17 檻の中のケモミミ達+?
少しグロ表現があります。苦手な方、ご注意ください。
時刻は夕暮れ。太陽が地平線の彼方で地面と接している。アンチ・グラビティで木々の上まで浮いた状態から、風魔法を併用して太陽の方に向かって飛ぶ。
抱いているルルが目を丸くして驚いている。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「飛べるなんてルル聞いてません!すごい!」
ルルが大はしゃぎである。飛べるのに、なんで今までシエラの背中に乗ってたかって?実は、今まで一人でしか飛んだ事がないのだ。ルルは軽いから大丈夫かなって思って。
シエラが重そうって言ってるんじゃないよ?二人抱えて長時間飛ぶのはさすがにきついと思ったから。重力魔法と風魔法の併用って、魔法の微妙なコントロールで神経を擦り減らすのだ。
重力魔法はずっと一定の魔力を込める必要があるし、宇宙空間で空気を噴出して方向を変えるように、風魔法を精密にコントロールしなきゃならない。大雑把な俺には苦痛な作業である。だから竜の方が断然早く楽に飛んで行けるのだ。
それでも、森の中を走って行くより空を飛んだ方が早いと思って飛んでみました。
「ルル、こっちで合ってる?」
「はい!ユウト様、あそこ辺りです」
ルルが指さす方を見ると、木々が揺れ土煙も上がっているようだ。木の上に何かが動いてる様子も見える。大きな生物、というかあれが魔物だろう。
その上まで到達すると、重力魔法を解いて地上に降り立った。ルルはお姫様抱っこの状態だ。
周囲の状況を一瞬で把握する。折れた木々。倒れた馬。半分ひしゃげた鉄製の檻。そこに閉じ込められた獣人の子供たち。そして興奮して暴れる大きな猿が二頭。
猿というよりゴリラだな。ただし、体長が十メートルくらいある。昔映画で観た、エンパイアステートビルに登ってたデカい猿のようだ。
映画の奴は知性というか、人に通じる何かを持ってるように描かれていたが、こいつらにはそれがない。大きな牙がある口からは涎を盛大に垂れ流し、目は血走っている。
いつの間にか、ルルがそいつらの一頭に向かっていた。剣を抜いている。子供たちが閉じ込められた檻に向かって、そいつが拳を振り降ろそうとしていた。
ルルが流れるような動きで檻の上に登り、大猿に向かって飛び上がり剣を一閃した。
大木くらいある太さのそいつの腕が「ドサッ!」と音を立てて地面に落ちた。大猿は斬られた腕を押さえて雄叫びをあげている。
もう一頭がルルに飛び掛かろうとしたので、俺はすかさずそいつの横っ腹に蹴りをかました。蹴りのスピードが早過ぎて、そいつの腹を半分以上爆散させてしまった。
血と肉の雨が向こう側の木々に降り注ぐ。エグぅ。そいつはその場に崩れ落ちた。
もうエグい事をやってしまったので、腕を押さえて半狂乱になってるもう一頭にグラビティをかけて圧し潰す。地面が三メートルほど窪み、そこでそいつも血を撒き散らして息絶えた。
ルルの剣戟を初めて見た。素手の戦いと同じように美しい動き。あの大猿に全く物怖じせず立ち向かい、振るった剣は見事としか言いようがない。
ルルは怒らせないようにしようっと。
「ユウト様!こちらに!」
ルルがひしゃげた檻の中を覗き込んでいる。駆け寄ってみると、中の子供たちは片隅に身を寄せ合って怯えているが、全員無事のようだ。
檻は馬車に載せて引いていたらしいな。砕けた車軸が転がっている。馬の方は残念ながら手遅れだった。
しかし、なぜこんな場所にいるんだろう?馬車が来たと思しき南の方角を振り返ると、かろうじて道と呼べなくもない程度の道が確認できる。知らない者にとってはそこが道だとは思わないだろう。それは北へと続いているようだった。
ひしゃげた檻を引き伸ばし、格子の隙間を子供が通れるくらいに広げる。こういう時、召喚者の馬鹿力は役に立つ。ルルに促され、子供たちが恐る恐る外に出て来た。数えてみると十五人いた。
