アメリカ 国家中央情報局
夜11時、そろそろ寝ようかと思っていたのだが、喉が渇いて水を飲みに行こうと下に降りると、
旭とセオドアが二人で酒を飲んでいた。
バーボンをロックで飲んでいて、既に空瓶が1本ある所を見ると随分と飲んでいるのだろう。
楽しそうでも深刻でもない雰囲気で、不思議な空気だった。
横目で通り過ぎ、隣の厨房でミネラルウォーターのボトルを手に取った瞬間、旭が淳を呼ぶ声がした。
「座れよ淳。一緒に飲むか?」
旭はニヤリと笑って淳の顔を見た。
淳は水のボトルを持って座り「飲まないよ」と言って笑った。
セオが淳の顔をマジマジと見ながら
「全然、アキラに似て無い」と言って笑った。
旭は苦笑いをして「ミアの遺伝子に負けたのさ」と言った。
一拍おいてセオが淳に、やや真剣な顔で話始めた。
「ジュン、CIAを知っているか?」
「アメリカの諜報機関?」
「そうだ、中央情報局Central Intelligence Agencyの略称だ」
旭は無言で酒を飲んでいる。セオは話を続けた。
「CIAは合衆国の国益の為に活動している。そしてその為なら非合法な事も厭わないし躊躇もしない。戦後の日本の政治もリードしてきたのはCIAだし、現状の台湾でも活発に活動している。」
「戦後の日本の政治?」
「そうだ。CIAは有力政治家を分析し完全な民主主義国家設立を目的にして資金を提供し、そして達成した。ノブスケ・キシ、マツタロウ・ショウリキ、ヨシオ・コダマ等がその代表的な例だ。」
なぜいきなりCIAの話をするのだろう?酒に酔っているのだろうか?
「ミランダは過去に誘拐された事がある」
「知ってるよ。20歳の男に誘拐されたんでしょ?初対面の時にサーチしたら出て来た。」
「知っていたか・・・犯人は中国人だったんだが、そいつは諜報部の工作員でな。
当時のミランダは理系の天才児と言われてちょっと有名になっていたんだ。
中国共産党の極秘内部文書をハッキングして、それが相手にバレた事が原因だった。
実行犯を中国の諜報員だと睨んでマークしていたCIAのケースオフィサーがパラミリを動員して救助してくれたというのが真相だ。」
旭は相変わらず黙って酒を飲んでいる。おそらくこの話を知っていたのだろう。
「ミランダの誘拐された理由を知ったCIAは保護対象に指定し、監視態勢を敷いた。
そして将来のCIA入りを遠回しに要求してきている。現在もだ。」
どうしてそんな事を自分に言うのだろう?
「ただ、中国は未だしつこくミランダを監視し追ってくる。過去何回か危ない事もあったがそのたびにCIAが守ってくれているから感謝はしているんだがね」
セオはグラスを一気に飲み干した。旭が空いたグラスに酒を継ぎ足す。
「ジュンはミランダをどう思う?」
「え?どうって?・・・」
「キュートだから恋愛感情が湧かないかと思ってな」
淳は笑った。いや何とも思ってないからと言ってもストレートに答えると嫌な予感がしたので笑って誤魔化したというのが本当のところだ。
「ミランダは常に大人に監視されながら生きている。しかも普通じゃない組織からだ。」
ストーカー被害にあってるというのはこの事か・・・
「CIAの保護監視対象であるにも関わらず危険な目に遭ってる事が問題なのだ」
セオの顔は深刻な表情になった。
「実は、そこで同居する事にしたんだ」
旭が口を開いた。
「以前、政治家の持ち家だった事が幸いでここは普通の家よりセキュリティがしっかりしている。
亮も改築の際は気を遣っていたしな。それに慧が大臣を務めているお陰で家の前には簡易交番も設置されている。セオのボディガードも亮のボディガードもいる。普通の家より何倍も安全だからな」
旭の説明で同居する理由がはっきりとされた。義理だけじゃなかったのだ。
そして再びセオが話始める。
「ジュン、いつもミランダと行動を共にする君にもその英知でミランダを守って欲しい。身体を張れと言うつもりは無い。
危機や危険を察知して教えて欲しいんだ。あとはCIAが動いてくれる。」
以前、ミランダが淳に向かってナイトになって欲しいと言った意味が初めて分かった。
ただ、好きでミランダと一緒に行動している訳では無い。
「分かりました。ボクに出来る事があれば」
そう言って淳はセオの目を見てハッキリと言い切った。
セオは喜びと安堵の表情を浮かべ、「頼むよ」と握手してきた。
力のこもった大きな手だった。
話の区切りを見つけて自分の部屋に戻り、ミランダの事を想い出していた。
ハッキングをそんな以前からしていた事にも驚いたが、中国共産党の敏感な部分にまで入り込める技術には驚愕した。
自分にも出来る様になるだろうか?なるとしたらどれ程の時間が必要なんだろうか・・・。
そしてその天才的な技術を邪魔だと思っている人間も多いと思った。
敵にまわすと本当に厄介だもんな・・・CIAが監視するのも分かる。
もしかしたら、ミアはミランダの誘拐事件の事も頭にあって自分の安全を心配しているのかも知れない。
自分にミランダ程の才能は無いけどな・・・
そんな事を考えながら眠りに落ちていった。
深夜だが、慧の携帯に着信があった。
親友の四葉璃子かと思ったが第一秘書からで、軽く驚きだった。
「お疲れ様です。こんな時間に申し訳ございません」
「緊急?何かあったの?」
「実は総理から先程連絡があり明日のスケジュールの中で1時間程時間を取れないか打診されまして」
「明日は確か忙しいんじゃなかった?」
「はい、ですが最近の動向から内閣改造も噂されていますし、時間を取った方が宜しいかと・・・
それで失礼を承知の上で連絡を差し上げました」
「そう・・・わざわざありがとう。じゃあ20時の後援会長との会食を翌日にずらせないかな・・・」
「承知致しました。総理と後援会長の方には私の方から連絡しておきます。」
「お願いします。いつもありがとう。あやすみなさい」
電話を切ってから慧は考えた。
改造内閣でも入閣できるだろうか?
