姉からのアルバイト
淳は自分の財布の中を見てため息をついていた。
帰国して自作のパソコンを新調しようと思い、それまで貯めていた小遣いを合わせて色々なパーツを買ったせいだった。
来月の小遣い迄まだ長い・・・
もう少しパーツを揃えたいが来月まで我慢しなくてはならない他に、来月の頭に綾子の誕生日が迫って来ていた。
普段から世話になっている綾子に誕生日プレゼントを用意しようと思っていたが、予算が組めなかった。
今日は土曜日で亮が取引相手とゴルフで出掛けている以外、家族全員が家にいる。
誰かに無心しようか・・・若しくはアルバイトでもしようか、色々と考えていた。
下のリビングから綾子の声で、
「淳くーん、美味しそうな梨を貰ったから一緒にたべよー!」
と、聞こえて来たので取り敢えず下に降りて行った。
リビングには旭もミアも慧もいてテーブルには8等分にカットされた梨が皿の上に山盛りになっていた。
聞けば鳥取のふるさと納税の返礼品らしいが、家族で鳥取に所縁のある者がいないので不思議だった。
聞いてみると、どうやらミアが「あたご梨」を食べてみたいという事で綾子が金を振り込んだと旭から説明された。
食べてみると美味しい!日本は本当に美味しい物が豊富だとミアはいつも言っている。
淳にはイマイチそんな実感は無いが、NYで色々な物を食べてきたミアが言うならそうなんだろうと思っていた。
「淳、今日はイマイチ元気無いね?調子でも悪いの?」
ミアが梨を頬張りながら言った。
「いや・・何でも無い。普通だよ」
淳も梨を食べながら答えた。
「そう・・・なら良いけど」
そう言って、ミアは2切れ目の梨にフォークを刺した。
慧は黙ってその様子を見ていたが、不意にニヤリとした。
ついさっき、淳が部屋で自分の財布を見ながらため息をついていた所を見ていて、ピンときていたのだ。
「ねぇ淳、ちょっと私からアルバイト頼まれてくれないかな?」
淳はアルバイトという言葉に敏感な反応を見せた。
「バイト?なに?いくらで?いつ?」
余りにも淳の反応が速かったのでミナが笑った。
「いま私の仕事で、日本の時期主力戦闘機について官僚達と議論してるんだけど、コレだ!って意見が無くてね・・・。一番の焦点は現在第4.5世代と言われている戦闘機から第6世代になる戦闘機の開発を目指しているんだけど、肝心のその第6世代という定義が定まっていないの。
現在アメリカや中国は勿論、ヨーロッパでも共同で新世代の戦闘機開発で競争してるんだけど、それを知った上で淳がどう思うかをレポートにして欲しいんだ」
「官僚や秘書じゃダメなの?専門家集めて会議とかもしてるんでしょ?」
「勿論してるわ。でも彼等は既存の物を改良したり定義や目標がハッキリしてる事に関しては凄い能力を発揮するけど、新規で未知の物を創造する事には不得手なの」
それを聞いていた旭は驚いた顔で慧を見て
「そんな重大な事をどうして淳に?」
慧は旭に顔を向け
「パパは知らないだろうけど、この前淳は亮にプロ野球チームの強化に対するレポートを作っているの。綾ちゃんは一緒にいたから知ってるけど、亮は簡単だけど着眼点が専門家と違っていて見るべき点が複数ある、って評価してたの。だから私も国防とか戦闘機を知らない淳がどう思うか知りたくて。どう?淳?」
淳の視線は何処を見るでも無く右上の方に向いている。
右脳が活発に動いている証拠だ。
右脳は空想等の実際に見た事や経験が無い事に思いを馳せている時に活性化する。
嘘をつく時にも同じ様に右上を見るが、淳は片目を瞑ってウィンクの状態であり、これは困惑した時や驚いている時に出る症状だから嘘を言おうとしてはいないと慧は判断した。
「分かった、やってみる」
淳が答えると慧は自分の携帯を開き仕事で使っている部内の共通カレンダーを見た。
「木曜の午後イチからその会議があるから、水曜の19時迄に結果を頂戴ね。
報酬はレポート一枚につき2000円、文字を大きくしたり無駄な写真なんかを付けたら無効に「するからね」
