新進若手女優
四葉重蔵から三鷹結衣との縁談を切り出され、将来の四葉入りを打診された事は、淳に自分を見つめ直す良い機会になっていた。
自分に対する高い評価を嬉しく感じたのだが、それでは具体的にどんな部分が評価を得ているのか、自分の得意な事はなにか、他人と比べてどこが優れていて何が劣っているのか、どんなスキルを身に付けたら将来どんな事が出来る様になるのか・・・
そして将来、自分は何をすれば良いのかを改めて考える事になった。
ただ主観で考えても正確では無いし分からない部分も多い筈で、数多くの意見を統合して客観的に考えなければならないと思った。
ただ、人生経験が豊富で普通より数多くの人間を見てきた人達が自分の周りにいる事は幸運だった。
人を数多く見てきた人は経験から相手をどんな人間か見抜く力が強い。
それは以前、亮の婚約者である綾子からアドバイスされた事であり、その時は何とも思って無かったのだが、こんな状況になると俄然重要に感じてくる。
そんな事を考えていると携帯に綾子からラインが来た。
リビングで亮が呼んでいるから降りて来て!という内容で・・・
直感的にや「ヤバ!」と思った。
何でもない事なら亮から直接連絡が来るのだが、間接的に呼ばれる時は100%の確率で説教を食らっているのだ。
しかし、同じ家で暮らしているのだから無視する訳にもいかない。
淳にとっては事実上の死刑宣告に近かった。
「何言われるんだろ・・・?」
淳がビビりながら階段を下りてリビングに行くと、亮の他に綾子が隣に座り、対面に慧まで居た。
「まず、座れ」
亮の言葉に淳は慧の隣に座った。
加熱式のタバコを吸い終わってから亮が口を開いた。
「オマエ、四葉の会長から1億円の小切手貰ったんだって?」
それか!と淳は思った。
亮の事だから言い逃れや誤魔化しは効かない。
「貰った。」
「それ、どうした?」
「何もしてない。持ってるだけ。」
必要最小限の言葉だけで答える。
余計な事を言うと更に違う事でも怒られる事を過去に経験して知っているからだ。
「貰った経緯は璃子ちゃんから話を聞いた慧から聞いた。」
そこからか!と淳は思った。ちゃんと璃子に口外しない様に頼んでおくべきだった。
身内の恥だから口に出さないと勝手に思い込んでいて心配していなかったのだ。
「そうか・・・換金してないのか」
「いずれ機会を見て返そうと思っていたから」
「なるほど・・・慰謝料や口止め料にしても破格すぎるもんな。オマエでも怖いと思ったか」
「帝国大にいる時、法学科の他に経済も少しだけ勉強したんだけど1億ってサラリーマンの生涯年収の3割から4割って位の大きな額だから、ちょっとビビッてるせいもある」
「なるほどな。で・・・なんで拳銃で襲われた事まで黙ってたんだ?家族が心配すると思ったからか?」
「それもあるけど、それによって今の学校を辞めろって言われるかも知れないと思って。
マックスって友達も出来たし、ミランダもいるし。
勉強は退屈だけど、マックスとマガの練習したりしてる時は楽しいから」
「会長はもう手出しさせないって約束してくれたんだろ?」
「うん。璃子先生もそう言ってくれた。」
「そうか・・・色々と懸念材料はあるが取り敢えずは少し安心だな」
そう言いながら亮は2本目のタバコを吸い出した。
「で、オマエ・・その1億って金の意味を理解できているか?」
「慰謝料と口止め料だと思ってる」
「淳クン、それだけじゃないよ」
綾子が身を乗り出し口を出し、慧も口を開いた。
「その1億円は淳に貸を作る為よ。淳を自分の思い通りに動かす為のお金」
淳は慧に視線をやり
「うん、この前会長に璃子先生の従弟と結婚しろとか自分の側で勉強して四葉に入れって言われた」
淳の言葉に3人が表情を変えた。そう来る事をある程度予想していたのかも知れない。
「で?どうするんだ?」
亮が淳の目を見ながら問う。
「分からない、けど結婚は断った。会長には考えますって言った。」
「なるほど・・・オマエの人生だ。オマエが決めろ。将来四葉に入るならそれも良いだろう。
ただオマエの将来をオレ達だけじゃなく親父やお袋が心配してる事だけは忘れるな。
あとで後悔するオマエを見るのは辛い。」
淳は下を向いて黙って言葉を聞いていた。
これは説教では無く忠告だ。
心配から言ってくれているのだ。
感謝しなくてはならない。
「小切手は返すの?」
綾子が心配そうに尋ねた。
「そう思ってるよ。」
「返さなくてもいいんじゃないか?」
亮が言った。
「でも返さないと借りを作る事になるんでしょ?」
「いや、金じゃなくて仕事で返せよ。」
「どういう事?」
「相手に1億以上の利益になるシステムを作って渡せばいい。
前にオマエがどうやったら金を稼げるか?って相談してきた事があったろう?
