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救世の召喚者  作者: 五月 和月
22/51

22 再会

 ガルムンド帝国帝都は初代皇帝の名を取ってバルドスと名付けられている。


 ガルムンド帝国は、面積でこの大陸最大の国。南には、大山脈を隔てて西からパエルマ王国とリネル王国、西側には、大河を挟んでアムルエラ王国がある。北側は、先の戦争で誕生したコンクエリア共和国だ。


 大国とは言え、東以外の三方を他国に囲まれているためその動向には敏感である。侵攻に備え、帝国軍および帝国騎士団は日々研鑽を積み重ね、精鋭ぞろいと目されている。


 とは言え、二十七年前に終結した戦争(と言っても実際に戦ったのは召喚者と少数の兵であるが)以来、今のところ国同士による諍いは見られない。


 帝都バルドスは、帝国のほぼ中心にある大都市である。城が真ん中にあり、貴族街、貴族向けの商業地域、平民向けの商業地域、平民街、貧民街と広がっているのは他の都市とあまり変わらない。


 貧民街の外に壁はない。貧民街から平民街の間に防壁があったものの、膨らみ続ける人口に押されるように、ほとんど壊されて意味をなしていない。変わらず聳えるのは貴族街に入るための壁であり、高さ十メートルを超える。


 城に至っては二十メートルの壁で守られているが、高さを誇る壁など単なる気休めでしかない。却って景観を悪くしているようにさえ見える。


 帝国の謁見の間はよく覚えているが、いきなりそんな所に転移するのは非常識というものだろう。と言うか、問題になって警備の人間の首が飛び兼ねない。あ、首が飛ぶっていうのは婉曲表現じゃなくてリアルな方だからね。


 という事で、俺たちは貴族街の入口近くに転移でやって来た。ルルはもう長距離転移も平気だが、アスタがまだ駄目だった。転移酔いが治まるまで、近くでお茶することにした。店員が俺たちをジロジロ見ている。


 おっさん一人に、獣人の美少女と白髪の幼気な美少女という組み合わせも些か怪しげではあるが、どちらかと言えば服装が問題なのだろう。


 ここら辺は場所がら貴族の客が多いから、俺たちの服装では場違いに見えるのだ。面倒だが仕方ない。少し平民街の方に戻って、ルルとアスタに服を買おう。貴族街の服屋だと門前払いされる恐れがあるからな。


 平民でも裕福な層が好みそうな服屋さんに入る。俺は服に興味がないし、女の子の服に関しては絶望的だ。親切そうな女性の店員さんを掴まえ、一人と一柱のコーディネートをお願いした。


 帝都には獣人も多く住んでいる。中には、ごく稀ではあるが貴族と結婚している者もいるし、貴族の邸宅でメイドとして働く者も多い。初めて出会った猫人族のミリアさんのように。


 だからこの服屋さんでは、気に入った服があれば尻尾用の穴をすぐに仕立ててくれるそうだ。日本で言うズボンの裾上げのような感覚だな。


 アスタの服はすぐに決まった。子供用の服が少なかったからなぁ。白い大きめの襟がついた臙脂色のワンピースだ。


「どうじゃ?似合うか?」


 試着室から出て俺に聞いてくる。こんな時に俺が言う台詞は決まっている。


「可愛いな、似合ってるぞ!」


 アスタはご機嫌でその服に即決した。服に合う靴も見繕ってもらう。


 一方ルルの方はなかなか決まらない。そもそも、ルルが服を選ぶ基準は「動きやすさ」が最優先である。いつでも戦闘に入れるように。


 ところが、ここにある服は可愛さとか優美さ優先だ。さっきから店員さんが「お似合いですよ~!」「まあ、可愛らしい!」とか言ってるのだが、ルルにはピンと来ないらしい。店員さんが助けを求める目で俺を見ている。


