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救世の召喚者  作者: 五月 和月
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2 おっさん、魔王になる?

 光が収まると同時に見えてきたのは、石の床。立ってたら危ないんで跪いていたからね。石の床っていうより、全部岩っぽいな。


 仄暗い洞窟のような場所だが、だだっ広い。野球場くらいありそうだ。俺がいる場所がバックネット裏あたりで、バックスクリーンくらいの距離に出口と思しき場所が三角形に口を開けている。


 天井も高い。三十メートルくらいだろうか。真ん中にぽっかりと巨大な穴が開いており、そこから地球ではあり得ない大きさの満月が洞窟内を煌々と照らしている。


 洞窟の壁沿いに、等間隔で松明が揺らめいている。あちこちで囁き声がする。


「魔王様だ・・・」「あれが新たな魔王様」「ああ、ありがたや・・・」


 暗さに目が慣れると、洞窟内にはかなりたくさんの人がいるようだ。


 いや、人じゃないな。頭にケモミミが生えてる。たくさんのケモミミが波のようにゆらゆら揺れている。色んな形のケモミミ。ここはケモナーの楽園だろうか?


 落ち着いて見ると思っていたのと違う。違うと言うのは失礼か。ただケモミミの皆さんは結構お歳を召されているし、集まっている三分の一くらいの人(?)は、お顔もケモノ、いやケダモノである。


 俺がキョロキョロ辺りを見回していると、囁き声がだんだんと大きくなり、遂には歓喜の叫びにまで高まった。


「魔王様!」

「魔王様!」

「魔王様万歳!」


 目の前に跪いていた人物が顔を上げた。見事な銀髪、歴戦の戦士を思わせる厳つい風貌。それに全くそぐわないケモミミ。ケモミミを除けば、ただの強面のおっさんである。


 しかし、おっさんの両目からは滂沱の涙。

 なんだろう。嫌な予感しかしない。

 そしてそのおっさんが感無量と言った感じで声を上げる。


「魔王様!我等を・・・我らをお導き下さい!」


 俺は後ろを振り返って確認する。誰もいない。洞窟の壁しかない。どうやら俺に向かって仰っているようだ。


 ないわー。

 三十年振りに召喚されたら魔王になりましたって、テンプレ過ぎるじゃないか。


 いやそうじゃない。なんで召喚したおっさんを魔王にするのさ。もうちょっとこう、なんかあるんじゃないの?


「いやいやいやいや、ちょっと落ち着きましょう?」


 そう言う俺が一番落ち着いてないかもしれない。しかし、強面のおっさんはそれで少し落ち着いてくれたらしい。


「はっ!これは大変失礼しました。私はアルナージュと申します。狼人族の族長を務めております。どうかアルとお呼びください」


「これはどうもご丁寧に。俺はユウト。ユウト・マキシマです。アルさん、これは一体どういう・・・」


 召喚特典の異世界言語補正は健在のようだ。

 アルさんに事情を聞こうとしたが、大音声がそれを妨げた。


「俺は認めん!断じて認めんぞ!」


 洞窟中に響く低い声で叫びながら前に出て来たのは、ミノタウロス、かな?首から上が牛、身体が人間っていう。


 しかし、そのミノタウロスはデカい。身長二.五メートルはありそうだ。頭以外の全身を、紺色の金属鎧で覆っている。隙間から見える部分は真っ黒な体毛で覆われ、筋骨隆々。右手に子供の身長くらいある刃渡りの戦斧を持っている。


 俺とアルさんの目の前まで来ると、このキンニクタウロスは爛々とした眼を俺に向けた。


「魔王を名乗りたければ、誇り高き戦士たるミノタウロス族の族長、このグラマエルに勝ってから名乗るが良いわ!」


 いや、俺は一言も名乗ってないし。むしろ名乗りたくないんだけど。


「グラマエルさん?ちょっと待っ」


「問答無用!」


 グラマエルは巨大な戦斧を大上段から振り降ろす。一瞬前まで俺が立っていた場所が、戦斧の一撃によって砕け散る。


 目視の転移魔法は問題なく使えるようだ。転移と言っても一メートルほどずれただけだけど。反射的に転移してしまったな。


「あっぶねぇー。ちょっと待って。少しだけ時間を貰えます?」


 俺がそう言うと、アルさん始め大人数でグラマエルを押さえにかかった。次々とグラマエルに吹っ飛ばされるケモミミたち。それでも果敢に足止めをしてくれている。


 俺はその様子を横目で見ながら、まず膝の屈伸運動をする。膝がポキポキ鳴るなぁ。そして伸脚。膝の裏、股関節を伸ばす。そして上体の前後屈。最後に両腕をぐるぐる回し、肩関節をゴキゴキ鳴らす。


