11 竜の襲来
けたたましい鐘の音で目が醒める。窓の外を見るがまだ薄暗い。もう少し寝かせてくれ、と二度寝をかまそうとすると、ドアが勢いよく開けられ、ルルがネグリジェのような姿のまま部屋に飛び込んで来た。
「ユウト様!あれは一体何の音ですか!?」
狼人族は音に敏感だからな。聞いたことのない音だから怯えているのかも知れない。
「ん~。何だろうねぇ~」
気のない返事をして布団を被り直すと、ルルが青い顔でベッドに潜り込んで来る。温かい体温が気持ち良くて、また眠りに落ちそうに・・・
カンカンカンカン!「竜だー!!」
俺はガバっと起き上がった。竜?
「おい、ルル。今『竜』って聞こえなかった?」
「はい、聞こえましたね」
「様子を見に行こう」
俺たちは身支度を素早く整え、銀狼亭から飛び出した。外に出ると鐘の音が一層うるさく響いている。南の方で鳴らされているようだ。同じように建物から出て来た人々が不安そうな顔でまだ暗い南の空を見つめている。
竜と言われれば、昨日谷で出会った黒竜を思い出す。あいつは見かけは恐ろしいが、街を襲うような感じではなかったけどな・・・
南入口前の広場まで行ってみると、野次馬が大勢集まっている。石垣の百メートル程先で、長い首と大きな翼を持つ生き物がホバリングしているのが見えた。
昨日の黒竜ではない。大きさが全然違う。黒竜の半分もないな。
「なあ、ルル。竜って山から降りて来ないんじゃなかった?」
「ルルはそう聞いていましたけど・・・間違ってたんでしょうか」
今日のルルは怯えていない。黒竜ほどの迫力が感じられないからかな?
「ユウトさん!それにルルも!良かった」
聞き覚えのある声に振り向くと、ギルマスのアーロンだった。
「よう、アーロン。おはよう」
「アーロンさん、おはおうございます」
「ああ、おはよう、じゃなくて!あんたら何でそんなに落ち着いてるんだよ!?」
「「え?」」
「え?じゃなくて!あんたらも見えてるだろ!竜だよ!」
「ああ、竜だね~。まあまあアーロンくん。落ち着き給えよ」
アーロンを落ち着かせ、少し話を聞いてみる。竜がトルテアの街に襲来するような事は滅多になく、アーロンが二十年程前にこの街に来てから初めてらしい。
「前に竜が来た時、街は半壊し、死傷者が多数出たと記録にあるんだ。確か五十年以上前の事だったと思う」
なるほど。それであの慌てぶりだったんだな。
「あんたらが街に居る時で良かった。あれを頼めるかい?」
「ええー・・・」
俺は、個人的に竜という生き物が好きなのだ。愛おしいというのとは違い、あの格好良くて神々しい感じが。だから手出ししたくないんだけど。あんまり乗り気になれないなー。
「頼むよ!ギルドから報酬も出すし、国からも報奨金が出るぞ」
アーロンに背中を押されながら、渋々南入口の方へ進んで行く。そこには冒険者たちが武器を携えて集まっていた。
入口から向こうを見ると、手に槍を持った兵士たち十人くらいが、半円状に竜を囲んで威嚇していた。竜の迫力に押され少しづつこちらに近付いている。入口からの距離はもう五十メートル程だ。
「ユウト様・・・あの竜、首に従魔の紋章があります」
「マジ?よく見つけたな・・・魔族が従えてる竜なの?」
「いいえ、竜はすっごく魔力が多いので、魔族の従魔術では無理だと思います」
「つまり、他にあの竜を従えてる奴がいるってことか」
という事は、何者かがこの街を意図的に襲撃しようとしてる?まあ、とにかくあの竜をなんとかしようか。
「あー、君たち!その竜から少し離れてくれるか?」
俺は兵士たちに向かって声を張り上げるが、誰も耳を貸さない。ルルも隣で声を上げてくれるが、兵士たちは竜に集中してこっちを向く余裕すらないようだ。仕方ない。
俺は兵士たちを転移で石垣の傍まで移動させた。一瞬で移動した兵士たちから「え?」「あれ?」という声が聞こえて来る。
「グラビティ」
兵士たちが居なくなった所で、竜に重力魔法を掛ける。地面に落として身動きを封じるためだ。
