国見 矢部 岸川 倖田
民自党総裁選における候補者の所信表明演説会は地上波テレビ・ネット配信で生中継される。
政党の党首を決める党内選挙ではあるが、勝った者が総裁になり総裁が総理大臣になるのだから無関心ではいられない。
増してパンデミック下で行われる状況からいって、通常の総裁選よりも外出が控えられている視聴者は増加が確実視されている。
民自党は議会の半数以上を占める保守政党ではあるが、人数が多い分考え方も多様に渡り政策に対して一枚岩では決して無い。
しかし選挙となるとそれまでと一変して強固に団結する。
それは民自党が政治思想や理念が一致しているから集まったのではなく政権与党であり、そこで発言権を得れば自分の政策の実現に近道であるから民自党に入党したという人間が多い事の表れだ。
今回の選挙ではベテランの革新派2名と若手の保守派1名という構図になったが、珍しい事では無い。
政権与党が変わる程激変する訳では無いが、これまでの保守派が強かった政権から革新派にかわるとなると影響は大きい。
そう言った意味でもメディアの政治部は結果に注目している。
所信演説は、候補者3名がそれぞれ自分が政権担当者になった時にどんな事をするのかを発表する場であり、それに対して他の候補者からの意見や問題点・懸念材料を指摘しあう政策論争の場になっている。
メディアでの意識調査では支持率トップが岸川の40%、2位に30%の倖田、最後に20%の国見といった結果を発表しているが、ネット界隈ではトップが倖田の45%、次いで岸川の30%と国見の25%という結果で大きな乖離がある。
どちらが正しいのかは終わってみなければ分からないが、1度目の投票で過半数を取得できる者は無く、決戦投票までもつれ込むのは確実な情勢だ。
演説会の夜の政治ニュースは各候補者の提案を掘り下げ分析する内容一色となった。
政治評論家が様々なコメントをしていた。
ただ、その中で一石を投じたのが国見慧の経済対策案で、他の候補者が給付金や構造改革に対して述べる事が多かったのだが一人だけベーシックインカム制度の導入を明言したのだ。
ただし全員に支給する訳ではなく、労働者及び学生限定での実施である。
「社会の商業構造を改革しても賃金にまで普及するにはかなりの時間が必要であり、現状は逼迫している情勢で余裕が無い。ならば政府が直接個人の口座に月5万程度振り込めば良いではないか?
労働人口は約6000万人で、1人5万円とすれば国の負担は年間18兆円で、この程度なら補正予算で賄える。
4人家族なら月額20万となり経済対策として十分だし、企業ではなく個人の消費に直接刺激を与える方が効果的で結果も出やすいのではないか?
生活の為の給付金ではあるが、これによって観光産業や飲食産業を始めとする様々な業種にも大きな波及効果を及ぼすのは必至であると容易に考えられる。
企業の設備投資を促す政策と言っても、現状のデフレ状態では企業で内部留保していた方がお金の価値は相対的に高くなる。金の価値は下がらないが、金融資産以外の物の殆どの価値が下がるからだ。
インフレ状態にする為には、お金を使う消費者に直接投資した方が結果は速い。
インフレになれば金よりも者の価値が上がり内部留保していると金の価値が相対的に下がる。
設備投資も増えるのは道理であり、更に市場で流通する金の量も増加する結果、いよいよ30年以上続いてきたデフレ脱却の課題を克服できる。
更に経済対策が主眼ではあるが出生率の向上も見込めるうえに、
支給金額が一律であるがゆえに物価の安い地方の方が有利となる為、地方創成に関しても期待できる。」
他の候補者の掲げる経済対策案とは一線をどこか時限の違う政策だ。
慧の政策提言を評論家達はこぞって取り上げ、メリットとデメリット等を論じていた。
外交面でも、特に経済安全保障について詳しく述べていた。
他の候補者は抽象的な物言いなのだが、世界的なサプライチェーンの再構築に日本が参加する為には・・・という観点で述べている。
正にアメリカ側の望む構想だった。
対中国政策においては、開催の迫った五輪の事を引き合いに出し、アメリカが不参加を決定した場合の日本の対応に言及している。
これは民自党所属の保守的な考え方を強く持つ、岩盤支持層といわれる党員達から大きな支持を得た。
ネットでは国見待望論まで見かける様になった。
