20 アスタのおかげ
「これで、お主が行ったことのない場所でも転移できるぞい」
「ええ?どうやって?」
「説明するより、実際にやってみた方が早いかの」
そう言うと、アスタは一番幼い子を連れて来た。
「ルルよ。お主も共に行くなら、ユウトに捕まっておけ。さて子供よ。名はなんと言ったかな?」
アスタが、子供に向かってびっくりするくらい優しい声で尋ねた。そういう話し方も出来るんだね。
「・・・ウーシュ」
「そうか、ウーシュか。ウーシュよ、お前が住んでいた家を思い出せるかの?」
「うん」
「では、目を瞑ってその家を頭に思い浮かべるのじゃ」
目を瞑ったウーシュの頭に、アスタが右手を載せる。
「ほれ、ユウト。手が届かん。もっと近う寄って頭をこっちに出せ」
アスタの傍に寄り、片膝をついてアスタに頭を向ける。ルルはアスタに言われた通りに俺の腕をずっと掴んでいる。
「こうかい?」
「おーし。良いぞ。では今からウーシュの頭の中の光景をお主に送るからの」
アスタが俺の頭に左手を置く。次の瞬間、両目の奥に強い圧力を感じた。そして、一軒の家が写真で見せられているように目の前に浮かんだ。
「よし。光景が浮かんだな?それでは転移してみよ」
俺は言われるがまま転移した。すると、実際には見た事のない家の前に、俺とルルはいた。先ほど、アスタに見せられた家と同じに見える。
「ここは・・・?」
周囲を見渡すと、粗末な木造の家が間隔をあけて立ち並んでいた。地面は乾き、風が吹く度に砂埃が舞っている。
目の前の家の中に人の気配がする。意を決して、玄関らしき扉をノックした。
「・・・はい?」
女の声がした。もうここまで来たのだから後には退けない。
「突然すみません。こちらに『ウーシュ』という女の子がいませんでしたか?」
扉が凄い勢いで開いた。中から憔悴した顔の獣人の女性が顔を出す。
「ウーシュ!?ウーシュが見つかったんですか?」
「はい、見つかったというか、保護してます。失礼ですが、あなたはウーシュの?」
「母です!あの子は?あの子はどこですか?生きてるんですか!?」
ここはウーシュの家で間違いないようだな。
「ああ、もちろん元気ですよ。今から連れて来ます。少し姿を消しますが、この子を置いて行くので、ちょっと待ってて貰えますか?ルル、ちょっと待っててくれるかい?」
「はい!」
ウーシュの母親の返事は待たず、俺はアルさんの家のリビングに転移した。そこでは、アルさんとアスタ、ウーシュが待っていた。
「どうじゃった?」
「ウーシュのお母さんと会って来たよ。ウーシュ、今からお母さんの所に戻ろうか?」
「お母さん!お母さんと会えるの?」
「ああ、そうだよ。会いたいかい?」
「会いたい!お母さん、会いたい!」
俺はウーシュの小さな肩を両手で掴み、また転移した。
「お母さん!」
「ウーシュ!」
ウーシュが母親の胸に飛び込む。「おがあざーん!」「ウーシュ・・・」ウーシュが大声で泣き叫び、母親は二度と離すまいと娘を強く抱きしめている。
何も言わずに消えるのもどうかと思ったのでしばらく様子を見ていたが、親子の再会は完全に二人だけの世界を形成しており、なかなか俺たちが入っていける余地がない。
そのまま所在無げに五分ほど待っていると、ウーシュの母がようやく俺たちに気付いてくれた。
「ああ!すみません!ありがとうございます、本当にありがとうございます・・・」
俺たちは家の中に招かれ、そこでお茶を頂きながらウーシュを保護するに至った経緯を簡単に説明した。
俺は持って来ていた自作の地図を開いた。年に数回召喚されていた頃、羊皮紙に自分で書いた簡単な地図である。俺が行った事のある場所の名前と位置を記したものだ。
ウーシュの母に地図を見せ、この場所の名前とおおよその位置を地図に書き加えた。
ウーシュが居なくなった時期、他に居なくなった子がいないか、過去に同様の事件が起きていないか、その他、気になった事があれば何でも、といった感じでウーシュの母から聞き取りを行う。ルルに別の羊皮紙を渡し、それを書き留めてもらった。
何度もお礼を言う母親とウーシュに別れを告げる。
「おいちゃん!お母さんの所に連れて来てくれてありがとー!」