皆、顔や髪、服が随分と汚れてるし、憔悴した顔だ。目には怯えが浮かんでいる。全員が女の子で、見た目は七歳~十歳くらいだ。
中でも年嵩に見える子の何人かにルルが話し掛けてる。俺は全員に浄化魔法とリワインドを掛けた。すっかり綺麗になって元気も回復、とはいかないが多少マシになったかな。
「ユウト様。どうやらこの子たちは、帝国の色んな場所から連れて来られたようです」
親元に今すぐにでも帰してあげたいが、目的地がばらけているのか。さらに、あちこちから腹の虫が鳴るのが聞こえる。皆空腹のようだ。俺も腹が減った。
「ルル。もう陽が落ちるから、とりあえず全員を狼人族の集落に連れて行こうかと思うんだが、それで良いかな?」
「はい、ルルはそれが良いと思います。でも、長距離転移してみんな大丈夫でしょうか」
「うーん・・・それでも、ここに置いて行くわけにいかない。食べ物もないし」
「そうですね。少し気分が悪くなっても、ここよりマシでしょう」
ルルが子供たちを集めて簡単な説明をしている。子供の扱いが上手い。幼い弟や妹がいるからかな?俺は怯えて弱ってる子供の扱いなんて、どうしたら良いか全く分からないから物凄く助かるよ。
ルルを合わせて十六人がいっぺんに俺に掴まるのは無理だ。ルルを置いて、俺一人で先にアルさんの家の前に転移する。丁度アルさんが帰宅した所だったので事情を説明し、アルさんと奥さんのリンさん、二人に家の前でスタンバイしてもらう。
それから転移で三往復した。ルルは最後の組だ。子供たちは全員が転移酔いでぐったりしている。ルルは長距離転移は二回目にも関わらず、もう慣れたようで平気な顔をしている。全員でアルさんの家の中に入った。
近所の奥さんたちが手伝いに来てくれて、アルさんの家のキッチンで全員分の食事が大急ぎで作られる。キッチンのダイニングスペースとリビングに分かれて、子供たちに食事が振る舞われた。
丸二日、水だけで食事は与えられていなかったらしく、皆黙々とがっついている!子供たちが一生懸命食べている様子が嬉しいようで、リンさんや他の奥さんたちも満足げな顔だ。
子供たち全員に食事が行き渡ったのを確認して、俺やルル、アルさん、ルルの弟たちと妹は、アルさんの私室で食事を頂いた。
「しかし、あの子たちは一体なんで攫われたのでしょうねぇ」
アルさんがぼそっと呟く。
「ルルが聞いた話によると、帝国のあちこちの集落から一人か二人ずつ攫われたらしいんですよ。共和国のどこかに連れて行かれる途中だったのは間違いないと思うんだけど」
「馬車の御者や、その他の大人は居なかったんですね?」
「付近では気配を感じられませんでしたね」
俺の言葉にルルも頷く。ルルが気付かなかったのだから、例え大人が居たとしても、既に魔物にやられて死んだか、かなり遠くまで逃げた後だったに違いない。
子供たちが落ち着いたら、もう少し詳しい話が聞けるかもしれないな。
「アルさんの家が広くて助かりましたよ。子供たちを受け入れてくれて感謝します」
「いえいえ!同じ獣人ですし、まして子供ですから。これくらいしかしてあげられないですが」
「さて、問題はどうやって子供たちを親元へ帰すかですね」
せめて、集落の名前が分かれば良いのだが。時間は掛かるが、俺が帝国で行ったことのある場所に転移して、そこで子供が攫われた場所について調べ、徒歩でそこに移動してから転移でここに戻り、また転移で子供を連れて行く。
これを繰り返すしかないのかなぁ。
日本だったら警察に頼るところなんだが。子供が行方不明になればその親は警察に届けるだろうし、全国どこの子であっても、最寄りの警察署に行けば情報が共有されているだろう。あとは警察に任せれば、子供は無事親元に帰される。
