15 引きが強いのは俺じゃない
翌朝、陽が昇ってすぐ、俺たちはアルさんとリンさん、子供たちに挨拶して家を出た。
シエラの集落があるアナトリ山脈は、ガルムンド帝国とコンクエリア共和国を隔てる山脈の東側である。
幸運な事に、俺は帝国北東部のダンジョンに潜った事がある。そこからアナトリまでどれくらいあるか分からないが、この魔族領から竜化したシエラに乗って行くより遥かにマシだろう。
昨日はトルテアの街から狐人族の集落へと転移したが、今回は距離が段違いである。シエラが命からがら辿り着いた道のりを一瞬で移動するのだ。しかも三十年以上前の記憶に頼って。
俺は、ちょっと自信がなかったので先に一人だけ転移した。転移は成功したのだが、イメージが悪かったのか、雑念が入ったのか、ダンジョンの最深部に転移してしまった。まあ、この辺りで印象に残ってるのはダンジョンだけだから、仕方ないと言えば仕方ない。
このダンジョンは六十階層で、十階毎に階層ボスが居る。階層ボスを倒すと転移魔法陣が現れ、一階層に移動できる。
三十二年前にここへ来た時と同じ階層ボスが目の前に居た。それは巨大なサイクロプス(一つ目巨人)だった。突然現れた俺に、そいつもちょっと面食らった顔をしている。遊んでいる暇はないので、強力なグラビティで圧し潰してやった。合掌。
貧乏性なので魔石はきちんと拾い、現れた魔法陣で一階層に戻って、朧げな記憶を頼りに出口へ向かう。一階層や出口付近には結構な数の冒険者たちが居た。朝早くからご苦労さん。
ダンジョンを出て、出口付近の景色を目に焼き付ける。そしてアルさんの家の前に転移で戻る。
「ユウト様!遅いから心配しましたよー」
ルルが俺に駆け寄って来る。昨日の事があってからルルの事を意識してしまう。いかん。俺は立派な大人なんだ。自制しなければ。
「ユウトさん、大丈夫でしたか?」
シエラも心なしか心配そうに聞いてくれる。こっちは多分、転移が成功しないとまた飛んで行かないといけないからだと思う。
「ああ、二人とも待たせたな。ちょっとトラブったが問題ない。さあ、行こうか」
二人に掴まってもらい、先ほどのダンジョン入口付近に転移した。
突然現れた二人の美少女とおっさんに冒険者たちは釘付けだ。お前ら暇だな。相手するのも面倒なので、目視で離れた岩陰に転移した。
「二人とも、大丈夫かい?」
かなりの距離を移動したので、転移酔いをしてるかもしれない。今回はさすがのルルも少し青い顔をしている。シエラは今にも吐きそうだ。おい、ここではやめてくれ。俺はそういうの貰っちゃうタイプなんだから。
「わたし・・・うっぷ」
シエラは最寄りの木陰に走って行った。
「ルルは・・・なんとか大丈夫・・・です」
本当か?無理すんなよ?
「少し休もうか」
ルルを座らせ、岩にもたれかからせる。ここからはシエラに竜化してもらい、まずはシエラの集落を目指す予定だ。何か情報が得られるかも知れない。
結局、主にシエラの転移酔いが治まるまで三十分ほどかかった。その間にシエラに話を聞いたところ、ここからシエラの集落までは、竜化して飛んで行けば二時間弱で着けそうらしい。
俺はマジックバッグからパンゴル用の鞍を出した。
「えーと、ユウトさん?それは何ですか?」
「え?パンゴルの鞍だけど」
「それをどうするのですか?」
「竜化したシエラの背中に付けられないかな、と思って」
「私は乗り物じゃありません!」
「だってお前硬いんだもの・・・鱗が尖ってて、お尻にチクチク刺さるんだよ?」
ルルが俺をジト目で見ている。女子の背中を「硬い」と言うなんて、って顔だ。仕方ないじゃないか。おっさんの尻はデリケートなんだよ。しかも今回は長丁場だし。
