19 家族になるという事
翌朝。俺の腕の中ではルルが寝息を立てている。伝わって来る温もり、ルルの匂い。愛おしさが込み上げてくる。
部屋の外では朝のばたばたした気配がしている。大勢の子供たちがいるから、リンさんが朝食の準備に追われてるんだろう。
このままずっと寝ていたい。ルルを抱きしめながら。ルルの頭をそっと撫でる。敏感な耳に触らないように優しく。本当は耳をもふりたいのだけれど。
ルルがぱちっ!と目を覚ました。起こしてしまったかな?
「おはよう」
「お、おはようございます」
照れたように布団の中に潜り込む。が、ガバっと布団を跳ね上げて。
「お母さんの手伝いしなきゃ!ユウト様、ごめんなさい!」
ルルはピューっ!と部屋を飛び出して行った。パジャマ姿のままで。俺の幸せな朝の時間は終わったようだ。
昨晩と同じように、十四人の獣人の子供たちと一柱の神様が朝食を摂っている。子供たちは一晩休んで元気を取り戻したようだ。わいわいがやがやしている。俺たちはまたアルさんの私室で朝食を頂いた。
「アルさん、少し話があるんだけど良いですか?」
「もちろん構いませんよ!朝食の後、ここでお話しましょう」
ルルとの事、父親のアルさんにちゃんと言うべきだろう。狼人族の恋愛事情とか、しきたりみたいな物は俺には分からない。もしかしたら何か重大な間違いを犯しているかも知れない。まずい事になる前にアルさんには報告と相談をしたい。
ダイニングスペースに戻ると、アスタがツツツと近寄って来た。
「何か良い事でもあったのか?」
「え?別に何も?」
「ほう?その割には顔がにやけているようじゃが」
アスタが肘で俺の腰あたりをつついて来る。「ほれ?ほれ?」と言っている。
「神様は何でもお見通しなのか?」
「そんなことはない。ただの勘じゃ。神の勘じゃがな」
なにそれ怖い。
「あ、プライベートなんで。ノーコメント」
そう言って、早々にアルさんの部屋に退散する。ルルも付いて来た。
アルさんとソファに向かい合って座る。これは・・・俺が地球ではついぞ機会のなかった「娘さんを僕に下さい!」みたいなシチュエーションじゃないか?話題が話題だけになんか緊張してきた。隣のルルも心なしか表情が固い。
「ユウト様。それでお話というのは」
俺は出された紅茶をごくんっと飲み込んだ。
「アルさん、実はルルのこと・・・」
「お父さん!ルルはユウト様と番になりたいのです!」
なんか、ルルが緊張に耐えられなくなって先走ってしまった。ほら、アルさんが鳩が豆鉄砲喰らったような顔になっちゃったよ。
アルさんも紅茶に手を伸ばし、ごくりと飲み下す。
「ルル、それはとても喜ばしい事ではあるが、ユウト様のお気持ちは?」
喜ばしいんだ。良かったぜ。
「アルさん。俺もルルの事が好きなんです。その、もしお許し頂けるなら、結婚を前提にお付き合いをさせて頂きたいと」
「おお!ユウト様も娘の事を!それはなんとも!」
アルさんが俺の手を両手で包み込み、ぶんぶんと上下に振る。
「それは許して頂けると?」
「許すも何も!大変に名誉な事ですぞ?こちらこそ、娘を宜しくお願いします」
アルさんはそう言ってテーブルにぶつけるくらい頭を下げた。
「それで、式はいつに致しましょう?」
この人はいつもこれだ。って言うか、狼人族の習性なのだろうか?先走るのが。
「もう!お父さんったら!」
「いや、ルル!よくやったぞ。我が一族の誇りだ!」
話が大袈裟になってる気がするよ?いや、俺も軽々しい気持ちでルルを抱いた訳じゃないし、ずっと一緒にいたい気持ちも嘘ではないのだけれど。
「おーい!母さーん!」
リンさんまで呼ばれてしまった。「なぁにー?」と言いながらリンさんも部屋に入ってくる。
「母さん!ルルとユウト様が番になるそうだ!」
「まあ!あらあら、まあまあ!」
リンさんはあらまあを連発しながらルルを抱いている。母娘の目には涙が光っている。予想を超える展開。もうこの勢いは止められない。今日中に狼人族の集落では、俺とルルの事が広まるに違いない。
弟たちと妹も、何の騒ぎかと入って来る。
「わあ!お兄ちゃんになるの?」
妹が無邪気に聞いてくる。ごめんね、こんなおっさんがお兄ちゃんで。
弟たちも「新しいお兄ちゃん!」と言いながら俺に纏わりついてくる。ついこの前、めちゃくちゃ警戒されていたのが嘘のようだ。
