イスラエル
国見家の駐車ガレージに新しい車が納車された。
国産では最高級のLサイズセダンである、リキサスLS600だ。
現状では淳とミランダの通学に使用されるが、本来は慧がプライベートで使う予定だ。
ただ現職の大臣である慧は国から送迎用の車が貸与されており、殆どその車で移動する為に車を購入しても滅多に乗る機会が無い為、取り敢えず送迎用の車として亮が購入資金を負担し慧にプレゼントという事になった。
送迎の運転はミアに戻ったが、ミアの提案で毎日マックスも乗せていく事にした。
毎朝マックスが国見の家迄徒歩で来て、そこからミアが3人を乗せて学校まで送るのだ。
そんな風になって3日後の日曜日の昼過ぎ、マックスの家族4人が国見家を訪ねて来た。
息子の送迎のお礼と挨拶を兼ねた顔合わせだ。
国見とエッガー、メイアの家族が一同に顔を合わせると13人にもなるので、一番大きな応接室を使用した。
元々は派閥の領主であった政治家の邸宅である。
大人数にも対応できる設計になっており、準備の苦労はしなかった。
日本式の丁寧なオジギをしてメイア家の家族は国見邸に入ってきた。
そして全員が理解できる言語である英語で会話が始まった。
マックスの父親であるエゼル・メイアはイスラエル国家お抱えの貿易商だ。
旭と亮・慧に渡された名刺にはテルアビブ・トレード・カンパニーと会社名があり肩書はチェアマン、つまり取締役会長という役職だ。
仕事で扱う商品は工業製品から衣類・食料品まで広範囲に及ぶ。
ただ彼もユダヤ人では無い。どちらかといえばヨーロッパの白人に近い顔立ちだ。
聞けば、アラブ人の血が13%でフランスの血が多いという。
息子同様に恵まれた体躯を持ち、精悍な空気を纏っている。
仕事で必要だったせいか、日本語やフランス語等9か国語を話せる。
フランスで最高の大学ユニバーシティ・パリを卒業しイスラエルへ渡った。
そこで国家主催のエリート養成プログラムの試験に合格しカリキュラムを受け起業したと言った。
アメリカや中國と比較すると日本製の商品は品質が良く、コストパフォーマンスに優れているので2年前から日本に住み、商品を買い付けイスラエルに送っているのだという。
彼の配偶者であるガル・メイアはイスラエル人だ。
世界で最も美しい女性を生む国イスラエルのテルアビブ出身。
仕事の取引会社に勤務していたが、エゼルが猛烈にアタックし口説き落としたそうだ。
マックスの1歳下の妹、ナタリー・メイアも母親似の美人だ。
マックスより日本語が上手で兄弟そろって性格が明るい。
成城の中等部に通っていて成績も優秀である。来年は高等部に進学する予定だそうだ。
国見の家族である旭、亮、慧、淳をエゼルは知っていた。
旭を科学者として、亮はビジネスセンスにおいて、慧を政治家として、淳を世界の未来として注目していたそうだ。
それぞれの分野で有名であるし、雑誌で読んだ時に興味を持った家族だという。
そしてセオドア・エッガーの事も知っていた。
「ご存じ無いかもしれませんが、我が国の軍事セキュリティはエッガー氏の構築したプログラムをペンタゴンから提供されて使用しています。」
セオはエゼルの言葉に苦笑いをした。
確かにアメリカとイスラエルは軍事同盟国だ。
武器も兵器も共通しており、日本とアメリカの関係に似ている。
セキュリティプログラムも共通するのが手っ取り速いのは当然だが、その事をセオ自身は聞かされていなかった。
「知りませんでした。国防長官に問いただしてギャラの交渉材料にします。良い情報を頂いた」
エゼルとエッガーは笑った。
「リョウさんの会社もワタシのビジネスチャンスがありそうです。どうかヨロシクお願い致します」
エゼルは特別にお願いします、という言葉だけは丁寧な日本語を使って頭を下げた。
亮も反射的に頭を下げたが内心「ちぇ、仕事できる系の男か」と思っていた。
また忙しくなる。結婚の次期が伸びそうで綾子の機嫌が悪くなりそうだ。
慧にも
「国防大臣でしたね、どうか宜しくお願い致します」
とエゼルは頭を下げた。
慧は自分の仕事と関わる分野があるのか考えた。
貿易という仕事、イスラエルという事・・・
少し嫌な予感がしたが、顔に出さず笑顔で応えた。
ミランダと淳はマックスとナタリーと4人で談笑していた。
ナタリーが成城の高等部について色々と尋ねてきたので答えたり、勉強の事、食べ物の事等で話題は尽きない。
ミアと綾子、マリアとガルは4人で話していた。
みな家庭に入り仕事はしていないので共通の悩みや娯楽の話で盛り上がっていた。
実はガルも車好きで、愛車はドイツのプルシェ・911ターボ・・・
4人の話題で一番湧いたのが車の話だった。
勝負なんていう言葉も聞こえてきて、亮は苦笑いしている。
綾子が亮に呼ばれ、どこかに電話をしていた。
淳が聞くと
「亮クンが、みんなお腹が減ってきた様だから寿司でも頼もうか?って。」
さすが亮だ、周囲の空気を読んで素早く対応する。
仕事ができる人間の秘密は細かい神経と気配りかもしれない。
子供の学校が縁で知り合った家族だが、思いも寄らず話は盛り上がっていた。
飲み物はお茶から酒に変わり、時間の経過を感じない程みな楽しんでいるようだ。
しかし、旭やエゼル、セオドアの囲んでいるテーブルはキナ臭くなってきた。
全員が国家の重要基幹産業に触れている立場なのだ。
