淳
岸川文雄は当選回数9回のベテラン衆議院議員で自ら率いる派閥議員は衆参合わせて50名にのぼる。
外務大臣等、5つの大臣を歴任し、党内でも三役と呼ばれる重要ポストである国対委員長を経験。
現在は党内の政策を国政に反映させる最重要ポストの政調会長に就いている実力派の議員である。
今回の総裁選において本命視されている人間であり、実際に支持する議員も多い。
倖田太郎も当選回数9回で8つの大臣経験を持つ。父親も民自党総裁であった2世議員だ。
ツイッターやユーチューブライブ等、SNSを上手に活用し一般には党内で一番の認知度を持つ。
歯に衣を着せぬ、ハッキリとした物言いでも国民に人気が高い。
議員ではない民自党員に一番人気が高いのは様々な調査で明らかになっていて、【倖田待望論】というタイトル記事でマスコミが持ち上げ始めている。
今回の総裁選はこの二人の一騎打ちだと思われていたが、そこに突然矢部を後ろ盾とした国見慧が割って入った。
淳はどうしても矢部が慧を出馬させる理由が解せなかった。
慧以外の候補はどちらもリベラルと呼ばれる考え方で、保守政党の民自党ではかなり左側の人間だと批判する人間もいるが、それなら矢部自身が率いる矢部派から右寄りの考え方を持つそれなりの議員を擁立する事も出来たはずなのだ。
実際、慧の他に現職の文科大臣も経産大臣も所属している。
だが矢部は若干29歳で当選回数3回、現職の防衛大臣ではあるが経歴はかなり慧を見劣りする候補として出してきた。
相手にならないのではないか?というのが一般の見解であり、マスコミも当然同じ論調だ。
矢部の狙いが理解できない。
何故、慧なのか?
淳には不自然に思えて仕方ないのだ。
岸川は矢部内閣でも重要閣僚として登用されている事から、矢部も高い評価を下している。
なら、そのまま派閥として岸川を応援し党内で地位を固めても良さそうなものだ。
しかしそれを阻止するかの様に自らの派閥から候補を出してきた。
それも疑問だ。
倖田も矢部内閣の閣僚であったが、岸川ほど重要視していない。
調べてみても矢部が倖田に対しての評価を述べた事は一度も無い。
倖田に対して何か問題があるのだろうか?
もし矢部が倖田総理誕生を絶対に阻止したいと仮定したら・・・
淳は自分がどうするか考えてみた。
倖田は国民に人気があり党員票で岸川に圧倒するかもしれない。
もし議員票で岸川が勝ったとしてもその差が埋まるかどうか微妙なところだ。
ではどうする・・・?
一騎打ちの様相を壊す様に、もう一人候補を立て例えその候補が頑張って倖田に表の過半数さえ取らせなければ決戦投票に持ち込ませる。
倖田は一般党員に人気がある。
慧も一般党員には人気があるから倖田の強みを消すにはもってこいなのかも知れない。
そうやって党員票のウェイトがかなり少なくなる決選投票まで持ち込めれば、岸川が圧倒的有利になる。
どうやら、この辺が正解のようだ。
決戦投票にもつれ込んだ岸川はどんな手を打つだろうか・・・
おそらく決選投票まで進めなかった候補に条件を提示して、自分の応援を頼むのではないのだろうか?
『打てる手は全部打つ』と公言している岸川だ。
その程度は考えるだろうし、実際にそう動いてくるだろう。
条件がポストなのか金なのかは予想付かないが、金を取る候補はいないだろう。
だとすれば、決戦投票前に敗れた候補は美味しい!
