作戦は、俺が帝都から戻った後に話し合う事に決めた。


 のだが、騎士団本部に行くのに、ルルとアスタも付いて来ると言う。今朝一人で出掛けてしまった事が尾を引いている。まぁ、二人に聞かせられない話をしたい訳じゃないし、転移するだけだから連れて行こう。





 貴族街入口の門兵に面倒を掛けるのも気が引けるので、今回は直接騎士団本部前に転移した。突然現れた俺たちに、本部前の衛兵が腰を抜かしそうになってた。


 ごめんね?わざとじゃないからね?


 あわあわしてる衛兵さんに、セルジュさんに話があると告げる。衛兵の方は俺を知っていたようで説明する必要はなかった。しばらく外で待っていると、今日はセルジュさんの執務室に直接案内された。


「やあユウト殿。ルルにアスタも。今日はどうしたんだい?」


「セルジュさん、忙しいのにすみません」


 セルジュさんの執務室は、雑多なようできちんと整頓されている。机には書類が山積みだが、仕事に追われてる感じはしない。出来る男の仕事部屋って感じだ。


 俺は、獣人の子供たちが長年に渡って誘拐されている確かな証拠を掴んだ事を伝えた。マーラの事、リュウという男の事。マーラの首輪を見せながら説明する。俺の話が不十分な所は、ルルとアスタが的確に補足してくれた。


「なんて酷い・・・我々はそんな酷い事をずっと見逃していたのか・・・」


 セルジュさんは人一倍責任感が強い。奥歯をギリギリと噛み締めているのが分かる。


「そのリュウという男は、なんとしても騎士団で捕えたい。そして帝国で裁きを受けさせる」


「セルジュさん。お気持ちは十分分かります。しかし、この件は俺たちに任せてもらえないでしょうか」


 リュウは独断でやっていると思われ、帝国が動けば戦争の火種になりかねない。俺がそう説明すると、セルジュさんは苦い顔をしながら渋々承諾してくれた。


 セルジュさんは本当に良い人だ。獣人の事も自分の事のように考えてくれるし、国民の安全についてもきちんと考えてくれる。


「セルジュさんに、二つお願いがあります。一つは、救出した獣人の家族を探す手伝いをしてもらいたい。もう一つは、獣人を救出した後、共和国の動きに注意していて欲しいんです」


 セルジュさんは、こう言っただけで俺がリュウをどうするつもりか理解してくれたようだった。


「うむ。騎士団として出来る限りの協力を約束するよ。共和国の動きについてだが・・・軍を動かしておいた方が良いと思うかい?」


「そこは全く予想出来ません。ただ、それが可能であれば、備えをしておく事は帝国にとって悪い事ではないと思います」


 戦争になる事は避けたい。しかし、こちらがいくら避けたいと思っていても、結局は相手の出方次第である。それなら、早く準備をしていた方が有利だ。なにせ向こうは、これから起こる事をまだ知らないのだから。


「うん。共和国に悟らせないように準備するのが肝心だね。獣人誘拐の件はすでに陛下に報告済みだ。今日聞いた話も陛下に報告しなければならない。その上で、陛下には共和国と戦争になる可能性について進言する。それは構わないね?」


「ええ、勿論。ただ、戦争はあくまで可能性の話ですから」


「それは分かっているよ。それで、いつ救出を始めるつもりだい?」


「出来るだけ早く。三日以内には片を付けるつもりです」


「そんなに早くか・・・しかし、うん、そうだな。救出は早い方が良い」


「ええ。全て無事終えたらまた来ます。万が一、俺が一週間以内に来なければ、その時はガラムのリュウの元に騎士団を差し向けて下さい」


「分かった」


 その時は戦争だな、とセルジュさんは小さく呟いた。もし俺が負けるような相手なら、正直騎士団総がかりでも歯が立たないだろう。だが、俺が言わなくてもセルジュさんはやる。この人はそういう人だから。


 だからこそ、救出作戦は成功させなければならない。無駄な血を流させる訳にはいかないのだ。


 ここに来た目的は達した。セルジュさんに、片が付いたらすぐに来ると約束し、俺たちは魔族領に戻った。





 アルさんの家に戻った時は、もうすでに日が暮れかけていた。マーラはリンさんやルルの弟妹たちとすっかり打ち解けたようだ。昨日より、だいぶ顔が明るくなった。


 本心では、マーラには嫌な事を思い出させたくはないのだが、救出作戦が終わるまでは付き合ってもらわなくてはならない。この作戦はマーラの記憶が頼りなのだ。


 皆で夕食を取り、アルさんの私室で作戦会議を行う。


 大猿に襲われる子供たちを俺とルルが助けてから十日ほど。あの場所からガラムまでは一か月以上かかるから、まだ異変には気付かれていない筈だ。


 アスタによれば、マーラの首輪に込められた魔力は、どうやら逃げ出した時に絞め殺すためだけのものらしい。とことん悪趣味な首輪だ。居場所の特定や、首輪に異常があった時に知らせるといった機能はなさそうである。


