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救世の召喚者  作者: 五月 和月
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1 諦めた夢、再び

今日から連載スタートします。

少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。

 二月十五日の夜。春の訪れはもう少し先だが、空気には冬の空気と春の気配が混ざっている。見上げれば、ビルの隙間からこちらを覗く満月が煌々と光っていた。


「巻島さん、もう一軒行きましょうよ~」


 俺は、後輩の山本君と行きつけの焼き鳥屋で食事を済ませ、ほろ酔い気分で店を出たところだった。


「いや、山本君、明日も仕事だし。今日はもう帰ろうね?」


 駄々を捏ねる山本君をタクシーに押し込み、俺は夜の街を歩いて帰ることにした。どうせ歩いても二十分程度の距離だ。


 平日の二十一時前ということもあり、人通りはまばらだ。

 

 そう言えば、昨日はバレンタインデーだった。五十になった独身のおっさんには、毛ほども関係のないイベントである。


 先ほどタクシーに押し込んだ山本君は三十二で同じく独身の独り暮らし。


 うん、もう一軒行きたい気持ち、よく分かるぞ。

 家に帰っても誰もいないもんな。


 俺はこの歳になるまでに、色々と諦めてしまった。仕事で成功する事、金持ちになる事。結婚して幸せな家庭を築く事。


 そして、再び異世界に召喚される事も。


 今の生活や仕事に心から満足しているかと聞かれれば、単に「不満はない」と答えるだろう。贅沢は出来ないが、生きては行ける。所謂「足るを知る」ってやつだ。


 会社は社長を含めて六人しかいない小さな食品卸業。しかし今時珍しいくらいアットホームな会社で、残業はほとんど無いし土日祝はしっかり休める。給料は少ないけどね。


 三十代の頃に勤めた会社なんて、上場企業なのに毎日十四~十五時間労働で残業代も付かず、休みは日曜だけだった。一度、午前四時まで営業会議をやってそのまま出社させられた時は軽い殺意が芽生えたね。


 それに比べれば今の会社は天国だ。給料は安いけど。


 十六の時に両親を交通事故で亡くし、天涯孤独となった俺には、今の会社のアットホームな雰囲気が一つの拠り所になっている。


 少し酔ったせいで色んな事を考えながら歩く。主に諦めてしまった事について。


 俺は、十四から二十歳の間、異世界に何度も召喚された。合計二十回。


 両親を亡くし、高校を中退して働き始めたが、生き辛い事この上なかった。学歴もそうだが、俺は人と関わることが苦手だったのだ。


 だが「ユルムント」と呼ばれる向こうの世界では違った。


 過ごした時間は圧倒的に短いのだが、感覚として肌に合った。現代の地球とは比べるべくもない文明レベルだったが、そこで出会った人々や風景、世界の在り方に魅了された。


 それには、召喚のシステムも大いに影響していたと思う。


 最初の召喚で十倍、その後召喚される度に二倍ずつ、能力が上がるシステムだった。二十回めに召喚された時、俺の能力値は五百二十四万二千八百八十倍になっていた。


 考えてみて欲しい。最初の召喚で、握力は四百キロ、五十メートルを0.七秒で走り、垂直飛びで四メートル跳べるようになっていたのだ。


 二十回目にはどうなっていたのか。正直説明するのが難しい。


 そして地球にはない「魔法」の存在。ユルムントの人々にも想像出来ない膨大な魔力量で、様々な魔法を繰り出す爽快感。


 何でも思い通りに出来る感覚。そして、人々から敬い頼られる感覚。俺はそんな万能感に酔いしれた。


 ただ、「自分のためには力を使わない」というルールを絶対の掟として守っていた。これは幼い頃に両親から言い聞かされていた、「弱い者を守りなさい」という教えに基づいたものだった。


 この掟がなければ、俺が二十回目に討ち取った「魔王」に俺自身がなってしまっていたかもしれない。


 そう、本当は二十回目の時、もう地球には戻らないつもりだったのだ。ユルムントという居心地の良い世界で生きて行くつもりだった。


 しかし失敗した。いや、召喚者としての使命は成功したんだけど、俺の「異世界に留まる」という目的は失敗してしまった。


 その二十回目の召喚から三十年が経った。


 十四歳から二十歳までの間、年に三回のペースで召喚されていたので、最初は何とも思っていなかった。次でいいや、ってな感じで。


 一年が過ぎた頃、少し焦り始めた。三年過ぎた頃には、頭がおかしくなりそうだった。


 なぜ?なぜ?なぜ?なぜ召喚されない?


