10 初めての召喚②
眩しい光が収まるにつれ、自分がいる場所がぼんやりと見えてきた。
うん。これは小屋だな。太い樹を組んで作った割と大きな小屋。
地面には消えかけの魔法陣。三メートルほど離れて数人の人影。松明の灯しかないのではっきりとは見えない。
黒っぽいフードを被った人物が俺の前に進み出て跪く。
「よくぞおいで下さいました、召喚者様」
フードを脱ぎながらそう声を上げた人物は、青く長い髪、松明の灯を反射する美しい金色の瞳をした少女。俺より年下かもしれない。
うん。言葉が分かるぞ。異世界召喚の言語補正ってやつだな。俺はウリエルさんから貰った黒いコートのフードを脱ぎながら尋ねた。
「あなたが僕を召喚したのですか?」
(おい・・・随分若い・・・いや、まだ子供じゃないか・・・大丈夫なのか・・・)
「お黙りなさいっ!」青髪の少女がざわつく周囲にぴしゃりと言い放つ。
「大変失礼しました、召喚者様。私はアリストリア・エベタドール。エベタドール伯爵の三女にして、こたびの召喚の儀を執り行った者でございます」
伯爵?ということは、ユルムントの世界・・・少なくとも俺が召喚されたこの辺りでは貴族制が敷かれているのか。伯爵は確か、真ん中くらいの爵位だったような・・・地球と同じかは分からないが。
「も、申し遅れました。ぼ・・・わ、私は、ユウト。ユウト・マキシマと申します」
「まあ、ユウト様と仰るのですね!私のことはどうか『リア』とお呼びください!」
いや、そんなキラキラした瞳で見られても・・・普通の中学生の俺には美少女耐性がまったく備わっていないのだ。
自慢じゃないが、生まれてこの方モテたことなんか一切ないんだから!
美少女の目を真っ直ぐ見ながら話なんてした事ないんだからね!
ウリエルさんも綺麗な女性だったけど、あの人の場合は浮世離れしてて現実感がなかったし、俺よりだいぶ年上だったし・・・
「ユウト様?どうかなされたのですか?」
「あ・・・いえ、だ、大丈夫、です・・・ちょっと緊張してしまって・・・」
「これは配慮が足らず申し訳ございません。ゆっくりとお話出来る場所にご案内いたします」
リアはそう言いながら俺の手を取る。貴族の子女って皆こんなにフレンドリーなんだろうか?俺みたいな得体の知れない者に対して、警戒心が薄過ぎでは?
俺はリアに引っ張られるようにしてその後を付いて行く。リア以外の人たちは、メイドのような恰好をした女性が二人、制服のような恰好で帯刀している男性が二人。
先に立った女性をよく見ると、その内の一人の頭に動物の耳のような物が付いている。スカートの、お尻の上辺りから尻尾まで出ている。
あれって・・・コスプレ?
俺たちが出て来た小屋は馬小屋だったようだ。外は夜だが、地球では考えられない大きさの満月が煌々と辺りを照らしている。よく見ると、離れた場所にもう一つ半月が出ている。
リアの青い髪といい、月といい、地球とは違う世界に来た事は間違いなさそうだ。
聞きたい事があり過ぎて言葉にならない。今は頭を整理しながら、黙ってリアに付いて行く事にした。移動中、リアが俺を召喚した事情を説明してくれる。
「ここエベタドール領は農業が盛んな土地です。しかし最近、農地の周辺に魔物の群れが現れ、農地が荒らされて困っているのです」
伯爵付きの兵が魔物討伐を目論むも二度返り討ちに。十五名の兵士を失ったと言う。そのため王都に騎士団の派遣を要請したが、騎士団の到着まで早くても二週間はかかる。そんなに待っていては、農地どころか領民にも被害が拡大する恐れがある。
困り果てたエベタドール伯爵に、リアがひとつ提案した。召喚の儀を行ってみてはどうか、と。
リアは十二歳にして魔法の才に溢れ、火・水・風・土の基本四属性の他、召喚術まで学んでいると言う。
「リアお嬢様は、王都の魔法学院の主席ですのよ!」
耳が付いてない方のメイド服の女性がドヤ顔で自慢してきた。リアも満更でもないようだ。
「しかし召喚術まで成功なさるとは!さすがリアお嬢様ですね」
護衛と思しき若い男も追従する。
「えーっと・・・リア様?リア様は初めて召喚を行ったのですか?」
恐る恐る尋ねた俺に、リアが喜色満面で答える。
「そうです!私の初めての召喚に応えて下さったのがユウト様ですわ!」
さっきからのフレンドリーかつ丁寧な対応は、初めての召喚が成功した喜びの表れだったのかも知れない。
「今お父様をお呼びしてまいります。しばらくお待ちくださいね!」
豪勢なお屋敷の客間に通された俺は、動物の耳が付いているメイドさんと二人で取り残された。俺は耳と尻尾をチラチラと見ていたようだ。
「そんなにミリアの耳と尻尾が気になるかにゃ?」
にゃ!?今、にゃ、って言いました?