 最初に、マーラから屋敷の配置を聞いた。ルルがそれを図に書いてくれる。


「ここに子供たちが囚われています。こっちが成人の生き残りが囚われている場所」


 リュウの屋敷は、地上三階、地下三階。


 まず地下から。地下一階には獣人の子供たちと成人たちが囚われている牢の他、常駐する兵の食堂、休憩所、獣人たちと共用で使う風呂などがある。


 地下二階は兵士たちの寝所。地下三階はワームを飼うためだけにあり、だだっ広い空間があるだけだと言う。


 そして地上階。一階は広いロビー、台所、応接室、兵士の詰所。二階は兵士以外の執事やメイドなどの使用人の居室、風呂、物置など。三階がリュウの居室、寝所などで、リュウは特別な用事がない限り三階に籠っているらしい。


 広い屋敷ではあるが、城という程ではない。下級貴族の屋敷といった所か。ただ、地下三階まであるというのが異様である。


 この作戦の目的は、あくまで救出。百人前後という大人数である。従って、本番前に偵察する事にした。


 マーラのイメージとアスタの力で、マーラが記憶している場所ならどこにでも転移出来る。先に偵察を兼ねて転移ポイントを作っておけば、本番では俺の力だけで転移出来るようになる。その方が大幅に時間を短縮出来る。


 偵察は、俺とルルの二人で行く。本番も二人だ。獣人たちを助ける際に、同族が居れば安心させやすいし、何より置いて行かれる事をルルが許さないだろう。


 偵察に行く前に、作戦開始時間について考える。


「昼間より、暗くなってからの方が良いよね?」


「そうじゃろうな」


「ルルもそう思います。住民が寝静まった真夜中過ぎが良いのではないでしょうか」


「私もそう思います。真夜中でしたら、リュウに呼ばれている子供や成人も滅多にいないと思います」


 救出に掛かる時間はどれくらいだろう。一人の首輪を外すのに一分として、百人なら百分、余裕を見て百三十分掛かると考えよう。


 転移は一回につき五人。ルルを敵地に置いて行く事など考えられないから毎回一緒に行き来するとして、百人なら二十五回の転移。転移自体は二秒とかからないが、これに十分かかると考える。


 屋敷内の移動、牢を壊す時間も考えて・・・トータル百八十分。三時間か。陽が昇る前の午前五時、いや四時半には終わらせたい。とすれば、作戦開始は午前一時半。偵察も同じ時間から始めよう。


「よし。今夜一時半から作戦開始だ。まずは偵察に行く。本番は明日、正確には明後日の午前一時半から。今夜十二時半に集合する事にして、それまで身体を休めておこう」


 今は午後八時。仮眠を取るくらいの時間はある。あるのだが、この世界には、俺の知る限り「目覚まし時計」という物がない。眠ってしまって起きられるだろうか?


 すると、アルさんとリンさんがそれまで眠らずに起きていて、俺たちを起こしてくれる事になった。いつもお世話になって本当にすみません。


 アルさん達の好意に甘え、時間まで仮眠を取る事にした。





 夜中の十二時半。アルさんとリンさんに起こされて、俺たちはまたアルさんの私室に集まった。


 正直、緊張して全然眠れなかったよ。


「マーラ、まずは屋敷の様子を外から見てみたい。どこか良い場所を覚えてるかい?」


「屋敷は街中にあるのですが、目立つ場所は良くないですよね・・・それなら、少し遠いのですが、ガラムの街外れの林はどうでしょう?馬車で通る道なので良く覚えています」


「うん。少し遠いくらいなら問題ない。そこにしよう」


 まだ眠そうなアスタが、両手を俺とマーラの頭に乗せる。すぐに林沿いの道のイメージが見えた。


「よし見えた。ルル、掴まってくれ。じゃあ行って来る」


 そう言ってルルと共に転移した場所はガラムの市街地から南に七~八キロ離れた林の中だった。遠くに薄っすらと街が見える。


「よし、街まで連続転移で移動するぞ」


 この辺りは平坦な土地なので昼間なら遠くまで見通す事が出来ただろう。しかし今は夜で僅かな月明かりしかない。目視でギリギリ見える場所で人気がない事を確認しながら街を目指す。


 この街は特に壁で囲われている訳でもない。建物が徐々に増えて来て、市街地に入った事が分かる。ここからでも、街の中心辺りに高い壁が聳えているのが見えた。あれがリュウの屋敷だろう。