ウーシュが俺の脚にぎゅっとしがみつき、お礼を言ってくれた。最後に、母親にしばらく目を離さないよう言わずもがなの事を伝える。ウーシュの頭をそっと撫で、また転移で戻った。
リビングに戻ると、ソワソワしたアルさんとドヤ顔のアスタに迎えられた。
「どうじゃ!我の力が役に立ったじゃろ?」
「そうだな。アスタのおかげでウーシュと母親がえらく感謝してたよ。ありがとうな」
「わーはっはっはー!そうじゃろそうじゃろ!」
腰に手を当ててふんぞり返って笑うアスタの頭を撫でる。イメージで転移する事が出来るとはな。ただ、アスタの力で明確なイメージを俺の頭に送ってもらう必要があるようだが。
とは言え、これで子供たちを親元に帰す作業は思ってたより遥かに早く出来そうだ。
礼を言われ、頭を撫でられて上機嫌のアスタ。
「じゃあ、次の子の家に行こうか」
「そうじゃな。その前に茶をくれ。それと何か甘い物はないかの?」
「いやいや、休憩は後で良いじゃないか。早く子供たちを帰そうぜ?」
「何を言っておるんじゃ、この馬鹿者め。そうホイホイと神の力を使えるとでも?」
「え?」
「この下界では、すぐに力が尽きてしまう。補給しなければ力は出せんわい」
「そ、そうなの?じゃあ仕方ないな・・・アルさん、リンさんに頼んで、何か甘い物を作ってもらう事は出来ますか?」
「そうですな。ちょっと家内と相談して参ります」
アルさんは俺たちを振り返りながらキッチンへ向かった。この神様、たしかに何らかの力は持ってると思うのだが、なんだかなー。残念成分の方が多くないだろうか?
次の子からは、最初から俺に掴まってもらってルルと三人で転移する事にした。時間短縮の為である。
アスタにおやつを与え、子供の頭からイメージを送ってもらい転移。親元に帰し、事情を聞き、また戻る。戻ったらアスタはおやつを食っている。そしてまた転移・・・
朝から始め、最後の子を送り届けたのはもう夜だった。アスタのおやつタイムが大幅に時間を食っていたのは言うまでもない。
「ふう。ユウト様、終わりましたね」
「ああ、全員無事に送り届ける事が出来たな。ルルも頑張ったね。お疲れ様」
「一番頑張ったのは我じゃろーが!?もっと我を褒めんか!」
お前はずっとおやつ食ってたようなもんじゃん。ルルがジト目でアスタを見てる。同じ事を思ってるに違いない。
「そうだな、アスタが居なければ一日で全員を帰すなんて出来なかったからな。ありがとうアスタ。よく頑張ったな」
この子は褒めて伸ばすタイプと見た。
「そうじゃろそうじゃろぅ!うわーはっはっはっ!わーはっはっぅゲホっゲホっ!」
そしてすぐ調子に乗るタイプだな。ルルが咽るアスタの背中をさすっている。
「ところでアスタ。お前はどこか帰りたい場所はないの?」
「ケホッ。ん?別にないぞ?ここが気に入ったから、しばらく世話になる事にした」
アルさんを見ると肩を竦めて「仕方ないです」って顔をしてる。一応話は通してあったようだな。ここはアルさんの家だから、家主が良いなら俺は構わないのだが。そう言う俺もアルさんのお世話になってる身だしね。
アルさん、ルル、アスタと四人で遅めの夕食を頂く。昨日は宴で、その前は大勢の子供たちも居たから落ち着いて食べるのが久しぶりの気がする。リンさんとルルの弟妹たちは先に食事を済ませていたようだ。
夕食を食べ終わってお茶を飲みながら切り出す。
「ルル、アルさん、アスタ。今日子供たちを送り届けて、その親に話を聞いて来たんだが、どうも気になる事があるんだ」
「ほう。それはどんな事ですかな?」
「うん。今日はもう遅いし、また明日でも良いかな?」
「そうですな。皆お疲れでしょうから、ゆっくり休んで明日にしましょう」
先にアスタに風呂に入らせ、アルさん、そして俺がお風呂を頂く。広い湯舟でゆったり寛いでいると人の気配がした。
「ユウト様・・・ルルもご一緒していいですか?」
「う、うん。いいよ」
背中にルルの気配を感じた。あえてそっちを見ないようにする。ルルがお湯で身体を洗って湯船に入って来た。身体をぴったりくっつけてくる。鼓動が早まるのを抑えられない。
ふう。ルル、おっさんの心臓に悪いよ。
俺たちは風呂から上がり、もう休むことにした。自分の寝床に向かうと、ルルも当然のように付いて来る。夫婦なんだから、一緒に寝るのが当たり前って顔だ。