 年齢制限があったのか?危険な程の力を付けてしまったのか?それとも・・・


 もう必要とされなくなった?


 二十回目の「失敗」を悔やんだ。悔やんでも悔やみきれなかった。いくら考えても答えが出る筈もなかった。


 十年経った頃には、単なる憧れになった。まだ思いは捨てきれていなかった。


 二十年経った頃には、あれは良い思い出だったと諦めた。


 そして三十年経った今では、思い出すことすら無くなっていたのに。なんで今更・・・満月のせいだろうか?


 嫌な事を思い出したので、帰り道のコンビニでハイボールを二本とおつまみに野菜スティックを買う。このままだと眠れそうにないと思ったからだ。


 そして、およそセキュリティーとは無縁のアパートの二階、自分の部屋の前に辿り着きポケットから鍵を取り出す。


 部屋の扉を開けると真っ暗な玄関、のはずだった。


 しかし、玄関の三和土には白い輝きを放つ二重円と、円に沿って浮き出した文様。三十年振りに見るそれは、見紛うことなき「召喚陣」だった。


 俺はそっと扉を閉めた。


 飲み過ぎたかな?


 いや、焼き鳥屋では生ビール二杯しか飲んでない。五十になったとは言え、そこまで肝臓は衰えてないつもりなんだが。


 帰る道すがら変な事を思い出したから、幻覚でも見たのかもしれない。


 俺はもう一度そっと扉を開けた。召喚陣は燦然と輝いていらっしゃる。


 どうしたものか?とっくの昔に諦めていたものが、今まさに目の前にあるという現実を俺の頭はなかなか受け入れられない。


 自分の部屋の前で何度も扉を開け閉めしているおっさんの姿、誰かに見られたら相当不審だろう。下手したら通報されるかもしれん。


 俺が真っ先にしたのは、後輩の山本君にメールすることだった。


「明日、出社できないかもしれません。取引先のファイルはPCの・・・」


 うん、とりあえずこれで仕事は回るだろう。俺が突然いなくなったら、社長はじめ会社の人たちは心配するだろうな。だが、三十年ぶりのチャンス。逃すわけには行かない。これを逃したら、もうこの先死ぬまで後悔する予感しかしない。


 俺は意を決して扉を開け、召喚陣に足を踏み入れた。その瞬間、真っ白な光が爆発して俺を包んだ。





 目を開いた俺は、懐かしい真っ白い部屋にいた。右手にコンビニのビニール袋を持ったまま。


 俺には祖父や祖母はいないが、田舎のお爺ちゃんの家に久しぶりに行くとこんな感覚になるんだろうか。


 記憶の中にある三十年前と何一つ変わらない真っ白な部屋。「転移の間」だ。


「おや、ユウト・マキシマ様、お久しぶりですね」


 後ろから優しい女性の声がした。輝くような金髪を腰まで伸ばし、真っ白なローブに身を包んだ美しい女性。


「やあ、ウリエルさん。あなたはちっとも変わらないね」


 彼女の名はウリエルさん。次元の神の眷属にして転移の間の管理者。初めて召喚された時からずっと変わらぬお姿である。


「ええ、ユウト・マキシマ様は・・・少しお歳を召されたようですね」


 老けたことをこの上なく丁寧に指摘されて苦笑いしか出ない。そう、この人(?)はいつもこんな調子だった。


「ウリエルさん、久しぶりに会ったけど、たぶんこれで最後になると思う」


 いつも優しい微笑を湛えている美しいお顔が、ほんの僅か寂しそうになった気がする。単なる気のせいかもしれないけど。


「前回も確かそのように仰られて・・・結局はお戻りになられたのですよね?」


「うん、そうだね。今回はたぶん最後のチャンスだと思うから、戻らないように努力するよ」


 とは言え、あれから三十年経ったのだ。当時は居心地良く感じたユルムントの世界も、この歳では色々と厳しいかもしれない。特に医療面で。


 そんな俺の心配をよそに、ウリエルさんの優しい声が響く。


「そうですか・・・ユウト様はこれまで幾度もユルムントに貢献なさいました。ですから、ユウト様がユルムントで生きて行きたいとお考えであれば、それを止める権利は誰も持っていないでしょう。


