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文芸短編

侮蔑

作者: シクラメン

 電車に揺られながら、いつものようにスマホを取り出して『お気に入り』に登録されてあるそのページを開く。


 緊張なんてしない。いつも通りだ。

 いつものように、最大手のネット小説サイトを開き、マイページに飛ぶ。


 そして、いま連載している作品に飛ぶ。

 下にスクロールしていくと、すぐに見たいものにたどり着いた。


『ブックマーク登録 14件』


 何度見ても変わらない。いつもの数字だ。


「……変わってない」


 電車の中で1人呟く。昨日投稿した話でもう30話になる。

 文字数は6万文字ほど。投稿するまでは、結構自信もあった。


 けれど、そんなものは投稿してすぐに打ち砕かれた。


 初投稿、というわけでは無い。

 これまでに2作ほど上げている。そして、そのどれもが途中で連載が止まっていた。


 2作とも、それぞれ6、7万字くらいで止ま(エタ)っている。どちらも、ブックマーク数は2桁にも行ってない。


 だから、いま書いているこの話は人生で一番伸びてることになる。


「……クソ」


 悪態をつく。ついてもどうしようもないが、己の感情を吐き出す。


 どうしようもない焦りだけが胸の中にある。


 こんなに焦る理由は分かってる。

 俺は今年で大学を卒業する。そうしたら、小説にあてられる時間は減ってしまうだろう。


 社会人と、大学生。

 どちらが小説に時間を取れるかなんて、分かっている。分かりきっている。


 だから、俺は大学生の時間を全て小説に注ぎ込んだ。

 バイトもせず、学業もほどほどにして、ただ小説を書いた。


 そうすれば、何か変わると思ったのだ。だが、結果はこれだ。


 この話を打ち切って、新しい話を書いてしまおうか。

 そうすれば、伸びないこの話を見切れる。


 せっかくブックマークが14人も付いているのに、ここでエタってしまうのは少しもったいない気がする。

 だが、6万字も書いて伸びないならもう見込みはないだろう。


 俺はそのままスマホをスリープにすると、ポケットにしまい込んだ。

 俺にとって、小説サイトはもう投稿するためだけの存在になっていた。ただ、自分の物語を書いて投稿するだけ。


 他の作品を読むことはしない。

 ランキングすら見ることは無い。


 普通に検索してからページに入ると、否が応でもランキングを見てしまう。

 それが、たまらなく嫌だからマイページをお気に入り登録している。そして、変わらないブックマーク数と、ただ増えていくだけの文字数と話数だけを眺めている。


 ランキング作品を見ると、頭がおかしくなりそうになる。


 どれをとっても、同じ話。

 似たようなキャラ。近しい設定。


 そして、何よりもそれらにつくポイントとブックマーク数。


 俺が必死になって書いて書いて、書きつづけた物語につくブックマーク数は14。

 けれど、ランキングに載っている作品は違う。数千。場合によっては数万なんて数が1つの作品に付いている。


 それはつまり、それだけの人間がその話を読んでるということだ。


 数字としてそれを見せられると、本当に頭がおかしくなりそうになってしまうから、ランキング作品は見ない。まるで自分の作品に価値が無いと言外に伝えられているようで、耐えられなくなってしまう。


『お降りの方は……』


 車掌の声が聞こえる。駅につく。

 俺はずり落ちつつあるリュックを背負いあげると、電車から降りた。


 向かう先は大学である。東京のどこにでもあるような、普通の大学。俺はそこに通っている。


 留年はしない。浪人もしていない。

 ただ、普通に過ごしている。


 俺は時々自分に対して『普通』という言葉が、これほどまでに似あう人間もいないんじゃないかと思う時がある。それなりに受験勉強をしたが第一志望には受からず、だからと言って浪人するほど悪い成績でもなく、適当に進学できる第二志望に進路を変えた。


 運動はそれなり、勉強もそれなり。趣味は読書とアニメ。そして、時々ゲーム。人並に悩みを抱えており、大学では浅い付き合いの友達と普通に喋る。そろそろ始まりそうになる就活に頭を悩ませているころだ。恋人はいないが、恋人がいない若者の方が多いと聞く。やはり、それも普通だ。