もうこれは後には退けない。ここでルルと結婚しないなんて言い出したら、俺はこの魔族領には居られなくなるだろう。
という訳で、狼人族の先走りと勢いによって、俺とルルは結婚することになった。
獣人の子供たちの事を忘れている訳ではない。と言うより、早速今日から子供たちの帰る場所のヒントを得るため、あちこち行くつもりだったのだ。
ところが、アルさんの一言で先延ばしになってしまった。
「今日は宴ですな!」
攫われた子供たちまでが「うたげー!」「ごちそうー!」と騒いでる。小さい子は何の事かは分からないが、とにかく何か楽しい事が起こると思っているようだ。大きい子たちは俺とルルの事を生温かい目で見ている。
「我の勘が当たったようじゃの?の?」
アスタもからかってくる。子供たちと一緒に「宴じゃー!」と騒いでいる。
子供たちも楽しそうにしてるから、もういっか。
「式はまた日を改めてという事で。今日は身内だけでお祝いといきましょう!」
アルさんがもうノリノリである。間違いなくルルより楽しんでいる。俺といったら唯々恐縮するばかりだ。
もう待ちきれんとばかりに、宴はお昼前から始まった。近所の奥様達が料理を持ちより、男衆は酒を持って来る。アルさんの家にはひっきりなしに客が訪れた。
「身内だけじゃなかったの?」
「この集落の半分は親戚ですから」
ルルが少し困ったような顔で教えてくれる。集落の半分って、五百人くらいいるんじゃない?男たちは口々に「おめでとうございます」と言いながら酒を注ぎに来る。注がれた酒を次々に飲んで、俺も酔いが回ってしまう。
子供たちは料理に夢中だ。ふと見ると、アスタが大人に混じって酒を飲んでいる。あんな子供の体で酒を飲んでも大丈夫なのか?
「楽しいのうー!もっと飲もうではないかー!」
大丈夫だった。そして、俺の家を建築中のスティーブも来てくれた。
「ユウト!お前も結婚か!おめでとう!」
「ああ。ありがとう」
「ルルちゃんが言ってたのはこういう事だったんだな」
「ん?どういう事だい?」
「お前が家の相談に来た時、ルルちゃんが『キッチンの高さはルルに合わせて』って言ってたんだよ。料理を作るから、って」
なんと。あの時コソコソしてたのはそういう事だったのか。
「他にも色々とルルちゃんの希望を聞いてるから。家の事は任せておけ!」
「お、おう。頼んだよ」
そしてアスタもやって来た。
「お主も隅に置けんのう。いや、めでたいめでたい」
「ああ、アスタ。ありがとう」
「お祝いに、あの子供たちの帰る場所を探すのを手伝ってやるからの」
「え?そうなの?神の勘ってヤツで?」
「馬鹿かお主は。勘で探す訳なかろうが。これでも我は神じゃからな。まあ、明日教えてやるわ」
うーん。とりあえず今のところ、神らしさは何も見当たらないのだけど。ハリセンで叩かれたくらいだからな。まあ手伝ってくれるのなら有り難く協力してもらおう。
次から次へと客が来る。俺にとって「はじめまして」の人ばっかりだ。ルルは皆顔見知りだから、冗談を言ったり時に涙ぐんだりと忙しい。アルさんとリンさん、それにルルの弟妹たちも、皆からお祝いを言われてずっと嬉しそうにしている。
これが家族なんだな。そして、新しい家族を作るってことなんだ。
誰もが心から祝福してくれているのが分かる。ルルの家族が皆心から喜んでくれてるのが分かる。
そしてもちろんルルも。客の相手が大変だろうに、俺の事を気遣ってくれる。しばしば俺の方を見て、目が合うとにっこり微笑んでくれる。
両親を早く失い人間関係が希薄だった俺は、こういう催しは煩わしいと思っていた。苦手と言った方が正しいかな。親戚が居なかったので、親戚の集まりに出るという機会もなかった。
今のこの状態、正直、煩わしさもある。だけど、それを遥かに上回る気分の良さを感じていた。
ルルと結婚する事で、アルさん達だけではなく、この狼人族の集落の一員として、家族として、認められたという感覚。大きくて温かいものの一部になった感覚。
ふと気付くと、アスタが横に居た。
「ここは本当に良い所じゃのう。獣人たちは皆純粋そのものじゃ。攫われた子供たちですら、お主たちを祝福しておる。良い居場所を見付けたの」
「ああ、本当に。俺は幸運だ。ここを守るためなら、俺は何だってするよ」
「あらユウト様、幸運なのはルルですよ!ユウト様と番になれるんですから」
