天才でも貧乏
国見家には家族で取り決めた経済的なルールがある。
生活費として月間一人3万円をミア名義の家族口座に振り込まなくてはならない。
食費と水道・高熱費が主な使い道だが、、トイレットペーパーや電球の様な消耗品の購入、家の修繕費にも使われる。
慧は3万円で済むが、亮は綾子を家に同居させているので綾子の分と合わせて6万円、旭はミアと淳の分で9万円を毎月1日に振り込む事になっている。
今回、エッガー家の3人が同居したので、セオドアもルールにならいマリアとミランダの分を合わせて9万円振り込んでいた。
つまり毎月家族口座に27万円が振り込まれる事になる。
管理をしているのはミアだが、毎月1日に前月の決算がラインで送られてきて、家族の間でもお金の事はキチンとするという旭の方針だ。
これだけキチンとお金のルールが決まっているので淳が小遣いを前借しようと頼んでも、絶対に認められないのだ。
淳はハーバート大の経済学部を優秀な成績で卒業しているのだが、いつもお金に汲々としている。
普通の高校生の小遣い平均額は5114円で淳は毎月5000円貰っているが、知識欲を満たす為に本格的な専門書を買おうと思っても5000円では足りない。
なので本を諦めてネットに頼るのだが、パソコンのパーツをより上級スペックにしようとしても、思う様にはできなかった。
毎月コツコツと貯めて一気揃える感じだ。
そして、今月も例によって財布事情は厳しかった。
アルバイトをしたいのだが、セキュリティの問題で両親は許可をくれない。
神の子と呼ばれていても、お金が湧いてくる訳じゃないのだ。
両親の最大の懸念は誘拐だ。
日本では珍しいが、金持ちの子供を誘拐し身代金を要求するのは治安の不安定な国ではよくある事なのだ。
セオが言うには、「中国が一番酷いが、中国で稼げなくなった誘拐団は海外で活動している。日本は平和ボケで管理が緩いから狙われている」との事だった。
公開されている情報だと平成30年の行方不明者数は16927名。
日本はまだ良い方でアメリカは年間平均40万人、イギリスでは14万人、インドで7万人、カナダは4万人、スペインとオーストラリアは2万人。
韓国でさえ31425名の児童が行方不明になっている。
勿論本人の意思による家出も含まれている数字なので、総てが人身売買組織による犯行では無いが、警察に届け出が出された数字なのは確かだ。
両親の心配も当然なのかも知れない。
だが、お金は欲しい!
淳は困っていた。
夜10時を超えた頃、亮が帰宅した。
淳が降りて行くと、亮はリビングのテーブルに座り、ネクタイを緩めて仕事モードからリラックスモードへ変わろうとしていた。
綾子が簡単な軽い食事の用意をしている。いつもの光景だ。
食事を待つ間、テレビの報道番組を見ている亮に淳は近づいていった。
「どうした?何か相談か?」
亮が淳を見上げた。
「うん・・・ちょっとアドバイスが欲しくて」
「珍しいな、淳がそんな事言うなんて」
何故かニヤリとしている亮に、一呼吸置いて話を切り出した
「じつは、お金を稼ぐ方法を教えて欲しくて・・・亮兄ならヒントくれるかな?って」
「金?いくらだ?」
「いや、ただ漠然と・・・毎月小遣いが足りないからさ」
「そういう事か・・・」
綾子が蕎麦を茹でて持ってきた。夕食で出た天麩羅が入っている。
一口すすって、亮が話始めた。
「オレの商売敵のワンさん知ってるよな?カルチャーバンクの・・・あの人は大学生時代に1億稼いでるんだぜ。
自分で考えた音声機能付き他言語翻訳機を家電メーカーに売り込んだのさ。
で、それがカルチャーバンクの設立につながった。」
知らなかった。現在日本で一番の資産家と言われている王志明がそんな事をしていたなんて。
「経済を勉強したなら基本的な商売は理解してるよな?