 何も特筆することが無い。そこら辺の大学生を掴み上げたら、たぶん俺みたいな人間がどこでも引っかかるだろう。趣味に執筆があるのが少し違うところだが……まぁ、変な趣味を1つくらい持っている人間と考えればそうおかしくもない。


 最初から最後まで普通。それが、俺だ。


「あ、先輩。同じ電車だったんですね」

「……おう」


 それはなるべく、会いたくない顔だった。


 同じ文芸サークルに入っている後輩の田島。女子が多い文芸サークルの中で、珍しく同性の後輩だったから、いろいろと面倒を見たこともある。


 俺がこいつに会いたくない理由はただ1つ。


「先輩。聞いてください! 俺、来月4巻発売決定ですよ!」

「……そうか。買うよ」


 こいつは、本を出しているのだ。


 高校3年生の時に書いたラノベが公募を通り、大学1年生の時に作家としてデビューした。

 公募で賞を取った作品は2巻で打ち切りになったが、次の作品がそれなりに売れたらしく、次で4巻まで発売されるらしい。


 付き合いで、3巻まで田島の本は買っている。だが、読んでいない。


 俺には読めないのだ。読んでしまうと、自分より年下の人間が本を出している現実を付きつけられる。

 自分より年下の人間が賞を取ったという事実が俺に自分の無才さを突き付けてくる。


 頭の中がぐちゃぐちゃになって、殺してやりたくなる。


 でもそんなことなんて出来ないから、やり場のない怒りにも似たやるせなさだけが俺の胸の中に巣食う。

 そして、離さない。そして、そんな自分に嫌気がさして自己嫌悪に陥る。


 つまるところ、俺はこいつに嫉妬しているのだ。


「先輩? 顔暗いですよ?」

「……ああ。新作が、駄目でな」

「あれですか。僕は好きでしたけどね。ネット受けはしなさそうですよね」


 田島が残念そうに言う。残念そうに言っているが、どうせそれは適当な世辞だろう。

 本を出している人間に、俺の気持ちなんて分かるはずがない。


「次も新しい話書くんですか?」


 そして、田島は俺にそう聞いてくる。


「いや、俺は就活だよ」

「もう3月になりますもんね」

「来年はお前の番だぞ? いや、田島はそのまま専業か」

「無理ですよ。今の僕じゃ」


 そう言って田島が謙遜したように言う。それが、鼻持ちならない。

 だから、俺はこの話を切り上げた。何を話しても、俺と田島じゃ世界が違うと思ったから。

 



 小説を書き始めたのは、いつからだっただろうか。

 中学生だったときのような気もするし、高校生だったかもしれない。ただ、本格的に書き始めたのは大学に入ってからだった。


 大学受験に失敗した。だから、書き始めた。


 親が教育熱心だった。俺は小学校の時から塾に通っていた。

 そのまま、中学校、高校とそれなりの進学校に進学した。


 けれど、大学受験で失敗した。

 ちゃんとした部活に入っていなかった俺がやってきたことは、勉強だけだった。


 小学校から、10年近くも勉強だけしてきた。けれど、失敗した。

 俺には何も残っていなかった。たかが10年だと思うだろうか? 


 けれど、18の時の俺からしたら、人生の半分以上も時間を注いできたものだった。


 でも、失敗した。何のために勉強してきたのか。

 何のために遊びを我慢して塾に行っていたのか。


 勉強がしたいわけでは無かった。ただ、勉強をするしか親が褒めてくれなかった。だから、勉強をしていた。全てが終わった後、それが悪かったのかとも思った。センター試験の自己採点は、地獄だった。全てが終わった後、親がぽつりと『10年、無駄だったね』と言ったことだけが頭の中に残った。


 無駄。


 確かに、そうなのかも知れない。塾はタダじゃない。金がかかる。

 10年もなると、それなりにかかっただろう。だが、それは全て良い大学に入るための金だ。


 たった1度のチャンス。それを無駄にした。

 だから、無駄と言われても仕方のない事なのかも知れない。


 大学に入ってから、しばらくの間俺は何も出来なかった。


 今まで勉強しかしてこなかった俺が、何か新しいことを始めることをすぐにはできなかった。けれど、その勉強だって他の人間よりも出来るわけじゃない。俺には何もなかった。10年間を無駄にして、そして何もできない1人の大学生がそこにいた。