慧の言葉に綾子が笑った。
ミアは報酬の内容に満足そうに頷いていて、旭はミアが納得したなら良いと考えている様に見えた。
4切れの梨を食べた後、淳はテーブルの上にあったココーヒーサーバーからサーバーと自分のマグカップを持って部屋に上がった。
それを見ていたミアは
「あ~あ、アノ子本気でやるつもりだわ。夕飯食べないかも」
淳は予め集中して作業する時には大量のコーヒーを飲む。
脳が活発に活動した時に出る老廃物とも言うべきアミロイドβというたんぱく質の排出を助ける作用があるからだ。
淳は国産戦闘機の歴史、経緯、状況、環境から調べ始めた。
F1から始まるF2、F3に繋がる思想を知りたかったからだ。
第2次世界大戦後、日本はアメリカより国産戦闘機の制作を禁止されていた。
零式を始めとする日本の航空技術を恐れたからだと言われている。
その為に日本の航空産業は世界水準から20年以上の遅れを取ったとも言われている。
それが今の政権になって許可されたのは、中国の急激な軍備拡張とアメリカの財政状況、北朝鮮の核問題も影響しただろうが、何よりもタイミングを見計らった外交努力の成果だと思われた。
F2戦闘機はアメリカのロッキード社と共同開発した物で、外観は似ているが翼の面積を始めとする細かな改良を断続的にした事によって飛躍的に性能が上がり、ロッキード本社から性能に関する技術開示を要求される迄になった。
日本が独自開発に拘るのは、重要な主要パーツの情報が非開示でありアップデートをする際の時間と手間とコストが大きいからだ。自国開発となれば、その問題は一気に解消される。
今まで自国開発を断念してきたのは、一番重要なジェットエンジンが世界の戦闘機の水準に達しなかったからだ。
だが、石川県にあるIHI社が世界水準を超えるエンジン開発に成功し日本オリジナルの純国産戦闘機が現実味を帯びてきた。
レーダー等の電子機器分野では既に世界一の性能の物を開発済みで、アメリカの要請で技術を開示したものの更なるアップデートを行う予定だ。
機体はF1、F2の機体をライセンス生産してきた四葉重工のノウハウ技術があり、新素材の研究も進んでいる。実際F2戦闘機の機体に使用された新素材は日本の研究と技術に寄る物だ。
技術面である程度の目途はついたが、問題はゼロから制作するノウハウが無い事とそれに伴う開発時間、それにコストだ。開発期間が延びれば経費も比例して高騰する。
量産数にもよるが、アメリカの最強戦闘機は1機23億円もするが、それだと数を配備出来ない。
140機配備予定だったF2でさえ単価が13億円になってしまい配備数が90機になってしまった。
「時代はいつだって安価で高性能じゃないとダメなんだ」思わず淳は一人事を漏らした。
今回のF3計画は10年で2兆円の予算だと推測されているが実際にはもう少し上乗せされるだろう。
次に第6世代戦闘機について調べてみる。
現在最強と言われるアメリカの「猛禽」という名のステルス戦闘機は第5世代にあたり、対抗して創られたロシア製も中国製も同じ第5世代だが、性能は及んでいない。しかしアメリカは既に第6世代の開発に着手しており、10年後には配備されると言われている。
日本が目指しているのは、周辺の中国・ロシア製の戦闘機を凌駕する性能であり、それを実現するには誰も知らない第6世代戦闘機の開発が必要という結論だ。
しかし、第6世代については世界中で定義の段階で議論している最中で定まっていない。
日本の議論も現段階では同じだ。
「それを作れって事か・・・とんでもないぞ」
どうしてもブツブツ言葉に出てしまう。
第6世代の定義として議論されているのは、
アフターバーナーと呼ばれるエンジンの再燃焼装備を使用せずに音速を超える速度が出せる事。
レーザーを利用した破壊兵器を搭載している事。
制空性能は現状より高性能である必要があるが、空対地においてより性能を重視する事。
