友達
成城の校門に黒のLサイズ高級セダンが横付けされた。
ドイツの有名なメーカーの最上位モデルで外観は黒色だが内装は白い本革張りで、見るからに高級そうである。ボディはストレッチされて全長が長い分、空間は増えて高身長でも足が延ばせて居住性も最高だ。
その車の後部ドアを開けて出てきたのは淳とミランダだ。
運転してきたのはセオドア・エッガーの運転手兼ボディガードで、実はこの車は普段セオドアの足として使っている車であり、出社時間まで時間に余裕があるので二人の通学送迎者となった。
ただ、ミアが新しい車を注文したので、納車までの期間限定である。
同じ家に住み同じ学校へ通うのだから一緒に通学するのは自然な事なのだが、車がいかにも高級で大きくて目立つし、出て来たのが学校で一番可愛いと言われるアメリカの女の子と世界的に有名な天才児なので否応なく通学中の生徒から注目を浴びた。
転入して一週間経過したが、その容姿と明るい性格でミランダは既に校内で知らない者がいない程有名で、男子・女子関係無く誰にでも好かれていた。
一方、相変わらず無口で笑顔を見せない淳は、周囲から興味深々で注目はされているものの話しかけずらいせいで友達と呼べる人間はいなかった。
そのお陰で誰に気兼ねもせずマイペースで行動できる事が淳には嬉しかった。
ただ、同じ家に住み学校でも席が隣な二人は周囲から何かと話題になり噂話は常時飛び交っていた。
二人ともビジュアルは抜群で、街を歩けば必ず芸能スカウトから声を掛けられる程である。
話題にならない方が不自然だ。
常に周囲の注目を集めるのは精神的に疲労する。
授業中、日本語で分からない単語が出てくるとミランダは淳に質問するのだが、その行為でさえクラス中から事件の様に注目される程だが、2人とも幼い頃から慣れているので特に気にしていなかった。
昼休みになるとミランダは周囲の生徒から食堂に誘われるが、今日は断っていた。
マリアがランチボックスを作って持たせてくれたせいだ。
今日はサンドイッチで色合いが綺麗で美味しそうだった。
勿論淳も全く同じ物で「Sankus aunt! I will have!」と言ってパクついた。
パンを軽く焼いて、レタスやトマトが挟んである。
「ママのエッグサンドは絶品よ!」
ミランダは淳に向かって言った。
食べてみると、本当に美味しい。
甘酸っぱい味なのだが、ホースラディッシュを塗ってあるのか辛みがある。
「本当だ!めっちゃ美味しい!また作ってもらわなきゃ!」
淳は嬉しそうな笑顔でミランダに言ったが、周囲の生徒は淳の笑顔を見た事が無かったので驚いていた。
「What! You can laugh!」
後ろから声がして振り返ると、背が高い男が立っていて淳をみてニヤリと笑っている。
日本人ではない。白人の留学生だ。
「歌を忘れたカナリアかと思ったぜ」
その男は淳の目を見て言った。
「笑うさ、カナリアじゃなく人間だからな」
淳が答えた。
留学生が近寄って来た。
「オレの事は知らないだろ?マックス・メイアだ。イスラエルから来た。
アメリカとジャパンで天才と言われているオマエがどんな奴なのか話して見たくてチャンスを待っていたのさ」
茶色い髪、茶色の瞳、身長は183㎝ある淳よりも高そうだ。
制服の上からでも分かる鍛えて引き締まっている身体が印象的だ。
「世界でも優秀さでトップクラスのイスラエルの人間に興味を持って貰えて光栄だね」
淳が会話を始めた。ミランダ以外では珍しい。
ミランダも少し驚き成り行きを見守る事にした。
「イスラエルを知っているのか?さすがだな。嬉しいぜ。」
マックスは嬉しそうに笑顔で答えた。
「ビジネスの世界でもミリタリーの世界でもイスラエルは巨人だよ。優秀な民族だ」
「詳しいな・・・天才は何でも知ってるんだな。」
「なぜ日本に来た?アジアならシンガポールじゃないのか?」
「親のお仕事の関係でな・・・ただ日本という国に興味はある。植民地になった事が無く戦争で中国やロシアに勝ちアメリカとも互角の勝負をした過去、世界最先端の科学技術、建国から2700年の歴史と文化、総てがファンタスティックじゃないか!」
「マックス、オマエこそ日本に詳しい。そこいらの日本人よりもよっぽどだよ」
二人とも顔を見てニヤリとした。
何故ニヤリとしたのかミランダには分からなかったが、楽しんでるのは伝わって来た。
マックス・メイアはイスラエルの国民でユダヤ教徒だがユダヤ人では無かった。
そもそもイスラエル人なる民族は存在しないのだ。
ただマックスは、イスラエルはユダヤ人国家でありユダヤ人と分裂したイスラエル人はいない、と言った。
1年前に貿易商である父親の仕事の関係で来日し、日本語もキッチリ話せる。
英語、ヘブライ語、アラビア語、ロシア語を使えると言っていたので、やはり優秀だ。
187㎝の恵まれた体躯の持ち主であり、クラヴ・マガというイスラエルの国技ともいうべき近接格闘術をやっているせいで身体は引き締まっているのだと自慢していた。練習相手が少ないのが悩みだそうだ。
マックスと話す淳は笑顔でとても楽しそうだった。
周りにいた生徒たちも二人の話を聴いていたが、やはり笑顔だった。
マックスは学食からクラブサンドを買ってきて淳と話ながら食べ、昼休みの時間ギリギリまで淳と話していたが、授業が始まる寸前で自分の教室へ戻って行った。
「珍しいじゃない?淳が同年代と会話するなんて。楽しそうだったわよ」
ミランダがニヤニヤしながら言う。
「面白い奴だったからね」
そう言うと、講師が教室に入ってきて授業が始まった。
授業が終わり、校門で迎えの車を待っているとマックスが通りがかった。
「ようマックス、帰るのか?」
「ようジュン、オマエも帰るのか」
「いま車を待ってる。」
するとミランダが
「メイア君の家はどこ?」
「南麻布だ。電車乗り換えて1時間弱かかるんだ。遠いよな・・・」
マックスの言葉にミランダが淳と顔を見合わせて
「私達も南麻布に住んでるんだよ、一緒に帰ろう!車が来るから待ってて!」
「え?いいのか?大丈夫なのか?」
「大丈夫もなにも、何ともないよ」
ミランダは声を出して笑いながら答えた。
間もなく車が到着し、それを見たマックスは感嘆の声を上げた。
「メルソデス マイバッハじゃねーか!すごいな!これに乗れるのか!」
淳は興奮しているマックスを見て
「これ、そんなに凄い車なのか?」
「説明しようか?