 俺は、俺を無駄だと思いたくなかった。

 けれど、客観的な事実としてそこにはただの失敗者がいた。


 10年間をドブに捨ててしまった俺にできることを探した。失った10年間に意味を与えたかった。何かないかと探した時に、中高生の時に始めた執筆がそこにあった。それしか、無かった。俺がやってきたことはその2つだけだった。


 勉強がダメだった俺に出来ることは、小説を書くことだけだった。

 それしか、自分の人生に意味を与えられないと思った。


 だから、小説を書き始めた。


 けれど、意味は未だに見つけられない。

 どれだけ作品をあげても、どれだけ物語を書いても作品は伸びない。


 ブックマークと、ポイントだけは客観的な数字として現れる。

 14件というこの数字が、俺の作品に与えられた客観的な評価なのだ。


 中にはいるだろう。


 数字だけが全てではないと、中には隠れた名作があるのだと。


 なら、俺の作品をどうにかして欲しい。

 いつまで経っても伸びない自分の作品の数字を見ていると、自分の無能を突き付けられているようで耐え切れないから。


「あ、そうだ。先輩も作家用のSNS始めたらどうですか?」

「SNS?」


 田島が突然変なことを言いだした。

 付き合い用の簡単なSNSのアカウントなら持っているが、作家用のアカウントなんて持っていない。

 

 そもそも、そんな発想が無かった。


「SNSで宣伝したら伸びるかも知れませんよ?」

「伸びるかなぁ……」

「でも、やらないよりも可能性はありますよ。僕もこの間始めたんです」


 そう言って田島がアカウントを見せてくれる。

 フォロワーが500人ほどついている。フォローも同じくらいの数字だ。


 作品の宣伝に、50いいねほど付いていた。


「やれば伸びるかも知れません」

「それもそうか」


 田島の言うことにも一理あると思った。

 俺はキャンパスで田島と別れると、教室に入ってからスマホを取り出してSNSの新しいアカウントを作った。


 そして、作ったばかりのアカウントで小説の宣伝をしてみた。

 何度更新しても、いいねの1つもつかなかった。


 それが、現実だと思った。

 田島はそれなりの新人賞で賞を取った人間だから、当然いいねもつくだろう。


 あちらはプロ。こちらは、ブックマーク数が2桁にようやく届いた底辺。


 比較にも、ならない。


「……クソ」


 誰にも聞こえないような小さな声で呟く。ここでも、自分の価値を突き付けられている気がして嫌になった。アカウントを消してしまおうかと思った。けれども、せっかく作ったのだからどうにかして活用できないかと思って適当に触っていると、ある呟きをみつけた。


『俺が書籍化できないのはおかしい。書籍化してる奴らは不正している』


 そう書いてあった。

 面白そうだったのでアイコンをタップして、そいつのホームに飛んだ。


 そこに小説のリンクが貼ってあったから、物の試しに読んでみた。

 本当に久しぶりに、人の作品を読んだ。


(……ひどいな)


 ただ、そう思った。どんな話なのかと思ったら、まともな文章にもなっていない。ただ、文字を羅列しただけだ。試しに小説情報に飛んでみたら、ブクマ数は0だった。やっぱりな、と思ってそっと離れた。


 まだブクマが14だけ付いている俺の方がマシだと思った。そして、そんな底辺と比較して自分を慰めている自分に気が付いて嫌になった。ただ、自分の無能さが嫌になった。どんぐりの背比べなんて、誰に言われなくても自分がよく知っている。だから、そんなことで自分を満たそうとした自分が嫌だった。


 そのまま適当にSNSを徘徊して、同じように作品を書いている人を数人フォローして講義を受けることにした。


 書籍化したい、と思う。

 本を出したいと思う。


 俺はそれ以外に自分に価値を見出す方法が分からないのだ。




 講義が終わって、帰りの電車に載っている時に自分の作品のブクマ数を見た。


『ブックマーク登録 13件』


 ……減ってる。


 1つ、減っていた。ぎゅっと心臓が締め付けられる。新しい話がダメだったんだろう。それ以外に理由なんて無い。胸の底が苦しくなってくる。どこまでも、俺を否定される。逃避気味にSNSを開く。


