慧の戦い 2
神田明神は、神田・日本橋・秋葉原・大手町・丸の内など108町会の総氏神だ。
平将門も祀られている事から勝負の神様とも言われている神社である。
総裁選に急遽出馬を決めた慧は第一秘書と二人だけで必勝祈願をしに来ていた。
まだ公に公表していないので、出馬する事を知っている人間を増やしたく無かったからだ。
まだ早朝なので賽銭を投げ手を合わせただけであるが気持ちは盛り上がって来た。
だが、慧は本音では矢部の援護があるとはいえ自分は落選すると思っている。
まだ29歳、見た目はその辺の若いOLと変わらない。
ミアと同じブロンドで瞳は緑、日本人である父親のDNAなど入っていない様である。
この容姿のせいで幼い頃は随分と周囲から虐められた事もある。
そればかりか学校の教師からも随分と差別の様な事を言われてきた。
今でこそ『モデルみたい』と若い層から受け入れられる様になってきたが、やはり年配層からは『チャラチャラしてる様に見える』とウケが良いとは言えない。
民自党に入党した当時も先輩議員から『髪を黒く染めろ』と随分言われたものだ。
それでも、選挙区から連続でトップ当選を果たした実績があるから笑って流せる。
ただ、外国人が普通にいる東京だから住民がある程度慣れているのであって、地方に行けば違う結果になると感じている。
その地方から来ている比較的高齢者が投票するから慧は不利だと考えているのだ。
それでも出馬を決めたのは、次回やそれ以降の総裁選に出馬し総理になる為に
『自分は総理大臣になりたいと思っていて賛同してくれる人達が少なくとも20人以上いますよ』
という周囲に対してのアピールの為である。
なので例え勝てないにしても、負ける内容が重要なのだ。
最低でも自分が提案する政策を周囲に認めさせ、『将来的にはコイツに任せてもいいかな?』くらいの評価は得なくてはならない。
自分的には今回の選挙の勝ち負けはソコにあると思っている。
慧の政治的思考は入党から関わりが深かった矢部からの影響が強い。
直接政策について議論した事は無いが、党のトップである総理の考え方を理解する為に矢部の著書を片っ端から読み漁った。
そうした中で矢部の総理就任時に国会で演説した所信表明に深く同感した。
【戦後レジームからの脱却】である。
現代日本の枠組みは今から太平洋戦争敗戦の占領時に憲法から教育基本法までアメリカ主導で制作された物であり、日本の意向が反映されているとは思えない。
国の骨格は日本自らの手で白紙の状態から創設しなければ真の独立国家へ回復できる、という考え方だ。
憲法改正や教育制度改革など、矢部の考えと重複する部分は多く
だからこそ、矢部は自分を支持しているのだと慧は思っていた。
参拝が終わって事務所に向かう車の中で、慧は淳に頼んだレポートに目を通していた。
期限は4日と言った筈だが一晩でまとめて来たのだ。
おまけにレポートで良いと言ったのに、自分の考えも含めて論文みたいな物になっている。
読みながら慧は苦笑いしていた。
運転しながら後席に座っている慧の様子をルームミラーで見た秘書が
「どうかしたんですか?」
と、尋ねてきたので淳のレポートの事を説明した。
「レポートを頼んだはずが論文を出してきやがったんですよ」
慧が笑って答える。
「どういった内容なんですか?」
「先進諸国の少子化対策の方法や成果を調べてって頼んだんだけど、オリジナルの対策を教育制度と経済対策を絡めて作ってきたの。」
「へぇ・・・興味あります。後で拝見しても宜しいですか?」
「構いませんよ。高校生の論文ですけどね」
「高校生といっても帝国大法学部卒業でハーバートに留学していた高校生ですよね」
秘書は笑っている。
「そうそう陰キャの!」
慧は声を上げて笑った。秘書も笑顔だ。
「天才と呼ばれていても高校生なら、先生が大臣だと政治に文句とか言ってきます?」
「たまに言ってきますよ。財務官僚は無能だとか・・・」
慧の言葉に秘書が噴き出して笑った。
