28 ルル、惚気る?
マーラの首輪を力業で引き千切った後、俺たちは全員で赤竜亭の俺の部屋に転移した。マーラが転移酔いをおこしたので取り敢えずベッドに寝かせる。時間が遅いが、もう一部屋空きがないか受付に聞きに行った。
二人部屋が空いていたので、そこを借りる。一人より同族が居た方が安心だろうと思ったので、マーラにはルルに付き添ってもらうことにした。
獣人の子供たちが攫われている事件は、大きな進展を見せた。明日はセルジュさんの元へ報告に行こう。おおよその事情は分かったし、今後どうするか話し合うつもりだ。
いや、本当はどうするか決めている。セルジュさんには、俺が行動した結果起こる事について考え、準備をしてもらいたいのだ。
アスタがどうしても添い寝しろとうるさいので、ルルの了解を得てから添い寝してやることにした。アスタも、黙っている時と寝ている時は年齢相応の少女だ。娘と言うより下手したら孫くらいの見た目なので、それはもう心穏やかに眠る事が出来た。
翌朝、早くに目が覚めた。ふと思い立ち、昨日マーラを見付けた洞窟の辺りに行くことにした。アスタとルルたちもまだ寝ているので、書置きをして行く。
『ちょっと出掛けて来る』
転移で移動。何をしに来たかと言うと、昨日ぶん投げたマーラの首輪を探しにだ。セルジュさんと話す時、あった方が良いと思ったから。魔道具に詳しい人を知っていれば、もっと簡単に外せる方法を見付けてくれるかも知れないし。
陽も昇ったので早速探す。投げた方向は覚えている。問題はどこまで飛んで行ったか。こういう時、召喚者の馬鹿力が恨めしい。
ああ、やっぱりルルかアスタを連れてくれば良かった・・・ルルの目なら、木々の上を飛んでいても見付けるかもしれない。首輪の魔力が残っていれば、アスタなら見えるかもしれない。
おっさんは根気よく自分の足と衰え気味の目で探すしかない。ぶん投げた張本人というアドバンテージなど無きに等しい。
二時間程探して諦めかけた時、ふと顔を向けた木の枝に光る物が見えた。やっと見付けたぜ!嬉しくてちょびっと涙が出た。洞窟から三キロは離れている。
俺は意気揚々と転移で部屋に戻った。すると三人が俺の部屋に居た。俺の姿を認めたルルが抱きついて来る。
「ユウト様!どこに行ってたんです?ルルは心配で心配で・・・」
俺の胸に顔を埋め、「うぐっ、ひぐっ」と声を詰まらせながら泣いている。ルルを泣かせてしまった。やっぱり無理にでも起こして、せめて直接言うべきだったか。罪悪感で胸が詰まる。
「ごめん、ルル・・・起こしちゃ悪いと思って。本当にごめん」
「全く!年長のくせに勝手な奴じゃのう!皆を心配させおって」
「ごめん、アスタ。マーラも」
「これに懲りたら黙って居なくなるような事は止めよ!」
「・・・はい」
「それで・・・どこに行ってたんですか?」
ルルに少しぐずった声で聞かれる。うぐぅ。ルルは強いから忘れがちだけど、まだ十六の女の子なんだよな。今後、心配させるような事は止めよう。
「うん。昨日の首輪を探しに行ってた」
そう言って、二時間かけて見付けた首輪を見せる。
「それを探すために?こんなに時間が掛かったんですか?」
「うん、ごめん。思ったより遠くに投げちゃったみたいで」
ルルが「うふふ」と笑ってくれた。
「全くお主と言う奴は・・・我等は、お主が一人でガラムに乗り込んだのではないかと心配しておったんじゃぞ?」
そうか・・・昨日、あんな話をマーラから聞いたからなぁ。俺が怒りで突っ走ったと思われたのか。まぁ、それもちょっぴり頭をよぎったけれど。
「私のせいで・・・皆さん、本当にごめんなさい」
マーラが謝る。
「それは違う。皆を心配させた俺が悪い。マーラが謝る必要なんてないよ」
「もう!ユウト様。安心したら、ルルお腹が空きました!何か食べましょう?」
ルルが俺の首に抱きついて来る。良かった。目と鼻の辺りが赤いが、いつもの笑顔だ。
「そうじゃな!我も腹が減った!」
「ああ、俺も腹が減ったよ。マーラはどうだい?食べれそう?」
「はい!」
「じゃあ飯食いに行くか!」
と言っても、一階に降りて赤竜亭のモーニングを食べるだけである。ここの朝食は、いくつかのメニューから選べるようになっていて、ここ数日毎朝来ているが飽きが来なくて良い。
