アメリカ ロシア
桜の会に出席した。
ロシアのウクライナ侵攻開始によっていつもより雰囲気は緊迫していたが、冒頭は矢部が総裁選の内幕についての説明から始まった。
「まず民自党総裁選についてご報告申し上げる。
結果として岸川が総裁になり総理大臣に就任しました。」
「キミが推していた淳クンの姉さんも若いが良かったがのう・・・」
重蔵が淳と矢部を見ながら言った。
淳は重蔵に軽く頭を下げる。
「敗れはしましたが、彼女の出馬は当選を目的にしたものではありませんでしたので・・・
今回は敗戦したものの、予想以上の収穫を得る事が出来たと思います。」
矢部が重蔵に説明した。
「ベーシックインカム政策の発表は衝撃的でしたね。矢部さんは知っていたんですか?」
愛知自動車の豊田社長が矢部に言った。
「いえ、知りませんでした。 こういった事は淳クンの方が詳しいと・・・」
矢部はニヤリとして淳の方を見ながら言った。
淳は
「確かに少しだけボクの意見は伝えました。
もともと姉の依頼で、少子化問題についてのレポートを制作している段階から出て来た古くからあるイギリスの政策です。
感染症対策の一環で給付金の事も頭にありましたから、こんな政策もあるよ、って程度の話でした。
あのレベルまでの構想は姉のオリジナルです。」
すると矢部が笑いながら
「彼女には出馬を要請する際に、使えるモノは何でも使え、と言いました。
ちゃんと理解していてくれたようです。」
そして続けた
「今回の政権は短命です。様々な要因があり岸川のやり方では支持率はあがり辛い。
ですから、次期総理の準備をする必要があったのです。
幸いにして国見慧という議員の優秀さをアピールできたし、党内に一応の流れは作ったつもりです。
次回の総裁選は倖田と国見、さらに萩原といった若い人財で争われるでしょう」
「岸川さんが当選する予想を出していたのにも驚くが・・・短命?」
豊田が矢部に尋ねた。
「彼はワタシの内閣でも重要閣僚を歴任してきました。
優秀です。官僚の使い方も上手い。
ですが、肝がイマイチ小さいというか・・・覚悟が足りない。
例え悪人になっても未来の為にやらなければならない事もあるのに・・・
更に彼は財政健全化を進めようとしています。
先程名前が挙がった国見と正反対の政策を施そうとしている。
この状況では理解を得るのは難しい。
よって支持率も下落すると思っています。
つまり目前に控えた参議院選でも我が党の議席数は減ると覚悟しています。
短命と言った理由の一つがソレです」
「なるほど・・・良い人でいたいんですね。それは組織のトップとして危険ですね。」
豊田は納得したが、答えた矢部は少し残念そうに下を向いた。
「今回の政権にも外交は期待できるのか?」
重蔵が言った。
「まず・・・ワシントンは岸川を評価していません。
例えば韓国に対しては現状と変化無いと思いますが、中国に対しては対中国政策についての発言から、現状よりも後退するとアメリカ政権は予想しています。
経済も勿論重要ですが、まず安全保障がしっかりしていないとそんな話は出来ないという事を頭では理解できていても感情まで納得できていない。つまり巷で言う、平和ボケです。
私の政権下で国防費を大幅に増やしましたが、この政権が同じ事をするか確証は出来ません。
勿論できる限りの事はしますが・・・」
重蔵は話を聞いて溜息を洩らした。
「有事の際は心配だのう・・・」
重蔵の懸念は無理も無かった。
ロシアの軍事侵攻が連日報道されている現状では、国民の間でも安全保障に対しての議論が巻き起こっている。
ウクライナに対してのロシア軍侵攻について、自衛隊情報部の財前美津子から説明があった。
政治的背景や、これからの予想がザっと説明される。
だが、淳の一言で雰囲気が変わった。
「今回の一件で、僕は豊臣秀吉の北条攻めを思い出しましたよ」
「秀吉が北条を滅ぼし全国統一を遂げた戦い?」
それまで説明していた財前が不思議な顔をして淳を見た。
「それです。北条がルールを破る時を待っていた秀吉が一気に北条を落とした戦いです。」
「なぜそれが・・・」
「アメリカがロシア大統領の失脚のチャンスを待っていたという意味です。」
「どういう事?」
「今回、アメリカはかなり正確にロシア軍の侵攻を把握していました。
つまりロシア軍の内情まで完全に把握していたという事です。
さすがCIAという所でしょうか。