「そんな事言うんですか?」
「言いますよ。30年デフレ脱却出来ないなんて、本当に日本最高のエリートなのか?とか。
今回の感染症対策でも厚労省の事をバカの集まりなんて言ってたし・・・
特に安全保障に関しての外交政策になると滅茶苦茶に文句言ってます。」
「マジですか? けっこう言いますね・・・」
「なら、アンタならどうすんのよ?って聞いたら、収入と貯蓄額を調べて差が少ない世帯に給付金を支給するんですって。要はお金を使う人間にお金を渡した方が経済効果あるだろ?って」
「なるほど・・・」
「感染症対策だって、感染者に対して確保した病床数が圧倒的に多いのに医療崩壊とか厚生省と医師会って癒着でもしてるの?って・・・。
数字を根拠に言って来るから説得力あるんですよね・・・」
「それ、すごく嫌ですね・・・」
秘書も慧も笑っている。
「まったく・・・言うは易し行うは難し、ってそのうち分かるだろうけど」
そう言うと慧は笑顔が止まり、言葉を止め窓から外を見始めた。
【各国の少子化対策】
先進諸国の多くがこの問題に対して対策を行なっているが、成功と言えるのはフランスとドイツのみである。
どちらの国も出産時の一時金と幼児手当を行なっているがドイツの方が金額は大きい。
ドイツは一人目からでも支給対象になるがフランスは二人目からで手当の対象期間が長い。
日本を含めたどこの国でも幼児手当を支給しているが、多くは効果を上げていない。
日本も効果を上げているとは言い難い。
どちらの国も育児過程を重視しているのが特徴で、フランスはベビーシッターが充実し、ドイツは保育園を大幅に拡充すると共に、両親共に育児休暇が長期で勤務時間短縮を奨励している。
共通は夫婦における家事の分担を重要視していて、これが鍵になるかも知れない。
ドイツは夫が家事をするようになってから出生率が回復し始めた。
出生率が世界最低である韓国社会において、女性の地位は低い。
日本には教育制度と絡めて対応する事を提言する。
保育所、幼稚園の拡充は必須。
小学校低学年から高校まで全寮制とし、寮生活をしながら義務教育を行う。
育児に対する両親の経済的・精神的負担が大幅に減り、産後6年で完全に社会復帰できる事、子供自身が自立しやすくなる事でニートが減る可能性も高い。
親の経済状態が原因の成績格差問題も解消できる。
教育過程での落ちこぼれにはケアを含めた対策が必要。
1年単位では無く半年単位で進級・留年を考慮し、年齢ではなく習得で学年を決める。
子供の精神的ケアの方法は専門家を加えた議論が必要。
『少子化対策ってより育児対策、教育制度改革って感じだなぁ。
ただ親と子を早い段階で離すっての発想は面白いかな・・・』
慧がレポートを読んで最初に感じた気持ちである。
レポートには細かい数字やグラフが併記されていて読み易い。
ただ提言に関しての考察や根拠になる数字の読みが甘い、と慧は思った。
が、考えてみる価値はあるかも知れない。
実行するまでに多くの困難があるだろうし、実行された場合の利権も大きく汚職発生のリスクもある。
ただ・・・淳なりにハーバートの寮生活で感じる部分があったのかも知れない。
取り敢えず、実際にこの政策で出生率が上がるかどうか色々と検証してみようと決めた。
【親ガチャ】という言葉が広まってきている事は知っていた。
未来の無い、絶望的な言葉だ。
しかしハーバート大学の人気教授も同様の事を言っているし、親の経済状況が子供の学力に大きな影響を与えているのは事実は璃子からも聞いていたから、この政策も無駄にならないかも知れない。
現在の自分達の経済状況を考えて子供を作らない夫婦もいるかも知れないのだ。
『この経済と少子化の問題を解決できる方法を考え出せたら、総理大臣になれるかな』
『でも、総理になる・ならないって問題じゃ無く、解決しなきゃならない問題だ』
慧は色々と考えて、総裁選の所信表明演説会でこの問題に取り組む事を言おう、と決めた。




