18 色々あり過ぎる一日
「びっくりしたか?びっくりしたじゃろ?わーはっはっはー!」
部屋に入った途端、白髪の子が「してやったり!」な顔で聞いて来た。なんかこの子、見た目と喋り方のギャップが激しいな・・・
「あ、ああ。びっくりしたよ」
「我のような美少女にいきなり抱きつかれて、嬉しかったか?」
「いや、嬉しいとか全くないな。単に驚いただけだよ」
「なんじゃ、つまらんのー」
頬を膨らませながら椅子に座る。俺も向かいの椅子に腰掛けた。
「自己紹介がまだだったね。俺はユウトだ」
「知っておる。ウリエルから聞いておるでな。我はディアスタシスじゃ。長いからアスタで良いぞ」
椅子に座り、足をブラブラさせながらアスタと名乗った少女が言う。
「ウリエル?ってあのウリエルさん?転移の間の?」
「そうじゃ。あれは眷属の中でも優秀なヤツじゃ」
「ってことは、君・・・いや、あなたは・・・」
「次元を司る神、と呼ばれておるな」
「マジで?」
「マジじゃ」
そういえば、こっちに来る時にウリエルさんが何か言ってたな・・・
「えーと、その神様が、こんな所で何をしていらっしゃるんです?」
「アスタで良い。それに堅苦しい話し方もナシじゃ。下界では人族とあまり変わらんからな。こんな所と言ったが、お主が連れて来たのじゃろうが」
「いや、そういう意味じゃなくて。獣人の子供たちと一緒に捕らわれていた理由を聞いているんでs・・・聞いてるんだ」
「それはそのぅ・・・成り行きじゃな」
それからアスタは下界に降りた理由から話し始めた。
俺が前魔王を倒した三十年前から少し経ち、国同士の召喚者を使った戦争が行われていた頃。妙な召喚が繰り返された気配があった。
召喚については眷属に一任していたアスタには、その詳細が分からない。数多の眷属に一人一人聞くのも面倒だったので、その件は忘れていたそうだ。
それから約三年後、それまで大陸各地で盛んに行われた召喚がぴたりと止まった。しかし、妙な召喚の気配は収まらなかった。
「その妙な召喚というのは?」
「それが分からんのじゃ。ただ、普通の召喚と違い、何者かの意図を感じると言うか、召喚が悪用されている感じがしたのじゃ」
戦争で使われるのも十分悪用だと思うが。それ以上に悪いって事なのか?
「やはりこれはちゃんと調べなければと思っての。なにせ眷属の数が多いからな。調べるのに時間がかかったが、眷属が一人居なくなっておるのが分かった」
その眷属は転移の間を任された一人だった。眷属は自らの意思で神を裏切るような事は出来ない。殺されたのか、どこかへ連れ去られたのか不明。しかし、何かが転移の間で起こった事は推測出来た。
「恐らく召喚者が絡んでおるのだろう。そこで、我は三人の眷属を下界に赴かせ、事の次第を調べるよう命じたのじゃ」
しかし、神の眷属と言えども下界では人族と変わらない力しかない。方々に散った眷属たちは懸命に調査を続けていたが、やがてその三人も行方が分からなくなってしまう。
眷属は、神にとって子供のように大切な存在なのだそうだ。これ以上眷属を危ない目に遭わせる訳にいかなかった。
「じゃから、半年ほど前に我自身が下界に降ったのじゃ。しかし、下界に来るのが久しぶり過ぎて、本来の目的をすこーし忘れてしまったのじゃな」
下界は天界に比べて雑多で危険な世界ではあるが、数百年振りに下界に来たアスタにとって、見るもの全てが新鮮で楽しいものに映った。
簡単に言うと、この神様は目的を忘れて遊び呆けていたのだな。うん、イメージ通りだ。
これまでは、他の神の加護のおかげで危険な目には遭わなかったが、帝国北部の獣人が多く暮らす村で女の子と遊んでいる時に、何者かに一緒に攫われたそうだ。
「この髪の色で、獣人と間違われたのかも知れんな!我としたことが、あっさり捕まってしもうたわ。わーはっはっはー!」
