亮と綾子
亮と綾子がランチデートしている。
珍しく亮の予定が午前中しか入っていなかったので亮が綾子を呼び出したのだ。
綾子が「イタリアンなら行く」と言ったので、恵比寿にある小洒落た店に来てコースを頼んでいた。
待ち合わせの時間通りに着いた亮だったが、既に綾子は来ていてコーヒーを飲みながらスマホを弄っていた。
ジーンズに薄手の白いパーカーとネイビーのジャケットというラフな格好で、よくあるファッションなのだが何故か目立つ。
「相変わらずイイ女じゃん」
亮は笑顔で小さく独り言を言った。
綾子は政治関連のニュースを見ていた。民自党総裁選だ。
昨日、慧の出馬を本人から直接聞いて情勢を知りたくなって色々と見ていたのだ。
向かいの席の椅子を引いた音を聞くまで亮が来たのを気付かないくらい没頭していた。
家の外で見る亮は、家にいる時の何倍もカッコイイ。
国見兄弟に共通する銀髪と緑の瞳、長身でスラッとして顔が小さいからどんな服装でもモデル並みに似合う。
2週間に1度のペースでデートみたいに外食するが、その度に惚れ惚れしてしまう。
今日も正面に座った亮の顔をマジマジと眺めてしまった。
本当は着なくて良いスーツだが、社長という立場を自覚して出来るだけキチンとした服装で出社しているのだが、今日のスーツは特に似合っている。
イタリア製のハイブランドだ。
「何を一生懸命に見てたんだよ?」
亮が笑顔で綾子に話しかける。
「総裁選に出馬するって噂されてる議員のページを色々とね・・・」
綾子も笑顔で答えた。
「ああ・・・昨日の慧の話で?」
「そうだよ。まだ入籍してないから正式じゃないけど、一応姉妹だし!慧ちゃん好きだし!」
「オマエ達、仲良しだもんなぁ。」
亮は近くにいた店員にエスプレッソを頼んだ。
「で?慧は総裁選で善戦できそうなの?」
「だから、それを知りたくて色々見てるの!」
綾子は元民放のトップキャスターだっただけあって、政治関連の話題には明るい。
大物政治家との単独インタビューなども経験してきたが、出演した政治家達からは総じて評価が高い。
理由は、実際に会う前にて徹底的に人物像を探り、思考や趣味を把握するからだ。
その人物が過去にした発言を調べられる事は全部見て、著書があるなら読む。
よく出て来る言葉を調べ、そこから大事に思っている事や方向性を推測しインタビューするのだ。
会う前に相手の人物像や理念・思考を把握する事はビジネスの基本でもあるが、
綾子は勉強熱心であり、もし問題が提起されると『アノ人ならこう言うだろうな』、と予想できる迄になってしまった。
テレビに出ている政治評論家よりも的確だ。
「慧ちゃんね・・・上手くイケば割と良い所までイケるかも知れない。
ライバルになる岸川さんは説明が上手くないし、倖田さんはちょっとしたアキレス腱があるし。」
「へぇ・・・我が姉だが凄い!」
姉という言葉を使った亮だが、いつもケイと呼び捨てだ。
双子であり、親が『お姉ちゃんだから、弟だから』という言葉を一切使わなかったせいだ。
「アヤちゃんの予想では、やり方次第では総理大臣ってことか?」
「かなり難しいけどね・・・それに今回の政権は多分短命になると思うから勝っても複雑な気分。」
「短命?」
「多分ね・・・。今回の感染症で落ち込んだ経済にテコ入れする目的で政府は超大型の経済対策を打つのは絶対と言っていいほど確実なの。
でもプライマリーバランスを重視する日本銀行は、これも確実なんだけど金融引き締めをするの。
例えば増税とか・・・更に米中対立で凄い難しい外交を強いられる事になるから、矢部首相以外で上手な立ち回りが出来る人材もいない・・・よって支持率は下がり翌年に予定されている参議院選で議席数が落ちて、進退問題からの退陣って感じになると思うんだ。」
「なるほど・・・しかも慧以外は中国寄りだからアメリカも黙って無いって感じか・・・」
米中は台風の様に周囲を巻き込んで、勢力を強めて経済の嵐を起こしている。
確かに繊細な舵取りが必要だ。
実は、こうなる事を予想して矢部は日米同盟をこれまでにないほど強化してきたのではないかと綾子は思った。
病とはいえ、道半ばでリタイヤするとはさぞ無念だろう。
「相変わらず、政治情勢の分析は詳しいよな。」
