編入試験
成城大学付属高校は第二次世界大戦終戦後、政界と財界のトップが会談し戦後復興後の日本が世界に追い付くための科学や技術を開発できる人材を育成する目的で創立された教育機関である。
幼稚園から大学までの一貫教育を施していて、政財界で活躍する人間を輩出する学校として認知されている。授業料は日本で一番高いが特待生制度もあり一般入試よりも難易度の高い特待生試験に合格すれば授業料は免除される。
校則は自由度が高く比較的緩やかではあるが、違反が悪質だったり度重なったりした場合は即退学処分となる。
世界を意識しているので高等教育課程より積極的に留学生を受け入れていて、留学生と数は全体の約2割にまで達する。
ただし言語は日本語と英語に限定され、使えない者は入学出来ない。
淳の高等部への編入試験は午前9時から開始される。
今回の編入試験は日本人よりも海外からの留学生の方が多かった。
海外の学校は秋に新学期が始まるからだろう。
一般編入試験と特待生試験は同会場で同時に開始されるが、学校側にも受験生側でもリスクを少しでも回避する為に試験問題と答案用紙の色が一般試験だと白、特待生試験だと薄い青色に区別されていた。
試験は日程は1日と通常より短い。
合格発表は試験終了から1時間後に口頭で発表される。
試験内容は義務教育課程の主要5教科でそれぞれ80点満点、試験時間は1科目45分。
15分の休憩を挟み5教科総ての試験終了は午後2時45分だ。
会場まではミアが車で送ってくれた。
あの白いスポーツカーだったので、登校中の他の生徒から注目されたが気にしなかった。
幼い頃から色々な事で注目されて来たので他人から浴びせられる好奇の視線には慣れている。
校舎に入ると編入試験会場と書かれた張り紙が玄関横に貼ってあり間違いようが無い事になっていた。
指定された席は窓際の一番後ろ。試験官の視線を一番浴びる場所だ。
開始5分前に試験官が教室に入って来て注意事項を述べたあと、座っている淳の前に青い問題用紙と回答用紙が伏せて配られて来た。
「さて・・・」
シャープペンの頭をカチカチして、「開始」の声と同時に最初の国語の問題をひっくり返した。
問題自体は基礎的な物で特別難しいという印象は無かったし、高い学力を持っている淳は時間を余らせていて、回答用紙を埋めて間違いが無いか確認しても時間が余り窓から景色を眺めていた。
試験官はチラチラと淳を見て、生意気そうだという視線を送ってきたが無視した。
問題に対する回答に不安は無く、この後の試験もそれは同じだった。
総て試験が終わり合格発表までの1時間をどう過ごそうか考えていたが、取り敢えず教室から出た。
出てはみたものの、校舎内の地理なんて分かる訳もなく辺りをキョロキョロしていると後ろから声がした。
「もしかして、アナタが国見淳君?」
振り返るとネイビーの高そうなスーツを着た綺麗な女性が立っていた。
「そうですが・・・・」
「初めまして、私は四葉リコ、ケイから聞いてないかな?」
「あぁ、リコさん!伺っています。初めまして!」
淳が頭を下げてお辞儀した。
「長身で銀色の髪だと聞いていたから、もしかして、と思って声を掛けてみたの。本人で良かった」
そう言ってリコは笑った。
四葉璃子は現四葉グループ会長である四葉龍造の孫に当たる。
長男の三女で四葉大学卒業と同時にアメリカに渡りマサチューセッツ大学のMBAを取得した。
才女の評判が高く一族の中では四葉重工社長に就任している長男よりもビジネス感覚が鋭いと言われている。
現職の防衛大臣であるケイとは高校時代から仲が良く、仕事の分野は違えど今でも親交は深い。
帰国後、会長の命で成城大学理事長に就任した。
これは会長が学校経営の分野で経営感覚を試験する意味合いが強いと思われていて、
少子化で生徒数が減少している環境で業績を伸ばせるか、周囲は注目している。