あれを思いだせ。
それが出来たら相手との関係は対等になるどころか迷惑を受けた分オマエの方が主導権を握れる」
「そうね、借りは返さないと利子が付いて返しきれなくなる。
そうなる前に対処しないと、ずっと相手の思うままにされる」
慧が淳の肩に手を掛けながら言った。
淳が戸惑っていると綾子が
「できるよ淳クンなら!前に亮クンが淳クンが考えた携帯アプリあったでしょ?
あれだってもう結構な利益だしてるんだから!」
亮が「え?」という表情を浮かべ苦笑いした。
「なるほど・・・あんな感じか・・・」
考える淳に亮が
「時間はある、ゆっくり考えろ。
理想は相手の今欲しい物をリサーチしてそれを渡す事が出来ればベストだ。」
淳が無言で大きく頷いた。
「で、1億円なんだが・・・取り敢えず慧から璃子ちゃんに預かって貰う様に頼んでくれないか?」
亮の提案に慧が
「璃子に?・・・」
「そうだ。この家にあると見つかった時に親父とお袋が面倒になる。
オレは近々に国税庁の調査が入る予定だし、慧も衆議院選挙が近いって噂があるだろ?
余計な金は置いておかない方がいいだろ?」
すると慧が亮を怪訝な表情をしながら
「税調? 亮、アンタ脱税してるの?」
「してねーよ!今回の税調は5年に一度の定期だよ。突発で入る訳じゃないから脱税調査じゃない」
「なるほど・・・分かった。それじゃ亮の言う通りね。淳は後で小切手持って来なさいね」
淳は頷き、取り敢えず話は収まった。
「で?・・・その璃子ちゃんの従弟って可愛いの?」
亮がニヤっとしながら淳に聞く。綾子も興味深々だ。
すると慧が
「チラっ挨拶しに来たから見たけど、可愛いし性格も裏表無さそうで良かったわよ」
と、やはりニヤっとしながら答えた。
「芸能人でいうと?誰に似てるの?」
綾子の食いつき方が少し激しい事に慧と亮が笑った。
「浜名みなみに似てるかな?」
慧が答えた。
浜名みなみは若手の注目女優である。話題の映画に立て続けに主演で起用され、いま一番勢いのある女優だ。CMにも多数出演している。
「おお!清楚系ながら明るく元気で理知的で可愛いながらも気が強そうという!」
綾子が絶賛している。だが淳は浜名みなみを知らない為にキョトンとしている。
綾子が自分の携帯で浜名みなみをサーチし画像を出して淳に見せた。
「あ、確かに似てるかも・・」
淳は答えると綾子は増々テンションが上がった。
今度はウィキペキを開き詳細を見始めた。何の為なのかは分からないが・・・。
「まだ18歳なんだね・・・なになに、本名は・・三鷹結衣。なんか堅苦しい名前ね」
「え?!!!!」淳と慧は目を大きく見開いて綾子の携帯を覗き込んだ。
年齢が一つ違うが・・・
「どうしたの?」
綾子が淳の様子に驚いて尋ねる。
「いや、多分本人・・・だよね?慧姉」
「うん、芸能人だからプロフはちょっと変えてるとは思う」
すると綾子が
「え?本人?って事は浜名みなみと淳クンに縁談が持ち上がって、それを淳クンが断ったって事?」
「そうみたい・・・」
淳が苦笑いしながら答えた。綾子のテンションがあまりに高い為に何か自分が悪い事をした錯覚に陥ったのだ。
「こんな時間にみんなで盛り上がっててなんかズルい・・・」
全員で声がする方を見るとミランダがいた。
飲み物でも取りに来たのだろう。
「端的に説明すると・・・」
綾子がミランダに話の流れを説明し、結論として淳が人気女優との縁談を断ったと言った。勿論英語でだ。
ミランダは「hmmmmm」と言いながら横目で淳を見ていた。
そして
「I really hate men!」(男ってほんと嫌だ)
「You are so shallow!」(薄っぺらい)
「You are such a womanizer!」(女好き)
と言って階段を上がり自分の部屋へ戻って行った。
綾子と慧は顔を見合わせ
「まぁ敏感なお年頃だもんね」と言って軽く笑い、
亮は両手でお手上げというポーズをした。
「なんだ?いきなり・・・」
淳は少しイラっとした。