メルソデスの最高モデルであるSクラスをベースに全長605センチ延長した完全なショーファードリブンだ。エンジンは6000cc12気筒ツインターボで630馬力、値段は日本円で1億円だ」
ミランダは説明を聞いてもチンプンカンプンだったが淳は驚いた。
車のスペックもそうだが、クルマに詳しいマックスにも驚いた。
母も兄もそうだが、自分の周りには車好きが多い。
電動後部シートを対面にセットし、淳とミランダが並んで座り対面にマックスが座った。
「マックスは車が好きなのか?」
「好きだ。レースも見る」
「じゃ、ミアママと話が合うかもね。F1とか見てるから」
「本当か?エッガー?F1見てるのか?」
「私じゃないわ、淳のママよ。F1も見るし乗ってる車もホンマ自動車のスポーツカーよ」
「おお!凄いな!本物だ」
そう言ってマックスは笑ったが、淳もミランダも本物という意味は分からなかった。
「じゃ、ウチに来ると楽しいかも知れないぞ。マックスの好きそうな車が沢山ある」
淳は笑いながら言い、ミランダも笑顔で頷いた。
「本当か?是非行きたい!、いや日本語だとオネガイシタイだったか?」
これを聞いて淳はまた笑った。
マックスの家は淳の家から徒歩で3分の場所だった。
こんな近所に住んでいても気が付かなかったのは淳はアメリカに行っていたし、ミランダも越してきたばかりだからだ。
車の事が気になったのか、マックスは荷物を置いてこれから淳の家に行っていいか?と聞いてきた
。淳は笑顔で快諾しミランダも笑顔で対応した。
荷物を置いたマックスを再び車に乗せて、淳の家に着くとガレージに案内した。
見た瞬間にマックスの興奮は最高潮まで上がっていた。
「凄い!凄いぞ!エクセレントだ!ここはスポーツカーのディーラーか?」
ミアのホンマNS-X、亮のリキサクLF-AとシュガーXJR15、綾子のニッセンGT-R、更にマリアのアーディR8が並んでいた。
キラキラした目で車を見てミランダは
「ホント、男子って車好きよねー」
と言い、二人を残して家の中に入った。
暫くすると、今度はミアが出てきた。
「車好きなジュン友達が来てるって聞いたんだけど?」
そう言ってマックスの顔を見た。
「紹介するよ。オレのママ、ミアクニミだ。」
「初めまして、マックス・メイアです。車を見せて貰いに来ました。普段見れない車が見れて興奮しています」
ミアが笑っている。
「何が一番好き?」
「総て凄い車なので・・・強いて言うならシュガーとリキサクです。どちらももう生産していない希少な車なので・・・。でもホンマもワールドプレミアが付いているし、ニッセンはNISEMOモデルで特別だし、アーディも通常のV8エンジンじゃなくハイパフォーマンス仕様のV10エンジンで・・・
なんか本当に凄くて絶句してます。」
ミアは声を上げて笑い
「満足したら家に入って来なさい。マリアがケーキを焼いたから食べに来て」
そう言って家に入り、30分程車のアチコチを見ていたマックスをせかして淳も家に入った。
リビングに行くとチーズケーキが用意されていて、丁度ミランダも私服に着替えてリビングに降りて来た。
「メイア君は満足したの?」
ミアが笑いながら話すと
「今日のところは・・・」
マックスが照れ笑いを浮かべながら答えた。
「運転はさせられないけど、見るだけならいつでもいらっしゃい。車が好きならウチの車は魅力的なはずよ」
マックスは大きく頷いた。
たった一日でこんなに親しくなれた人間は淳にとって初めてだった。
タメ口で話せる関係は新鮮で、考えてみれば小学校低学年以来だの事だ。
ミアは
「淳が友達を家に連れて来るのは何年振り?」
と言って笑っていたが、わざわざもう一度学校に行かせた甲斐があった、と安堵にも似た感情で淳とマックスとミランダが話しながらケーキを食べる光景を見ていた。