シエラが少し泣いていた。しかし妥協は出来ん。労働環境を良くする事は、即ち生産性の向上に繋がるのだ。特に何かを生産する予定ではないのだが。
「まあ、ここは俺たちを労うつもりで我慢しれくれないかな?」
シエラが渋々といった感じで頷く。気が変わらない内に竜化してもらい、背中に鞍を取り付けた。あんな目をしていたルルが真っ先に乗りやがった。しかも前に。ドラゴに乗ってた時の席順が染み付いてるんだな。
目の前で揺れるルルの耳と尻尾を見れるので、俺も特に不満はない。
文句も言わずに運んでくれるという点ではドラゴの方が間違いなく優秀だったが、時速二百キロに迫ろうとする速度で空を飛ぶ竜は、移動手段としては転移を除けばこの世界では最速だ。
俺たちは振り落とされないようにするのが精一杯だった。たぶんシエラはちょっと怒ってたんだろうね。
過ぎ去る景色を見る余裕がようやく出て来た頃には、アナトリ山脈のコンクエリア共和国側の中腹にあるシエラの集落はもう目の前だった。
徐々にスピードを落とし、ホバリングの状態からゆっくりと着地する。俺たちが降りて鞍を外すと、シエラは人の姿に戻った。
「うーん・・・誰も居ないようですね。黒竜様の元へ向かう前に仲間に警告を頼んでいたから、みんな一時的に避難しているのかも知れません」
この集落は、棚田のように段々になった平地部分に家々が並んでいる。全部で三百くらいあるだろうか?思っていたより多くの竜族が住んでいるようだ。
山の中腹と言っても、ここは地上から四千メートルくらいの高さがある。プロのロッククライマーでも難儀しそうな切り立った崖ばかりの山なので、竜のように飛べる者でなければここまで上がって来れない。守りは完璧に見える。
「私の家で少し休んで行きましょう。家の様子も見たいので」
シエラに促され、一軒の家にお邪魔した。ブロック状に切り出したような岩を組んで出来た家である。外側は無骨だが、家の中は木がふんだんに使われていて温かみがあった。
高地なので気温が低い。シエラは暖炉に火を入れてくれた。ルルが火に手をかざして暖を取っている。
温かい紅茶を頂きながらパチパチと燃える火を見ていると、身体が弛緩して眠くなってくる。これが夜なら酒でも飲みたいところだが、残念な事にまだ午前十時くらいだ。
シエラもぼーっと火を見つめている。捕えられた仲間の事を考えているのだろうか?
紅茶も飲み終えたので、俺は「さてと!」と言って立ち上がった。
「ここからまた、シエラに頑張ってもらわなきゃな。ルルには、地上の様子に注意を払ってもらう必要がある」
ここでふと気付く。俺、やる事ないじゃん。女子二人に働かせて、おっさんが何もしないのは少し気が引けるが・・・たまには良いか。若い者に頑張ってもらおう。
家の外に出て、竜化用に作られた広いスペースでシエラに竜化してもらう。今度は、鞍をささっ!と取り付けた。さっきと同じ、ルルを前に乗せて飛び立つ。
地上の様子を伺いながらなので、シエラにはゆっくりと飛んでもらった。集落と同じくらい、地上四千メートルの高さだ。
「ルル、地上の様子が分かる?」
「はい、なんとなく分かります。さすがに音は無理かもしれません」
なんとなくでも凄いよ。俺なんか、色の違いが大雑把に分かる程度なんだから。
飛び始めて五分も経たない内に、ルルが何か見つけた。
「ユウト様!あそこ!あそこに人がいるようです!」
ルルが指さしてくれるが、俺には何も見えない。
「シエラ!ルルが人を見つけたみたいなんだが、分かるか?」
シエラが下を見ながらその場でゆっくり旋回する。目標を見つけたのか、急降下の姿勢になる。
「シエラ!離れた場所に降りてくれ!」
遊園地のジェットコースターなど比較にならない速度と角度でシエラが急降下する。俺たちが乗ってる事忘れてるんじゃないか?