「あ、あの、失礼しました・・・僕の世界では、その、動物の耳と尻尾が付いた人を見かけた事がないものですから・・・」
「そうにゃのか?変な世界だにゃあ。ミリアは猫人族だから、これが普通にゃ」
猫人族・・・だと?コスプレではない、という事なのか。いわゆる獣人というものだろうか。恐るべし異世界。
「あ、あの、その耳、触っても良いですか・・・?」
なんでこんな事を口走ったのか自分でも分からない。何かこう、心の奥底から「触ってみたい!」という衝動が突き上げて来たのだ。
「別に耳くらい良いにゃ!」
俺は恐る恐るミリアさんの耳を触ってみた。何と言う触り心地!初めてのもふもふ感!
「ちょ、くすぐったいにゃ!」
「あ!ごめんなさい!」
気付くと俺は両手でミリアさんの耳をもふりまくっていた。我を忘れて夢中になっていたようだ。
「尻尾も珍しいにゃ?ちょっとなら触っても良いにゃ」
俺は遠慮なく尻尾も触らせて貰った。長毛種の猫の太い尻尾のような感触。優しく撫でていると、ミリアさんも満更でもなさそうである。
この人はあれだ。人懐っこい猫と同じだな。
そうやって十五分ほどミリアさんとじゃれていると、突然声を掛けられた。
「ミリアとはもう仲良くなったようだね」
部屋の入口に、リアと並んで四十代半ばと思しき男性が立っていた。リアと同じ青い髪、金色の優し気な瞳。口ひげを蓄えた細身の男性は「エリスタ・エベタドール」と名乗った。
「伯爵様、はじめまして、ユウト・マキシマと申します。貴族の礼儀作法に疎く、無礼をお許しください」
俺は自分の限られた知識内で精一杯、失礼のないよう挨拶を試みた。
「ユウト殿。もとより異世界から召喚されたのだから、礼儀など構わんよ。私のことはエリスタと呼びたまえ。こたびのリアの召喚に応じてくれた事、感謝する」
貴族って平民を見下していて、偉そうな態度が鼻につくイメージだったけど、なんか凄く良い人そうで良かった。
「早速だがユウト殿、君を召喚した理由はリアから聞いたね?」
「はい、農地を荒らす魔物の討伐とお聞きしました」
「討伐は失敗したのだが、生きて戻って来た者によれば、魔物は恐らく『レッド・ボア』だ。一頭だけなら兵士二~三人でかかれば仕留められるが、どうやら百頭以上の群れのようなのだ」
レッド・ボアとは、下顎から50センチほどの硬い牙が突き出た四足歩行の魔物。家畜の豚に似ているが、体長二メートル前後あるらしい。ていうかこの世界にも豚がいるんだな・・・地球と同じ豚とは限らないけど。
同じ豚だとすれば、要するにデカいイノシシだ。
「ユウト殿・・・火属性の魔法は使えるかね?」
「エリスタ様、僕は今日初めて召喚されました。ですから魔法を使えるか、使えるとしてもどうすれば良いのか分かりません・・・もちろん剣も」
俺は正直に言った。出来もしない事で見栄を張っても仕方がない。
「そうか・・・そうだな。リア!ユウト殿に魔法を教えて差し上げなさい」
「はい!お父様!」
リアが上機嫌で返事をする。こんな美少女に教えて貰えるなら俺も嬉しい。
「セルジュ!セルジュはいるか!?」
扉の向こうに控えていたと思われる男性――馬小屋にリアと一緒にいた若い男性が呼びかけに応えた。
「旦那様、お呼びでしょうか」
「うむ、セルジュはユウト殿に剣術を指南しなさい」
「かしこまりました」
「ユウト殿。申し訳ないが悠長に待っている訳にはいかん。済まんが三日で準備を整えて欲しい。召喚者なら三日でも随分違うはずだ」
魔法や剣を教えて貰えるのは有り難いが・・・僅か三日か。
いや、三日とは言え準備の時間を与えられたのだ。最悪このまま討伐に行けと言われるのを覚悟していたから、それに比べればマシだ。僅か三日で魔法を覚え、剣で戦えるようになるとは思えないけど。