 講義中にフォローした人からフォローが返ってきていた。そして、今までとは全くもって違うタイムライン。小説に関する呟きばかりで、何だか新鮮だった。適当に見ていると、不思議な呟きを見つけた。


 ネット小説攻略法と名前が付けられたその呟きは、ツリーになって長く続けられていた。それを上から下まで読んでいく。要約すると、長文タイトルを使ってテンプレを書けという話だった。


 たったそれだけの内容を、よくもこんなに長く続けられるのかと逆に感心した。

 誰が言っているのかと思って、そいつのホームに飛んでみたらネット小説で数作書籍化している作家だった。


 少しだけ、興味が沸いた。


 その人の過去の呟きを覗いてみると、普通の話に交じって所々そういった呟きが混じっていた。それを読む。けれど、そこには当たり前のことしか書いていなかった。長文タイトルで、テンプレを書けと。


 俺はそれを読んでいて、だんだんと腹が立ってきた。そんなことは、知っている。

 そんな当たり前のことは分かっているのだ。


 ネットで小説を書いている人間なら、誰でも分かっている。

 けれど、それが嫌だから俺はこうして自分の物語を書いているのだ。自分の物語で、書籍化したいのだ。


 一番上にまで戻ると、DMが解放されていることに気が付いた。

 そして、相談を受け付けているとも書いてあった。


 冷やかしの気持ちで、DMを送ろうと思った。

 多分、ブクマが減ってやけくそになっていたのと、田島のSNSを見せられたのが原因なのだと思う。


 普段ならそんなことはしないが、今日ばかりはタイミングが悪かった。

 すぐさまDMを開くと、『俺の話も伸びるのか?』と、煽るようにメッセージを送った。


 返信なんて期待していない。ただ、それを見てそいつが少しでも不快になってくれれば良かった。

 つまらない妬み。そして、それのつまらない消化。

 

 電車から降りようとした瞬間、DMが返ってきた。返信が速すぎて驚いた。

 そこにはただ短く『URLを貼れ』とだけ書いてあった。


 偉そうなやつだな、と思ったが思い返してみると俺も大概に偉そうなDMを送っているので人のことは言えないと思い作品のURLを貼った。家に帰るために自転車に乗った。


 家に帰ってスマホを開くと、DMが返ってきていた。


『これ、何がしたいの?』


 すぐに、『書籍化したい』と返した。

 既読がついて、『無理だ』と返ってきた。


(……そんなの、分かってんだよ)


 悪態をつく。


 そう。そんなことは分かっているのだ。

 分かっているが、それでも本を出したいのだ。


『書籍化したいなら、今の書き方やめないと無理だな』

『無理って……』

『お前、人に作品読ませるつもりないだろ』


 しばらく、そのメッセージを見つめた。

 意味が分からなかった。


 誰かに俺の作品を読んで欲しくて、物語を書いているのだ。

 その俺が、人に作品を読ませるつもりがない?


 本当に、何を言っているのか意味が分からなかった。


『読ませるつもりならある』

『俺はそうは思わなかった』


 とても、シンプルに返ってきた。


『お前の話は、お前の自己満足だよ。全部お前の自慰行為だ。それをやめなきゃ、書籍化なんてできねーよ』


 それは突き放すようで、突き放していない返答だった。

 俺は、自分で考えるよりも先に返信した。


『どこが駄目だったのか、具体的に教えてもらえますか』


 と。


 田島とは違う。何の気遣いにも隠れていない刃が俺に突き刺さった。

 だが、それで構わないと思った。


 価値のない俺が傷ついた所で、何の意味がある。


『まず、序盤。最初から固有名詞出しすぎでついていけない。あらすじも設定ばかり語りすぎ。お前、他人の作品読まないだろ。どうせ、馬鹿にしてるんじゃないのか? ランキング作品とか、他の作品』

