13 ドラゴの意外な一面
銀狼亭の俺の部屋に戻って来た俺たち三人。俺とシエラが椅子に座り、ルルはベッドに腰掛けて脚をブラブラしている。ちなみに部屋にあった椅子は一脚だけだったので、ルルが部屋から持って来てくれた。
正義感に溢れる主人公だったら、悩むことなくシエラの手助けをするのだろう。生憎と俺は、正義感で直情的に動くには歳を取り過ぎた。
助けてやりたい気持ちがない訳ではない。ただ、何となく気分が乗らないだけである。
「ユウトさん・・・」
腕組みをし、目を瞑って考える俺に、シエラが堪らず声を掛ける。
「俺が考えるに、その従魔術を操る女は、シエラの同族たちをすぐにどうこうする事はないと思う。竜族を捕えて従魔術で従えてる事を隠す気もないようだし」
従魔術を喰らって森に落ちたシエラをその女は追って来なかった。生死を確認する事すらしなかった。もし、竜を従えている事を秘密にしたければ、それを知ったと思われるシエラを放ってはおかないはずだ。
自分の従魔術に絶対の自信があるなら考えられなくもないが、だとしてもそんなリスクを放っておくような奴はただのアホである。
そして、知られても構わないという事は、知られる事がその女(またはその背後にいる何者か)の目的に影響しないという事である。
もしかしたら、既に目的を達しているのかも知れない。
シエラには、安心させる為に暗に同族は無事だと言ったが、俺は真逆の事を考えていた。捕えられた竜族たちは、すでに殺されている可能性を。
もし秘密にしたければ証拠を消すのが手っ取り早い。もし目的を達成したのであれば、用済みとなった竜族たちを始末する可能性が高い。いずれにせよ、今すぐ行動しても手遅れだろう。
しかしこんな考えをシエラに伝える訳にはいかない。確信している訳じゃないし、竜族を従えている理由が分からない以上、全員無事である可能性も大いにあるのだ。
「じゃあ俺は今からアーロンの所に行ってくる。二人はここで待ってて貰えるかい?」
「ルルも行きます!」
ルルがすっくと立ち上がる。
「いや、ルルはここでシエラを見ててくれないか、心配だから。頼むよ」
「・・・分かりました」
ルルのミミがしゅんとなる。ごめんな、ルル。シエラを一人にすると勝手に行動してしまいそうで危なっかしいんだ。アーロンの所に連れて行くと突っ込んだ話がしにくいし。
俺は二人を残し、冒険者ギルドへ向かった。
わずか五分の距離なので歩いて行く。歩いている間に、俺の中である思いが沸々と湧いてきた。
考えなければならない事があるのに、別の事に気を取られてしまう。そう、現実逃避である。別の事に夢中になっていると、本来の課題に対して良いアイディアが浮かぶ事だってあるんだ。現実逃避はあながち悪い事ばかりではない。
今俺の頭を占拠しているのは「家が欲しい」という考えだった。
召喚されてから、魔族のお宅に泊めてもらい、その後は野営、そして銀狼亭と本当の意味で寛げる自分の場所という物がなかった。ずっと一人じゃなかったというのもあるだろう。
ルルと一緒なのが嫌という訳じゃないが、たまには一人になりたい。落ち着ける場所、拠点になる場所、帰りたいと思える場所が欲しい。そう思うと居ても立っても居られなくなってきた。
冒険者ギルドの受付に行くと、今日は誰も並んでいなかった。午前十時ごろというこの時間は中途半端なのかも知れないな。昨日と同じ眼鏡を掛けた受付嬢さんが、
「あ!ユウトさん!いらっしゃったら、ギルマスの所にご案内するよう言われてます」
と言って、二階のアーロンの執務室に案内してくれる。もう場所は知ってるんだけど。
受付嬢さんがドアをノックして、「ユウトさんをお連れしました~」と言うと、中から「入れ」と声がした。受付嬢さんにお礼を言って中に入る。
アーロンは既にソファに座っていた。俺も向かいに座る。
「ユウトさん、今朝は助かったよ。それで黒竜には会えたのか?」
俺は黒竜の謎の言葉を伝える。
「あんたに頼めって?そりゃまたどう言うことなんだろうな・・・」
