決着
璃子が来ると校長は立ち上がり席を譲った。
「で?どうしたって?」といいながら淳の正面に座った。
マクレガーから説明があり、璃子が事態を把握してから話は再開された。
璃子が話そうとした瞬間、校長室のドアがノックされ生徒指導の教師が入ってきた。
「今回の件に関わった生徒9名が判明しました」
そう言いながら顔写真の載ったプリントを校長に渡し、目を通し終わると璃子に渡した。
「国見君に暴力を振るったのはこの子ね?」
と言いながらプリントを淳に見せた。
「そうです。」
淳も確認した。
「で?・・・国見君としてはどうしたいの?何が希望?」
「オレはこの件を警察に告発し刑事事件にすると共に民事でも裁判を起こすつもりです。」
「損害賠償?慰謝料ってワケ?」
「慰謝料の請求はします。」
「最初から言うけど、相手側の弁護士は示談を提案すると思うわ。なら最初から裁判なんてしなくても・・・」
「損害賠償は1億円を考えています、示談金で1億払いますか?たかが高校生の傷害事件で」
「払わないと思うわ・・・でも裁判の判決でもそんな額の判決は出ないでしょ?」
「過去、そんな額で判決が出た事例はありませんね・・・」
「じゃあ、どうしてワザワザ裁判なんて起こすの?」
「1億の損害賠償請求を高校生がするんです。地上波のプライムタイムで放送されてるニュース番組は飛びつくでしょ?」
「マスコミを使うの?何するつもり?」
「傷害事件の示談金なんて頑張っても300万が限度でしょ?そんなモノじゃ何にもならない・・・」
「なにがしたいの?」
「後悔と反省、それに全国でイジメに遭っている学生や会社員に、イジメをしている人間に対して何かをしたいとは思っています。」
それを聞いた璃子はタバコを揉み消し、顔を上げて淳に
「良い事だと思うけれど、残念ながらそれをして貰っては困るわ」
淳はそれも予想していた。
「璃子さんの任期中に揉め事は避けたいって話ですよね?」
「私の任期中ではなく、成城大学グループの問題よ」
「そうですね、幼稚園からの一貫教育を施している成城大学グループ、つまりその母体である四葉グループに対しても不祥事は不味い。」
それを聞いた璃子の目は吊り上がり怒りに手が震えた。
淳は璃子の視線を真正面から受け、不敵に笑顔を浮かべている。
旧四葉財閥の流れを汲む四葉企業群は日本のあらゆる産業に関わり、傘下4500社の年間売上は70兆円社員数は100万人。日本を支えていると言って過言では無いコンツェルンだ。
璃子は将来、その四葉企業グループの何れかの会社で社長となる人間だが、四葉の中でも会社の優劣があり、可能な限りグループ内の出世を狙っている。
四葉グループは、四葉銀行・四葉重工・四葉物産の御三家と呼ばれる頂点からなるピラミッドを構成し、その下に27社から成る金曜会に出席する事が許された会社がある。
グループ内の地位を上げる為に競って業績をあげ、国内トップのシェアを有する会社も多い。
グループ内の序列は利益に貢献すれば上がる仕組みなので、四葉親族の中でも所属する会社によって人間関係に上下があり、ドロドロとした葛藤が渦巻く。
璃子は幼い頃からその悲哀を見続けてきたので、多方面で懸命に努力を続けて来た。
なので、こんなつまらない事で躓きたく無いのだ。
淳を殴ったのは四葉伸一という3年B組に所属する男子だ。
「淳君は色々と四葉の内部事情を知っているようだから明かすけれど、この子はワタシの従妹にあたる。父の弟の次男坊よ」
淳の顔が少し変わった。少し考えてから
「場所を変えませんか?できれば璃子さんと二人で話したいです」
璃子は驚いた顔をしたが
「分かった。そうしよう。校長、後はお願いね。それから、その生徒達と親御さん達とは連絡取れるようにしておいて」
そう言うと淳を連れて駐車場に行き、自分の車に淳を乗せた。
車は四葉自動車が作っている電動の軽自動車だ。
「私の実家で話そう。一番邪魔が入らないし誰に見られる事も無いわ。」