しかし、竜は俺のグラビティに対抗して来た。地面に落ちる寸前、アンチ・グラビティで俺のグラビティを打ち消した。なんと。こいつは高度な重力魔法が使えるらしい。俺だって、確か十六回目の召喚で使えるようになったと言うのに。ちょっとびっくり。
その竜の目は、爛々と真っ赤に光っている。首元には、確かに紋章が赤く浮き上がっていた。ドラゴの胸あたりにある紋章に似ている。これが従魔の紋章なのか。
しかし、ルルはあの距離でよくこんなのが見えたな。
体勢を整えた竜の目が俺を捉える。敵認定されたようだ。少し開いた口の隙間から眩い光が漏れている。ヤバい雰囲気がする。
「シールド」
自分とルルはもちろん、トルテアの街の南半分を覆う巨大なシールドを張った。次の瞬間、大きく開かれた竜の口から特大のブレスが放たれる。
ドーム状のシールドに沿ってブレスが拡散して行く。街の方を振り返ったが、シールドの範囲外までは届いていないようだ。
俺が来る前にこのブレスが来なくて良かったな。こんなの食らったら、確かに街は半壊していただろう。
ブレスの放射が終わると同時にシールドを解除。グラビティは効かない。仕方ないから物理で行くか。
ブレスを吐き終えた一瞬の隙に乗じ、俺は竜の頭の上に転移した。右の拳を握り、そのまま拳骨を頭に叩きこむ。
「ドゴォン!」
岩が爆発したような音がして、竜はそのまま地面に叩き付けられた。あたりに砂埃が舞う。
地面に降り立った俺の傍にルルが駆け寄って来る。まだ竜を警戒しているようだ。
竜は頭をもたげようとしたが、そのまま崩れ落ちた。力なく広げた翼が少しピクピクしている。気絶したようだ。首元の紋章は、チラチラと明滅して消えてしまった。
あのギガント・アナコンダを一発で仕留める俺のパンチを受けて起き上がろうとするとは、なかなかタフな奴だな。
竜が動かなくなると、転移で移動させた兵士たちが集まって来た。
「やった!」「凄いな!」「竜を一撃で倒すとは!」「やるな、おっさん!」
兵士たちが口々に言い、俺の肩を叩いて行く。中にはどさくさ紛れにルルの頭を撫でるヤツもいる。ルルが嫌そうな顔をしてるのが面白い。
「ユウトさん!ルル!よくやってくれた!」
アーロンが入口の方からやって来て満面の笑みを向けて来た。兵士たちの肩を叩きながら近付いて来る。何でお前がドヤ顔してるんだ?まあ良いけど。
「これであんたも『竜殺し』の称号を獲得だな!」
「いや、殺してないけどな」
「なに?死んでないのか?」
ああ、と言って振り返ると、そこに倒れているはずの竜がいない。え?
「ユウト様!こっちです」
ルルの声に左の方を見ると、ルルが女性の首根っこを捕まえている。女性は頭を押さえながら「痛い・・・」と泣いていた。うん?どういう事?
「竜が人化して、どさくさに紛れて逃げようとしてたので、ルルが捕まえました。良かったでしょうか?」
ルルは俺を見つめながら、パタパタと尻尾を振っている。これはアレだな。獲物を捕まえてご主人から褒められたいワンコと一緒だ。
「偉いぞ、ルル!よくやったな」
俺はルルの頭をわしゃわしゃ撫でた。尻尾がブンブン唸っている。嬉しそうだ。
「えーと、それで君は・・・さっきの竜、って事なのかい?」
涙目で頭を押さえている女に尋ねる。ちゃんと服を着ているが、人化ってどういう理屈なんだろう。
「ええ、私は竜族ですけど、なんでこんなに頭が痛いんでしょう?」
「あー、それは多分、君が竜の姿で暴れてて、俺が拳骨落としたからじゃないかな?」
「え?」
「え?」
「ええー!?私、竜の姿で暴れてたんですか?で、あなたは、その、私に拳骨を?竜の私を拳骨で止めたんですか?」
「ああ、悪かったな。でも君、ブレス吐いてたぞ?」
ルルとアーロンが「うんうん」と頷いている。女は、俺とルル、アーロンを順番に見ている。頭を押さえながら、涙目で。
「えーと、もう街を襲う気はない?」
「襲う気、と言うか、何でそんな事になったのか私にも分かりません・・・」