「わっはっはー、じゃないよ。神様の力で子供たちを助けられなかったのか?」
「いやそれが、薬で眠らされてしもうてな。気付いたら檻の中じゃ。こんなか弱い美少女が、お主のように檻を素手でこじ開けられるとでも思うたか?」
なんかちょいちょいムカつくな。相手は神様なんだが。小学生の女の子に馬鹿にされてるような気分になってくる。
「いやー、一時はどうなるかと思うたが、お主等が助けに来てくれたおかげで子供等も無事じゃった。礼を言う」
「それならルルに言ってくれ。あの子が騒ぎに気付いたおかげだよ」
「ルルとは、あの狼人族のおなごじゃな?あの者にも後で何か礼をしよう。お主も、何か願いがあれば申してみよ。我が出来ることなら叶えるぞ?」
喋り方はアレだが、アスタは気の良い神様みたいだ。願いを叶えるなんて、気持ちだけでも有り難いよ。ただ何と言うか・・・性格?幼い見た目と、うっかりさんな性格のせいで、イマイチ信憑性がないけど。
「そうだな・・・それなら、俺がこのユルムントの世界に留まり続けるように出来る?オーダーを達成したり、寿命の前に何かあって死んでも、地球に帰らなくて済むように。無理だったら良いんだけど」
「なんじゃ。そんな事で良いのか。んじゃほれ」
アスタはそう言って徐に腰の後ろに手を回した。何もない空間から右手に握られて現れたのは・・・ん?
「恩寵のハリセーンじゃ!ほいっ!」
掛け声と共に、紅白のハリセンで俺の頭をスパーン!とはたく。
「ちょっと待て!ただのハリセンじゃねーか!」
「何を言っておる。これは恩寵のハリセーン。れっきとした神器じゃぞ?」
ハリセンが神器って・・・これ、絶対日本の召喚者の影響だよね?眷属から聞いたのか知らんが、気に入って神器にしちゃったんじゃないの?
「他にもあるぞ。これは懲罰のハリセーン」
白黒のハリセンを取り出すアスタ。
「そしてこれがツッコミのハリセーンじゃ」
普通の白いハリセンをドヤ顔で取り出す。もうツッコミって言ってるじゃん。俺はツッコミのハリセーンをアスタの手から奪い、アスタの頭をスパーン!とはたいた。
「あいた!何をするんじゃ!」
「いや、ツッコミのハリセンって言うからツッコんでおこうかと」
ハリセンを返すと、アスタはそれをぶんぶん振り回して俺の頭をはたき始めた。部屋にスパーン!スパーン!と小気味いい音が何度も響く。
「ふう、すっきりした。言っておくが、これはハリセーンじゃからな。使って良いのは我だけなんじゃからな」
「分かった。覚えておく」
「ところで、お主の願いはもう叶えたぞ。死んでも元の世界に帰れんから気を付けよ。まぁお主はそうそう死なんじゃろうがな」
「そうなの?特に何も変わってないけど」
「恩寵のハリセーンで、お主の隷従の刻印を無効化したのじゃ。初めからなかったのと変わらん。要するに、この世界に生きる物と同じ状態じゃ。召喚者の力はそのままじゃが」
「そうなのか。ありがとう、アスタ」
と言ったものの、半信半疑、いや八割方疑っているのだが。こればっかりは試してみる訳にもいかないしなぁ。
「わーはっはっはー!礼には及ばん。助けてくれた礼じゃからな。それに、お主等には他に頼みたい事もあるしの」
「頼み?なんだい?」
「それは明日にでも話すとしよう。今日は色々あったからな、我も眠くなってきたわい。お主が望むなら、この美少女が添い寝してやっても良いぞ?」
「いや、遠慮しとく」
「なんじゃ、つまらんのー」
「ほら、寝床に案内するよ。今日は他の子供たちと一緒だ。ゆっくりお休み」
広めの部屋に隙間なく敷かれた布団には、獣人の子供たちが既に眠っていた。ゆらゆら揺れるケモミミの海。たまにピクっ!と動くのがまた可愛らしい。はぁ、この海に飛び込みたい。