車は田園調布に向かっていた。
大邸宅だった。
着くと女執事が淳を応接室に案内し、少し時間をおいて璃子が入って来た。
淳の正面に座ってすぐ
「成城側を代表して淳君に訴訟を取りやめて貰う条件を言うわ。」
いきなりだった。璃子は話を続ける。
「まず、キミに暴力を振るった四葉伸一は本日付けで退学。
四葉伸一からは慰謝料として100万円。一緒にいた生徒達8名は停学処分。
学校側は再発防止対策として各所に監視カメラを導入。
さらに成城グループが中心となってイジメ対策委員会を教育委員会に提唱して具体的な対策方法を協議・施行していくわ」
『判断が速い!これ以上オレに何も言わせない為か?』と淳は思った。
璃子は目の前に置かれたコーヒーを飲みながら淳の反応を観察する様に見ていた。
「わかりました。名前を出さず穏便に対処しましょう。」
「そう・・・ありがとう。伸一にはよく言っておくわ」
「ただ・・・慰謝料は必要ありません」
淳の答えは璃子には意外だった。
「なぜ?1億とか言ってたじゃない?」
「あれは話題のインパクトを大きくする為です。穏便に処理するなら必要ありません。病院代だって学校が払ったし。」
「そう・・・それでいいの?」
「いいです。でもお願いがあります。」
璃子は「きた!」と思った。
この程度の条件で淳のような人間が引き下がるハズが無いのだ。
「お願い?」
「はい、璃子さんにお願いです。」
「どんな凄い事を言われるのかしら?」
淳はニヤリとしながら、
「お願いは二つあって・・・
璃子さんはこれから四葉の中でどんどん登っていき人だと思います。
ボクはまだ将来どうするか決めてはいませんが、もし璃子さんにお願いしたい事が出てきたら力になってもらえませんか?」
璃子は意外だという顔をして淳を見た。
「わたしに出来る事があれば何でも・・・でもそんなのでいいの?」
「四葉の中核にいる人間の協力を得られるなんて、普通の人間には夢の又夢ですよ」
淳が笑った。それを見て璃子もホッとした様に笑顔になった。
「淳君って15歳がする交渉じゃないよね・・・やり手オヤジと話してる気分だったわ」
淳が苦笑した。
「今まで同年代の人間と接点が少なかったし、周りは年上ばかりだからかも知れませんね」
「そっか・・・みんな優しい?」
「はい、少なくてもイジメは無かったです」
これには二人で笑った。
「で?もう一つのお願いってなに?」
「帰りは家まで送って欲しいんです」
璃子は爆笑した。
「送るわよ!心配しないで。」
トラブルの話は落着したので、話題は淳の経歴や家族の話、璃子の家族や四葉の話になった。
暫く話して辺りも暗くなって来たので、璃子が淳を送ろうと外に出た時に大きな黒い車が滑り込んで来た。
女執事が後ろのドアをあけるとスーツを着た老人が降りて来た。
璃子が驚いて老人に駆け寄った
「じいちゃん!どうしたの?なにかあったの?」
「いやいや、近くまで来たので玉にオマエの顔でも見ようと思ってな」
淳はその老人の顔をジッと見た。
四葉重蔵・・・四葉グループ総帥。社員100万人を束ねる日本の影の王様だ。
「お客さんか?」
重蔵が淳を見て璃子に尋ねた。
「私の教え子よ。15歳なんだけど、頭が良くて飛び級で帝国大とハーバートを卒業してからウチに来てくれたの」
璃子の説明を聞いて、龍造が淳を見る目が少し変わった。
重蔵が何歩か淳に向かって歩きだしたので、淳は駆け寄る様に龍造の方へ向かった。
「はじめまして。国見淳と言います。」
「そうか、ワシは璃子の祖父で四葉重蔵と言う。璃子をヨロシクな」
そう言うと玄関から家に入っていった。
「淳くん、申し訳ないけど、私は送って行けなくなった。悪いけどウチの車に乗って帰って」
「気にしないで下さい。ボクは家に帰れば良いので」
初めて四葉重蔵を見た。
迫力はあったな・・・
帰りの車の中で、重蔵の迫力が自分の中で増していく様に感じた。