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救世の召喚者  作者: 五月 和月
21/51

21 ケモナーの性(さが)

 馬車に揺られる事およそ三時間。ここからは森に入るので徒歩になる。


 馬車という物に初めて乗ったけど、とにかく尻が痛い。途中から痺れて感覚がなくなってしまった。歩き始めてしばらくしてようやく感覚が戻ったが、今度は痛みが襲ってきた。


 他の皆は大丈夫なんだろうか?どんな尻の皮をしてるんだ?


 くだらない事を考え、尻をさすりつつ、皆の後を付いて行く。途中で休憩を挟み、また森の中を歩く。召喚で体力も十倍になっているから、付いて行くのに問題はなかった。


 そうやって四時間ほど経った頃、ようやく目的の場所に着いた。リンダル隊長がハンドサインで姿勢を低くするよう指示を出す。全員が草むらの中に身を潜める。


 五十メートルほど先に、一頭のレッド・ボアがうろうろしていた。話には聞いていたが、実際に見るとデカい。遠近感がおかしくなった気がする。二メートルって聞いてたけど、あれって背の低い軽自動車くらいない?


 五人の兵士が忍び寄る。一人が囮になりレッド・ボアの前に出る。囮に突っ込もうとする奴に、残りの四人が一斉に剣を突き立てる。


 レッド・ボアは声を上げる間もなくドサリと横倒しになった。即死だったようだ。


 見事な連携だった。鮮やかに敵を倒した。こんな凄腕の人たちがいるのに、俺なんか本当に必要なんだろうか?


「ユウト殿、今のは一頭だったから出来た技です」


 いつの間にか隣に来ていたセルジュさんが囁き声で教えてくれる。


「群れだとこうは行かない。レッド・ボアは群れになると恐ろしいのです」


 なるほど。だからこそ寝込みを襲うのだな。俺は頷いて了承を伝えた。


 その後、作戦通りに出入口を塞いでいく。見張りは一つの出入口につき一~二頭しかいないようだ。先ほど見た連携で一頭ずつ倒していく。


 俺も役に立ちたくて囮役を買って出た。目の前に突っ込んで来るレッド・ボアは予想以上の迫力だった。思わず剣を抜き、他の四人が飛び掛かる前にそいつの首を斬り落としてしまった。


 それを見ていたリンダル隊長が、俺を前線に置いた。一頭倒して吹っ切れたので、その後は残りの見張りを全て剣で倒した。セルジュさんも誇らしげだ。ここまで、こちら側には一人の犠牲者も出ていない。


 出入口を順調に塞いでいき、わざと残した一つはこんもりと盛り上がった場所にあった。周りに木々も少なく、見通しの良い場所だ。リンダル隊長は「理想的」と言った。


 二人がかりで油の樽を持ち上げ、そこに流し込んでいく。全ての油を流し込むのに三十分ほどかかった。そして火を放つ。


 俺たちはその出口から少し離れ、飛び出して来る奴を待って身構えた。しばらくするとくぐもった動物の鳴き声が響いてくる。出口からは黒煙がもうもうと吹き出ている。


 燃え盛る炎の塊が飛び出して来た!兵士が冷静に槍で突き刺す。槍の一撃が効いたのか、それとも単に力尽きたのか、その塊はそこで倒れ込む。


 それから、次から次へと身体に火が着いたレッド・ボアが飛び出して来た。俺たちは自分に向かってくるヤツを相手にするだけで精一杯だった。連携もクソもない。ただただ突き、斬り、避ける。


 身体に沁み込んだ油に火が点き、本能のまま逃げようとするレッド・ボアたち。出口から飛び出して来た時には、既にかなりのダメージを負った状態だった。俺たちがとどめを刺さずとも、何頭ものレッド・ボアが折り重なるように地面に倒れていく。


 辺りには肉が焦げた臭いが充満している。吐き気を催すような臭い。累々とレッド・ボアの屍が地面を覆い尽くしていく。


 もう出口から飛び出して来るヤツが居なくなった頃、足元の地面が揺れた。そして、出口を吹き飛ばしながらそいつが現れた。


「ブラック・ボアだ!」


 誰かが叫ぶ。所々焼け焦げた体表は、真っ黒な毛皮に覆われている。今までのレッド・ボアが軽自動車だとしたら、こいつは四トントラックだ。体高はゆうに二.五メートルを超え、全長は八メートルくらいか。