ユウト様はもう、ご自分の生きたいように生きて良いと私は思いますよ」


 ウリエルさんの言葉は、三十年もの長きに渡って行き場のない気持ちに苛まれた俺を、包み込むような優しさに満ちていた。


 生きたいように生きて良い。神の眷属からそう言われ、無理やり押し込めて、固く冷たく閉ざされた心が解き放たれたような気がした。


「ありがとう、ウリエルさん。そうしてみるよ」


 俺はウリエルさんに頭を下げ、ユルムントに行く準備に取り掛かった。


 向こうで生きて行くと決めてから、俺は様々な準備をしていた。身分証代わりの冒険者ギルド登録証や、ダンジョンに潜って収集した魔石やお宝、ドロップアイテム。そしてそれらの一部を換金した現地の通貨。


 各地のおおざっぱな地図、野営に必要な道具一式、最後の討伐で掠めて来た、魔王が使っていた「黒刀」。


 苦労して手に入れた、収納魔法が付与されたマジックバッグ。焦げ茶色をした魔物革製のリュック型マジックバッグに、これまで準備してきた物を放り込んでいく。


 地球とユルムントの間では身体以外行き来が出来ないが、中間地帯である転移の間は、その両方の物品を置いておける。ずっと置きっ放しでも状態は変わっていないようだ。


 そしてユルムント産の服に着替える。俺は服のセンスが絶望的なので、全身黒だ。ブーツ、パンツ、シャツ、コート。全部真っ黒。素材は違うけどね。コートなんか、稀少な魔物の革製なのだ。


 俺は、今まで着ていたスーツやスラックス、シャツなんかを丁寧に畳む。その上に何年も愛用した長財布を置こうとして、ふと手を止めた。


 財布から抜き取った免許証をしばし眺める。巻島優斗。去年更新した際に撮った写真は、五十歳にしては我ながら若く見える。俺は免許証を長財布にしまい、畳んだ衣類の上にそっと置いた。


 ユルムントの服に着替える間、ずっと気になっていた「ペンダント」についてウリエルさんに聞いてみた。


 身体以外の行き来が出来ない筈なのに、このペンダントだけは地球からユルムントに持って行けたのだ。


 それは、俺が物心つく前に両親から贈られたもの。指先大の、黒曜石のような透明感のある黒い塊。目を凝らすと、その中に紅く細い筋が動いているように見える不思議な物体だった。


 肌身離さず着けておくように、と両親から言われ、それ以来ずっと身に着けていたものだから、外すのを忘れてユルムントに行ってしまったのだ。


 もしかして他の物も持って行けるのでは、と思い試してみたが、ペンダント以外は受け付けないようだった。まあ、そういう事もあるのかな、と考えて忘れていたが。


「ねえ、ウリエルさん。このペンダント、ユルムントに持って行けるんだけど、何か知ってる?」


 ウリエルさんはこれまで見せたことのない、ポカンとした顔を一瞬だけ見せた。それからまじまじとペンダントを覗き込む。


「うーん・・・見た事はありませんね・・・」


「そうか、じゃあいいいか!別に困る事もないし、両親の形見みたいな物だから」


 とりあえず気にしない事にした。両親の思い出の品を持って行けるのなら、それに越した事はないのだ。


「じゃあ行ってきます。ウリエルさん、今までありがとう」


「あっ!ユウト様!もし、向こうでディアスタシス様とお会いする事があったら、こちらにお戻り頂くようお伝えくだ・・・」


 ウリエルさんが言い終わる前に、俺は真っ白な光の爆発に包まれていた。


 ・・・ディアスタシスって誰だったっけ?

明日も投稿します。

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