無人化する可能性もある事。
で、ある。
さて、どうしようか・・・淳が悩み出した。
コーヒーを飲もうとしたが、もう全部飲んでしまっていた。
時計を見ると夜と言っても間違い無い時刻を指している。
ノロノロとカーテンを閉めた後、サーバーを持ってリビングに降りた。
丁度夕食の時間だった。
いつもミアと綾子が順番に作っていて、今日はミアの当番だった。
「ちゃんと晩御飯食べなさいよ!」
コーヒーを落としにキッチンに行くとミアに注意された。
笑顔で応えたが、頭の中では日本のF2戦闘機と中国のステルス戦闘機が空戦をしていた。
食卓に座ると、ゴルフから帰って来た亮と旭が将棋をしていた。
将棋は旭の趣味でアマチュアの大会で優勝経験もある。
「将棋は数学だからな」というのが旭の口癖で、亮も淳も幼い頃から教えられた。
ボーっと眺めていたが閃きがあった。
お互いに得意な戦法は違う。つまり西側諸国と東側諸国では求める事が違う事もある。
戦うフィールドは同じでも、戦闘に対する概念に違いがあれば定義も変わってくる。
淳はすぐに部屋に戻った。
アメリカとロシアの戦闘機の特徴を比べ相違点を調べ出した。
つまりロシアや中国の戦闘機を上回る性能を持ち、アメリカの考える次世代戦闘機の性能を予測する為だ。それが日本の考える次世代戦闘機の定義になる。
淳はそう考えた。
結局、夕飯は食べずミアに叱られた。
だが、日曜の夜11時にレポートは完成した。
慧の部屋に行き完成した事を告げ、書類にしたレポートを添付書類を添えて渡した。
結論
湾岸戦争以来制空権争いの機会は減っている状況の為、次期戦闘機は現世代の制空権戦闘能力を維持、若しくは向上しながら対地攻撃が重要視され、より多くの武器を積み込む為に大型化すると思われる。またその大型化した機体で超音速飛行を実現する為、エンジン出力は向上され推力20トン級のエンジンが双発で設計される可能性が高い。
第5世代戦闘機の「敵に発見されず、より早く敵を発見し攻撃する」といった基本的な考えは継続し、現状の敵探査能力はより高度化し向上すると思われる。
アメリカでは人口知能を組み込んだ無人戦闘機がベテラン操縦士との空戦に勝利した事例もあり、無人化の可能もある。ロシア空軍でも無人機化の可能性は高い。ただし中国には戦闘経験のある操縦士が少ないと思われる為、人口知能用の情報は少なく無人化の可能性は低いが技術力を誇示する為に無人戦闘機を制作する可能性もある。
但し無人化戦闘機は単機で運用するのではなく、その操作の為に有人機とペアで運用する可能性の方が高い。
アメリカは高出力のレーザー兵器の実験を成功させているので、レーザー兵器搭載は既定路線だと思われる。
以上の事から、第6世代戦闘機は
1、対地攻撃の性能が向上し搭載武器の量を増やす為に大型化する
2、再燃焼装備を使用せず音速の1.3倍~1.5倍の速度能力を有し再燃焼装備使用の場合は更にその倍の飛行速度能力を持つ。
3、レーザー兵器を搭載する。
4、僚機とのネットワーク通信による索敵能力が広がり現状から1.5倍以上の範囲で索敵可能な能力を持つレーダーを装備する。
5、有人機から操縦できる無人機とペアで運用する
「なるほど・・・簡単だけど理解し易くて良く出来てる。亮の言った通りだわ」
慧は最初は笑顔で、どれどれと言って見始めたが読み進めると共に目が真剣になった。
「Good job! Well done! ありがとうね」
そう言うと、財布を取り出し中から一万円を差し出した。
「え?」という顔をする淳に
「枚数は少なかったけど、想像以上の出来だったからボーナスよ。ただしママには内緒ね」
と言って握らせた。
「ボク、少しは役に立った?」
「うん。役に立ってるよ。ありがとう!」
そう言って右手で淳の頭を撫ぜた。
淳はホッとした。
「お金は要らないから、何かボクにできる事が出てきたら言ってね」
その言葉を聞いて、慧は心底淳を愛おしく思った。