 全身筋肉の塊であるそいつは、怒り狂っているように見えた。いや、実際怒り狂ってたんだと思う。


 近くにいた兵士三人が、そいつの首の一振りで吹っ飛ばされる。そしてそいつは、セルジュさん達がいる方へ突進して行った。


 俺は、恐怖で竦んでいた身体を叱咤し、横から飛び込んでいく。そのままの勢いで横っ腹に飛び蹴りをかました。そいつの骨が何本か折れる感触がして、ブラック・ボアは横倒しになり地面を斜めに滑って行く。


「ユウト殿!」


「セルジュさん!他の人と一緒に逃げて!」


 ブラック・ボアはすぐに起き上がり、真っ赤な目で俺を見据えていた。醜悪で巨大な牙が突き出た口の隙間から、白い光がこぼれている。


 まずい!そう思った瞬間、俺はブラック・ボアの目の前に飛び出していた。奴の口が開く。何かの魔法を放とうとしている。それは恐らく、ここに居る人たち全員を死に至らしめるもの。直感でそれが分かった。


 俺はブラック・ボアの口に、目一杯の火魔法を叩き込んだ。俺の青白い炎が、口の中の光とぶつかり爆発を起こす。


 気が付くと、目の前には立ったまま頭を吹き飛ばされたブラック・ボアがいた。そして俺は、上半身の右側を失っていた。


「ユウト殿・・・」


 セルジュさんが俺の顔を覗き込んでいる。その目から涙が伝っていた。俺は眩い光に包まれ、転移の間に戻された。





◆◆◆◆◆◆◆◆





「という訳で、そいつとは相討ちだったんだよ」


 ルルが神妙な顔で聞いている。


「ユウト様がブラック・ボア如きと相討ちなんて・・・」


「そうなんだ。俺なんて大した事なかったんだよ。まあ、今でこそこんなだけど、最初のうちは力の使い方が分からなくてね。その後は魔物相手に負けた事ないけどね」


「帝都でユウト様がお会いしたい方とは、その時のセルジュさんなのですか?」


「ああ、そうだよ。実はね、その後にリアから続けて召喚されたんだ。笑い話さ」


 実際、ブラック・ボアと相討ちになって意気消沈してたのだが、三か月後にリアからまた召喚された。顔を合わせた時、なんだかお互い気まずくて、その後は大笑いしたものだ。


「リアやセルジュさんとは、それで仲良くなったんだ。その後は色んな召喚士に召喚されたけど、今思えば悪い人はいなかったなぁ。それで三十年前、魔王討伐で召喚された時にセルジュさんと再会したんだよ」


 その時は、帝国の宮廷魔術師が百人がかりで俺を召喚し、皇帝から直々に魔王討伐を依頼された。そして討伐には、セルジュさんと、その時宮廷魔術師になっていたリアも同行したのだ。顔見知りということで。


「最初の頃は知らなかったんだけど、セルジュさんは帝都に住む貴族、ランガート家の次男で、その頃には騎士団の小隊長になっていてね。俺より六つ上だから、生きていれば五十六歳だな」


 セルジュさんは、明るくて前向きで、正義感に溢れた真面目な人物だった。周りからの信頼も厚く、剣の腕も確かだった。存命なら、騎士団を引退したとしても帝都でそれなりの地位に就いているのではないだろうか。


「セルジュさんなら、誘拐事件について力になってくれるか、少なくとも力になってくれそうな人物を紹介してくれると思うんだ」


「ユウト様がお若い頃に知り合った方・・・ルルもぜひお会いしたいです!」


「ああ、もちろん。一緒に帝都に行こう」





 翌日の朝。朝食を終え、リビングにアルさん、アスタ、そして俺とルルが集まる。


「ユウト様。お話というのは、獣人の子供たちの件ですな?」


「仰る通り。今回、俺とルルが偶然見つけた子供たちは、アスタの協力もあって全員無事、親元に帰すことが出来ました。まずは、子供たちの世話をしてくれたアルさん、リンさんにお礼を申し上げます」


「いえいえ!私どもは当たり前の事をしただけですから。獣人なら誰でも同じようにしたでしょう。気になさらないで下さい」


「そうじゃ!我も当たり前の事をしただけじゃ」


 アスタがアルさんの発言に乗っかった。心なしか誇らしげな顔をしているな。


「そうですか。ありがとうございます。それで、親たちに色々と聞いて来たのですが、数年おきに行方不明になる子供がいるそうで」


「ほほう。しかし、この世界ではそれ程珍しい事ではないのでは?」


「アルさんの仰る通り、俺も最初はそう思ったんです」


 命の安いこの世界。特に人族の領土では、誘拐や殺人なども日常茶飯事である。だが、特に裕福ではない獣人の子供を誘拐する理由とは何だろうか?身代金目的ではない事は確かだろう。