「それでユウトよ。何でそんな物を探しに行ったんじゃ?」
アスタがもぐもぐしながら聞いてくる。この神様は、あまり食事のマナーはお気になさらないタイプである。俺は口の中に食べ物がある間は喋れない人間だ。と言うか、日本人ならそれが普通だよね?ごくりと食べ物を飲み込んでから答える。
「今日、セルジュさんの所に行こうと思って。それで、証拠というか、マーラが着けられていた首輪を見せた方がセルジュさんも実感が湧くと思ったんだ。魔道具に詳しい人が居たら見てもらいたいし」
「なるほど。そういう事だったんですね。それならルルを連れて行ってくれれば良かったのに」
隣のルルが頬を膨らませながら言う。ちょっと拗ねたルルも可愛いぞ。
「本当、そうだよなぁ。途中でルルを連れて来れば良かったって何度も思ったよ」
「そうでしょ?だから次からは、ルルを置いていかないで下さいね?」
また釘を刺されてしまった。
「はい、分かりました。もうしません」
「我だって役に立ったと思うぞ?その首輪には僅かだが魔力が残っておるからな」
「そうだよねぇ。次からは一人で行くなんてしないから、もう許して?」
「わーはっはっはー!分かれば良いのじゃ」
朝食の時間は和やかに(?)過ぎて行った。
俺は自分の部屋に戻って、騎士団本部に行く準備をしていた。アスタとルルはマーラと一緒に部屋にいる。と思っていたら、ルルがやって来た。
「ユウト様、ルル、前から言おうと思ってたんですけど・・・」
「ん?どうした?」
「ルルはユウト様と過ごしてひと月半ですが・・・」
うん?もしかして、結婚は早過ぎたって話だろうか?確かに出会ってひと月ほどで結婚する事になった。俺もびっくりするくらい早いと思ってる。
ルルは若くて可愛いから、いくらでも相手はいるだろう。もし、ルルが結婚の話は無しにして欲しいと言うなら、俺は応じる気でいる。何もこんなおっさんと一緒になる事はない。
いや、本当にそんなにすんなり応じる事が出来るだろうか?やっぱり嫌だ。どこの馬の骨が俺のルルを横取りしようと・・・
「ユウト様は絶対に若返ってると思います!」
俺はその場でズッコケた。深刻な話になるかと思いきや、それってあれじゃないかな?恋は盲目?あばたもえくぼ?そんなやつ。
「ほ、本当?それは、ルルの贔屓目なんじゃない?」
「いいえ!いえ、それもあるかも知れないけど・・・いや違います!」
「それは、ルルみたいな可愛くて若いお嫁さんが来てくれたからねぇ。俺の心が若返ってるのかも」
「そんなぁ!可愛いなんて・・・じゃなくて!ユウト様、五十歳って言ってましたよね?」
ルルが頬を押さえてくねくねしながらノリツッコミしてる。可愛いなぁ、もう。
「フフ。そうだね。五十だよ?」
「スティーブさんと同じ歳でしょ?今は、トルテアのアーロンさんより若く見えますよ!」
召喚者の生き残りで俺の家の建築を任せているスティーブ。確かに俺と同い年だった。トルテアの冒険者ギルドのギルマス、アーロン。アーロンは四十くらいに見えたけど。
「それは言い過ぎじゃない?」
「ユウト様、最近鏡を見ましたか?」
言われて気付く。俺、全然鏡見てないや。ユルムントに来てから、元々無頓着だった身だしなみに完全に興味が無くなってしまっている。
「ほら!ユウト様!鏡を見てください!」
ルルが俺の頭を両手で挟み、無理矢理姿見の方に顔を向ける。
「ん・・・あれ?」
俺ってこんな顔だったっけ?いや、見覚えは勿論ある。顔の造作が変わってる訳じゃない。でも、なんか顔がすっきりしてる。
徐々に鏡に近付く。おや?確かにあった皺やシミ、ほうれい線が・・・薄くなってるような気がする。それに、顎の下や頬のたるみが少なくなったような・・・
「うーん。何だろう。確かに顔が若返ってるように見えるな」
「でしょ?顔だけじゃないんですよ?夜の、その、あっちの方も・・・」
「え?夜?」
「もう!ルルに言わせないでくださいよぅ。初めての時より、明らかに、その、お元気というか・・・」
「えぇ?そうなの?自分では分からないからなぁ・・・」