アメリカは各方面に警告はしていましたが、肝心のウクライナに対しては早急に軍事同盟を結んで防衛するといった事はしませんでした。
早急な同盟締結が可能だったのにしなかった。
それどころか、早々と軍は派遣しないと表明までした。
なぜか・・・自分達が国として参戦しなくても勝てると踏んだからです。
そして確実にロシア軍を侵攻させるために・・・
そしてロシアは予想通り侵攻し、世界中から非難声明が出され世界中から経済制裁が実行される。
ウクライナ側の被害が大きくなればなるほど制裁は大きく強硬になる。
その制裁実行が確実になったところで今度は自国のエリート部隊をウクライナ兵として潜り込ませ被害を抑えにかかる。
ただアメリカだけでなく、イギリスも強硬な態度でしたからイギリスも部隊を潜入させているかも知れませんが・・・。
現在ウクライナも外人部隊を受け入れると表明したので一般の民間軍事会社を装ったドイツ軍やスペイン軍の兵士も自国の武器を持って参戦すると・・・
ロシア軍は短期で戦闘を終結させなければなりません。
経済状態が良く無いのは、以前の桜の会でも財前さんが仰ってましたから・・・
短期決戦を阻止する為の秘密部隊投入です。
アメリカの思惑通り戦闘は市街地に移りゲリラ戦の様相を呈してきた・・・
これはロシアにとって誤算です。
ゲリラ戦に短期決戦は有り得ないからです。
時間が経てば経つほどロシア軍は不利になります。
各国の精鋭部隊や最新鋭武器が投入されてきますから。」
淳は、自分で言った事を確認するようにゆっくりと話した。
そして更に
「アメリカにとってはロシア軍を侵攻させる事こそが重要であったのではないかと思っています。
世界の金融機関を動かすには、このくらいのインパクトは必要ですから。」
「ロシア大統領は核兵器使用を匂わせているけど?」
再度財前が淳に尋ねる。
「核は威嚇するのが一番効果を見込める兵器です。
撃ってしまえば、アメリカもNATOも正式に参戦し、核による報復が始まります。
ロシアの主要都市全てに核ミサイルを撃ち込んでも余る程の保有数ですから勝敗は目に見えています。核を打つなら人類滅亡まで覚悟しなくては・・・
それに技術も進歩している・・・広島型原爆の50倍の威力なんてザラですから。
ロシア軍もそれを知っている。
更に大統領自身とロシア軍掃討戦が始まります。
ISの指導者の哀れな末路を知っていて、大統領が少しでも正常な判断力を残していれれば核ミサイルは撃たないと思います。少なくともそう信じたい。」
「アメリカはなせそこまで・・・」
豊田が言う。
「前回の大統領選挙を覚えていますか?
ロシアがインターネットを使って世論を操作し大きな影響を与えたという・・・
CIAはそれを掴み、監視を強力にした事から軍部や政治の動きを敏感に察知していたのでしょう。
結果としてロシアを屈服させる切っ掛けを掴み作戦を立案した。
その選挙の報復と、二度と同じ事は起こさせないという危機管理からでしょう。
更に、これはどんな事よりも中国や北朝鮮に対しての強烈なメッセージにもなります。
そして同盟国にもアメリカはベストの選択肢なのだと。」
「なるほど・・・」
矢部は真剣な顔をして息を飲んだ。
淳の推測は納得させる要素が多い。
「今回のアメリカ政権は思ったより優秀なのね。」
国際政治学者の黒崎瑠璃が笑った。
「大統領はそんな優秀だとは思いませんが、脇を固める官僚達はピカイチです。
次期大統領でも狙っているのでしょう。」
淳はニヤリと笑った。
「ロシア通貨のルーブルはソ連崩壊と同じ程度まで下落するでしょう。株も同様です。
しかし3年から4年後には元通りになる。
西側諸国は新しいビジネスチャンスとなります。
感染症の影響で低迷してる各国の経済界にとっても良いニュースですね」
黒崎が笑った。
「おそらく、もう少しで停戦交渉が行われるでしょう。
ウクライナの大統領とロシア大統領の会談ですが、ウクライナ首脳には裏でアメリカのアドバイザーが付くと思います。
戦後賠償も強気で行くでしょうが、今後のアメリカやEUからの支援も大きくなると思いますよ。」
淳の言葉に黒崎も笑みで頷きながら、
「矢部さん、これからの東欧は宝の山になる可能性ありますよ。
もっと日本も積極的に援助や支援した方が国益に適うんじゃないですか?
「淳クンの話を聞いていたらそう思ってしまうな・・・
だが問題は停戦までに何人死ぬかだ・・・。」
矢部は憂いのある表情で窓の外の景色に視線を移した。