「子供たちは、互いが離れた町や村から攫われていました。もしやと思い、それらの間にある集落で話を聞くと、やはり数年前に子供が行方不明になったと」


 それも一か所や二か所ではない。帝国北部で獣人が多く暮らす場所では、俺とルルが話が聞けた限り、全ての場所でそのような事件が起こっていた。


「騒ぎを大きくしたくない誰かが、意図的に離れた場所から一人か二人ずつ、毎年のように子供を攫ってるのではないかと思うんです」


 アルさんが眉をひそめる。ルルも押し黙っている。


「誰が、何のためにそんな卑劣な事をしとるんじゃ?」


 アスタがぷりぷりしながら声を上げる。


「アスタ、まだそうと決まった訳じゃない。可能性がある、という話なんだ」


「じゃが、もしそうだとして、目的は何なのじゃ」


 俺はもう、一つの可能性にはとっくに行き着いているのだが。いや、可能性とかじゃなくて、恐らく目的はそれしかない。


「・・・恐らく、俺みたいな趣向の持ち主と言うか、何と言うか・・・」


 ルルがガバっと顔を上げて俺を見つめる。


「ユウト様!つまり、獣人の耳と尻尾が好き、という意味ですね?」


 うわぁ。ルルに気付かれてたんだ・・・超恥ずかしいんですけど。


「なんじゃ?お主はこやつらの耳と尻尾に欲情するのか?」


「待て待て!誰が欲情するなんて言った!俺はただ、ケモミミと尻尾をもふもふ触るのが好きなだけだ!」


 アルさんとアスタが俺の事をジト目で見ている。アスタなど、視線に憐みが含まれてる気がする。ルルだけは温かい目でにっこりしてくれている。


「ウォホン!ま、まあ、ユウト様の子供に接する姿を拝見しておれば、なんとなく分かってはおりましたので」


「待って、アルさん!本当に、俺は、純粋に、触るのが好きなだけだから!そこに変な意味なんて一切ないからね!」


「言えば言うほどドツボに嵌って行くのう・・・」


「お前が欲情なんて言うからだろー!」


 頭を抱える俺をルルが優しく抱いてくれる。「よしよし、大丈夫ですよ~ルルは分かってますからね~」とか言いながら。


「ま、まあ、俺の事はもういい。とにかくだ。獣人の子供、それも割と幼い女の子が好きで、そいつは馬車や檻を用意できるか、そういう奴らに金を出すかして、目立たないように集めてるんじゃないか、そう思ったんだよ」


 ちょっとやけくそ気味ではあるが、思った事は言えた。しかし先程のアスタの一言で、もっとおぞましい可能性についても思い当ってしまった。


 俺はケモミミや尻尾が好きで、触るのはもっと好きだが、それで欲情は断じてしていないと言い切れる。


 だが、欲情する奴だったら・・・?


 他の三人も、それに思い当ったようだ。


「まあ、まだそうと決まった訳じゃない。だけど、もしそんな事が起こっているとしたら放っては置けない。だから、帝国に行って調べようと思うんだ」


「なるほど、分かりました。ユウト様の我々獣人に対する思い、しかと受け止めましたぞ」


 本当に?曲解してない?大丈夫かな?


「しかし、どのように調べるおつもりで?」


「うん、昨日ルルには話したんだけど、まず帝都に行って、昔の知り合いを訪ねてみるつもりです」


「なるほどな。では我も一緒に行ってやらねばいかんな!」


「え?アスタも付いて来るの?」


「なんで嫌そうな顔をするんじゃ!ルルと二人きりなのを邪魔されるとでも思うたのか?」


 いや、それもあるけど、役に立つのかなーって・・・


「アスタ様は、人の頭の中の光景を他の人に見せる事が出来るのですよね?」


「いかにも!」


「でしたらユウト様、ルルはアスタ様のお力がきっと役に立つと思います!」


「おおぅ!ルル、お主分かっておるではないか!」


「そっか。そうだな。ただし、勝手な行動はしないでくれよ?」


「分かっておる!子供ではないのだぞ?」


 という訳で、三人で帝都に向かう事になった。


ユウトさんは純粋にケモミミが好きなだけなんです・・・

次回、帝都にて懐かしい人と再会?!

また明日の19時に公開します。宜しくお願い致します!

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