 運動不足の五十のおっさんを舐めたらいかん。いきなり激しい運動をすると怪我しちゃうからね。


「よし、準備OK。いつでもどうぞ」


 それまで耐えていたケモミミ達を全員振りほどき、グラマエルが大きく跳躍して俺に戦斧の一撃を食らわさんとする。


 今度は避けない。俺は振り降ろされた戦斧を左手の人差し指と親指で挟んで受け止めた。

「ドン!」という音と共に衝撃が周囲に伝わり、近くにいるたくさんのケモミミや尻尾を揺らすこと揺らすこと。


 そのまま半回転し、左脚で後ろ回し蹴りを繰り出す。ドゴォン!と鈍い音を立て、俺の足が踝の上までグラマエルの腹の金属鎧にめり込む。


 グラマエルは、ケモミミとケダモノの群衆を巻き込みながら、後ろ向きに派手に吹っ飛んで行った。


 やり過ぎてしまった。久しぶりだから力の加減が分からない。百メートルくらい吹っ飛んだかな?生きてるよね?


 俺は転移でグラマエルの所まで移動する。胸が上下しているので死んではいないようだ。良かったぜ。


 俺はグラマエルに再生魔法をかける。この魔法は、対象の時間を巻き戻すものだ。俺は「リワインド」と呼んでいる。使う魔力量が半端ないが便利な魔法だ。


 リワインドをかけられたグラマエル。べっこり凹んだ腹部の鎧が元の形に戻っていく。苦し気な呼吸も安定したものになった。内臓が傷ついていたとしても、これで問題ない。


 その様子を見ていた周りから「おぉ・・・」「さすがは魔王様・・・」といった呟きが聞こえる。


「はいはい、ごめんなさいよー」


 グラマエルが洞窟の出口付近まで吹っ飛んだ(吹っ飛ばしたのは俺だが)ので、俺はどさくさに紛れて洞窟からおさらばしようと試みた。


「お待ちください!魔王様!なにとぞ、なにとぞ!」


 アルさんがこちらに駆け寄りながら情けない声でそう言って来た。周りのケモミミ達も、心なしか縋るような目をしている。


 可愛いケモミミ達ならまだしも、おっさん達だからなぁ・・・そんな目で見られても。


 しかし、オーダーを聞く必要があるので、仕方なしにアルさんの後を付いて行く。


 「オーダー」とは、召喚士の願いのことだ。召喚者にとっては果たすべき使命となる。オーダーには強制力があるのだが、召喚者の魔力量が召喚士のそれを上回る場合は強制力がなくなる。


 重要なのは、オーダーを達成すると元の世界に送り返されてしまう事。地球に戻りたくない俺の場合、迂闊にオーダーを達成してしまわぬよう、その内容をしっかり把握しておく必要がある。


 アルさんに付いてしばらく行くと集会場のような立派な建物があった。石造りの教会のような建物である。これはこのケモミミさん達が作ったのだろうか?


 中に入ると受付のようなカウンターがあり、その奥に木製の扉があった。アルさんに促されて扉から奥に進む。するとそこは、ちょっとした市議会議場のような、半円形に雛壇となった座席、その中心に議長(?)が座るような机と椅子があった。


 座席側の真ん中には、更にその奥に進む扉があり、俺たちはその中に進む。そこは会議室のようなスペースだった。


「ここは我々魔族と呼ばれる各種族が、種族の違いを超えて話し合いを行う場所でございます」


 アルさんが言う。うん、会議室で合ってたな。


 会議室に様々な種族が集まっていた。アルさんは狼人族。その他に犬人族、猫人族、狐人族、兎人族など。ケダモノっぽい種族は、ミノタウロス族のグラマエルのほか、豚頭のオーク族、虎人族、蜥蜴人族、あと鳥っぽい顔の人とか。


 長机の周りに皆が着席する。俺は長辺の真ん中あたり。右隣がアルさん、左にはなぜかグラマエルが座った。


 グラマエルが一言。


「先ほどのご無礼、どうかお許しください、魔王様。私のことはマエルとお呼び下されば。このマエル、魔王様の為に身を捧げる覚悟でございます」


「マエルさん、俺は気にしてないので大丈夫です。あと、身を捧げられても困ります」


 マエルさんは牛がビックリしたような顔をしていたが、このやり取りで場の緊張もほぐれたようだ。


「魔王様、私は狐人族のジャンゲアリ。皆からはジャン婆さんと呼ばれております」


 俺の真正面に座った小柄な狐人族のお婆ちゃんが名乗った。お婆ちゃんだけど、この人のケモミミは可愛いな。三十年振りの召喚で、今初めて「可愛い」と思えた。お婆ちゃんだけど。


「俺はユウト・マキシマ。ジャン婆さんも皆さんも、俺のことは気軽に『ユウト』って読んで下さい、魔王じゃなく」


 周りがざわつく。「魔王様を名前呼びするなんて・・・」「いや、魔王様のご命令とあらば・・・」と呟く声がする。なんなんだこれは。


 だいたい、「魔王」ってのは「魔族」の王ではないのかな?