『馬鹿にはしてません』

『じゃあ、嫉妬で読めないのか』


 その通りだから、俺は黙る。


『俺に聞く前に、人の作品読めよ』


 そう返されたとき、俺は何も返せなかった。


『どうすれば良いですか』


 だから、代わりにそう聞いた。 


『テンプレかけ』

『嫌です』

『なぜ?』


 なぜだろうか。

 少しだけ考えて、送った。


『それは、俺の話じゃないからです』

『お前は書籍化したいの? それとも話が書きたいの?』

『書籍化です』

『なら、テンプレかけよ』


 ただ、シンプルに。

 ツリーに書いてあったことを、言われた。


『書けば伸びますか?』


 だから、逆に聞いた。


『中身によるんじゃね?』


 適当だな、と思った。


『でも、今よりは伸びると思うが』

『今よりも、ですか』

『ああ。お前の作品、俺には自分を慰めてるようにしか見えなかったぞ』


 それだけ返ってきて、その後その人から何も返ってこなかった。

 

 俺はスマホをしまって、自分の部屋に戻った。そして、パソコンをつける。

 今の作品についているブックマーク数は13。文字数は6万とちょっと。


 一番伸びた作品だが、このままやっても伸びないことなんて火を見るよりも明らかだった。


「……本を、出したいんだ」


 自分に言い聞かせる。本を、出したいと思っている。

 それは本当だ。けれども、それと同じくらい自分の話を書きたいと思っている。


 でも、そちらは本当なのだろうか? 

 自分の書きたい物語を書きたいのだろうか?

 それを使って、自分を慰めたいだけじゃないのか。


 その人から言われたことが、頭の中をめぐる。

 ぐるぐると、出口を求めて回る。


「……書籍化、したい」


 呻く。


 大学生で、書籍化している人間は少なくない。

 田島なんか、高校生に書いた話が本になっている。俺と同い年が、俺より年下が本を出している。


 それに、耐えられない。嫉妬で見ていられなくなる。


 なら、俺はどうすれば良いのか。


 俺はその日、数年ぶりにランキングを見た。


 とりあえず1万文字。ランキングを模倣しながら書いた。

 タイトルもそれっぽくした。


 気が付けば夜もそれなりの時間になっている。

 親は俺が大学受験に失敗したときから何も言わなくなった。


 放置されているから、食事が出来ても誘いもしない。

 だからこそ、集中できたのだろう。


 俺はとりあえず、書いた話を投稿してみた。

 

 そいつが時々呟いてたネット小説攻略法に、初投稿は1日に幾つも話を投稿した方が良いと書いてあったから時間をあけて投稿した。

 そして、食事を取って眠りについた。


 不思議なことに失敗したらどうしよう、と考えることは無かった。

 ただ、成功するとも思わなかった。ただ、無心だった。


 

 翌朝、アラームを止めるためにスマホを取った。アラームを止めると同時に、マイページに飛んだ。

 すると、そこに赤文字が踊っていた。


『感想が書かれました!』


 と、そこには書いてある。

 寝ぼけているのかと思った。

 

 だが、現実だった。

 流れる様に、タップする。


『どうせエタる』


 それだけ、そこに書いてあった。

 ただの、悪口。けれど、3作も途中で放置している俺には最もふさわしい言葉だろう。


 だが、それでも。


「…………ッ!!」


 それでも、その言葉がたまらなく嬉しかった。

 生まれて初めて、作品にもらった他人の言葉だった。


 誰かに頼んだわけでもない。

 誰かに読んでくれと言ったわけでもない。


 誰かがネットの海から探して見つけて読んでくれた上での言葉だった。

 だから俺には、それがたまらなく嬉しかった。


 そのまま自分の作品に移動する。

 いつもの、ルーティン。


 だからこそ、そこに書いてある数字に目を疑った。


『ブックマーク登録 42件』


「……そういう、ことかよ」


 俺の中で何かが壊れて、そして始まったのが分かった。


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― 新着の感想 ―
[一言] なんかこう、悪魔の契約に矜持を売り渡して闇落ちした感じありますね 好きを表現するために書いていたのが書籍化に取り憑かれていく様がなかなか良いホラーでした
[良い点]  シクラメン先生のご作品を読むのはこれが二作目ですが、テンプレでない物語としてはこれが生まれて初めてです。実に面白く興味深い内容でした。
[一言] 好みの雰囲気で好きです。 小説に関わるものの大体全てに対して劣等感が刺激されまくる主人公の、どん底に一人で勝手に落っこちていく危うさとか、ちょっと引っ張られそうになりますねぇ。 私はこの主…
感想一覧
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