帝国にも、騎士団や帝国軍があって、たしか騎士団の方が警察のような役割を果たしていた気がする。ただ、騎士団は帝国帝都とその近くの大きな街しか常駐してなかった筈。もし帝都から遠く離れた場所で攫われたのなら、情報すら届いていないかも知れない。
やはり地道に探して一人一人連れて行くしかないかなぁ。
あと、攫われた理由も気になる。年端も行かない女の子ばかりだし、その理由次第では、また同じような事が起こらないとも限らない。
「さあさあ!みんなお風呂に入りましょうねー」
リンさんが子供たちをお風呂に追い立てている。お腹がいっぱいになって寝てしまう前に風呂に入れてしまおうって事だろう。
「ルルもお母さんを手伝って来ます。カル、トル、リリもお風呂入ろう。ユウト様も一緒にどうですか?」
「い、いや、俺はみんなの後で良いよ。入っておいで」
ルルは裸を見られる事に抵抗がないのかな?俺はあるけど。おっさんだが羞恥心は勿論ある。年頃の女の子の前で堂々と裸になる自信は欠片もない。それに、風呂は一人でリラックスして入りたい派なのだ。
て言うか、ルルの弟妹の名前、初めて聞いたな。どれが誰か分からんけど。
アルさんの家の風呂は、大人がいっぺんに十人以上入れる広さだ。旅館の大浴場ほどではないが、それでもかなり広い。子供なら全員入って湯船にも浸かれるだろう。
ルルが裸で子供の髪をシャンプーしてあげているシーンを想像しながら、俺はアルさんと酒を酌み交わしていた。父親の前で娘の裸を想像するなんて、俺の頭はちょっとおかしいかも知れんな。
などと思っていると、髪とケモミミと尻尾をびしょ濡れにして、バスタオルを巻いただけのルルが部屋に飛び込んで来た。
「お、おい、ルル!」
「ユウト様!獣人じゃない子が一人混じってます!」
「へ?」
「耳も尻尾も付いてません!人族の子です!」
なんだとぉ?なぜ今まで気付かなかった、俺!
「そ、そうなのか。とりあえず、湯冷めするからお風呂にゆっくり浸かっておいで。後でその子と話をしよう」
ルルはペタペタと裸足の足跡を残しながら風呂に戻って行った。獣人の子が十四人と人族の子が一人、か。その子も他の子と同じように攫われたのだろうか。周りが獣人ばかりで心細かったかも知れないな。可哀想に。後でゆっくり話を聞いてみよう。
風呂から上がった子供たちのうち、まだ小さい子はリンさんとルルがタオルで頭を拭いてあげている。比較的大きな子たちは自分で拭いている。
人族の子、と言われた子は、獣人の子供たちの輪から少し離れた所で自分で頭を拭いていた。髪の色は真っ白だ。眉やまつ毛も白い。風呂上りで肌は少し上気しているが、やはり白い。
年の頃は十歳くらいだろうか。可愛いとも美しいとも言える顔立ちをしている。エメラルドグリーンの瞳で、さっきから俺の方をじっと見つめている。無表情で。
なんか俺、悪い事でもしたかな?
綿のゆったりしたワンピースのような服を与えられたその少女が、ペタペタと音をさせながら裸足で俺の方に歩み寄って来た。と思ったら、いきなり抱きついて来る。
「お父さん!」
はい?誰が?誰の?
俺は軽くパニックになった。ルルが「何事?」という顔でこちらを見ている。アルさんやリンさんも。
待て待て。子供どころか結婚した覚えもないぞ?過去に関係を持った女性はいるが、子供が出来たなんで話は聞いたこともないし・・・いや、そもそもここは異世界、しかも三十年振り。こんな歳の子供がいる訳ないじゃないか。
「冗談じゃ」
白髪の子は、俺を見上げてニマっと笑った。
「お主と話がある。場所を変えよう」
そう言って俺の袖を掴み、別の部屋へ行こうとする。ルルが慌てて駆け寄って来る。
「なんか、この子が俺に話があるらしい。ちょっと聞いてみるよ」
ルルにそう言い置いて、二人で別の部屋に向かった。
この子は一体誰なのか・・・?
次回、この子の正体が明らかに!また明日の19時に公開します。