「あー、誤解があるといけないので最初に言っておきます。皆が俺の事を魔王って呼んでるけど、俺は見ての通り普通のおっさんだし、魔王ってガラじゃないから。少なくとも自分では自分の事を魔王だなんて思ってないからね」


 ジャン婆さんが口元を押さえてフフフと笑っている。周りの皆の目は、なぜか生温かい。


「まお・・・いえユウト様。お望みであれば『ユウト様』と呼ばせて頂きます。皆もそれで良いな?」


 ジャン婆さんが皆の同意を求め、頷きをもって了承された。「様」もいらないんだけどなー。魔王よりマシか。


「それで、なぜ俺は召喚されたのでしょうか?」


 その問いかけに、ジャン婆さんが答えてくれた。


 いわく、三十年前に前魔王が倒された後、魔族の統率が取れなくなった。種族によって考えが異なり、それが元で諍いになることもしばしば。そんな隙を突いて、人族が魔族の領域に侵攻する気配もある。


 各種族の族長が魔族団結の為に度々協議するも平行線に終わる。平和的な解決を望む者、好戦的な者、逆に人族を滅ぼしたい者、我関せずの者。


 そこで、前魔王の統治時代を振り返り、圧倒的な力を持つ者が魔王として君臨し、魔族を統率してもらい、魔族にとって最良の道に導いてもらいたい。


 いや、完全に他力本願だな!


 前魔王は俺が倒しちゃったから、責任がないとは言い切れないかもしれない。しかし、普通は自分たちの中から「王」を決めるものではなかろうか。


 そんな疑問をぶつけると、当然そのように試みたと言う。しかし、あまりに主義主張が異なる種族の集まりなので、それが逆に争いの元になってしまうのだとか。


「前魔王様の統治時代は、決して平和とは言い難く、我々魔族も辛い思いを何度もしてきました・・・しかし、魔族が一致団結し、人族と対等以上に渡り合えたのも確かだったのです」


 うーん・・・前魔王はそんな高尚な感じじゃなく、自分が好き勝手やってただけのような気がするけどな。人族に多大な迷惑を掛け、その結果俺が召喚されて魔王討伐のオーダーを受けた訳だし。


 それでも魔族にとっては良い事もあったというのか。


「そもそも、魔王になるのは『魔族』じゃなくても良いの?」


「魔王様とは、種族など超越した存在なのですよ」


 ほほう。良い感じに言ってるけど、要するに魔族の皆さんって結構適当なのではないだろうか。


「それでも、もし極悪人が召喚されたらどうするつもりだったの?」


 俺の問いに、さも面白そうにジャン婆さんが答える。


「そんな事にはなりません。召喚陣を作り、魔力を注ぎ込む際に、我等の魔王様に相応しい方、という縛りを設けましたので」


 えぇ!召喚って、そんな条件付きで出来るのか・・・初めて知ったわ。


 てか魔王に相応しいって条件で俺が召喚されるってどういう事やねん。


「ですから、我等の願いに応えて来て下さったユウト様は、我等の魔王に相応しきお方なのです」


 アルさんが隣でダメ押しして来る。マエルさんもうんうん、と頷いている。


 いや、マエルさん、あなたさっき思い切り襲い掛かって来たよね?


 そう言われてもなぁ。魔王って言葉のイメージが、ね・・・引き受けたら人族全体を敵に回しそうだし。


 魔族の王たる魔王になり、魔族を最良の道に導く。達成してはいけないオーダーなのだけど、そもそもこんなオーダーは達成できないんじゃないかな?凄く漠然としてるし。それにもし達成したとしたら、魔王、元の世界に帰っちゃうし。


 だが、魔族の皆さんにとっては、引き受ける・引き受けないに関わらず、俺が魔王なのは既定路線らしい。


 断固拒否したい。


 魔王うんぬんは一先ず置いといて・・・


「俺は、まずはこの世界のことを良く知りたい。魔族の皆のこともまだ良く知らないし、人族と魔族の関係も自分の目で確かめたい」


 三十年振りにこの世界に呼んでくれた魔族の皆には恩義を感じる。前魔王をうっかり倒しちゃった件もあるし、無碍には出来ないよな。


「だから俺は、この世界を見て回るよ。話はそれからで良いかな?」


 意外な事に、魔族の皆さんは「それで十分です」と言ってくれた。


 俺は「世界を見て回る」事を言い訳に旅に出ることに決めたのだった。

明日、19時に第三話を投稿します。


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