23 帝国騎士団本部
馬車は貴族街を抜け、王城を守る壁の手前で止まった。周囲の邸宅より一際大きく無骨な建物が騎士団本部だった。騎士団員全員が集うような場所ではなく、文官が仕事をする場所である。簡単に言えばお役所だ。
俺とルル、アスタの三人(二人と一柱)は、華美ではないが質の良い家具で纏められた応接室に通された。
騎士団の制服に身を包んだ女性が人数分のお茶を出してくれる。二十分程でセルジュさんが来てくれた。
「やあ、待たせたね。副団長って肩書は聞こえが良いけど、実際やってる事は書類仕事ばかりなんだよ」
セルジュさんは謙遜しているが、精鋭揃いの帝国騎士団で副団長まで昇りつめたのだ。きっと沢山の武勲を上げたに違いない。
俺はセルジュさんと昔話に花を咲かせた。初めて召喚された馬小屋での出会い、剣の訓練、ブラック・ボアとの戦い。三十年前の魔王との戦い。そして、俺の最初の魔法の師匠、リアの事。
「リアは元気なのでしょうか?」
「実は私も、魔王討伐後は会ってないんだ。風の噂で北方の貴族と結婚したと聞いたことはある」
「そうですか。元気にしてると良いなぁ」
昔話の間、ルルとアスタは大人しく聞いていた。ルルは分かるが、アスタが大人しいのがちょっと不思議である。
「ユウト殿は、この三十年どこでどうしてたんだい?」
当然こういう話になるよなぁ。トルテアのギルマス、アーロンに聞かせた話を少しアレンジして伝える。
魔王と戦った後、一年後くらいにパエルマ王国で召喚され、戦争の道具にされるのが嫌で魔族領に行き、そこで他の召喚者と共に暮らしていた、と。
「なるほどな。あの時は酷かった。ユウト殿にも苦労を掛けたね。済まなかった」
「いえいえ、セルジュさんが謝る事はありませんよ。結構楽しく暮らしてましたので」
この話はアスタには聞かせた事がないので、変なツッコミを入れられるんじゃないかと冷や冷やしたが、口を噤んでくれていた。まさかあのアスタが、空気を読んでるんだろうか?隕石でも降って来るんじゃなかろうか。
「ところでユウト殿。まさか顔を見せるためだけに来た訳ではあるまい?いや、久しぶりに顔を見れたのはもちろん嬉しいが」
「実はセルジュさんに力を貸してもらえないかと思って」
竜族のシエラに手を貸し、行方不明の仲間を取り戻すために帝国北東部の山脈を超えて森に入った事。従魔術で竜を従える力がある女召喚者と戦って殺した事。その後、捕らわれた獣人の子供たちを偶然見付けた事を話す。
その親たち、同じ集落の人々、近隣の町や村で聞いた話から、何年にも渡って目立たないように獣人の子供が攫われているのではないかと推測した事。
「同じ集落では、数年に一度の頻度で子供が居なくなる。それは、その子の親にとっては一生心に傷を残す大事件だが、帝国全体で見れば些細な事、という訳だね?」
「仰る通り。一度に大勢の子供が消えれば、辺境と言えども騎士団が動くでしょう。しかし、数年に一度、一人か二人の子供が消えても、家出か魔物に襲われたものとして片付けられてしまう」
「ふむ。今回は実際に捕らわれた子供たちをユウト殿たちが見付けたから発覚した。それがなければ見逃されていた、と」
「ええ。いつかは公になったかも知れませんが、それまでにいったい何人の子供たちが犠牲になったか分かりません」
「そうだな。しかし私も今初めて聞いた話だ。騎士団として動くべきか慎重に判断する必要がある。なにせ発見されたのが他国だからね」
「そうですね。俺としては騎士団に動いて欲しいというより、こんな事をやっている連中に目星を付けられないかと思ってたんです」
「そうか。いずれにせよ、少し時間をくれないか?そういった類の報告が上がってないか調査したい。そうだな、二日後にまたこちらに来てくれないだろうか?」
「ありがとうございます。そうさせて頂きます」
「ところで・・・先程の話で、従魔術を使う召喚者の話が出て来たね?」
「ええ。女召喚者ですね」
「ここだけの話だが・・・実は、共和国南東部の『ジブラルの砦』に帝国の間者を何人か忍ばせていてね。そこは共和国の防衛拠点の一つだが、従魔術師によって強力な魔物が数多く集められていたんだ。
そこで数日前、大変な騒ぎがあった。魔物たちの従魔の紋章が突然消え、一斉に暴れ出したというのだ。
ところが、その魔物たちはいきなり現れた巨大な黒い竜を見て大人しくなり、それぞれが森の中へ消えていったらしい。