淳は矢部の考えが分かったような気がした。
つまり矢部は倖田に過半数を取られない様にし、尚且つ慧を閣僚として何らかの重要ポストに就かせるつもりなのだ。
結果的に、国民が注目している総裁選を利用しメディアの前面に慧を推し出して今後のキャリアを有利に運ばせようとしながら、慧の保守としての意見をアピールして民自党の存在感を出そうとしている部分もある。
それであれば全て辻褄が合う。
姉は捨て駒として使われたのだ。
だが、上手くいけば大変に旨味のある捨て駒だ。上手くいけば・・・
となると・・・
慧は総裁選に勝利し総理に就任するか、それとも決戦投票前に負けるか、旨味は無い。
しかし、慧は決戦投票まで残る事を目標として頑張っている。
つまり慧は矢部の思惑を伝えられてないし、知らないのだ。
淳は自分が慧に対してどうすれば良いのか分からなくなった。
岸川に対してはほぼ勝算は無い。しかし負けて旨味を得るには慧が目標を諦めなくてはならない。
『なぜ総理は全部伝えてくれ無かったのだろう。』
確かに姉の将来を考えてくれているのは有難い。
だが、なにか中途半端な気がする。
その時、淳の携帯が鳴った。
相手はなんと矢部である。
『テレパシーが通じたかな・・・』
淳は驚きと同時に、ラッキーとばかりに電話を取った。
「もしもし、国見淳の携帯です」
「こんばんわ、矢部です。いきなり電話で済まなかったね。いま話して大丈夫かい?」
「大丈夫です。どうしたんですか?」
「総裁選で色々と選挙運動の電話をかけまくっていたんだが、キミと話したくなってね。」
「え? 光栄です総理!ボクなんて総裁選の投票権持って無いのに。」
淳が冗談めいて言うと矢部も笑った。
「そろそろ気が付いた頃かな、と思ったんだ。」
「そうおっしゃいますと?」
「とぼけるなよ・・・ボクがワザワザどうして総裁選に国見クンを擁立したか気付いてるんだろ?」
「いえいえ、そうかなぁ?なんて思っていたけど確信とまでは・・・」
「そうか・・・ボクが倖田を総裁にしたくない理由は知っているかい?」
「いえ理由までは分かりませんが、その為に姉を立候補させたんですよね?」
「そうだ。彼女にとっても良い話だと思うよ」
矢部の言葉には力があって、そこに嘘や邪心が無い様に感じる。
「姉の他に適した人材はいなかったんですか?」
「彼女がボクの考え方を一番理解しているし、政治理念でも最も近い」
「なるほど・・・西岡経産大臣や佐藤文科相よりも良いと?」
「そうだよ。彼等より国見君の方が視野が広い。」
「でしたら、なぜ今なんですか?3年後、6年後でも良かったじゃないですか」
「合理主義者のキミらしくないな・・・名前を売るのに早過ぎる事は無いよ」
「確かに、一度目の総裁選じゃ無投票でもなければ総理になる事は難しい事は知っています。
2度目、3度目の総裁選で当選するのが普通ですし、それ以前に総裁選に出馬できる事が凄い事だとも知っています。
ですが、倖田大臣の過半数得票を阻止した上で決戦投票まで進むなっていうのは難しすぎませんか?」
「おいおい、そんな事まで分かっているのかい? これは驚いたよ。」
矢部は驚いた。この計画は副総裁である盟友の阿川と二人で練った物で敏腕の記者でも発想できないはずだ。
天才とはいえ、政治的思考を高校生が考察して的確な答えが出せるモノなのだろうか・・・。
阿川と淳は面識が無いし、あったとしても漏らすはずが無い。
淳のセンスを認めるしかない。
「総裁選での姉はどんな感じなんでしょう?」
「惨めな結果にはならないと思うよ。彼女の政策を阿川副総裁と一緒に見たが悪くない。
党員票は倖田と五分の戦いになると思うし、決選投票に進む可能性も低くない。
だが、確かに決戦投票に進んだとしたら岸川の安定感には苦戦するだろう。
ただ、彼女がそこまで行けるのなら総理の椅子は目の前だ。
次期総裁選のポールポジション、若しくは最前列からのスタートとなる。」
確かに、女性総理誕生を世論が望んでいる節はある。
良い人材がいれば、男性候補より有利になるだろうと淳は思った。
で、現状で女性候補一番手は今回総裁選に出馬した慧という事が認知される。
捨て駒には違いないが、失う物が無い捨て駒だ。
確かに、どう転んでも惨めな結果には成らない。
「総理、岸川大臣はどんな条件を提示してくると予想してますか?」
「そこまでは予想できない。ただ、内閣の重要閣僚か党三役のいずれかだろうね」
「決戦投票まで進むのが良いのか、進めず負ける方が良いのか分からなくなりました。」
「勝っても負けても良いのさ。おそらく今までの女性総理候補の中で一番得票すると思うよ。
彼女の年齢を考えれば、これは凄い事なんだよ。」
矢部の言葉に淳は納得した。
どうなる事が一番良いのかは、時間が経って結果を見なければ分からない。
短命と予想されている今内閣には入閣しない方が良いのかも知れない。
パンデミックで世論はどんな問題にも敏感になっている。
何も前面で批判を受ける役目を引き受ける事も無い・・・。
「総理、ボクに何かできそうな事ありませんか?」
「国見クンには、持っている物を全部使え、と言ってある。
彼女がキミの知識と発想を必要とする場面もあるだろう。その時はサポートしてやって欲しい。
彼女の推薦人としてのワタシの頼みだ。」
取り敢えず、淳の疑問は解けた。
小賢しい結果を考えず姉のサポートが出来そうだ。
淳は改めて、求められた時は全力でやろう、と思った。