 仕方ない。伝家の宝刀を出すか。


 十五着目の試着から出て来たルルに一言。


「ルル、凄く可愛いな!似合ってるぞ!」


 ルルは照れ笑いしながらその服に決めた。案外チョロいぜ。


 しかし、その服は本当に似合ってると思ったのだ。藍色に、所々金糸で刺繍が施されたふんわりした袖なしのワンピース。ルルの美しい銀髪が映える。靴は踵の低いパンプスにしてもらった。


 尻尾用の穴の仕立ても含め、しめて帝国銀貨十八枚なり。日本円で約十八万円。スーツ以外の自分の服に一万円も使う事がない俺にとってはぼったくりと感じる値段だが、ルルとアスタが喜んでるから良しとしよう。


 俺はもうこのままの恰好で良い。誰が何と言おうと良いったら良いのだ。


 今まで着てた服や靴はまとめてマジックバッグに入れておく。おめかしもしたので、堂々と貴族街入口に向かった。


 実のところ、貴族街に入る事が目的ではない。用があるのは門を守る騎士団員である。


 門に入ろうとする人々に目を光らせている門兵の団員。警戒されないよう、俺はルルとアスタを伴いながら堂々とその一人に近づく。


「あー、失礼。ちょっとよろしいかな?」


 声を掛けられた門兵は、俺、ルル、アスタの順に視線を動かし、また俺に戻って来る。


「何でしょうか?」


 ふむ。銀貨十八枚の効果があったようだ。明らかに二十代半ばの若造だが、不遜な態度ではない。


「セルジュ・ランドールさんをご存じですか?古い知り合いなのですが」


「ランドール副団長?もちろん知っていますが・・・あなたは?」


 おお。セルジュさん、騎士団の副団長になったのか。


「ああ、ユウト・マキシマと申します。もしセルジュさんをご存じなら、私か会いたいと言っている事をお伝え願えませんか?」


「お伝えするのは構いませんが・・・え?今、ユウト・マキシマとおっしゃいましたか?」


「ええ」


「もしかして、セルジュ副団長とご一緒に魔王を討伐したという、あのユウト・マキシマ様ですか?」


「あー、確かに、前の魔王を倒したのは私ですが・・・」


「こ、これは失礼しました!おい!英雄の凱旋だ!あの伝説のユウト・マキシマ様がいらっしゃったぞ!」


 若い門兵が同僚に向かって声をあげた。「なんだと?」「あの伝説の?」などとざわめきが広がって行く。女性騎士団員の黄色い声まで上がっている。英雄だの伝説だの呼ばれる覚えは全くないんだけど。