仕入れた物に付加価値を付けて売った差額が利益だ。
いま話題の転売屋が最も原始的だ。
次に形の無いサービスを売る業種だ。
実労働に価格を設定し経費を引いた物が利益で、分かりやすい物で例えるなら引っ越し屋とか、マッサージとかだな。
そしてワンがやった様に自分のアイディアを売り込む。
値段は自分と相手の交渉で決める。利益は自分のプレゼン次第だ。」
淡々と話す亮だが、話の内容は単純で誰でも理解している事だ。
ただ、改めて言葉にされると実感が湧くというか、自分の考えて来た事を肯定されている様に感じる。
「最後に、これが一番難しく一番大きな利益を生むのだが・・・
金が儲かる仕組みを構築し、そのシステムを売る形だ。
簡単にいえば、自分で創業した黒字の法人を組織ごと売るんだ。
内装の拘った飲食店にこういうケースが多い。
金を儲けたいなら、いま言った方法しか無いな・・・
あ、金融取引は別な」
そう言って、途中になっていた蕎麦を再び啜り始めた。
綾子が口を挟んで来た。
「亮クン、人に雇用されて給料を貰うって一般的な事を言ってないわよ」
確かに綾子の言う通りだ。
普通の学生はアルバイトで時給を稼ぐ。
「そうだな・・淳も学生だった。バイトするのも悪くないが・・・お袋を説得出来たらだな」
亮の言う通りだ。
そもそもミアが最初から許可していればこんなに悩んでないのだ。
亮に貰ったアドバイスの中で実際にできそうなのは王志明と同じ方法しか無理そうだ。
淳はお礼を言って自分の部屋に戻った。
ベッドの上で仰向けになり、天井を睨んで色々と考えた。
ママがオレの安全を常に確認できる様になればバイトしても大丈夫なんだよな・・・。
ボディガード雇うか・・・いやその代金でバイト代なんか吹っ飛ぶからダメだ・・・。
ため息が出てきた。
それにしても、王志明って凄いな・・・。
でも今なら携帯用のアプリを作る方が早いよな・・・。
そのとき頭の中に閃きが光った。
漫画で何か思い付いた時に頭の上で電球が光る絵、その物だ。
時計を見る。
ミランダならまだ寝ていないかも知れない。
ミランダにラインをしてみると返事が返ってきた。
【思い付いた事があって力を貸して欲しい。詳細は明日話す】
【わかったよー、おやすみ】
自然と笑みが湧いてきた。
翌日、通学中の送迎車の中でミランダに相談しようと思ったのだが、淳は後席でミランダは前席に座っていたので学校に着いてから話す事にした。
一緒に乗っていたマックスと別れ、教室に入り自分の席に座った瞬間に隣の席のミランダに話を切り出した。
「ミランダってプログラミングできる?」
「え?出来るけど・・・?パソコン?携帯?」
「実は携帯用のアプリを制作したくて、全米でも有名で最優秀なブルックリンテックを主席で卒業した美人で誉れ高いミランダ・エッガー様に相談しようと思ってたんだ」
「すごい持ち上げ方ね・・・そういうの日本じゃ褒め殺しって言うんでしょ?」
「事実を述べてるだけですよ」
二人ともニヤニヤしながら会話が進む。
「まぁ、同居してる関係でもあるしアドバイスくらいはしてあげるわ」
「作ってくれたりしないかな・・・ほら、前にナイトになれって言ってたんだから、オレに貸しを作るって感じで・・・」
「制作依頼か・・・。」
ミランダは下を向いて考えている。
彼女にとって難しくない作業ではあるが、面倒なのは確かだから躊躇するのは当然だと淳も思っていた。
「わかった!作ってあげる。ジュンは家族も同然だから製作費は2000ドルでいいわ。
あ、ちゃんとしたUSドルね。」
「え?金取るの?」
「当然じゃない!労働に対する対価と報酬でしょ?これでも1000ドル引いたのよ。感謝して欲しいわ」
2000ドル・・・日本円で約21万・・・金が無くてピーピーしてる淳には大金だ。
「まさか無報酬でやれ!なんて言うんじゃないでしょうね?」
「いや・・・それは・・・・」
「で?どうするのよ?発注するの?しないの?」
淳は上を向いて考えた。
「分割払いでいい?10回とか・・・」
「月々200ドルって事? ジュンは貧乏みたいだからいいわよ。
そのかわり、私はお願いする事も聞いてよね」
「わかった!その条件で発注する!」
するとミランダは右手を差し出し握手を求めた。
淳が応えると「交渉成立ね」といってニヤリと笑った。
「で、どんなアプリなの?」
「簡単に説明すると、時計とGPSの位置情報を連携させて他人に通知するアプリだ。
例えば1時間毎に自分の位置を他人に通知する、みたいな・・・」
「へぇ・・・何に使うの?」
「用途は色々だと思う。子供の様子を知りたい親だとか、彼氏の浮気防止とか・・・」
「なるほどねぇ・・・じゃあ今日帰ったら始めるから手付のお金用意しておいて。
受け取った直後から制作に入るから」
「え?今日?」
「そうよ、お互い早い方が良いでしょ?」
月々2万円の支払いはバイトが出来る様になれば返済できる。
淳はそう考えて承知したのだが、10か月間の支払いは淳にとって小さくなかった。
アルバイトの許可が出ないのは外出にリスクがあるからで、自分の所在地を把握していれば
両親が安心でき、アルバイトをやるにも支障が出ないはず!
王志明の電子翻訳機にヒントを得て、思い付いた事だった。
アルバイトができれば貧乏から脱出できる!
今日払う2万円は、PCの後付けHDの購入資金に貯めておいたお金だが、仕方ない。
アルバイトができれば、給料で買える!
淳は授業が始まっていても、そんな事ばかり考えていた。




