拳銃
ミランダ拉致未遂事件の数日後、夕食を食べて自室にいる所にセオドアが来た。
「セオパパ、どうしたの?」
「Can I enter?」(入っていいか?)
淳はいつも自分が座っている勉強机の椅子をセオに出した。
椅子に座るとセオが
「先日はミランダを守ってくれてありがとう」
日本式に頭を下げ、礼を言う。
「以前パパがミランダを守ってくれって言ってたし、約束を守れて良かったよ。」
淳が微笑みながら言った。
「実は事件の概要がCIA側から報告があったので、淳にも伝えておこうと思ってな」
「CIA?」
「あの時、スーツを着た男が来ただろう?あれが極東アジア担当ケースオフィサーのデヴィド・エスパーだ。」
「ケースオフィサー?」
「知らないか・・・。 海外でその国の機密情報を提供してくれる人間を探し出し、手なずけ、得た情報をアメリカ本部に送る事が主な仕事だ。アメリカは国益の為にその情報を分析しその後の対応策を協議・実行する。」
「そいつが何故あそこに?」
「日本に来てから奴がミランダの監視と護衛をしているからだ。
「ミランダってCIAにリクルートされてるんだっけ?」
「そうだ。それも強力に、だ。」
「確かに、あいつインターネットに関しては天才だもんな・・・」
「CIAの他にNSU(国家安全保障局)、アーミーインテリジェンス(陸軍情報部)からもプッシュされているよ。」
「超有望株って事か・・・。」
「そう、だからアメリカと敵対する中国は将来のリスク排除の為にミランダを狙うのだ。」
「なるほど・・・じゃ今回も中国が絡んでるの?」
「いや、今回は韓国だ。」
「はぁ?韓国?なぜ?」
「日本と韓国の関係が戦後最悪だという事は知っているかい?」
「うん、総理も言ってた。」
「あぁ、そう言えばジュンは矢部総理大臣とも親交があるとケイも言ってたな」
「けっこうガチでオコだったよW」
「大元の基本条約を無視した事をした韓国に対して日本が輸出制限をしたんだ。
それによって韓国の稼ぎ頭である産業が大ダメージを受けていて、韓国は何とかそれを解消させたいと考えている。
今回は政府が秘密裏に民間の軍事会社を雇い、アメリカが重視しているミランダを拉致させ韓国政府が仲介し事件を解決させアメリカに弱い日本との交渉材料にしようとしたモノだ。」
「韓国ダサすぎる・・・」
「思考も行動も幼稚だが、実害は出る。馬鹿には出来ない。」
「あ、確かに・・・」
「きっとこれからも、似た様な事があるかも知れない。
だからジュンも用心して欲しいし、ミランダを引き続き守って欲しい。」
「実は、ミランダと初めて会った時に『わたしのナイトになって』と言われて・・・。
最初は何言ってるんだ?と思ったけど、そのあとパパから言われた事で納得して・・・
で、今回の事で自分に出来る事はやろうって思ってたんだ」
「おお!ありがとう!」
セオドアは再び頭を下げた。淳は頭を掻いて照れ笑いの様な苦笑いの様な顔になっている。
そしてセオドアはちょっと大きめの箱を出し
「そう思ってくれるなら、コレが必要になるかも知れない」
淳は箱を受け取った。大きさの割に軽い。
包んである包装紙を取って箱を見ると・・・驚いた。
「パパ、これ・・・」
セオは無言で淳の反応を見ている。
箱にはSIG SAUER P320ーM17と書いてあり拳銃の画像が載っている。
セオドアが説明する。
「ジュンは銃を持っているんだろ?」
淳は頷き、机の一番下の引き出しを開け持っている銃を見せた。
セオドアは手に取り、
「なるほど、エスパーが言っていた通りに小さい・・・。これだは今後苦労するかも知れない」
淳がボストンで購入したスミス&ウェッソン社M&Pボディガード380という銃は護身用として買った物だ。
M&Pはミリタリー&ポリスという意味でアメリカや台湾、フランス、オーストラリア、カナダ、インド、コロンビアの警察で採用されていて一般でもよく売れている。
ただ警察では〔もしも〕の場合の予備として使われ、メインで使用とはなっていない。
その為銃弾の装填数も少なく最大で7発となっている。
小さく軽くて扱い易く丈夫でトラブルが少ない。そして価格も手頃だ。照準を合わせる為のレーザーを付けても500ドル程度で購入できる。
護身用ならこれで充分なのだ。
対してシグザウエルP320は軍用として開発された銃で、32年間アメリカ陸軍の正式拳銃として採用されていたベレッタM92の後に後継採用された銃である。
2年間で約20億円の予算を掛けて試験し決定したのだ。
タイ警察、デンマーク国防軍、ノルウェー警察、フランス警備部門が早くも採用している。
手に馴染みやすいグリップに変更する事ができM92より軽い。
装填数も17発と多い。
箱を開けると黒いアタッシュケースが入っていて、更に開けると黒い銃とマガジン2本、レーザーユニットが入っていた。