それで奇跡的に人的被害が少なく済んだそうだ。これはその召喚者と関係あると思わないかい?」
ほえー。俺の知らない所でそんな事が起こっていたとは。そして黒竜のおっさん、いい仕事してくれてたんだね。グッジョブ。
「えーと、関係は・・・あるでしょうね、きっと」
「そうか!これで謎が一つ解けたよ。帝国の脅威になっていた可能性のある魔物の軍勢が消えたのがユウト殿のおかげとはね」
セルジュさんがニヤニヤしながら俺を見る。
「それはその、あくまで結果であって狙ったものじゃないので・・・」
「まあどっちでも良いじゃないか!今後の活躍も期待してるよ」
俺とセルジュさんは握手を交わし、二日後にまた、と言って騎士団本部をお暇した。帰りも貴族街入口まで馬車で送ってくれた。転移が使えるから本当は不要なのだが、この馬車は乗り心地が良い。それに、たまには景色を眺めながら移動するのも悪くない。
さて。時間はもう夕方に近い。長距離転移で狼人族の集落に戻っても良いのだが、女性陣の意見を聞いてみよう。
「ルル、アスタ、退屈だっただろう?付き合ってくれてありがとうな。聞いた通り、約束は二日後なんだが、この後どうする?」
「我は腹が減ったぞ!」
「ルルは・・・もっとこの街を見てみたいですけど、確かにお腹が空きました」
「そうだなあ。アルさんの所にはいつでも戻れるし、せっかくだから帝都で飯を食って、宿に泊まろうか?」
「「賛成!」」
門から少し離れていたのだが、もう一度戻って門兵に声を掛け、この辺りでお勧めの食事処や宿を聞いた。すると、平民街の近くの『赤竜亭』を教えてもらった。宿も併設されているそうだ。
門兵に礼を言って、俺たちは赤竜亭に向かった。
三十分ほど歩き、途中でその辺のおっさんに四回も道を聞いてようやく赤竜亭を見つけた。赤茶色の煉瓦造りの建物で、一階が食事処、二階と三階が宿になっている。
先に部屋を二つ取って宿代を払う。二部屋で銀貨一枚と小銀貨六枚。ひと部屋八千円ってところだ。帝都だからこんなものだろう。
少し時間が早かったが、アスタが「腹減ったー」とうるさいので食事処に向かう。席は三割ほどしか埋まっていない。適当に座り、メニュー選びは女性陣に任せた。
料理は想像以上に美味い。肉料理にルルも満足している。アスタは、小さな身体のどこに入るのか、凄い量を食べている。俺は相変わらず少しずつつまみながら、麦酒を飲んでいた。
「ユウト、何を飲んでいるのじゃ?我にも飲ませてみよ」
俺は思わずルルと顔を見合わせた。ルルでも苦くて口に合わなかったのだ。でも面白そうだからちょっと飲ませてみよう。飲みかけの麦酒をアスタに渡す。アスタは小さな両手で受け取り、ゴクリと飲む。
「うっげーーー!なんじゃこれは!不味い!なんでこんなものを飲ますのじゃ!」
理不尽だ。お前が飲ませろって言ったんじゃないか。でも面白い反応が見れた。神様でも麦酒は苦手らしい。
「口直しに何か飲み物を頼むか?果実水もあるぞ」
「何を言うとる。酒に決まっておるじゃろう」
「アスタ様、こんな場所でお酒を飲まれては、周りの者がびっくりしてしまいます」
さすがルル、常識人である。アスタは年齢不詳の神だが見た目は十歳の少女。さすがに公の場で少女に酒を飲ませるのはトラブルの元だ。色んな意味で。
「お部屋で一緒に飲みましょうね」
あ、飲むのは飲むんだね。ルルはそんなに強くはないけど飲むのは好きなタイプなんだよなぁ。ちょっと酔ったルルさんの可愛さはとんでもない破壊力なのだよ。
という訳で、ここでもはちみつ入り果実酒を見つけたので、ボトル二本をお買い上げして部屋で飲むことにした。干し肉やナッツ類のおつまみもしっかり買ってしまった。
そして部屋で車座になって宴会が始まる。宴会と言っても大騒ぎする訳ではない。酔うと声が大きくなる神が若干一柱いるが、まだ夜も遅くない。それほど迷惑という事もないだろう。
「そう言えばアスタ、騎士団本部ではえらく大人しかったじゃないか」
「我は神じゃぞ?人の話を聞くのも仕事のうちじゃ」
「そうなの?」
「ユウト様、アスタ様はたぶん・・・居眠りしてました」
「ルル!どうしてバラすのじゃ!」
「いや、そっちの方がアスタらしくて安心するよ」
「ふん!話がつまらんからじゃ」
アスタがぐいっ!を酒を飲み干す。すかさずルルが酌をする。なんだか、飲み会の部下と上司を見てるみたいだ。