「俺も訳が分からないよ。シエラに手を貸してやりたい気持ちもあるんだが、相手の正体と目的が分からな過ぎて、どうしたもんか悩んでるんだ」
「確かに、コンクエリア共和国はよく分からん国だしなぁ。あの戦争中に、えらく強ぇ召喚者が北の七か国を併合して出来たっていう話だし」
「そうなのか?召喚者が・・・」
「ああ、そういう話だ。俺も詳しいことは知らないんだが、他にも何人か強い召喚者がいるって噂だ。しかし、国境を接する帝国に侵攻しようとはしなかったようだ。それも理由がよく分からん」
他国を滅ぼし、新たな国を興すくらいの召喚者なら、帝国と言えども支配下に置くのはそれほど難しくないだろう。確かによく分からんな。
うん?召喚者か。竜族を従魔術で従える程の魔力を持つ者。召喚者だったら十分あり得るな。
「なあ、アーロン。シエラが言ってた、竜族に従魔術を使う女って、召喚者の可能性はないかな?」
「ああ。俺も今それを思い付いた。あんたみたいにとんでもない魔法を使う召喚者なら、可能性はある。というより、普通の人族より召喚者と考えた方が合点がいく」
「やっぱりそうだよなぁ・・・」
竜族を従える程の魔力を持つ召喚者か。何回目の召喚者なんだろう?そいつが敵対する可能性があるのだろうか?嫌だなー。
「まあ、ここらで調べるより、帝国で調べる方がよっぽど情報があるんじゃないか?国境を接してるんだし」
「そうだな。帝国に行って調べるしかないか」
俺が帝国から逃げ出してきた召喚者の生き残りだと思ってるアーロンは、俺の言葉を複雑な気持ちで聞いていたようだが、実は単に面倒臭いだけだったりする。
「ところでアーロン。もう一つ魔石を買い取ってくれないか?」
「ああ、別に構わんが。金が必要なのか?」
「ちょっとやりたい事があってな」
そう言いながら、俺はマジックバッグから直接魔石を取り出す。この大きさの魔石なら、普通にリュックから出したと思うだろう。この前のヒュドラの魔石と同じくらいの大きさで、オレンジ色が美しい魔石だ。
「この前のヒュドラと同じダンジョンで獲ったサラマンダーの魔石だ」
アーロンは人を呼び、鑑定に回してくれた。
「これは、今朝の竜討伐の報酬。それに、あんたとルルのギルドカードだ」
アーロンは、俺に金貨五枚とギルドカード二枚を手渡してくれた。報酬の話はすっかり忘れてたぜ。律儀な男だな。
カードを見ると、ランクがEからCになっていた。ルルはEランクだ。
「あんたの実力は、AどころかS、いやSSランクでも足りないくらいだろう。だが、ギルマス権限ではCランクまでしか上げられないんだ。Bランク以上は試験を受けて貰わなきゃならん。ルルもBランク以上の力があると思うが、新規だから仕方ない」
「いや、十分だよ。ありがとう」
「あんた達みたいな実力者は、是が非でも冒険者ギルドで囲いたいんだがなあ。優秀なヤツは身勝手で我が強いヤツばっかりだから」
「冒険者ねぇ。まあ考えておくよ」
魔王、冒険者になる、か。どの国にも縛られず、気ままに冒険者稼業をやるのも悪くないかもしれないな。いつかルルにも聞いてみようかな。
そんな話をしていると、サラマンダーの魔石の鑑定が終わったようだ。昨日と同じ女性がトレイに革袋を載せて持って来てくれた。
「ほい、これが買い取り金だ」
中を確かめると、金貨が二十五枚入っていた。竜の討伐報酬と合わせて金貨三十枚。昨日の残りと合わせると五十枚近くある。これだけあれば家を建てるのに足りるだろう。
アーロンは、他のギルドマスター宛に紹介状も書いてくれていた。こいつは世話好きの良い奴だ。
最初に出会ったギルマスがアーロンで本当に良かった。この世界の人族が、皆アーロンみたいだったら良いのだが。
俺はアーロンに世話になった礼を言い、この街に来た時はギルドに顔を出すことを約束した。
また、守りたいものが増えてしまったな。
銀狼亭に戻ると、俺の部屋で何やら騒いでる声がする。
「止めないで、ルルちゃん!」
「駄目です、ユウト様がもうすぐお帰りになりますから!」
