桜の会
以前、矢部晋三と四葉重蔵から誘われていた桜の会は一か月に一度開催される。
日本を代表する政財界の人間がプライベートで集まり、経済や政治についての情報交換をして意見を述べ合い、それを裏から政府に提言し国益に貢献しようというのが目的で自然発生的に結成された秘匿性の高い小規模の団体である。
そこに一介の高校生が招待され意見を求められるのもどうなんだ?という気もするが、淳は二回目の出席をして一緒に昼食を食べていた。
場所は重蔵の私邸にある広大な中庭に点在しているコテージの一つで行われた。
前回、淳が慧に連れて来られた場所だが、コテージの場所も大きさも違った。
今回の出席者は前回と少し変わっていて、前回に続いて出席したのは現職総理の矢部、四葉グループ会長の重蔵、愛知自動車社長の豊田、自衛隊情報本部の財前、財務省主計局長の前田、それに淳。
初顔合わせになる人物は、最初に紹介して貰った。
それに何故か三鷹結衣だ。
オブザーバー参加と紹介されているところから、おそらく重蔵が参加させたのだろう。
何となくバツが悪い・・・。
昼食に出てきたのは意外な事にカレーライスだった。
四葉グループ内の最高意思決定機関である金曜会で出される物と同じだ、と重蔵は説明した。
カレーはこれまた意外に美味しく、みな『美味い!美味い!』と言いながら一気に食べた。
そんな中でも情報交換や問題提起は挙がる。
地球温暖化による気温上昇でロシアの凍土が溶け出し領土が狭くなるだろう、という話題から・・・
ロシアにある原油や天然ガスのパイプラインが経年劣化し腐食し始めていて、その整備の為にかかる経費を原油に上乗せしてくるだろう、という予想を結衣が話した。
欧州では既に価格上昇によって厳冬が予想される今シーズンのエネルギー対策に懸念が出ていると矢部も発言する。
産油国は世界各国が化石燃料から再生エネルギーにシフトしている現状を見据え、残り少ない稼ぎ時に荒稼ぎしようと減産調整し価格を吊り上げている現在が好機とロシアが判断したのだろう、と重蔵も自分の意見を言った。
豊田は話を聞きながら黙っている。
製造から販売まで、自動車メーカーにオイルの価格はダイレクトに影響を及ぼす。
情報は掴んでいたのだろうが、対応策は十分に練れていないのだろう。
「問題は現状がいつまで続くのか・・です」
淳が言った。
「原油の高騰が長期になるとあらゆる産業が減産を余儀され物価が高騰します。
経済成長率がマイナスだとか言ってる場合じゃないくらいに事態は深刻化します。
再生エネルギーの供給体制が安定しない状態では原子力発電も致し方ないのではないでしょうか?
加えて、ガソリン価格の高騰は我が国の基幹産業である自動車製造に重大なリスクをもたらします。
自動車産業関連の就業人口は約540万人、日本の労働人口の約8.3%です。
早急に対策を考えなければマズいと思うんですが・・・」
すると結衣が続く。
「人口集中する都市部では原油高騰の影響は全般的な物価上昇と暖房光熱費程度で済むとは思いますが、車が必需品である過疎地での影響は死活問題のレベルです。」
矢部が答える
「現在、我が国の原油備蓄量は国家備蓄・民間備蓄・産油国共同備蓄を合計して約8100K㎥あり、これを換算すると最低でも約200日以上の消費に耐える用意があります。
もし、ガソリンや灯油価格が想定を超えた場合は備蓄分を放出する事も視野に入れて検討します。」
淳は矢部の言葉を聞いて『国会答弁』の様だと思った。
同時に、国会って必要なのか?とも思う。
「ここは国会じゃないぞ」
重蔵の言葉に皆笑い、少し苦笑いした矢部は
「ここが国会だったら無駄な審議はしないから会期を短縮できるのに」
その言葉にまた皆が笑った。
食後のコーヒーが運ばれて来て皆の前に置かれた。
ただ結衣だけは紅茶だ。お嬢様なんだなぁ・・・と淳は思う。
話題は原油価格から再生エネルギーに移った。
「トヨダ君の所で水素エネルギーの研究をやってるんだって?」
重蔵の問いに豊田が答える。
「やってますよ。次世代エネルギーの本命ですから。
すでにドイツのBNWやアーディなんかも始めて、いまや競争状態です。
プロトも自動車ショーで発表してますからね。せめてもの対抗でウチは水素自動車でレースに出ましたけど」
豊田は笑いながら言った。
「他ではやっていないのですか?」
結衣が尋ねた。
「現状ではウチとBNW、アーディの三社で・・・。他は電気自動車開発に躍起になってるよ」
豊田は愛知自動車グループの5代目社長になる。
創始者の直系血縁でアメリカ留学から帰国後、何年か現場で働き血縁者でなかった先代から会社を継いだ。