 壁の高さは十メートルないくらいだが、周りに高い建物が見当たらない。これでは建物に登って上から様子を探る事が出来ない。仕方ないから飛ぶか。


 念のため隠蔽のシールドを張る。この隠蔽機能は光学迷彩のようなタイプだが、夜空や深い森の中ならそれなりに姿を隠せるものの、人工物を背景にすると違和感丸出しになってしまう。陽炎のようにゆらゆら見えてしまうのだ。魔法と言えども万能ではない。


 今回はほとんど動かなくて良いので、ルルに抱きついてもらってアンチ・グラビティを使う。上空から屋敷全体を見渡せる位置で固定する。


 この固定にもコツがいるのだ。アンチ・グラビティは魔力を込めている限り、どれだけ弱くてもどんどん地上から離れてしまうから、相反するグラビティを使って丁度均衡を保たなくてはならない。風魔法は方向を調整するだけで、高度の調整には向いていない。


 上から見ると、壁は屋敷を長方形に囲んでいる。壁の内側には等間隔で松明が設置されている。敷地の中で動いている松明が三つ。巡回している兵士だ。二人一組で見回りをしている。


 十五分程様子を窺っていたが、特に警戒している感じはしない。むしろ形だけの巡回という印象だ。上空を少し移動しながら見てみたが変わった所はなかった。


 ルルの顔を見ると頷きが返って来た。もう十分という事だろう。アルさんの部屋に戻ろう。


「全く警戒している様子はありませんでしたね」


「うん。拍子抜けするくらいだった」


「それは何よりではないか。では、次は屋敷の中じゃな?」


「そうだね。誰かと鉢合わせするのが一番まずい。マーラ、この時間に誰も居ない場所が思い当るかい?」


 屋敷の配置図を見ながら尋ねる。


「そうですね・・・たぶん、地下一階のお風呂、地下三階のワーム部屋、そのどちらかなら誰も居ないと思います」


 地下一階は獣人たちが囚われている場所だ。しかし、兵士の食堂と休憩所もある。風呂はそれらと隣接してる。地下三階だと、二階の兵士の寝所を通らなくてはならない。


「お風呂にしましょう。移動が一番少なくて済みます」


「そうだな。どっちもリスクがあるなら、リスクが小さい方にしよう。じゃあマーラ、その風呂で頼む」


 またアスタの力を借りて、屋敷地下一階の風呂に転移した。


 ここは風呂と言ってもいくつかのシャワーが並んだ場所で、浴槽はないようだ。広くもない。アルさんの家の風呂の方が余程広い。


 しばらくじっとして、外に気配がしないか探る。こういう時はルルが頼りになる。耳と鼻を忙しなく動かし、真剣な眼差しで前方を睨んでいる。


 ルルがこちらを振り返り頷く。OKのサインだ。ルルが先導し、牢の方に向かう。


 風呂は通路の突き当りにあり、風呂を出ると左が食堂、右が休憩所だった。そのまま廊下を進むとT字路で、左は一階に続く階段。右は通路が長く続いており、一番端はぽっかりと暗くなっている。恐らく地下二階への階段だろう。


 この通路を進むと、右への分岐が二か所。配置図によると、手前が成人、奥が子供たちが囚われている牢に続く筈だ。


 奥から確認する。右に折れて進むと少し開けたスペースに出た。ここは月明かりも届かず、松明が二本あるだけだ。左右に五つずつ、合計で十の牢がある。その内の八つに子供たちが囚われていた。


 眠っている子供の数をルルが素早く数えてくれる。この暗さで良く見えるもんだ。俺はその間に牢の鉄格子と、扉に掛けられた錠を調べた。これならなるべく音を立てずに壊せそうだ。


 ルルが数え終えたので、成人の方に移動する。


 こちらは子供たちの方より小さいスペースで、右側だけに五つの牢が並んでいた。鉄格子と錠の造りは同じだ。こっちは全部の牢が使われている。暗くて獣人たちの様子まで確認する事は出来ない。


 こちらも数え終えた。と思ったら、ルルが俺の袖を引っ張る。屋敷の中を巡回している兵の気配を感じたようだ。


 辺りを見回すが身を隠せるような場所がない。兵が持つ松明の灯が近付いて来る。時間がない。


 二人の兵が成人の牢の部屋に入って来た。入口からおざなりな感じで奥の方へ松明を向ける。奥まで進む事なく、そのまま隣の子供たちの方へ行ってしまった。


 俺は、ルルを抱えたままアンチ・グラビティで入口の真上の天井にへばりついていた。一応、隠蔽のシールドを張って。


 転移でアルさんの家に戻っても良かったのだが、巡回してる兵の様子を間近で見ておこうと思ったのだ。若い兵たちには緊張感がなかった。この調子なら、明日の本番も上手く行きそうだ。


 俺たちはアルさんの所に戻った。



いつもお読み下さりありがとうございます!

次回も宜しくお願い致します。

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