もし出来るとしたらポストは何になるだろうか?
総理との人間関係は悪くない。40歳の誕生日前に総理大臣に就任するのが自分の目標だが、その為には足踏みは許されない。官房長官は無理だが、最低でも文科大臣、理想は外務大臣に就任するのが慧の希望だった。
翌日、慧は総理大臣が指定した料亭に行った。
総理より早く着き下座に座って総理の到着を待つ。総理は5分程遅れて来た。
矢部晋三は今年66歳、第96代から98代の総理大臣であり政権与党の総裁である。
現在淳が通っている成城の先輩にあたり、成城大学法学部政治学科を卒業した。
父親・大叔父・祖父に総理大臣経験者がおり、政治の世界では生粋のサラブレッドと言われる。
外交政策分野では既に大きな実績を残しており、特に同盟国であるアメリカと緊密に関係を強化した事は特筆に値すると評価されている。
「ごめん、ごめん、遅れちゃったね」
矢部は笑顔で上座に座った。
「いえ、総理であればどれ程の時間でも私はお待ちしています」
慧も笑顔を作って応えた。
「忙しい中で貴重な時間を拝借して申し訳ないが、どうしても紹介しておきたい人間がいてね」
そう言うと中居を呼び、待たせてある者をここに通す様に伝えた。
「キミをどうしても紹介しろと煩いものでね」
矢部は笑って言う。慧は一体何者なのか予想もつかなかった。
暫くして入って来たのはアメリカ人だった。
「紹介しよう。アメリカ中央情報局東アジア担当日本支局局長のエスパーだ。」
アメリカ人が立ち上がり名刺を差し出した。
「Im David Esper. Its glad to meet you」
慧は自分の名刺と交換しながら、中央情報局というのはCIAの事だと思い出した。
そして戸惑った。CIAが自分に何の用事があるのか?と。
矢部が慧とエスパーに酒を注ぎながら
「ワタシも随分と世話になっているから安心してくれ」
するとエスパーが
「私達はステイツと日本の相互利益の為に活動しています。
今回は我々から提案をさせて頂きたくてミニスターに機会を設けて貰ったのです。」
慧には意味が分からなかった。同時に大きな陰謀の類に巻き込まれるのではないかと疑った。
エスパーが話を進める。
「我々の提案とは、ミス・クニミの援助を申し出たいという事です。
貴女はアメリカ本部でミスターヤベに次いで政治的評価が高い政治家です。
勿論、軍事同盟の強化は勿論ですが防衛大臣就任後の政策・言動・過去の調査から同等の価値観を持って共通の敵に立ち向かって頂ける人材だと判断しました。
そんな人材が選挙において敗北し落選するとなれば日本は及ばずステイツの政策にも小さくない影響がでます。それは我々にとって望む事では無いのです。
ですから衆議院選挙の際には日本でもトップクラスの選挙参謀を送り出しますし、表に出ない資金の援助もします。」
話が旨過ぎる・・・。慧は警戒心を強くした。
「話が旨過ぎると思ってるだろ?」
矢部が盃を飲み干して言った。
「実は私も援助を受けていた。自民党総裁に成れた理由の一つに挙げても良い位だ。」
慧は驚いた。
「だが、私の政策を振り返って考えてくれれば分かると思うが、国を売る政策や行為は一切無い。
強いて言うなら日米同盟の強化だが、これは我が国にとっても国益だ。
エスパーの言葉に嘘が無い事は私が保証しよう。
そしてアメリカが援助すると言う事は将来の総理大臣に就任できる可能性を持っていると見込まれた証拠であり、その可能性も高いと言う事だよ」
「総理は現在も援助を受けていらっしゃるのでしょうか?」
「いや、私は援助をもう断った。世間や報道では内閣改造が噂になっているようだが、近々に私は辞職する。健康状態が芳しくないのだ。それを先日エスパーに伝えると、大至急キミを紹介しろと言ってきたのだよ」
矢部は笑っていて、エスパーも苦笑いをしていた。
「ミス・クニミ、10年前に民主党が政権を握った次期があった事を覚えていますか?
当時の日本の政策は経済的な理由もあって中国とより親密になろうとしていました。
罠にかかり凋落された議員も多かった。危険水域一歩手前の状態でした。
我々は当時の様な状態を憂慮しており、より安定した政権を求めていました。
そしてかねてから援助していたヤベが総理になり、理想に近い状態になる事が出来たのです。
我々は今後も安定した政権を望んでいます。貴女を援助する理由もそれが一番の理由です。」
エスパーの目に嘘は無いと感じたが、やはり警戒せざるを得ない。相手はCIAなのだ。
現職の総理が保証すると言質を取ったが、引退してしまえば曖昧になってしまうリスクもある。
慧は援助を喜んで受けたい気持ちと、警戒する気持ちが入り混じって心底迷っていた。