アスタの為に一人分のスペースが残されていた。俺はそこにアスタを押し込み布団を掛けてやる。また添い寝云々言い始める前に退散しよう。
しかし、布団を掛けるや否や、アスタの寝息が聞こえて来た。眠っていると年相応に見える。俺は「お休み」と囁いて部屋を出た。
広い風呂に一人でゆっくり浸からせてもらう。今日は一日で色んな事があり過ぎた。召喚者の女、シエラの仲間、獣人の子供たち、そしてアスタ。酒が必要だな。
風呂から上がり、あてがわれた部屋に行くとルルがパジャマのような恰好で待っていた。
「ユウト様、今日はお疲れ様でした。お酒が飲みたいんじゃないかと思って」
「ああ、お疲れ様。今日は色んな事があったからなぁ。ルルも疲れただろう。無理して付き合わなくて良いんだよ?」
「ルルは大丈夫です。さっきの人族の子とどんな話をしたのか気になっちゃって」
「ああ、そっか。そうだな。じゃあ少し酒でも飲みながら話をしようか」
そう言うと、ルルは輝くような笑顔を見せてくれた。ルルの笑顔を見ると心が温かくなる。
トルテアの銀狼亭から買って来たはちみつ入り果実酒で乾杯する。すっかりこの酒が気に入ってしまった。
ベッドに座るルルの足元で、床に胡坐をかいて座る。さすがにベッドに並んで座るのは憚られる。すると、ルルもベッドから降りて床に座った。あの、女の子座り?ぺたん座りと言うのか?俺には出来ない座り方で。
ちびちび飲みながら、アスタから聞いた事を話す。
「神様!?あの子が?」
うん、分かる。俺だって未だにそう思ってるもん。
「妙な召喚ですか・・・何なのでしょうね」
「そうだなぁ。アスタ本人も良く分かってないようだし。あの性格だから、ただの気のせいっていう可能性もあるよなぁ」
それは俺の希望でもある。揉め事は避けたいからなぁ。
「本当に、ユウト様は元の世界に帰れなくなったんですか?」
「うーん・・・アスタはそう言うけど、試す事も出来ないし」
「そうですねぇ」
「ねぇ、ルル?」
「はい?」
「もし俺が元の世界に戻されても、また召喚してくれるかな?」
俺の問いに、ルルが少し考える。
「ユウト様はここが好きですか?」
「うん」
「ユウト様は獣人の子供たちのことも好きですか?」
「もちろん」
「ルルの事も?」
「うん。・・・え?」
なんか誘導尋問みたいだったけど。いきなりルルが両手で俺の頬を挟み、俺の目をじっと覗き込んで来る。
「ルルは・・・ユウト様の事が好きです」
真っ赤になった顔でルルが突然告白して来た。
「ルル、それは人としてって言うか、仲間としてと言う・・・」
「雄としてです」
どストレートな返事。
「ユウト様は、ルルを大人の雌として見てくれてますか?」
「それって・・・つまりその、恋愛とか結婚とか、そういう対象として?」
「そうです」
「えっと、ルルはその、歳の差とか気にならないタイプ?」
「全然」
ルルの言葉がどんどん短くなっている。これはごまかしてはいけない奴だ。真剣に答えなければならない時があると言うなら、それは今だ。
「俺はルルのお父さんと変わらない歳だから、ルルをそんな目で見ちゃいけないって自分を抑えつけてたんだよ」
ルルの少し潤んだ瞳が、俺を捉えて離さない。続きの言葉を待っている。
「ルルの事、大切に思ってるのは間違いない。いや、もうはっきり言おう。ルルが好きだ」
言ってしまった。これは日本では犯罪か?いや、好きになるだけなら罪ではない。
「大人の雌として?」
「大人の・・・雌として」
ルルが唇を重ねて来る。唇に力が入った固いキス。俺の頬を挟んだルルの両手に自分の手を重ねる。そしてルルの頬に両手を移す。今度は俺から唇を重ねる。
そうやって、俺たちは初めての夜を迎えた。
色んな意味で早過ぎやしませんか?ユウトさん・・・
次回、孤独だったユウトさんに転機が!明日の19時に公開します。