淳はケースから銃を取り出し手に持ってそれを観察する様に見ながら
「なぜ銃を?」
観察する淳を見ながらセオドアは
「今回の件で、これから相手は銃に対する対策を立てて作戦を立案し実行してくると予想できる。
そうなるとボディガートという銃はストッピングパワーという点において役不足だ。
だからキミと我が娘の為にこの銃を用意した。 使ってくれ。」
淳が銃のグリップを確かめる様に握り込み
「一つ疑問の思う所があるんだけど、いいかな?」
「なんだ?」
「なぜ日本で暮らす事にしたの?アメリカの方が安全に暮らせる気がするんだけど?」
「一つはワタシの仕事が理由だ。これからの日本は周辺諸国に対して軍備を増強し安全保障を考えなくてはならない事は日本政府も承知している。
おそらくこれまでとはレベルの違う予算を組むハズだ。
それはワタシのビジネスにおいてチャンスなのだ。
ワタシだけが日本に来る事も選択の一つだが、ミランダとマリアを残して来る事は不安だった。
そこにアキラとミアが声を掛けてくれた。リョウも協力してくれると申し出てくれた。
安全性に関してCIAは反対する人間もいたが、最後は長官がOKを出してくれたんだ。
もう一つは娘の教育だ。
ステイツとは違う環境や価値観を知る事は今後の人生において大事な事だよ。
これから世界は国家の枠組みを維持しながらイデオロギーで国家間が結びつく時代になる。
日本はアメリカにとって重要なパートナーという立ち位置だからその国を知っておくのは悪くない。
そしてキミという貴重な人材がミランダと共にいてくれる。
もっとも、ジュンに関しては後付けの理由だがね。」
セオドアは親指を立てて笑った。
「でもボクは万能じゃない。なんでも出来るスーパーマンじゃないって知ってるでしょ?」
「ちょっと話は逸れるが・・・頭が良いというのは勉強が出来る事とイコールではない。
自分に蓄えた知識を如何に効率良く活用できるか、が頭の良い人間がとワタシは思う。
キミはそれが出来る。
そんな人間が状況を把握し必要な行動をしてくれる。 心強いよ。」
淳は黙って話を聞いていたが
「とりあえず・・・話は分かったよ。オレなりに頑張ってみる。
その代わり、何かあったオレにこんな事を頼んだパパが悪いんだからね」
「大丈夫だ。ワタシは判断を間違えた事は無いんだ。きっと今回もそうなる。」
淳にすれば、別に面倒な事に関わる義理なんてないし、頼まれた事を引き受けておいて無理でした、と言っても責められる事は無いだろうが、幼い頃からミアに何回も言われてきた事を想い出していた。
「強く賢く生まれたのは運命だ。だが弱い者を助けていかなくては強さは無意味になる。
助ける事が義務とは言わないが、助けられた者達は必ずジュンが困った時に助けてくれる。
そして、それを見た者達もジュンの力になってくれる。
人と人はそうして生きてきた。ジュンもそうやって生きて行って欲しい。」
そう思い出していると、セオドアはおもむろに席を立ち、最後にもう一度淳に礼を言って部屋を出て行った。
見送った淳はベッドの大の字になって寝転がり天井を見ながら昔の事を思い出した。
淳のアイドルはレオナルド・ダ・ヴィンチだ。
幼い頃からあんな風になりたかった。
芸術家でありながら、数学・幾何学・生理学・解剖学・天文学・地理学・地質学・物理学・化学・工学・飛行力学・自動車工学・軍事工学・・・あらゆる分野で功績を残した天才だ。
自分に不足している事でも他人に依存する事なく生きて行けると感じた事が羨ましかった。
人との関わりを苦手としている淳には、人に頼らないで済む事は本当に羨ましく感じたのだ。
だから、あらゆる分野の様々な本を読み漁り貪欲に知識を吸収した。
天才と呼ばれているが、自覚は無いし自分に自信も持てない。
自信が無いから他人の視線を気にしてしまう。
アメリカ留学中は更にそれが大きくなった。
アジア人に対しての差別や根拠の無い中傷が酷かったからだ。
自分はアジア人でありながらビジュアルは日本人では無かった事で日本で虐められてきたからアメリカに来たのにだ。
だが天才と呼ばれる様になってから状況は少し変わった。
自分が知識を得れば得る程他人が寄って来るのは皮肉な結果だと思う。
自分を利用し利益を得ようとする人間も増えた。
そして寄ってくる人間に比例して自分を良く思わない人間も増えた。
そんな状況だから信用できる人間は極端に少ない。
家族以外に皆無だった。
だから家族に対して、自分の出来る事を全力でやろうと思っているし実際そうしている。
そんな中でエッガー一家が同居する事になり、信用できる事が分かった。
だから淳はエッガーの家族に対しても自分の家族と同じ様に頑張ろうと思えるのだ。
淳は貰った銃を眺め手に取る。
おそらく殺傷能力は自分の銃より数段上だ。
覚悟を決めなくては・・・と思った時にフト気が付いた
弾が無い・・・・