「すぐに副団長にお伝えします!こちらでお待ちください!さあ!さあ!」


 その若者に詰所に案内された。「むさ苦しい所ですが」などと言われ、ソファを勧められてお茶まで出してくれる。


 ちょこんと座ったルルとアスタが、色々聞きたそうな顔をしている。まあ待て。俺も色々聞きたいよ。


 座っていると、何人もの門兵が、代わる代わる握手を求めて来る。「やった!英雄に握手してもらった!」「ありがとうございます!」「もう、この手は洗いません!」


 いや洗いなさいよ。最後に触ったのがおっさんの手なんて、こっちの夢見が悪くなっちゃうから。


「魔王討伐は、この国では伝説として語られているんです。ユウト・マキシマ様は、魔王を倒した英雄として皆憧れているんです」


 最初に声を掛けた若者が教えてくれた。


「いやあ、今日はこの門を任されて幸運でした!伝説の英雄に声を掛けて頂けるなんて。もう皆に自慢できます!」


「そ、そうなんだね・・・それは良かった・・・のかな?」


「もちろんです!でも、ユウト様って話しやすい方なんですね!もっと近寄り難い方かと思ってました!」


「ああ、それは良かった」


 もう同じ事しか言えなくなっていた。


 いや、だって、この五十年の人生で、誰かに憧れられるとか、崇められるとか、そんな経験ないんだもの。むしろ人と関わらないようにひっそりと生きてきたんだから。


 いきなり英雄とか伝説って言われても、どうしたら良いのか分かんないよ。


 ルルの方を見ると、なんだかキラキラした目をしてる。アスタの方はなんだかウズウズした顔をしている。


「わーはっはっはー!お主等、このユウトを英雄と崇めるのか!」


 突然大笑いをかました白髪の少女を、集まった門兵たちがぎょっとした顔で一斉に見る。


 アスタさん?余計な事はやめなさい。


「えっと、君は・・・?」


 若者が尋ねる。至極当然の反応である。


「我はディアスタシス。次元を司る神じゃ!故あって、このユウトに力を貸しておるのじゃ!」


「おお・・・神がここに・・・」


 門兵たちは跪き、両手を握り合わせてアスタに祈りを捧げる。


 なに?この茶番。


 アスタはたぶん、俺がちやほやされてるのが気に食わなかっただけだろう。しかし、見た目十歳の少女が神を自称してすぐ信じ込むコイツらって・・・


 これが場の空気の恐ろしさか。知らんけど。


 アスタの独壇場に気を取られていると、ルルが俺の腕に抱きついて満足そうな顔をしていた。恐らく、俺が英雄とか伝説とか言われてたのが嬉しかったんだろうな。


 結局俺一人が良く分からない状況に取り残されていたのだった。





 カオスな時間が一時間ほど経過した頃。ようやく懐かしい人物が到着した。


「ユウト殿!本当にユウト殿なのか!?」


 白に近い金髪に深いブルーの瞳。細いが肉食獣のようなバネを秘めた体躯。もちろん俺と同じように歳を取ったが、三十年前の面影が残るセルジュさんがそこに居た。


「セルジュさん!お久しぶりです」


 セルジュさんは俺を認めると、ガバっと抱きついてくる。


「ユウト殿!・・・またユウト殿に会えるとは・・・!」


 男泣きしてるセルジュさんに釣られ、俺の涙腺も緩んでしまう。


「本当に、ご無沙汰してしまいました・・・」


 周囲の若者たちが、一言も喋らずにおっさん二人の熱い抱擁を見守っている。


「本当に久しぶりだなぁ。三十年振りか」


「お互い歳を取りましたね」


「いや、ユウト殿はまだまだ若々しいよ」


 相変わらずの優しい話し方。古い思い出が蘇る。セルジュさんは、剣の使い方を教えてくれた時ですら優しかったのだ。こんな優しい人が副団長だなんて、騎士団の連中は恵まれてるな。


「ユウト殿、そちらのお嬢さん方は?」


「ああ、紹介が遅れました。こっちはルル。えーと、俺の・・・奥さんです」


 初めて人にルルを奥さんと紹介した。ルルは少し照れながら、輝くような笑顔をセルジュさんに向けた。


「はじめまして。ルルアージュと申します。ユウト様の、その、妻です」


「これはこれは!はじめまして、セルジュ・ランガードと申します。その昔、ユウト殿には何度も命を助けてもらったんだよ。そしてこちらは?」


「えー、この子に関しては説明が難しいのですが・・・」


「我はディアスタシスじゃ。次元の神と言われておる。アスタと呼ぶが良い」


 セルジュさんが俺を方を見て「これは合わせてあげた方が良いの?」と苦笑いする。


 これだ!これが普通の反応だよ!いきなり神とか言われても、はい、そうですかとはならんのだよ。俺はセルジュさんに頷きを返した。


「そうか!アスタとお呼びしてよろしいのですかな?」


「うむ、構わんぞ」


 さすがセルジュさん。大人の対応である。


「ユウト殿、ここではゆっくり話も出来ないから、騎士団本部の方にご足労願っても良いかな?もちろんお二方もご一緒に」


「ええ、セルジュさんさえ構わなければ。よろしくお願いします」


 そう言って、俺たちはセルジュさんが乗って来た豪華な馬車に全員で乗り込み、騎士団本部へと向かった。


ユウトさんの隠れた必殺技・・・「可愛いぞ!凄く似合ってる!」

次回、騎士団本部でセルジュさんと・・・!?

明日19時に公開します。宜しくお願い致します!

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