なんだか可哀想になって来たので、リワインドを掛けてやる。
「え?頭が痛くなくなりましたー!なんで?治癒魔法ですか?」
「まあ、そんな所だ。アーロン、これどうする?」
アーロンは腕組みをして渋い顔をしている。
「どうするって言われてもなあ。街も人も被害は出てないし、倒したのはあんただから、もう街を襲わないってんならあんたの好きにすれば良いんじゃないか?」
こいつ丸投げしやがった。
「グゥゥゥゥ~」
盛大に腹の虫が鳴る。女が顔を赤らめてお腹を押さえている。
「う~ん。とりあえず飯でも食いながら、話を聞かせてもらえるかい?アーロンも一緒に来てくれよ」
俺とルル、アーロン、そして竜族と名乗る女は、銀狼亭に向かった。
ルルは陸上選手のような細身の筋肉質なスタイルだが、竜族の女はアレだな、日本で言うところの、所謂グラビア系だ。
黒く長い髪には、所々赤いメッシュが入っている。瞳は燃えるような赤色だ。色白で少し垂れ目気味の童顔OLって感じで、竜らしい威厳は欠片もない。見た目は就活中の短大生って所だな。
着てる服も、なぜか日本のOL風。白いワイシャツに黒のスカートを履いている。シャツのボタンを胸元まで外し、豊かな双丘がこぼれんばかりである。
スカートが膝上丈なのはお約束かな?なんだかOL物の大人向けビデオに出て来る女優さんに見えてしまう。この恰好で、足元は裸足に草履のような履物。そこだけちぐはぐである。
ルルは、この街の女の人が着てるのと同じような恰好だ。麻っぽいチュニックに同じ素材の腰巻き。下にはちゃんと丈の短いズボンを履いている。足元は毛足の長い動物の革でできたブーツ。これにコートを着ている。
アーロンも似たような恰好だし、まあ俺は全身真っ黒なのだが、この竜族の女の恰好は異質に見えるだろう。俺にとってはおおよそお馴染なんだけどね。
銀狼亭の食事処は、まだ夜も開けてないのに開店していた。この竜騒ぎで大勢の人が起きたから、来店を見込んでいつもより早めに店を開けたらしい。商魂たくましいな。
昨晩ルルと食事したテーブルが空いてたのでそこに四人で座る。朝は決まったメニューしかないらしく、それを人数分頼んだ。
「さて、自己紹介でもしようか。俺はユウト。こっちはルルだ。で、君の隣に座ってるのが、この街の冒険者ギルドのギルマス、アーロンだ」
「ルルです」「アーロンだ」
二人は短く挨拶する。
「私はグリムシエラ。皆からはシエラと呼ばれています。北のアナトリ山脈に住む竜族です」
アーロンが「へぇ」と声を出す。アーロンによると、アナトリ山脈はガルムンド帝国とその北、コンクエリア共和国を隔てる山脈で、大陸の東に位置するんだそうだ。
「へぇ。そりゃまた随分と遠くからやって来たんだね」
「私は、この近くの山に棲む黒竜様に会いに来たのです」
「「「黒竜?」」」
シエラ以外の三人がハモった。黒竜と言えばあの黒竜だよな、やっぱり。
そこで銀狼亭のおばちゃんが食事を持って来てくれた。パンが二つにスープ、サラダ、目玉焼き二つに太い腸詰が二本。朝から結構なボリュームだな。
料理がテーブルに置かれると同時に、シエラがもの凄い勢いで食べ出した。よほど腹が減っていたらしい。俺はパンをちぎってスープに浸しながら食べる。ここのパンは石のように固い。魔族のパンの方がずっと美味いな。
シエラの皿があっという間に空になる。俺はパン一つとスープだけ手元に残し、他を全部シエラの方に差し出した。
シエラがキラキラした目で「いいんですか?」と聞いてくる。
「ああ、俺は朝はあんまり食べないから、良かったらどうぞ」
シエラが再び凄い勢いで食べ始める。あまりの食いっぷりに、ルルも食事の手が止まっている。アーロンは我関せずって感じだ。
これは、飯を食い終わるまで話は出来そうにないな。
一応、竜は今いる大陸では最強種という設定です。シエラちゃんが弱いのではなく、ユウトさんが強過ぎるのです!
次回、シエラちゃんがここに来た理由が明らかに!
また明日の19時に最新話を投稿します!宜しくお願い致します。