ルルがいつの間にか俺にぴったりとくっつき、腕を抱きながら言ってくれる。
「お主らは二人とも幸運じゃ。幸運だし、幸せ者じゃな」
神様も俺たちを祝福してくれている。宴はその後も続き、深夜になってようやくお開きとなった。
深夜まで続いた宴の影響でベッドに倒れ込み、そのまま寝てしまったのだが、今朝もルルが一緒に寝ていた。いつの間に!そう言えば、あまりにも酔っ払い過ぎてルルの肩を借りてここまで来た気がする。早速不甲斐ない姿を晒してしまった。
伝わって来る温もり。ルルの匂い。この先ずっとこれが続くのなら、何も言う事はないな。
今朝は慌ただしい気配がしない。昨夜遅かったから、皆まだ寝てるのかもしれないな。リンさん一人、キッチンで立ち働く気配がする。おれはそっとベッドから抜け出した。
キッチンに行くと、やはりリンさんが朝食の準備をしていた。
「おはようございます」
「あら、ユウト様!おはようございます。夕べは遅かったから、まだゆっくりしてらしても良かったのに」
「いえ、目が醒めたので。昨日はありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ。娘を選んで下さってありがとうございます」
リンさんが、腰を折って丁寧にお辞儀してくれる。
「とんでもない!ルルは、俺にはもったいないくらい良い子ですよ」
「あらまあ!嬉しいですわ。そうそう、コピオが手に入ったので、お飲みになりますか?」
「ぜひ!いただきます。あ、お忙しいでしょうから自分で淹れますよ」
「駄目ですよ!台所は雌に任せてお座りになってて下さいな」
おおう。男子台所に入るべからずって昭和の前半みたいだな。お言葉に甘えて待たせて頂こう。
そうこうしてる内にアルさんにルル、子供たちも次々に起きて来た。コピオを飲んでいると頭がシャキッとしてくる。カフェインのような成分が含まれているんだろう。
また昨日と同じ朝食の光景が始まる。子供たちはすっかりこの家に馴染んだようだ。子供の回復力は素晴らしいな。そしてこの順応性の高さ。一昨日の、檻から出て来た時の憔悴や怯えは微塵もない。
あんな酷い記憶は忘れてしまえば良いのだ。楽しい事で上書きして。
朝食も終わったことだし、子供たちを親元へ帰すための作戦会議と行きますか。すでにルルが十四人の子供たちから、それぞれが住んでいた集落の名前を聞き出している。一番幼い子も自分の村の名前を言えたので良かった。
しかし手掛かりはそれだけだ。ルルが町や村の名前を木の板に書いてくれていたが、残念な事に俺の記憶にある名前はなかった。
この魔族領に帝国の詳しい地図などある訳もないので、俺が記憶を頼りに帝国の街に転移し、そこでそれぞれの場所を調べていくしかない。
と思っていたのだが。
「我が手伝ってやるぞ」
アスタが割って入って来た。ふむふむ。どうやって手伝ってくれるのかな?
「お主は行った事がある場所しか転移できんのじゃろ?まずは、その能力をもうちっと便利なものにしてやろう」
そう言うと、紅白のハリセンを出した。アルさんとルルが何事が始まるのかと固唾を飲んでいる。
「スパーン!」
アルさんとルルがびくっ!となっている。アスタが恩寵のハリセーンで俺の頭をひっぱたいた音が部屋に轟いた。
「なあ、アスタ。それって毎回やらないと駄目なの?」
「お、お主、な、な、何を言っておるんじゃ!?当たり前じゃろーが。そ、そうでなければ恩寵のハリセーンの意味がなくなってしまうじゃろ?」
だが、俺はとっくに気付いていた。神器、恩寵のハリセーンが、ただのハリセンである事を。
アスタが、ハリセンで俺の頭をひっぱたきたいだけであることを。
もし、アスタが言うような効果が本当にあるのなら、ハリセンの力ではなくアスタ自身の力で効果が出るのである。ハリセンは、所謂「劇場効果」のようなものだ。
まあ、本人(柱)が満足しているのだから、あまりツッコまないでおこう。
「それで、どう便利になったの?」
俺はアスタに尋ねた。アスタからは、驚きの答えが返って来た。
展開が早過ぎる・・・でもユウトさんは今まで長い間孤独だったので、無意識に「家族」を求めていた、そういう事にしておいて下さい(笑)
次回、ユウトさんの能力がアップデート?!また明日の19時に公開します!