「ルルは・・・ユウト様とセルジュさんのお話、楽しかったです。ユウト様のお若い時の話が聞けて」
「そうかい?なんだか恥ずかしいなぁ」
「三十年前の・・・魔王を倒した時のユウト様のこと、もっと知りたいです」
「おう!それは我も興味があるぞ。どうやって魔王を倒したのか聞いてやろう。ほれ、話せ!ほれ!」
まあ減るもんじゃないし、秘密にしてる訳でもない。
「そう?面白いかどうか分からないけど、それじゃ話すとしようか」
◆◆◆◆◆◆◆◆
帝城の大広間。そこは皇族主催の晩餐会や舞踏会で使われる場所だったが、その時は違った。二十歳の俺が、二十回目に召喚されたその場所には、ガルムンド帝国皇帝をはじめ国の宰相や上級貴族たち、それを守る騎士たち、そして百人を超える魔術師たちがいた。
「召喚者よ。異世界からよくぞ来てくれた。余はこの国の皇帝、バルディアス・ガルムンドである。我等の願いを聞き届けて欲しい」
俺はユウト・マキシマと名乗った。皇帝の物腰は威厳を保ちながら慇懃なものだった。
皇帝が自ら語ったオーダーは「魔王を滅ぼす事」。
「必要な物があれば遠慮なく申し付けて欲しい。出来る限りの事をしよう。兵も、必要とあらば数万でも用意する」
「いえ、兵は不要です、皇帝陛下」
「しかし、あの魔王であるぞ?我が国は既に二度派兵したが敗北した。一度目は千五百、二度目は一万の兵をほぼ壊滅させられたのだ」
「相手はどのくらいの軍勢なのですか?」
「・・・一人だ」
一人で一万の兵を壊滅させた?
「その魔王とは、何者なのでしょう?」
「それがはっきりとは分からんのだ。生還した者の話によると、見た目は人族らしい。剣と魔法を使い、いずれも想像を絶する使い手であったと」
「大規模魔法も使うと?」
「その通りだ」
「それなら尚更兵は不要です。連れて行く兵を守らなくてはならなくなった時、その数が多ければ多いほど戦いが不利になります」
「しかし、ユウト殿をたった一人で戦地に赴かせたとあっては、帝国の名折れとなる」
皇帝が眉根を寄せる。そこへ男の声が上がった。
「陛下!恐れながら具申の機会を賜れますでしょうか?」
「良い。申してみよ」
跪いていた騎士が顔を上げて俺を見る。その顔には確かな見覚えがあった。
「えっ?セルジュさん?」
「ユウト殿、お久しぶりです。陛下、このセルジュ・ランガート、お聞きの通りユウト殿の知己でございます。私がユウト殿を護衛しながら敵地までお連れするのはいかがでしょうか?」
「うーむ・・・」
「恐れながら陛下!」
今度は女性の声。魔術師の集団から聞こえた。
「お主はエベタドール家の娘じゃったか?」
「はい、アリストリア・エベタドールでございます」
「リア?」
「はい、ユウト様!お久しゅうございます。陛下、我々宮廷魔術師団が知識と魔力の全てを込めて呼び出した召喚者様です。そのお力は、恐らく一国を容易く滅ぼせる程のものかと」
「それは分かっておる。ユウト殿の力を侮っているわけではない。しかし、魔王の力も決して侮れん」
「皇帝陛下。帝国の民である兵士たちを悪戯に死地に赴かせる事は、陛下も本意ではないでしょう。場所さえ分かれば俺一人で対処します。もし俺一人で無理なら、次は帝国の全戦力をもって魔王を倒して下さい。それまでは、一人でも多くの兵を温存して下さい」
俺は本気で兵は不要だと思っていた。なぜなら、オーダーを達成せずにこの世界に留まりたいからだ。もちろん、兵がいない方が戦いやすいのは事実である。
俺の狙いは魔王を殺さずに悪事を止めさせること。それが出来るかどうかはやってみなければ分からないのだが、殺さない場合、魔王が生きている事を知る人物は出来るだけ少ない方が良い。出来れば一人もいない方が良い。
悪事が止んでも、魔王が生きていると知れたら皆安心できないではないか。
二つの理由で兵は不要と申し出たのだが、それではどうしても皇帝に納得してもらえなかった。結局、セルジュさんとリア、その他に十五人の精鋭が同行することで皇帝も渋々納得した。
俺を含めた十八人は、次の日の早朝から魔王がいる「魔王城」を目指すことになった。
アスタはバレないように居眠りする特技を持ってます。
次回、三十年前の魔王との闘い!また明日の19時に公開します。
いつもお読み下さり本当にありがとうございます!
また明日も宜しくお願い致します。