ほんの数時間前まで、友達の家でゲームをして遊んでいた。それが今、異世界の貴族の屋敷にいて、訓練された兵士が束になっても敵わないような魔物を倒すのに協力して欲しいと言われている。
現実感がない。まるでゲームの世界にいるようだった。
次の日の夜明け前から「特訓」が始まった。午前は剣術の稽古。午後は魔法の訓練。
剣を握ったこともない俺にとって、剣術の稽古は新鮮だった。そして、次元の神の加護によって能力が十倍になるというのも伊達ではないようだった。
どうやら技能の習得もかなり早く出来るらしく、三日目にはセルジュさんの他に三人、合計四人を同時に相手にしても危な気なく勝てるようになっていた。
「ユウト殿、これだけ早く成長するとは驚きです。召喚者とは凄いものですね!」
セルジュさんが褒めてくれたが、一番驚いていたのは俺自身である。なにせ剣道の経験すらなかったから。
魔法の訓練は驚きの連続だった。自分の体に流れる魔力を感じ取るところから始め、その魔力を掌に集める。そして火をイメージして集中する。
俺の掌の上には、直径一メートルに迫ろうとする青白い火球が出現していた。
「すごい!ユウト様、すごいですわ!こんな短期間で・・・しかもそんな色の炎、見たことがありません!」
リアが上気した顔とキラキラした瞳で褒めてくれる。女の子から褒められた経験などない俺は何と答えて良いか分からず、ただ「えへへ」と笑っていた。
リアは魔法を使う才能だけではなく、教える才能もあるようだった。魔法とは縁のない世界から来た俺にも、簡単に理解できるよう丁寧に教えてくれた。
俺がすぐに火球が使えるようになったのは、リアのおかげだと思う。
そして三日目には、三十メートル先の的に向かって火球を正確に当てる事が出来るようになった。何十発でも、威力を落とすことなく連続で放てるようになっていた。
三日目の夜を迎え、明朝からレッド・ボアの討伐隊に予定通り参加する事になった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「そんな感じで、俺は十四の時に初めてこの世界に召喚され、リアという女の子のおかげで魔法を使えるようになったんだ」
はちみつ入り果実酒をちびちび飲みながら、俺はルルに向かって長々と喋っていた。
いかん!相手が興味のない話を延々としてしまうのはおっさんの悪い所だ。
「ルル、つまらない話を長々として済まなかったな」
「とんでもない!ユウト様が初めてこの世界に来た時のお話が聞けて、ルルはとっても楽しいですよ!」
「そう言って貰えて良かったよ」
「それで、その後、レッド・ボアの討伐はどうなったんですか?」
「ああ。今日はもう遅いから、その話はまた今度にしよう」
「ええー!いい所だったのにぃ」
ルルが珍しく駄々を捏ねている。なんだか、ルルとの距離もだいぶ縮まった気がするな。
二人で果実酒の残りを空け、ルルをもう一つの部屋に半ば無理やり押し込んでから、ベッドに身を横たえる。
この世界に来て半月以上経った。地球に居た頃は、夜は精魂尽き果てて意識を失うように眠るのが常だった。それが今は、疲れが心地良いと感じている。
ああ、後輩の山本君や社長、会社の皆は元気だろうか?最後に一瞬そんな事を考え、そのまま眠りに落ちた。
ユウトさん、初めての召喚のときからケモナーの片鱗を覗かせてしまいました!
次回、トルテアの街に「竜」が襲来!?
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