亮がコーヒーに一口付けて言った。
「なんか、職業病だよね・・・もう辞めたのに。」
亮が22歳でSEサイト事業で大成功しテレビ局の乗っ取りを企てて、メディアで大騒ぎしている頃、
報道番組で取材を申し込んで来たのが綾子の番組だった。
政治と経済の問題をメインに報道する番組でリベラルに寄った内容だったが、
インタビュアーが新人ながら人気絶頂の藤堂綾子が務めるという事で受けた取材だった。
今現在、30代~50代でブッチギリの一番人気という女性を見ておこうと思ったのだ。
社長室にやってきた綾子はテレビで見るより何倍も清楚で綺麗だった。
腰かけていても背筋を伸ばし凛としている。
『変な事言えないな・・・』
モデルだった母と共通のオーラを放っている様に見えた。
神経が図太いと言われている亮だが、女性だけは慣れていない。
ビジネスしか興味がなかったせいで同年代の男子より接触の機会が極端に少なかったのだ。
一方、社長室にある大量の書物も見て綾子は驚いていた。
しかも英字で書かれた分厚い本も少なくない。
「出身校である開星高校で当時の担任の先生にお話しを伺ったのですが、開校以来最高の成績優秀者だったのに大学進学はしなかったそうですが・・・」
「学校の役割は様々で・・・当然勉強が目的なんですが、生きて行くための知識を与える役目も背負っていると思います。当然どうやって生きていくかを選択するか大まかに決めて準備をさせるという役目もあると思っていました。
ボクは幸運な事に高校生の段階で生きる為にお金っを稼ぐ手段を見つけられたので大学に行く必要が無いと思い判断したんですよ」
なるほど・・・綾子は興味本位でアナウンサー試験に臨み合格したので就職したという感じだったのである意味ショックだった。
同い年の人間でも、自分とは全然違う生き方だったからだ。
綾子は高校在学中に企業した上にITバブルに乗って瞬く間に財を成した人間に興味を持っていた。
インテリで神経質というイメージだったのだが、実際に会ってみると全然違う。
日本人離れした外見もあって人物像のイメージがまとまらなかった。
メディア買収で買収される側からは酷い報道をされていて、嫌な奴だというイメージが若干あったのだが、完全に裏切られた感じだ。
決定的だったのは笑顔に全く邪気が感じられない事で、今まで取材であって来た人間とは全然違う。
報道されているイメージとは全く違っていた。
『普通にカッコイイじゃん!』
結果としてギャップ萌えと同じ現象で、亮に普通より良い印象を持ってしまった。
「テレビ局を買収する目的は?」
タイミングを見計らった一番聞きたかった質問だ。
「テレビは新聞と共に、いずれインターネットに主役を奪われるでしょう。
ですが消え去る事は有りません。
特に報道に関しては・・・ネット上のフェイクニュースやデマだテレビには無いからです。
ただ、報道する側に事実の忖度があると思います。
意図的に報道しない事実、強調し世論を誘導しようとする事も・・・
その部分を無くしていきたい、記者の印象や感想などが無い報道を造りたいと思った事が一つ。
それに、爆発的に増加しているネットの配信チャンネルのコンテンツが圧倒的に足りなくなると思いますので、その準備というのが一つ。
あとは、ネットとは比較にならない視聴者数・・・一度に何万人同時に視聴させる事はテレビが持つ一番のストロングポイントです。」
亮は綾子とは話しやすいと感じていた。
会話のテンポが良く、自分が話した事に対してもレスポンスが良い。
おそらく会う前に自分の事を調べて、色々と勉強してのだろうと分かった。
一緒に仕事してたら楽しいだろうな・・・と思った。
「ちょっと!なに黙ってニヤニヤしてるのよ?」
綾子が亮の顔を覗き込んでいる。
「いや何だか仕事をしている時の顔だな、って。
それで一番最初に会った時の事思い出してた」
「最初に会った時・・・・? 亮クンの会社の?」
「そうそう、あのインタビューの時。 あの時も綺麗だったけど、今はもっと綺麗だよね。」
「ありがとう! じゃコースとは別にキアニーナ牛のビステッカ頼んでもいいよね?」
亮が笑っているのを見て綾子は店員に追加のオーダーを頼んだ。