「なあルル。一緒に寝てて、その、アルさんやリンさんは悪く思ったりしないかな?」
「なぜですか?番なんだから、別々に寝る方がおかしいです」
あ、そうですか。そうなんですね。これが普通ということで。かしこまりました。
「ユウト様はルルと寝るの嫌ですか?」
ルルが心配そうに聞いてくる。そんな顔されたら嫌なんて口が裂けても言えないよ。そもそも嫌じゃないし。
「嫌じゃないよ。目が醒めた時にルルが隣にいると、なんて言うか、愛おしくて、温かくて、幸せな気持ちになるんだ」
「っ!・・・ルルも同じです」
また甘い雰囲気になって来たので、ちょっと話題を変えよう。だって、あまり求め過ぎると嫌われちゃうかもしれないじゃないか。
「明日の朝にも話すけど、帝国に行こうかと思ってるんだ」
「帝国ですか?何をされるおつもりで?」
「攫われた子供たちの件だよ。ここから遠く離れた所で起こった事だけど、他人事とは思えなくてさ」
「そうですね。あの子たちを見てたら弟妹の事を考えてしまいました」
「うん。子供が帰って親も皆泣いてただろう?ああいう事は、やっぱり起きちゃいけないと思うんだよ」
「ルルもそう思います」
「それで、帝国で会ってみたい人がいるんだ。まだ生きていれば、だけど。セルジュさんって言うんだ」
セルジュ・ランガート。最後に会った時、彼は帝国第二騎士団の小隊長を務めていた。
「セルジュさん、ですか?」
「ああ。そう言えば、初めてこっちの世界に来た時の話、途中だったね」
「はい。レッド・ボアの討伐まで三日の間、魔法や剣を使えるようになった所までお聞きしました」
「よく覚えてるなぁ。まぁ、その後はつまらない話なんだけど」
そう前置きして、俺は初めての魔物討伐の話をルルに聞かせた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
三日間で剣と火魔法をなんとか使えるようになった俺は、まだ陽が登る前にエベタドール伯爵邸前の広場にいた。そこには、他に十五名の兵士が集まっていた。
「ユウト殿!準備は良いかな?」
そう声を掛けてくれたのは、この三日俺に剣の使い方を指導してくれたセルジュさん。その周りには、最後の方に訓練に付き合ってくれた顔ぶれが集まっていた。
今から二台の馬車に分乗し、レッド・ボア討伐に向かう。
夕べ、この討伐に参加する全員で作戦会議が行われた。そこには、エリスタ伯爵とリアお嬢様の姿もあった。
討伐隊を率いるのはこの伯爵領付きの兵士の長である、リンダル隊長。三十代半ばで兵の中でも一際身体が大きい。ついでに声もデカい。会議はこのリンダル主導で行われた。
「先の二度目の討伐の際、レッド・ボアの巣を特定できた。今回の作戦はこうだ」
レッド・ボアは夜行性なので、日中は見張り役の数頭を除き巣の中で眠っているはずである。巣には数か所の出入口がある事が分かっている。
土魔法が得意な者が手分けして、一つを除いて他の出入口を魔法で塞ぐ。その間、見張りのレッド・ボアは他の者が倒す。
最も高い場所にある出入口を残しておき、そこから油を注ぐ。巣の全貌が分からないため、油が巣全体に行き渡るかは不明。出来るだけたくさんの油を注いだら、そこに火を放つ。
焼き殺す事が出来ればそれで良い。巣から逃げ出そうとするレッド・ボアは個別に倒していく。出て来る場所が分かっているから、倒す事もさほど困難ではないだろう。
これが、こちら側の被害を最小限に留めつつレッド・ボアの群れを殲滅する作戦だった。
俺はそれをただ聞いているだけだった。素人の俺が何か良い作戦を思い付く筈もないし、これは十分良い作戦に聞こえる。出口を塞いで焼き殺す、っていうのがちょっと卑怯かなと思ったが、相手は既に何人もの兵を殺している魔物なのだ。甘い事は言ってられないだろう。
そして夜明け。本来は一台で十分乗れる人数だが、半分のスペースを油が入った木樽が占めている。俺たちは油の臭いに辟易しながら、馬車の荷台に乗って出発した。
アスタ、下界では燃費悪いみたいです・・・
次回、ユウトさんが初めての魔物討伐(回想の続き)で燃えますよ!
また明日も19時に公開です。宜しくお願い致します!