「私は仲間を助けに行くのー!」
部屋に入ると、シエラを後ろから羽交い絞めにしているルルと目が合った。目で助けを求めている。
「何を騒いでるんだ?」
シエラがまたもや涙目になっている。怒りながら泣いているようだ。器用な奴だな。
「私は一人でも仲間を助けに行くんです!黒竜様は当てに出来ないし、ユウトさんも手を貸してくれなさそうだし、もう一人で行くしかないんですぅ!」
「誰が手を貸さないって言った?」
俺がそう言うと、シエラが動きをピタッと止めた。ルルが俺の方を見てニンマリしている。
「ほら!ルルが言った通りでしょ?ユウト様はきっと助けてくれるって!」
あー、手を貸すとも言ってないんだけどね。でも、ルルも俺がシエラを助けると思ってたのか。なら仕方ないな。会ったばかりのシエラは別にして、ルルの期待には応えたいと思ってしまうおっさんがここに居た。
「だが、その前に行く所がある。出かける準備をしてくれ」
そう言って二人を促す。俺は荷物を持ち、受付のおばちゃんに世話になった礼を言って、パンゴル小屋にドラゴを迎えに行った。
ドラゴは俺を見ると、「きゅーぅ!」と鳴いた!こいつ鳴けるのか!しかも声が可愛いぞ!俺が近付いて撫でると目を細めて嬉しそうにしてくれる。くぅっ!爬虫類は愛でない信条の俺だが、ドラゴは別枠に入った。もちろん愛でる方の枠である。
「くそっ!ドラゴ!お前は可愛いなー!」
俺がそう言いながらドラゴの首に抱きついていると、生温い視線を感じる。ジト目のルルと、不思議なものを見る目のシエラであった。
「ウォホン!二人とも、出発の準備は出来たか?」
俺は声に精一杯の威厳を込める。時すでに遅しの感が否めない。気を取り直してルルに尋ねる。
「なあルル、ドラゴがさっき鳴いたんだけど、パンゴルって鳴くの?」
「ええ、懐いた相手には鳴くらしいですよ!ユウト様、ドラゴに懐かれたんですね」
そうだったのか。ルルが半笑いなのがちょっと気になるが。
「ところでユウトさん、今からどこに行くんですか?」
シエラが聞いてくる。
「ああ、一度魔族領に戻って考えをまとめる。気が急くだろうが、少し時間をくれ」
そう言って、二人に俺に捕まるよう促す。ドラゴは俺が首を抱いてやる。そして魔族領の狐人族の集落に転移した。
狐人族の集落について、まずドラゴを返した。ちょっと名残惜しいが、またすぐ会えるさ。
「ルル、狼人族の集落は近い?」
「ええ。ここから一時間ほど西に行った所です。ご案内しますか?」
「ああ、頼む。シエラ、竜化して乗せてくれるか?飛んで行けばすぐだろう」
「いいですよ!はいっ」
俺とルルは、竜化したシエラの背中に乗る。狐人族の集落は突然現れた竜にちょっとした騒ぎになっていたが気にしない。
「あそこです!」
十分ほど飛ぶと、ルルが風に向かって叫ぶ。早い。シエラに乗せてもらって正解だったようだ。しかし、乗り心地は良いとは言えないな。何せ鱗が硬い。
集落の開けた場所に着地する。ここでも突然飛来した竜に大騒ぎになった。村の大人たちが大慌てで武器を持って集まって来る。
ルルとずっと一緒だし、アルさんにも何度も会っていたのでうっかりしていたが、何気に狼人族の集落は初めてである。
俺とルルがシエラの背中から飛び降りると、アルさんの姿が見えた。シエラも人の姿に戻る。
「ルル!ユウト様!」
アルさんが満面の笑みで駆け寄って来る。竜の姿も消え、族長が親し気なので皆警戒を解いたようだ。
「お父さん!」
ルルも約二十日ぶりに会う父親に嬉しそうに声を掛ける。俺はアルさんに向かって話し掛けた。
「アルさん。ご相談があって伺いました。突然ですみません」
「ああ、ユウト様!構いませんよ、どうぞ家においで下さい」
快く迎えてくれたアルさんの好意に甘え、俺たちはアルさんの家に向かった。
ドラゴ、いつの間にかユウトさんの事を気にっていたようです(笑)
次回「守りたい人、守られたかった人」明日19時に公開します!
いつもお読み下さり心から感謝いたします。読んで下さる方がいらっしゃる事が一番の励みです。