「と・に・か・く!ユウト様は若返ってます!ま、まぁ、ルルはどんなユウト様でも、その、好きですけど」
ルルの顔が真っ赤になってる。
「俺だってルルが好きだぞ?」
「もう、ユウト様ったら!だったら・・・今朝みたいに、その、急に居なくなったりしないで・・・ね?」
「うん。心配かけてごめん・・・」
俺はルルをキュッと抱き寄せた。
それから小一時間ほど経ってから・・・いや、その間何をしてたかとか野暮な事は言いっこなしで。
セルジュさんに会いに行くつもりだったが気が変わった。昨日はマーラもあんな状態だったし、俺たちもマーラを見付けて浮かれてた。もっと詳しく、落ち着いて話を聞き、皆で話し合うのが先だと思ったのだ。
俺の意向を皆に伝えると快く了承された。マーラがどうしても言いたくない事は言わなくて構わない、という約束で。俺の部屋に人数分の椅子を集め、話し合いを始めた。
「この話し合いの目的は、囚われた獣人族の救出手段を考える事だ。そのために、マーラしか知らない情報を色々と教えてもらいたい。マーラ、良いかな?」
「はい、私が分かる事でしたら何でもお答えします」
「ありがとう。取り敢えず、俺が聞きたい事を聞いていくけど、ルルとアスタも聞きたい事があったら途中で入ってくれ」
「はい!」「承知した」
「まず聞きたいのは、何人が囚われてるかだ。子供たちと、あと、成人(十五歳)後に奴隷のように使われている人たちの人数が分かるかな?」
マーラが少し俯いて考える。大丈夫。今のところ気分は落ち着いているようだ。
「えーと、正確な人数は分かりません。ずみません。たぶん、子供たちが七~八十人、大人が二~三十人だと思います」
全員で九十~百十人。かなりの人数だ。
「それだけ分かれば十分だよ。ありがとう。それと、今この瞬間に、攫われた獣人の子供たちが馬車で運ばれてる可能性はないかな?」
「それはないと思います。ここ数年、その仕事をしていたのは・・・私だけだったので」
マーラの声がだんだん小さくなる。最後は消え入るようなか細い声になった。
「マーラさんが無理矢理やらされてたのはルルたち全員分かってます!」
「そうじゃ。お主は断れる状況ではなかった。悪いのはそのリュウという奴じゃ」
「その通りだ。マーラを責める気なんてこれっぽっちもないからね。罪悪感を持つなと言っても、その通りにするのは難しいかも知れない。でも、助ける手助けをしてくれてるじゃないか。マーラの情報で、きっと皆を助ける事が出来るから」
マーラは「はい」と小さく返事をして、俯きながら顔を覆ってしまった。この十二年間の苦しみを、たった一晩で忘れられる訳がないのだ。
ルルがマーラの腕に優しく手を置き、もう片方の手で背中をさすっている。
俺は昨夜、アスタから聞いていた。アスタの能力で、記憶を忘れさせる事も出来ると言うのだ。ただし、マーラの場合だと記憶と精神が十歳の頃のものに戻ってしまう。攫われる前の状態になるらしいのだ。
アスタと話して、それは最終手段にしよう、と決めた。
これまでの辛く苦しい記憶がマーラを壊してしまうようなら、その時は忘れさせよう。そうでなければ、乗り越えるのを見守ろう。必要なら手助けしよう、と。
アスタは苦しそうな目で俺を見る。優しい神様だから、マーラの苦しみを取り除いてあげたいのだと思う。
でもアスタ自身も知っているのだ。ユルムントに生きる者の強さを。そして、俺も信じている。子供たちを心配して涙を流すマーラなら、きっと乗り越えられると。
「マーラ、泣きたくなったらいくらでも泣いて良いからね。ここには、君に酷い事をしようとする者はいないから」
静かな部屋に、マーラの嗚咽が響く。
俺たちは、マーラが落ち着くまでいつまでだって待つ気でいた。必要なら一日中だって待っても良い。
囚われた子供たちや成人たちの事はもちろん気掛かりだし、少しでも早く助けたい。しかし、それはきっとマーラも同じ気持ちなのだ。
十分程でマーラは落ち着いた。顔を上げた時、その目は決意に満ちていた。
「ごめんなさい。でももう大丈夫。続けましょう」
囚われた獣人たちを早く助けてあげたい・・・
明日も19時に公開します。
いつもお読み下さり本当にありがとうございます!