日常の生活中でもあらゆるアンテナを張り、常に情報を手に入れ自分の中で忖度し行動を選択・判断するのだ。
共通するのは、国という枠組を飛び越えて世界を相手にする人間だという事だ。
話はイスラエルが経験した4回の戦争に及んだ中東情勢に触れた時からだった。
国防という敏感な話題に移った時にセオドアの言葉が口火になった。
「先程からメイアさんの話を伺っていますが、只の貿易商とは思えない程の情報量です。
国家を側面から支えている様な内容で少々驚いています。」
セオドアはエゼルの目を見据えて言った。
「私は国の依頼を受けて物品を購入し市場に流す事もしますから、確かに他の貿易商より情報は持っているし内容も変わってるかも知れません。」
エゼルが目線を落として答えた。
すると亮がエゼルの顔を見て
「メイアさん、先程扱う商品は工業製品もあるとおっしゃっていましたが、それは精密機械も範疇でしょうか?」
「はい、勿論精密機械も国からの要請で買い付けます。」
エゼルの顔が上がり、今度は亮の顔を伺う様に見ながら答えた。
「実は先日、私が筆頭株主をしている会社にイスラエルの貿易会社からスペクトラムアナライザーの発注を受けたと聞いたのですが、もしかしたらメイアさんですか?」
「大阪の泉光学ですか?それなら確かに私です。世間は狭いですね、ビックリしました」
笑顔で応えるエゼルを見て、亮は笑顔で対応しながら内心で心底驚いていた。
隣にいた慧は亮の様子に気が付いたが表面に出さずにニコニコしている。
セオと旭は下を向いた。
周りの様子を察知したエゼルは時計を見て
「楽しいと時間の経つのは速い。そろそろおいとましましょう」
と言って立ち上がった。
父親が立つのを見てガルも立ち上がり、それに気が付いたマックスとナタリーも立ち上がった。
「今日は本当に楽しかった。またこうした機会を楽しみにしています。ご馳走様でした。」
玄関まで見送り、帰って行くメイア家の後姿を見送るとセオと亮は顔を見合わせた。
応接室からリビングに戻り亮がセオに話し掛けた。
「セオ叔父、気が付いた?」
「ああ、スペクトラムアナライザーの件で確信した」
続けて旭が
「貿易商はカバーで、実はモサドの構成員かも知れんな」
慧は先程の亮の異変の理由を察知した。
「モサドって・・・」
セオが慧にモサドの説明を始めた
モサドはイスラエルが誇る世界最強の諜報機関だ。
いわゆるアメリカのCIAと同じ物である。
諜報活動、秘密工作、対テロ活動、元ナチス隊員の捜索等が主な活動内容である。
局員採用に時間を掛けるのが大きな特徴で、平均3~4年で知能・知性をメインに品性、社交性、思想、体力等のあらゆるデーターを徹底的に精査する。
日本の四国程度の面積しか無く、周囲は敵だらけの環境で4度の中東戦争を仕掛けられても生き残って来れたのはモサドの情報収集による物が大きい。
発足当時はイギリスの諜報機関であるMI-6を手本にしていたが、現在は元首直轄型のアメリカCIAに近い。
局員数は不明だがCIAの調査では2000人~3000人だと言われている。
正局員の他に世界に散らばるユダヤ人を協力者として活用する事も少なくない。
世界から集められた情報はプロミスと呼ばれる世界最高クラスの電子データベースに一括保管され、必要に応じて他国の諜報機関に有料で提供される事もある。
慧はセオドアの説明を聞いて驚いていた。
「メイアさんがモサドのメンバーだと言うの?」
「少なくともサイニアムと呼ばれる協力者であるとは思う。」
亮が答えた。
「何故?根拠は?」
「スペクトラムアナライザーは電気計測器で軍事転用が可能な物なのだ。そしてイスラエルは新たな弾道ミサイル迎撃用のミサイルの開発に着手したという発表があった」
旭が答えた。
「パパまで・・・でもなぜモサドを知ってるの?仕事と関係ないじゃない」
「量子コンピューターのプロトが完成した時に、研究所にモサドの局員を名乗る人間は来てな・・・
秘密裏に事を運ぶからイスラエルに売って欲しいと言われた事があったんだ。
事実を公表せず、本部のみで使用するのだと。ただ売って欲しいのはプロトではなく理論と手法、ノウハウだと言われた。当時は国家機密の中で研究してい文科通産省にプロトの完成を報告した翌日だった事が驚きだった。
それから、モサドの事を知る為に色々と調べたのだ。その流れでイスラエルという国にも注目する様になった」
これは誰も知らない事実だった。セオも亮も慧も目を大きく開いて驚いている。
「だが、もし仮にメイア氏がモサドのエージェントだとしても、オレ達に影響は無いんじゃないか?
少なくとも、中国の諜報機関の様に無差別で無分別では無いだろうし、今更オレ達が持っている情報なんて諜報機関の世界じゃ常識の部類だろ?」
アキラもセオも亮のいう事はモットもだと思った。
セオのシステムは既にイスラエルが採用し実行しているし、旭の基礎理論もアメリカの学術誌で公開されている。
慧は防衛大臣だが、イスラエルと日本は間接的な同盟関係にあり武器を共通している物が多い。
もしイスラエル側が欲しがる兵器や武器を開発したとしても、アメリカを通じた正式ルートで交渉してくる筈だ。
「まぁ、取り敢えず害は無さそうだから様子を見よう。」
最後に旭の言葉で全員が頷き、この話は終わった。