「試験はどうだったの?」
「思っていた物と違いました」
会話の途中でリコの携帯が鳴った。
メールのようだったが、それを見て
「おもでとう、満点合格だって。さすがハーバート!」
リコはケラケラと笑いながら淳の背中を叩いた。
「ありがとうございます。お世話になります」
「これからヨロシクねー」
そう言って握手すると、リコは何処かへ歩いて行った。
「取り敢えず合格出来て良かった・・・」
自信は有ったし不合格になる事は無いだろうと思ってはいたものの、合格が確定して安心した。
合格する根拠が無かったからだ。
今回の入試に対して特別な準備も対策も努力もしていなかったせいだ。
ただ、人よりも濃密な努力をして普通の人間が25年以上かかる事を15年で達成したという自負はある。
周囲から天才と呼ばれても、頭の中で勝手に答えが浮かんでくる訳では無い。
蓄積してきた知識を引き出しているのだ。
知識を蓄積するには、やはりそれなりの努力は必要だと思っている。
そんな事を思いながら、何も考えずに歩いているリコの後ろ姿を眺めていた。
校舎の外に出ると、部活動の為に生徒達が移動していた。
野球、サッカー、陸上、テニス・・・一通りのクラブはある様だ。
校舎の壁にもたれかかりながら、運動系クラブの練習風景を眺めている内に合格発表の時間が来て試験会場に戻った。
席に座ってすぐに試験官が入って来て
「合格者の発表をします。」
少し間を開けて
「一般編入試験合格者は残念ながらいませんでした。
特待生試験合格者は1名・・・・国見淳君。
以上です。国見君はこれから私と一緒に職員室に来て下さい。
それでは今回の編入試験を終了します。ご苦労様でした。」
受験生達は一斉に立ち上がり荷物を持つと会場から出て行った。
淳が試験官に歩み寄ると「行きましょう」と声を掛けられ後ろから付いて行った。
職員室には授業が終わって大勢の教師がいた。
ツカツカと中に歩いて行った試験官が立ち止まり、一人の大柄な男性を紹介した。
「1年A組担任のルーカス・マクレガー先生です。」
「Nice to meet you! Im Lucas McGregor. From AMERICA」
立ち上がって握手をした。背が高く大きな手、強烈なグリップ・・・アメリカが持つイメージそのものだ。
「初めまして。国見淳です。ヨロシクお願いします。」
淳の容姿を上から下まで確認する様に眺めてから
「書類ではキミは日本人となっているが、これは間違っているのか?」
「父が日本人で母がスェーデン系のアメリカ人です。書類は間違っていません」
「なるほど・・・最終学歴がハーバート大学となっているが、これも間違って無いと」
「そうです。先月卒業して帰国しました。」
「最高の結果を出したのになぜ、今更また高校生に?」
「Second chance in life. 人生をやり直すんです」
マクレガーが淳の顔を見て頷いた。
「OK! I understood. これからヨロシクだ、Mr Jun Kunimi!」
もう一度握手をした。さっきより強くグリップされる。
「だが、私が教えられる事は少ないかもな」
学校の制服と教科書を受け取ってこの日は解放された。
校舎を出ると校門の横にミアの白い車が停まっている。迎えに来てくれたのだ。
ドアを開けて乗り込むと、ミアが笑顔で待っていた。
「学校から連絡が来たわ。だから迎えにきたのよ。合格おめでとう」
「ありがとう!でも少し疲れた。早く帰ろう!」
ミアはハンドル横のパドルシフトを操作して車を出した。
スポーツカーは二人乗りで荷物を置くスペースは殆ど無い上に狭い為、教科書と制服は淳の膝の上に抱えるしか無かった。
運転は楽しいが、居住性はある程度犠牲になっているのがスポーツカーとはいえ・・・
いつもより帰路が長く感じられた。