矢部の目論見通り、慧は選挙戦の台風の目となった。
世間の注目を浴び、これまでの経歴、容姿から家族構成まで随分と報道された。
世界的有名な博士を父親に持ち、アメリカでトップモデルだった母、ITバブルで一気にのし上がった双子の弟、神の子とも呼ばれる超天才児の弟・・・。
当然、地上波各局のワイドショーでも慧と民自党総裁選は取り上げられた。
元々知名度は低くは無かったのだが、更に広い年齢層に認知される事になった。
若い女性の間では慧が来ているスーツのブランドも話題になっている程だ。
『意外に弁が立つ』というのが評論家の国見評で政策への評価も高い。
具体的で理解し易いからだ。
亮のアドバイスで、理解度に重点を置いた演説のお陰だ。
そしてそれが理由となり、世間の意識調査でも高ポイントだった。
しかし民自党の一般党員、特に高齢の男性からだと【若い女の割に】という枕詞が付くのだが・・・。
「あと何年か経験を積んでから総理になって欲しい」というのが大方の意見だ。
反対に若い世代は圧倒的に国見を支持している。
慧が提唱したベーシックインカムは一大論争を巻き起こした。
演説会の数日後、岸川が慧と矢部にアポを求めてきた。
矢部の予想通り、もし慧が決選投票に進めなかった場合は自分の応援を頼んで来たのだ。
自分が決戦投票前に敗れた場合、慧を応援する約束の他に
自分が総理になった場合、『望むポストを与える』という約束手形を切ってきた。
まったく矢部の書いた筋書き通りの展開だ。
「情勢によって対峙する三人のうち二人が組んで一人に対する・・・まるで三国志だな」
矢部が笑って言った言葉に慧も笑った。
慧にすれば、出馬した目的とも言える、認知度の上昇は果たしたと言える。
女性総理候補一番手から有力な次期総理候補になり、
総理大臣の座を狙う他のライバルに完全に並ぶ事が出来たのだ。
民自党のアピールという点においても成果を上げたと言える。
まさに矢部が思い描いた通りである。
矢部の頭の中には、総裁選後にある任期切れによる衆議院選挙があった。
党の理念や政策を広くアピールする狙いがあったのだ。
劣勢が予想されている今回の選挙戦に臨むにあたって良い空気を創る事が出来て満足していた。
総裁選直後に衆議院解散をして、この空気のまま全国選挙になだれ込む様にしても良いのだが、
それは今回の総裁選の勝者が決めれば良い事だ。
自分が総裁としての最後の仕事になったが、責任は果たしたと思っている。
一方岸川は焦りだしていた。
国見がこれほど支持を集めるとは思っていなかったのだ。
特にベーシックインカムなど自分眼中に無かった政策だったのだ。
財政健全化を進める財務省の反発は必至だが、もし実現できるなら良い手段かもしれない。
ただ現在の日本の財政状況がどういった状態にもよるが、最低でも議論だけでもするべきだ・・・
それにしても国見が優秀だとは官僚達から聞いていたが、得意分野は外交だと聞いていた。
まさか経済政策まで作ってくるとは・・・
若い女だと思って舐めていた。
考えてみれば、あの矢部が優秀ではない人間を出してくる訳が無いのだ。
もはや岸川は選挙前に一騎打ちの相手と言われていた倖田ではなく国見の事しか考えていなかった。
どれだけ自分の票が喰われるのか・・もっと入念に活動しておくべきだったと今更思っても既に遅い。
倖田太郎は自分の党員票が大きく喰われていると感じていた。
国見が演説会で政策を述べてから完全に流れが変わってしまった。
党内でも、世間でも話題は国見一色である。
もとより国見が出馬してくるなんて、自分は勿論岸川も予想していなかったはずだ。
矢部が推してくるのは現経産大臣の萩原だと思っていたのだ。
若年層と青年層の一般党員票が自分の強みだと思っていたが、国見の容姿やベーシックインカムのインパクトによって一気に注目を集め党員票もさらっていってしまった。
かと言って議員票では岸川に勝てない、国見にも最大派閥の矢部派がついている。
この時点で倖田は自分の勝目が消えた事を自覚した。
ならばどうするか・・・
岸川に敗北を認め、出馬は降りないが応援に回り、報酬として大臣か党の三役のポストを貰うか。
現実的で実利がある方法だ。
倖田は総裁選に初出馬だ・・・捲土重来を期し次回の総裁選にもう一度勝負を懸ける手もその勝算も十分ある。
午後10半、倖田は携帯を手にとり岸川に電話を掛けた。