地上が近付くと、シエラは器用に翼を広げ、エアブレーキとアンチ・グラビティを併用してなるべく音を立てないよう地上に舞い降りた。ちょっとシエラの事見直したぜ。
ルルが見つけた「人」との距離は、およそ五百メートル。俺たちが地上に降りた時、その人物は丁度森の中に入って行く所だった。今度は俺にも見えた。相手は一人だ。
「北に向かっているようだな」
二人に聞こえる程度の小声で囁く。
「あの赤毛・・・見覚えがあります。この前私の仲間を連れていた女だと思います」
なんだと?いきなりビンゴなのか?俺は元の世界ではギャンブルやくじ引きはからっきし駄目だったのだが。
「気付かれないよう、距離をとって後をつけましょう」
ルルが狩人っぽい提案をする。俺たちは目で頷き合い、その女を注意深く尾行した。
森の中で、例の女を尾行する事二日。
最初は探偵の真似事をしてるようでワクワクしていたが、すぐに飽きてしまった。女は黙々と森の中を歩いている。数時間ごとに休憩し、夜になったら結界を張って野営する。警戒する様子はなく、暢気に焚き火などしている。
俺たちは気付かれる訳には行かないので、それを遠目に見てるだけだ。
誰かと合流する様子もない。特に急いでいるようにも見えなかった。まるで森歩きを楽しむハイカーのようだ。こっちはそれどころではないのだが。
ずっと気付かれないよう気配を消して追っているが、さすがは狼人族と竜族。体力は人の比ではないようだ。俺はおっさんだが、二十一回も召喚されてるから体力には問題ない。
あの女が召喚者だとして、転移魔法を使えないのは明白。ハイキングが趣味なら話は別だが、女の様子ではどこかに「帰る」途中ではないかと思える。転移が使えるなら使っているだろう。
何度か大型の魔物に遭遇したが、魔法を使わず剣で瞬殺している様子から、攻撃魔法のレパートリーはそれほど多くないのかも知れない。
剣速は確かに早いが、俺に見えない程ではない。全力ではない可能性ももちろんあるが。
最も気になるのは、あの警戒心の薄さだ。何度も通い慣れた道を歩いているかの如く、足場の悪い場所は未然に避けている。そういった感知能力に非常に長けているか、本当に通い慣れているかのどちらかだろう。
感知能力が長けているにしては、魔物への対応がやや大雑把だし、俺たちに気付いている様子もない。やはり何度も通った道だからではないだろうか。そういった事から、女はどこかに帰る途中だと考えたのだ。元来た方向には山しかないのだから。
女は何か目的があって、あの山の近くへ来た。目的を達したかどうか分からないが、今はどこかに帰る途中。さらにこの行程は何度も繰り返されたもの。
そして女は召喚者だ。大型魔物を一撃で倒せる力があり、竜族を従魔術で従える魔力がある。転移は使えない。攻撃はおそらく剣がメイン。今分かるのはこれくらいだ。
このまま女の尾行を続けるべきか?それとも、誰かと合流する前に制圧し、竜族の居場所を聞き出すべきか?
三人で話し合う。もちろん囁くような小声で。
「このまま女の後を尾行するより、仲間と合流する前にここで押さえてシエラの仲間の居場所を聞き出した方が良いんじゃないかと思うんだが」
「そうですね、ルルもユウト様のお考えに賛成です」
「私もそう思います」
「話が出来ればそれが一番良いかなって思うんだけど」
「そうですね。逃げられるのは不味いですし、相手に怪我をさせたり殺してしまえばシエラさんの仲間の居場所が聞けませんし」
「うん。とりあえず俺が話をしてみよう」
「ユウトさん!それなら私が行きます」
「いや、シエラだと感情的になってしまうんじゃないか?」
「ユウト様だと、大人の雄だから警戒されるかもしれないです。ルルが話し掛けてみます」
「いや、それは危険だよ」
「大丈夫です!森で迷った獣人のふりをしますから」
うーん。確かに、シエラだと感情が先走る恐れがあるし、俺だと警戒されて逃げられるか、いきなり戦闘になる可能性もあるんだけど・・・
アルさんの家で、ルルが俺を守りたいと言っていた(実際に言ったのはアルさんだが)のを思い出す。危険だからとあまり過保護にしては、またルルの機嫌を損ねるかも知れないしなぁ。
「うん、分かった。ルルに任せるよ。ただし、いつでもフォロー出来るように近くにいるから」
「はい!任されました!」
今は午後三時くらいだろうか。森の中だから時間が分かりにくい。完全に陽が落ちてしまう前に行動に移した方が良いだろう。
「シエラはこのままここで待っててくれ。俺とルルは、シールドで身を隠しながら女の近くまで行く。タイミングを見計らって、ルルが女に話し掛ける。俺はすぐ近くで身を隠していつでも飛び出せるようにする。これでいいかい?」
ルルとシエラの目を見ながら確認する。二人が頷いた。作戦を開始する。
竜の背中は固い・・・
次回、ユウトさんが暴れます!また明日19時に公開します。
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