先見性と独創性に富み、今や時代の先端を走り業界を世界単位で引っ張っている。
矢部が豊田の話に付け加える様に話す。
「愛知自動車は現在大手ゼネコンである神林組と共同で地熱を利用した水素製造を行っています。
政府は援助として支援金をだし、更に他の協賛企業も探し調整中です。
確定した企業の中に四葉化学もあるんですが、会長はご存じ無かったんですか?」
「知らん!報告は受けておらんが・・・多分、ある程度の形にならないと報告できんと思っておるんじゃろう」
重蔵は笑った。
「水素を運搬する容器だけでも、どんな材質でも通り抜けてしまう水素に対応できる新素材が必要になってきますからね」
淳が矢部の話に少し補足した。
水素は次世代エネルギーの本命だ。
ただ、製造・運搬・インフラ等、総てにおいて解決しなければならない課題が山積みだ。
現在オーストラリアが輸出国として一番の出荷量を誇るが、資源が無い日本で生産できればエネルギー面と経済面の難問が片付くため矢部は是が非でもやり遂げなければならないと思っている。
関連して、話は経済に移る。
「年齢や所得を基軸とした給付金の話が政府内で出ているようじゃが・・・」
重蔵が矢部に尋ねた。
「出ています。連立政権を組む清廉党や立国民主党ですね」
「どうするんじゃ?」
「まだ決まってませんが・・・閣僚と諮問委員会の意見を聞いて検討します。」
「結衣はどう思うんじゃ?」
「私見ですが・・・経済を再興させる良い切っ掛けになれば良いと思います。
給付対象をどうするかも問題ですが、給付金額をどう設定するかも問題です。」
「ジュン君はどうじゃ?」
「私見ですが、給付を行うのであれば現金ではなく商品券の様な期限付きでなければ意味が無いと考えます。」
直後、矢部の顔つきが変わり本気の目になった。
相変わらず新しいアイディアに対しては貪欲だ。
淳が話を続ける。
「前回の給付の際、使わず貯蓄に回すという人間も少なく無かったと聞きまして。
せっかくの一兆円以上を投入した経済刺激策の効果が薄れてしまった様に思うんです。
生活困窮者に対する支援が主目的ですので、家賃や公共料金にも使える制度が必要ですが、
期限が決まっている商品券なら金に困っていない富裕層でも必ず使用しますから経済効果は上がります。
商品券制作のコストと送料は掛かりますが、全体の経費額から考えても問題にならないと思います。
確か・・・前回振込手数料とかナントカで670億円くらい掛ってますよね?
そんなに違わないんじゃないかと思いまして。
それに一度ではなく、雇用を促進するなら半年程度給付を続けた方が良いかと・・・あくまで私見ですが・・・。」
重蔵がニヤリと笑う。
この発想が淳だ。
財務官僚でも政治家でも経済学者でも思い付かない自由な発想こそ、重蔵が淳に求めるモノだ。
矢部が淳の顔を見て
「ありがとう、参考にするよ。」
と言った。
同時に、やはり将来は政治家になるべきだと確信する。
この後、話は経済安全保障へと移り、その後外交問題へと変わった。
大方の話が終わり席を立って中庭にある大きな池の鯉を見ていると、結衣が歩きて来た。
「淳クン、おつかれ!」
「あ、お疲れ様です。」
「ああやって世間じゃ重鎮と呼ばれてる人達と対等に話すんだね」
「対等じゃないですよ。天と地くらい離れてます」
「そう?淳クンの話をみんな聞いてたじゃん!」
「あまりに突飛だから驚いたんですよ」
「これからも色々な話をするんだろうな・・・」
「かも知れませんね。でも色々な問題を話しても根本が解決されなきゃ無駄です」
「ふ~ん・・・じゃ淳クンが考える根本的な問題って?」
「人口ですよ」
「人口の減少?」
「逆です。人口の増加が問題で、人口が減ればある程度の問題は解決できると思ってます」
「だって、人口減少はどの先進国でも深刻な問題だよ?」
「ですよね。でもそれって経済が問題なだけで地球環境や食料、エネルギーにおいては解決の早道なんじゃないかと思います。
人口が減っても、これから発展する人工知能搭載ロボットが主たる労働力になるでしょうし、人間は管理と制御だけが仕事になるので影響は少ないと思うし・・・
特定分野の産業は衰退するでしょうが労働人口も減るので相殺されるとして、問題は消費が減って生産も減って・・でもサービス業はもっと増えて・・・。
まだ仮説ですが色々考えてる最中です。」
「あはは!真面目か?」
「あはは、ですよね」
2人とも笑った。
「でも今度機会があれば、ちゃんとまとめて説明しますね」
「そうね、興味あるわ。 楽しみにしてる」
そこへ今度は矢部と重蔵が二人で歩いて来た。




