退屈からコマ
成城高校のクラス編成は入試試験の総合点数で成績順にA組から20名毎にE組まで編成される。
毎月25日に定期試験があり、その結果で科目毎に個人ランクが公表され、そのランクに応じて教室を移動しランクに合った授業を受ける事になっている。。
例えば、国語の授業はAランクでも数学がBランクならAランクの教室からBランクも教室に移動して授業を受けるという事だ。
これは四葉璃子が理事長に就任してから改革した事で、
目的は個人の不得意科目を不得意で終わらせない事、個人の理解度によって授業のレベルに差をつけ理解度を高める事だ。
文科省もこのやり方に注目している。
淳はA組に編成されたが、満点だったので授業別に教室を移動する必要が無かった。
科目によって授業を受ける生徒の顔ぶれと人数が変わり、これは高校の授業というより大学の講義といった印象が強い。
朝のホームルームで紹介された時、
「今日からA組に入る国見淳です。ヨロシクお願いします」
と言った時、教室がどよめいた。
外見から判断し白人の留学生だと思っていて英語でスピーチすると思い込んでいたのが、澱みのない日本語だったからだ。
マクレガーが母親がスェーデン系のアメリカ人だと説明すると、全員が納得した。
名乗った時に一応拍手は起きたが、儀式というか礼儀的な物で表情は何を考えているのか分からなかった。
好意を隠しているのか、敵意を隠しているのか、という意味で。
また自分と同様に他人に対して無関心なのか淳に判断が出来る訳も無かった。
この日、授業の間にある休憩時間にも昼休みの時間でも淳に話かけてくる人間はいなかった。
つまり言葉を発したのはホームルームの自己紹介の時だけだった。
アメリカの大学の時はポジティヴでもネガティヴでもまだ反応があったが、ここでは全く無い。
思い返せば11歳で帝国大の講義を受けた時もこんな感じだったから、外国人が日本人の事を分からないという恐怖の感情も理解できる。
授業は知ってる事ばかりで淳が取り入れる知識は無かった。
退屈で外ばかり眺めていたが、ふと兄と話したプロ野球団の事を思いだした。
淳の中で何かのスイッチが入り、猛然と野球というスポーツを調べ出した。
授業中なので当然バレると注意され今後も目を付けられる、最悪退学処分になるうかも知れないと思った淳は、教師の話を聴いている振りをしつつ、時々頷き、だが机に備え付けられている電子端末で野球という物の情報を漁り捲っていた。
強いチーム、弱いチームの原因を知りたかった。
強いチームは人気があり収入が上がるからだ。
弱いチームと比較し、違いを見つけだす事によって強いチームの理由を知り弱いチームの改革に繋げようという考えだ。
放課後、職員室に呼び出された。
バレたのだ。
当然といえば当然で、原因は学校の端末を使った事で検索履歴を覗かれたせいだ。
注意で済んだが、かなりキツイ言い方をされた。
「こんな事が重なるなら退学処分も視野に入れた指導になるぞ」
とマクレガーから言われ、
「それじゃ、もっと楽しい授業をしてくれ!」と言いそうになったが、家族の顔が浮かんで思い留まった。
「特待生がこんなにも早く注意を受けるなんて前代未聞だぞ」
(その特待生を合格させたのはアンタに給料出してる学校だけどな)
顔を見られない様に下を向きながら、小さい声でハイ、ハイと返事をしながら、この時間が速く過ぎる様にと願った。
家に帰って来てから更に情報を漁り、徐々に自分なりのチーム強化案が固まって来た。
そこで具体的にチームを絞り例として今年日本一になった福岡フォックスと最下位に終わった大阪ダイオーズを比較する事にした。
チーム編成、選手の年齢層、設備投資、市場規模、傾向等の数字を比較するのだ。
判明した事は、投資額に応じて結果は大きく違うという一点だった。
まず契約しているスカウト数は3倍近い開きがあったし、フォックスのスカウト達はそれぞれ二広いネットワークを構築していた。これは組織の営業に通じるモノがあって売れっ子セールスマンが独自の情報網やコネクションを持っている事と同じだと感じた。
支配下選手数にも開きがあり、フォックスは三軍制を採用しているのに対しダイオーズは二軍しか無い。選手数の多い方が可能性の面で有利なのは当然だ。
年齢層はダイオーズの方が若干高かったが、これは補強として実績を残した有名選手を入団させている事も影響していると思った。ただこれはスカウトした選手が期待した基準まで成長できていない結果の裏返しとも言える。
設備投資の差が一番顕著だった。フォックスは練習場に最新のIT機器を導入し選手個人のデータを始めとして打撃フォームや投球フォームも球団から支給されているタブレットを使い自分で確認できる。
二軍・三軍の練習場に導入した最新型で170キロのバッティングマシン等圧巻の内容で投資額は100億円に届く額だ。ダイオーズは練習で使用する消耗品の補充程度の金額で、投資とは言えないレベルにある。
市場規模はダイオーズの方が大きい。球界の盟主を公言する東京ジェントルマンのライバルとして全国区の人気がある。対してフォックスはここ何年かの強さで人気が上がってきてはいるものの大阪と福岡だと基礎になる人口の桁が違う。
因みに、ダイオーズの球団社長は親会社からの天下りが多い。グループ会社としての日本らしい形だ。
フォックスも親会社があり、天下りはあるが球団の重要ポストには就任しない。
フォックスはグループのシンボルとして球団を位置づけていると感じるのに対して、ダイオーズは本業の電車を生かす為に球団を利用している印象が強い。
選手年俸は成績が違うので一概に比較出来ないが、フォックスのペイスケールは大きく夢がある数字だった。
以上の考察を踏まえて、レポートにして亮に提出する事にした。
ただ、一つだけ推測も加える。
土地柄のせいかフォックスの選手は失敗しても翌日の報道で大きく報道されない。
ダイオーズは地元新聞が個人名を出して批判する事から、、失敗してもいいから思い切ってプレイするフォックスに対して、批判されない様に・失敗しない様にプレイするダイオーズという印象を書き加える事にした。
これはフォックスの三番を打つ天才打者のインタビューから思い付いた事だ。
最終的な提言として、
実績のあるチーム監督とコーチ陣、練習場に対する効率的な設備投資、実績のあるスカウトの人数追加、支配下選手数の拡大、を大きく主張した。
備考として報道における地域性の事も書いた。
勿論、参考資料も添付して書類にし大きな茶封筒に入れて亮の靴の上に置いた。
明日の通勤時に目を通してくれるだろう。
レポートが完成して時計を見ると朝6時半。
12時間以上、休憩無しで一気に書き上げた。
自分が面白いと思った物に対しては時間は関係なくのめり込んでしまう。
幼稚園の時から面白い本を読み始めると最後まで読み終えないと止められないのと同じだ。
でもこの集中力のお陰で色々な知識を蓄える事が出来たと自分で思っている。
こんな風に育ててくれて良かった、と両親に感謝した。
「ほんと、そういう所はパパと一緒ね」
前にミアと慧が話していた事を思い出した。